Qちゃん 103歳 おでかけですよー

松澤 康廣

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第一部 愉快なQちゃん

負けん気

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 Qちゃん99歳の、暑い夏の日だった。
 相模川三段の滝にかかる橋が尽きた所だ。この橋にかかる手前で車いすを押しているQちゃんを三輪車に乗った4,5歳の少年は抜いた。
 ちょっとした、いたずら心だった。暑さもあって、だらだら押しているQちゃんに苛立っていたのだと思う。腹をたてていたのかもしれない。
 そのとき、私は深く考えず、「抜かれちゃったねえ」と言った。

 この一言がQちゃんの心に火をつけた。
 突如、超高齢のおばあさんと少年の戦いは起きた。

 抜かれたと言っても、相手は幼い子ども。その差はまだ2mもない。Qちゃんは勝てると思っている。
 上りに入って明らかに少年のペースは落ちていた。勝負師と化したQちゃんは悠然と抜くことに成功した。しかし、上り終え、下りに入ると、少年のスピードは上がった。
 Qちゃんはとみると、腰がひけている。そうだ。Qちゃんは怖がりなのだ。明かりのついていない部屋に入ると「こわいよー」と必ずか細い声で訴えるお嬢様なのだ。スピードがあがることを明らかに恐れていた。
 橋が尽きる5m手前で、少年はついに抜いた。
 私は一部始終を冷静にみていた。さて、負けたQちゃんにどんな言葉が必要かななどと考えた。「まあ、こんなこともあるさ」「下りが長いのが不味かったねえ」

 しかし、結果は違った。
 事故が起きた。
 少年はやはり少年だった。
 下り坂でスピードを増した三輪車をコントロールできるほどの技術はなかった。橋のつなぎの凸凹に、ハンドルをとられた少年は、思い切り転倒した。その横をへっぴり腰のおばあさんが通過していく。

 走り寄る若い母。泣いている少年に「競争なんてするからよ」と叱っている。
 そのそばを私は通過する。
「済みません。負けん気が強いもんですから。困ってるんです」と私。
「いい経験をさせてもらいました。凄いお婆さんですね」と若い母。
「はあ……」と私。
 なんて、答えたらいいかわからない。
 
母に追いつく。もう、車いすに乗っている。ここからは私が押すことになる。
「やれやれ」と母。
 疲れたらしい。
「やれやれ」と私。
 これからずっと私が押すことになる。競争させたばっかりに。
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