最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

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東の大陸へ編

31話「伝えたかった願い」

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 宿屋で少しの休息を取ったハルトとアルスはルーピンに留守番を頼んで部屋を出ると、エゾッフェ街にある住宅地に当たるエリアへと足を向ける。宿屋の主が漆黒の天使だとは知らないがアレスっていう女性の家を知っている事もあって場所だけは聞いてきたのである。
 目的地に入ったと同時にエゾッフェ街が小さな街で成り立つ理由が分かった。街の背側が切り立った山であり、物流などに支障が出やすい地形である事が伺えたからだ。
 アルスが山を見上げて色々と考え込んでいる内にハルトは目的の民家に辿り着くと、震える手でドアを数回ノックする。家の中から若い男性の声が聞こえてきて息を飲みながら待っていると片目に眼帯を付けた男性が姿を見せるとハルトの姿に笑みを浮かべて対応してくれた。

「いらっしゃいハルトさん」
「え、なんで僕の名を……」
「母さんから聞いています。貴方がこの街に来たのを察してここに来るだろうって。どうぞ、母が待っています」
「……」
「ハルト、行くぞ」

 男性の後に続いてハルト達も室内に上がり案内されたリビングでユラユラ揺れている椅子に座っている女性に視線が釘付けになっているハルトには気付いてしまった。アレスが自分に気付いて微笑んでいる事に。
 男性がアレスの傍に寄りハルトの事を告げるとアレスは細くなっている右腕を持ち上げてハルトに向かって伸ばしてくる。アルスがハルトの背を押すとハルトはフラフラとアレスに近寄りその手を優しく握り締めた。
 男性が飲み物を用意しに行っている間に、ハルトは膝立ちになってアレスを見上げていた。懐かしい微笑みを浮かべているアレスはしっかりした声でハルトの名を口にする。

「ハルト、よく来たね……こんな再会を望んでいた訳じゃないだろうけれど、会えた事嬉しいよ」
「アレスさん……あの……その」
「ふふっ、話したい事は沢山あるだろうとは思うから1つずつ話をしてごらん。大丈夫、私はここにいるから」
「どうして、15年もの間消息を絶っていたの……? 僕がハンターになるって決めてから貴女は消息を消して連絡すら取れなかった」
「うん。実は私もある依頼を受けていたんだけれど、それが終わるまでは誰とも関わる事が出来なかったんだ。どうしても内密に成功をさせないといけない依頼で。それで終わったのがつい最近で……ガルロ、あれを持って来て」
「これ?」
「そうそう。ハンターになったハルトならいつかは会いに来てくれると信じて取っていた物なんだけれど、これ、使いなさい」
「これ……アレスさんの愛用していた片手剣じゃ?」
「私はもうハンターを卒業した身。もう必要ないのさ。ガルロは片手剣じゃなくて格闘の使い手だから使わない。それにこれはハンターとして成長したハルトに贈りたかった剣でもあるんだよ」

 アレスがガルロと呼ばれた眼帯をしてい男性から受け取った片手剣をハルトに差し出す。それを受け取るハルトは嬉しいが贈りたかったと言われている理由が分からないで困惑もしていた。
 ガルロがアルスに温かい紅茶を用意してアルスも静かに2人の邪魔をしない様に「サンキュ」と言って紅茶を飲みつつ様子を伺っていた。アレスはハルトの右頬にそっと右手を添えると母の様な眼差しを向けて説明をしてくれる。

「この剣は私がハンターとして一人立ちしたハルトに作っていた剣として持ち歩いていたんだ。いつかハルトと再会した時におめでとうって意味で渡せる様に。でも、本当はね……この剣は主神アルドウラ神がハルトと再会した時に与える様にって神託を私にした時の剣でもあるんだよ」
「アルドウラ神の神託がアレスさんにも下っていたって事ですか?」
「私もって事はハルトと一緒に来た彼にも下っていたって事だね? ハルト、貴方が私やアルフに引き取られた時には既に守護者としての片鱗が見えていたんだよ。それで私が受けていた依頼がそれに関する事だった。私が受けた依頼は、この剣に神々の加護を付与して聖剣エクスカリバーとして進化させる事。そう、この剣が主神アルドウラの元に導いてくれるはずだよ」
「!!、それじゃアレスさんは僕の為に15年間もこの剣を聖遺物にする依頼を……? それならどうして僕には知らせてくれなかったんですか? そんなに僕は子供じゃないんですよ?」
「それが主神アルドウラの条件だったんだよ。ハルトが守護者として自分の元に来る前に必ず私を訪ねてくる。その時まで接触しない様にって言うのが。私も辛かった……でも、いつかハルトが守護者として成長した姿を見せに来てくれる日までは私も生きていたいと思ったから連絡しなかった。でも、こうして成長したハルトと再会出来た事で私も一先ず安心したよ。これでまた頑張って生きて行ける」

 アレスはそう言ってハルトの頬を優しく撫でてニッコリと笑ってくれた。アレスの気持ちと優しさにハルトは涙を浮かべて瞳を伏せて静かに言葉を探す。
 アレスの気持ちを無駄にはしたくない、でも、それでもハルトにはどうしてもアレスには伝えないといけない言葉があった。そう、感謝の言葉をしっかり伝える為にここに来たのであるから。

「アレスさん……僕、ずっと貴女に伝えたい言葉があったんです。それだけを伝える為にここに来たって言ってもいい。……今まで僕を支えてくれてありがとうございました」
「……うん、それでこそ私が大事にしてきたハルト。大丈夫、私はいつまでもハルトの味方としてずっと見守っている。これからも、ね」
「はいっ」

 泣きながら笑顔を浮かべるハルトにアレスは母の温もりを分ける様にそっと抱き締めて背中をポンポン叩いて慰めていた。ガルロもアルスもそんな2人に微笑みを浮かべて見守る。
 暫くアレスと身の上話をしていたハルトはアレスに妻のアルスを紹介しようとアルスに手招きする。自分を呼んでいるハルトに気付いてアルスはハルトとアレスの傍に向かうとアレスに頭を下げる。

「彼が僕の妻になってくれたアルスです」
「初めまして」
「ふふ、竜騎士のアルスと言えば最年少でブラックドラゴンを倒したという有名な子じゃない。ハルト、いい人と巡り合えて良かったね」
「はい。アレスさんの事もアルスは受け入れてくれてこうして会いに来るのも背中を押してくれた大事な人です。アレスさん、アルスを知っていたんですね」
「それだけ俺が有名って事じゃね?」
「それもあるけれど、私が主神アルドウラの神託を受けた時にアルス君の事も聞いていたのよ。聖槍アーノルドの主でハルトの大事な存在となる者だってね。でも、こうして直にお会い出来て光栄だわ。ハルトの事……今後ともよろしくねアルス君」
「言われなくても大事にするし、手放すつもりもねぇよ」
「ふふっ、それじゃそろそろ行くんでしょ? 恐らく今ならヘリオス国付近の異変調査かしら?」
「知っているんですか?」
「ガルロがギルドに属しているから情報は流れてくるわ。まぁこれだけは言っておくけれど、ヘリオス国では王を信じない様にね。あの国の王様はハンターとしては優秀だけれど王としてはあまり才能を持っている人間じゃない。それに利用して当たり前だと思っている人間でもあるからあまり気を許したらダメよ」
「はい、分かりました」
「ガルロ、2人をお見送りしてあげて」
「母さんはここでいいの?」
「玄関まで行ったら行かせたくなくなるわ」
「はいはい。それじゃ玄関までお見送りしてくるよ」
「手紙、書きますね。行ってきます、アレスさん」
「行ってらっしゃいハルト」

 黒い髪を耳に掛けて微笑みを浮かべているアレスに手を振りながらアルスと共に家を後にしたハルトは右手に持った聖剣エクスカリバーを見下ろして強く握り締める。目的の1つであるアレスとの再会を果たし、そして最大の目的であるアルドウラ神の元に行く為の手掛かりとしてこの剣が導くといわれれば、目的を果たすのもそう遠くないのではないだろうかと考えていたからだ。
 ハルトの横に立って歩いているアルスは聖剣エクスカリバーをチラッと見て、アルドウラ神の考えを知っていたアレスの行動原理について考えてみる。大事にしていたハルトの為に15年も掛けて聖剣エクスカリバーを作り上げていたのは愛情が成せた業だろうと思うが、その愛情が育ての親としての愛情じゃなかったら恋愛の愛情だったら自分は勝てない気がして寒気を覚えていた。
 それでもアルスはハルトを愛していただろう、それだけハルトという男に惹かれているのは事実なのだから。ハルトがアルスの右手を左手で握り締めて見つめてくるのに内心で喜ぶ自分に笑みが浮かぶ。

「目的の1つ、終わった」
「そうだな」
「アルスのお陰だよ」
「そうだろう。俺が背を押さなかったらこんな結果にならなかったかも知れねぇんだから」
「うん、感謝している」
「あとは異変を調査してランクアップに挑まないとな。それが終わってからアルドウラ神の元に向かう」
「分かっている。早く終わらせて2人だけの生活を送りたいし、頑張ろうねアルス」
「ハルトも音を上げるなよ?」
「僕がそんな人間じゃないのは君が一番に知っているじゃないか」
「そりゃそうだ」

 繋いだ手を揺らしながら宿屋に戻っていく2人をアレスは窓から眺めていた。そして……咳き込み口元に宛がった右手の中に血を吐き出しそのまま倒れガルロの腕の中で静かに息を引き取った事をハルト達が知ったのはエゾッフェ街から旅立ってヘリオス国のギルドに着いた時だった。ハルトに会えた事で元々患っていた病が進行したんだろう、そうギルドから聞かされたハルトはその日はアルスの腕の中でひたすらに涙を流したのを知るのはアルスのみだった。
 誰だって親しい人の死を知るのは辛い、でも……いつか再会した事を思い出す時に微笑みを思い出せる様になるまで時間は掛かっても、それが結果的にその人を思う事に繋がる事をハルト達は身を持って知るのだった――――。
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