最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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2人の絆編

60話「君のいない世界」

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 ハルトはリハビリの経過を見て外に出る事も徐々に増やしつつあった。アルスは出来るだけ寄り添っているが過度な手助けなどはしないで見守っている。
 竜人達の中には歴史を変えようとしているエテルナ達を評価している者達もいるようで、アルスとハルトの存在に期待を寄せている者達も少なからずいるのをアルスはここ数日で知る事が出来た。ハルトはリハビリのついでに竜人達の記憶がまとめられた古代図書館によく赴く様になっていた。
 今日も古代図書館で何かを調べているが、アルスはハルトが移動する時に違和感を感じていた。まるで神々との戦い後の事を考えようとはしてない雰囲気を感じ取っていたのである。

「……アルドウラ神の力は、人間の心の中でも特に……」
「……」
「やっぱり神々の力を削ぐには……、どうしたのアルス?」
「なんでもねぇ……」
「アルス? 教えて。どうしたの?」
「……」
「僕が何かしたかい?」
「ハルト……何か隠してないか」
「隠す? 僕が?」
「まるでここで得た情報を持って帰ったら1人で神々に挑むような雰囲気を感じる」
「……」
「どうなんだよ」
「それは、間違いないよ」
「!!」

 ハルトの答えにアルスは大きく瞳を見開く。まるで自分の存在はこの戦いで消える、そんな事を示唆させるかの様な反応にアルスは動揺を隠し切れない。
 アルスの動揺に拍車を掛ける様にアルスへある程度の考えは共有しておこうと考えたハルトは、ある文章を書いた手帳を取り出して読み上げる。その言葉にアルスは一気にハルトへ近付く。

「神々の力を削ぐ為には生贄となりし人間の命の輝きが必要。神々に認められる力を得れし者の輝きは何者にも勝る命の波動。それを捧げんとする者にこそ勝利は約束される。竜人達の記憶に残っている過去のアルガスト大陸が出来た時の歴史に残されていた言葉。神々に認められる力、つまり守護者として覚醒が近い僕でも可能って事だと思う。神々との戦いで僕は神々の力を削ぐ為に、生贄になるつもりだ」
「ハルトっ! ふざけんな! 1人で犠牲になって英雄気取りかよ! 俺はどうなる? 俺はハルトのいない世界で1人で生きろって事か? そんなの俺は嫌だ!」
「アルスには未来を生きて欲しい。それがどんなに過酷な未来だとしてもアルスにはどうしても未来を見届けて欲しいんだ。それが僕達の役目だから」
「役目? 何の役目だって言うんだ。俺はハルトのいない世界なんて生きたくない!」
「アルス……僕がいなくても、君だけは生きて。それが僕の最後の願い」
「ハルトっ」

 触れ合う身体に感じる本気の言葉。ハルトの想いを知ってもアルスはそれを素直に受け入れるだけの心にはなれなかった。古代図書館から部屋に帰って来た2人に会話は無かった。
 アルスはハルトから離れた位置でハルトを見つめ、ハルトは手帳に調べた事を書き記している最中だからだ。アルスの心には疑問と悲しみしかない、ハルトと死ぬまで、いや死んでも一緒にいることを誓い合った筈なのに。
 ハルトはアルスに生きろって言う。それがアルスには理解出来ないままで見つめていた。

「よし、明日にでもローガドに戻ろう」
「まだお前の身体は本調子じゃない。まだ戻るべきじゃない」
「大丈夫だよ。どうせ右目のカバーをしながらの戦闘には殆ど直感と経験でしか補えない。エテルナさん達に調べた情報を知らせないと」
「……逃げようぜ」
「アルス……」
「俺達が戦う必要はないだろ。命を捨ててまで戦わなくても、俺達は一緒にいられればそれでいいんだ。そうだろハルト!」
「それは出来ない。未来を切り開く為にも僕は神々と戦うと決めた。それから逃げるなんて事は僕には出来ない。アルス、君は逃げてもいいんだよ」
「ハルト!」
「お休み」
「っ」

 アルスとの会話を切り上げてベッドに横になる為にベッドに向かうハルトにアルスは何も言えない、出来ないままで見つめるしか出来なかった。ハルトは自分とは生きて未来を過ごす事をしたくないのだろうか? そんな不安と悲しみに涙を浮かべて1人声を殺して泣くしかアルスには出来なかった。
 翌日、アルスは一睡も出来ないままハルトと共にローガドへと戻る為にビリハ村を出た。ハルトは以前よりかは慎重ではあったがローガドへ向かう為にゲートまでは迷わないで歩き続けていた事もありゲートにはあっさりと到着する。
 アルスがゲートを開いて先にハルトを行かせるとアルスはゲートの前で立ち尽くす。このままハルトだけ死ぬ運命だとしたら自分は足手纏いなんじゃないか? そう考えてしまい足が動かなかった。
 暫くしてリルーズの姿がゲートから出てきてアルスを迎えに来た。もう残された道も時間もあまり無いのだと現実はアルスを追い詰めていく。

「それでは神々の力は私達生きている者達の……精神、なのですね?」
「はい、ビリハ村で調べた結果そう書かれていました。精神の世界を生み出し、そこに迷い込んだ人間の精神エネルギーを糧にして神々は力を使う事が出来る、そう記されていました」
「どうにかその精神世界を破壊する必要がありますね。……アルス様に運命を話されたのですか? 一緒にお帰りになられてないと聞きましたが」
「アルスに運命は話していませんが、僕の死後は生きて未来を見届けて欲しい、そう伝えたんです。僕はどう足掻いてもこの戦いを生き残る事は不可能だと分かりますから。愛する存在を失っても未来を見届ける役目は残された者達の運命だって思うので」
「それでアルス様を苦しめる、そうなっても生きろと言われるのですね」
「だって……彼の元に帰る為にも生きてもらわないと。僕が迷子になってしまいますから」
「??、帰る、とは?」
「ビリハ村に残されていた記録の中にあった一文なんですが……『神々との戦いで死を宣告されし宿命を持つ者。真なる存在を受け入れし時、再び大地に生を受けて見届ける為に命を繋ぐだろう』。これは死んだ時、大いなる存在を受け入れれば生き返れると言う事じゃないかって思うんです。だから、僕が生き返ってもアルスがいない世界に帰る訳にはいかないんです」

 ハルトとエテルナの会話を扉の外で聞いていたリルーズとアルス。アルスは言葉を失って立ち尽くす。
 ハルトは希望を捨てている訳じゃなかった。それを知れたアルスは握り拳を作ってその場から走り出す、自分だけの考えでハルトを追い詰めていたのは愚かな事だと戒める為に1人になりたかったのだ。
 リルーズがエテルナとハルトの前に姿を見せてアルスが走り去った事を伝えると、エテルナはハルトに綺麗な微笑みを浮かべてハッキリ告げる。それは愛する存在を持つ者だから言える優しさ。

「ハルト様。こんな事を言うのは失礼かと思いますが、ちゃんとアルス様のお心を知ってあげて下さい。彼は貴方様を大事に思うあまり戦いを諦めようとしている。それを変えてあげれるのはハルト様なんです。アルス様の生きる希望になるのも、絶望を与えるのもハルト様。この聖戦はハルト様とアルス様の絆が重要です。どうか、お互いの心を、絆を大事にされて下さい」
「……すみません。失礼します」
「難儀な夫婦ではありますね」
「それでも、お互いを想い合うからこそすれ違いも起きるのです。私がリルーズの事を疑う今の様に」
「エテルナ姫……」
「何を隠しているかは知りませんが、私を裏切るのであれば容赦はしません」
「……本当に聖女の貴女は美しい……だから、私も汚れ役を買うのです」

 エテルナのシルバーの髪に触れるリルーズの手はしっかりとエテルナの心を掴んでいた。アルスを探しにローガドを探し回っているハルトにエテルナの言葉は心に刺さっていた。
 アルスの心を救えるのはハルトだけである事、それは自分でも理解している筈だった。でも、言われるまでアルスの事を本当に愛しているのであれば気付けたはずの事を、ハルトは言われて気付く。
 アルスの事だからと、ローガドの噴水公園の広場に向かっていたハルトはアルスの後ろ姿を見付ける。そして、そのまま人目があるのも気にせずに背後からアルスを抱き締めた。

「アルス」
「ハルト……俺、最低な妻だな……ハルトの事をこれぽっちも理解してねぇ……」
「そんな事はないよ。アルスは僕の中で最大の理解者で、最愛の奥さんだ」
「でも、ハルトの願いを否定しようとして、勝手に悲しみにくれて……そんな人間が愛されても何も返せねぇのに……っ」
「アルス、お願い……最後の時まで僕の傍で笑ってて」
「ハルト……?」
「アルスの笑顔が僕の一番好きな表情なんだ。死ぬ事が怖くない訳じゃない。でも、アルスの腕の中で最後を迎えれたら怖さもなくなる気がする。だから、僕の傍にいて」
「ハルト……ハルト」

 振り向いて抱き着いてくるアルスをしっかり抱き締めて瞳を伏せるハルトの中で、アルスへの想いは今でも強くなっているし、生まれ続けている。それだけアルスを愛しているし、想い続けているのは確かな事である。
 愛し合うから共に生きたいと願うのは普通だと思うが、ハルトには未来を見届けてもらいたいのは理由があるからだ。アルガスト大陸を取り返した後に神々のいない世界で人間は、生きている者達はどう生きていくのだろうかという疑問があるからだ。
 もし、ハルトが生き返る事があればその答えをアルスから聞きたい、そう考えながらアルスの右手を包み込んで握り締める。まだ2人には時間がある、それを過ごしていきたいと願うハルトに寄り添うアルスの姿は儚い美しさを秘めていた――――。
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