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第二部 Qちゃんが出会った、佳き人々
人懐こい少年
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温故館(神奈川県海老名市の郷土資料館)を出ると、明らかにQちゃんは変化した。
温故館の中で思いもよらぬことが次々起きて、Qちゃんは落ち込んでいた。
が、外に出た途端、表情が和らいだ。部屋の重たげな空気から外の軽やかな空気に変わったからかな? 理由は定かでない。
相変わらず、Qちゃんの立ち直りは早い。
温故館の前には、史跡相模国分寺跡があり、歴史公園になっている。
私はこの歴史ある公園を訪れたしるしを残すべく、記念撮影をしようと思った。
撮影場所と決めた塔跡の近くには、おしゃべりに興じている二人の若い母親とそれぞれの子どもと思われる幼児がいた。
私は塔跡の前にQちゃんに立って貰い、カメラを構えた。すると、一人の幼児が、私の傍に来て、何かを言った。そして、一生懸命、私に右手を見せている。中指がかなり曲がってはいるが、何とか中指と人差し指が立っている。「ぼく、2歳」と言っているのだ。
Qちゃんとはぴったり100歳違いだ。これは記念になる。人懐こい少年だ。きっと一緒に写ってくれる……、と私は思った。
「写真、撮るから、あそこのおばあさんの傍に行ってくれる?」と私は満面の笑顔で、その子に言った。
もし、応じてくれたら、その時、お母さんに許可をもらおうと思った。
お母さんを見ると、相変わらず会話に興じていた。
Qちゃんも一生懸命、おいで、おいで、をした。しかし、その子は私とQちゃんを交互に見たあと、Qちゃんの前を通り過ぎて、お母さんの方へ行ってしまった。
期待だけ持たせて、幼児は去った。
Qちゃんは、とても寂しそうだった。

何というかっこうをしているのだ。
私に2歳と示した少年は、帰ろうとする我々の前に今再びやってきて、Qちゃんの傍で、両手を地面に付け、さらに頭頂部を地面に付け、腰を浮かせ、海老のように屈曲し、両脚で踏ん張っている。そして、動かない。
これはどういう意味なのか。どうも、少年の意図がわからない。
Qちゃんもそう思ったのだろう。だから、少年に訊いた。
「どうしたの?」
そして、背中を何度も撫で、そして、Qちゃんは心行くまで少年の頭を撫でた。
私は、母親のほうを見た。距離は十分に近くなったはずなのに、まだ気づいた様子もなく、我が子の手を握っている母親と話していた。
写真を撮り終えた私は、少年に近づき、両手を持って、立たせた。そして、言った。
「ありがとね。このおばあちゃんと、ちょうど100歳違いだよ。遊んでくれたんだよね」
「あの……今、何とおっしゃいました? 100歳違いとか言いませんでしたか?」
この子の母親だった。
「ええ、言いましたよ。この子が2歳と教えてくれましたから。母とちょうど100歳違いなんです」と、私は幼児の母親の顔を見ず、少し、冷淡に応えた。
冷淡に応えたのは、年寄りだらけの今となっては若い部類に入る爺さんと、超絶お年寄りのお婆さんの不審コンビが、幼子に近づいているにもかかわらず、会話に興じている母親に少しく不信感を持ったからだ。
「そうなんですか。とてもそんなお年に見えません。お元気ですね」と母親は言った。
私が、「ありがとうございます」とやや小さな声で母親を見ず、Qちゃんを見ながら答えたからか、会話は途切れた。
2台の車がやっとすれ違うことが出来るくらいの狭い道の向かいの駐車場に、私の自動車(くるま)がある。
Qちゃんを乗せ、Qちゃんのシートベルトを締め、出発しようとする際、もう一度、公園を見た。
先ほどの母親が手を振っていた。幼児は彼女の右脚に纏わりついて、こっちを見ていた。
「Qちゃん、ほら、手を振っているよ。Qちゃんも振らなきゃ」私はQちゃん側の窓ガラスをいっぱい開けた。
車を道路に出し、ゆっくり、スピードを上げていく。
手を振る母親にQちゃんは、同様に返しながら、お辞儀を何度も繰り返した。
母親はさらに激しく手を振った。
角を回って、母親の姿が見えなくなる。
私は黙考する。
本当に母親は無関心だったのか?私はずっと母親を観察していたわけではない。きっと、母親は我々を確認した。確認したうえで、我々が警戒すべき対象ではないと判断して自由にさせてくれたのだ。
面倒を見てくれているとでも思ってくれたのだろうか。ほのぼのとした光景と思って黙認したのか。あんなに、いっぱい手を振ってくれて……。
私は根拠なく不信感を持った自分を恥じた。
温故館の中で思いもよらぬことが次々起きて、Qちゃんは落ち込んでいた。
が、外に出た途端、表情が和らいだ。部屋の重たげな空気から外の軽やかな空気に変わったからかな? 理由は定かでない。
相変わらず、Qちゃんの立ち直りは早い。
温故館の前には、史跡相模国分寺跡があり、歴史公園になっている。
私はこの歴史ある公園を訪れたしるしを残すべく、記念撮影をしようと思った。
撮影場所と決めた塔跡の近くには、おしゃべりに興じている二人の若い母親とそれぞれの子どもと思われる幼児がいた。
私は塔跡の前にQちゃんに立って貰い、カメラを構えた。すると、一人の幼児が、私の傍に来て、何かを言った。そして、一生懸命、私に右手を見せている。中指がかなり曲がってはいるが、何とか中指と人差し指が立っている。「ぼく、2歳」と言っているのだ。
Qちゃんとはぴったり100歳違いだ。これは記念になる。人懐こい少年だ。きっと一緒に写ってくれる……、と私は思った。
「写真、撮るから、あそこのおばあさんの傍に行ってくれる?」と私は満面の笑顔で、その子に言った。
もし、応じてくれたら、その時、お母さんに許可をもらおうと思った。
お母さんを見ると、相変わらず会話に興じていた。
Qちゃんも一生懸命、おいで、おいで、をした。しかし、その子は私とQちゃんを交互に見たあと、Qちゃんの前を通り過ぎて、お母さんの方へ行ってしまった。
期待だけ持たせて、幼児は去った。
Qちゃんは、とても寂しそうだった。

何というかっこうをしているのだ。
私に2歳と示した少年は、帰ろうとする我々の前に今再びやってきて、Qちゃんの傍で、両手を地面に付け、さらに頭頂部を地面に付け、腰を浮かせ、海老のように屈曲し、両脚で踏ん張っている。そして、動かない。
これはどういう意味なのか。どうも、少年の意図がわからない。
Qちゃんもそう思ったのだろう。だから、少年に訊いた。
「どうしたの?」
そして、背中を何度も撫で、そして、Qちゃんは心行くまで少年の頭を撫でた。
私は、母親のほうを見た。距離は十分に近くなったはずなのに、まだ気づいた様子もなく、我が子の手を握っている母親と話していた。
写真を撮り終えた私は、少年に近づき、両手を持って、立たせた。そして、言った。
「ありがとね。このおばあちゃんと、ちょうど100歳違いだよ。遊んでくれたんだよね」
「あの……今、何とおっしゃいました? 100歳違いとか言いませんでしたか?」
この子の母親だった。
「ええ、言いましたよ。この子が2歳と教えてくれましたから。母とちょうど100歳違いなんです」と、私は幼児の母親の顔を見ず、少し、冷淡に応えた。
冷淡に応えたのは、年寄りだらけの今となっては若い部類に入る爺さんと、超絶お年寄りのお婆さんの不審コンビが、幼子に近づいているにもかかわらず、会話に興じている母親に少しく不信感を持ったからだ。
「そうなんですか。とてもそんなお年に見えません。お元気ですね」と母親は言った。
私が、「ありがとうございます」とやや小さな声で母親を見ず、Qちゃんを見ながら答えたからか、会話は途切れた。
2台の車がやっとすれ違うことが出来るくらいの狭い道の向かいの駐車場に、私の自動車(くるま)がある。
Qちゃんを乗せ、Qちゃんのシートベルトを締め、出発しようとする際、もう一度、公園を見た。
先ほどの母親が手を振っていた。幼児は彼女の右脚に纏わりついて、こっちを見ていた。
「Qちゃん、ほら、手を振っているよ。Qちゃんも振らなきゃ」私はQちゃん側の窓ガラスをいっぱい開けた。
車を道路に出し、ゆっくり、スピードを上げていく。
手を振る母親にQちゃんは、同様に返しながら、お辞儀を何度も繰り返した。
母親はさらに激しく手を振った。
角を回って、母親の姿が見えなくなる。
私は黙考する。
本当に母親は無関心だったのか?私はずっと母親を観察していたわけではない。きっと、母親は我々を確認した。確認したうえで、我々が警戒すべき対象ではないと判断して自由にさせてくれたのだ。
面倒を見てくれているとでも思ってくれたのだろうか。ほのぼのとした光景と思って黙認したのか。あんなに、いっぱい手を振ってくれて……。
私は根拠なく不信感を持った自分を恥じた。
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