最強竜騎士と狩人の物語

影葉 柚樹

文字の大きさ
上 下
25 / 105
ガルーダ王家の腐敗編

25話「旧王家の遺物」

しおりを挟む
 ラルフルによるガルーダ王家の襲撃は守護者達であるアルス達の活躍で勝利に終わった。それを鼻に掛ける訳でもなくラルフルは城の内部を点検し、旧王家の残した痕跡や呪いに関する証拠を集める事を開始する。
 アルスは一度屋敷に戻りハルトに状況を報告して2人の時間を取っていたが、ルートによってそれは短い時間で終わりを告げる。ハルトが筋トレの道具を使っている時にルートが部屋に飛び込んできて城の中である遺物が見付かった事を興奮気味に伝えてきた。

「城の内部で魔戦争を引き起こすかも知れないっていう魔神の卵が見付かったそうです!」
「はぁ?」
「それって……人間の手に扱える代物なの?」
「父様の判断でそれは魔界に還す事になったんですが、これで魔戦争が引き起こされる原因の要素が揃いつつあるって事でラルフル王様が警戒する様に皆に言い聞かせています。兄様、守護者としてどう思われますか!?」
「どうって……、後妻達がどうやってその卵を手に入れたか調べたのかよ。入手ルートを調べないと他の誰かが入手する可能性もあんだぞ。お前がそこ等辺気付いて調べるのが普通だろ」
「まぁまぁ、ルート君。少し提案なんだけれど、今回卵が見付かった付近で変わった事が起きてないか調べてみて欲しい。もし何かしら異変が生じていれば卵の孵化時期も見極める事が出来ると思うんだ」
「わ、分かりました! 調べてきます!」
「はぁ……あいつあんなんでこの家を継ぐの出来るのかよ」
「え、アルスが継ぐんじゃないの?」
「俺が? まさか。俺は守護者として生きる事になるし家督を引き継ぐのはルートになると思うぜ」
「そうなんだ。まぁどっちにしろ僕は君から離れるつもりはないんだけれどね」

 ハルトが二の腕の筋肉を確認して上半身の筋トレを終えるとすぐにベッドから立ち上がり下半身の筋トレに取り組む。最近は筋力が戻りつつあるので杖を使わないで部屋の中を歩くだけの力は戻りつつあるようだ。
 ハルトの回復力の高さを感心しながらもアルスはアベーリオとアレイドに対しての処罰を考えていた。2人は王家を食い物にしただけではなく魔の力を引き入れて呪いや強制的に他人を従わせてた罪にも問われて死罪は免れないだろう。
 ましてやラルフルは唯一の肉親である叔父であった国王を殺されている。怒りもあるだろうがその点だけはラルフルは冷静で判断をしているのは王としての素質の片鱗だと思う。

「……」
「あ、雨だ」
「雨、降って来たか」
「アルスの大好きな雨だね」
「本当、一年中雨ならいいのにな」
「それじゃ太陽の恵みが受けれないよ。それに太陽も悪くはないじゃないか」
「焼けるから嫌いだ。ハルトは焼けないよな」
「元々顔以外は露出しないからねハンターは。アルスもそんなに僕がこんがり焼けたら嫌だろ?」
「キスマーク残しても映えないしな」
「君、欲求不満な訳?」
「そりゃ、暫く抜いてもないんでね」
「その内相手してあげるよ」
「いつになるやら」
「さぁ?」

 微笑むアルスに苦笑気味のハルトの両名の耳にはシトシトと降り始めた雨音が静かに入り込んでくる。アルスが雨が好きなのはハルトの艶やかな黒曜の瞳が濡れた時の印象に近いからって理由で好きなだけで本当ならルーピンと空を飛べる晴天の方が好ましいのをハルトも知っている。
 アルスとハルトの元にランドルが訪れて魔神の卵についてルートの調査報告が上がってきた事で分かった事実を伝えに来てくれた事を告げられてハルトも聞く事になった。ランドルはまず手始めに「これは仮説だが」と前置きをして静かに語り始める。

「魔神の卵は恐らくではあるが、原始の竜の卵を同時期にこのアルガスト大陸に姿を見せたと思われる。卵の孵化状況を見る限り後少し魔族の糧になる憎しみが傍にあったら間違いなく孵化して魔戦争開戦を促していた事になっていただろう。魔界に還して様子を見る事にはしているが、これで魔戦争が起きる要因の3つの内2つが揃った事になる。残りの1つ……「歴史の改革者」が現れたら間違いなく魔戦争は起こると見ていい」
「あの……その「歴史の改革者」ってなんですか?」
「簡単に言えば歴史が大きく動く時に必ず歴史を改革する為に動く者達の事を示す。実際北の大国であるアルストゥーラ国にその様な動きが見られていると報告が上がっている」
「そもそも、「歴史の改革者」と呼ばれる連中の特徴は聖痕と呼ばれる第3の瞳を額に持つ人間達を呼ぶんだけれど、過去の魔戦争でもその瞳を通して魔と神のどちらが勝利するかを見届けたって記載がある位だ。ドラゴンの事や竜の事も詳細に詳しいから改革者の中に竜騎士の人間がいるのも考えられている」

 アルスは舌打ちしながらアクア色の髪をワシャっと右手で掻き上げて椅子に寄り掛かる。ハルトは腕を組んで少し考え込んでいるがランドルがそんなハルトの方に顔を向けて1つの質問をしてきた。

「ハルト君はその「歴史の改革者」達の事を知らないって事はアルガスト大陸外の人間だったのかな?」
「あ、はい。元々僕はアルガスト大陸の外に連なるガルドル大陸の生まれです。知っているかは不明ですが元々ガルドルは内乱の多い大陸で両親の死んだ後に旅のキャラバンに連れられてこのアルガスト大陸に来たんです」
「そうだったのか。君さえ良ければそのガルドル大陸の事を話してはくれないだろうか? 私もアルスも外大陸の事は名前程度しか知らないのでね」
「いいですよ。それじゃ僕が知る限りの事をまとめた手記があるのでそれをお渡しします。と、言っても幼少期の事なので今のガルドル大陸とは離れているかも知れませんが」
「ありがとう。それじゃ少しお借りする。ルル達も外大陸に興味があるだろうからいい刺激になる。それじゃ私は城に戻る。アルス、ハルト君の身体を大事にしなさい」
「わぁーっているよ」

 ランドルが出て行くとハルトはアルスの方に視線を向けて拗ねている事に気付く。自分が過去の事をあまり離さない人間なので知らなかった事を知った時のアルスであるのはハルトも気付いている。
 ベッドから立ち上がってアルスを背後から抱き締めると顎を持ち上げて視線を絡ませるとアルスは不機嫌を隠そうとはしない。可愛いと思うハルトはそんなアルスの額に唇を落とすと小さな声で囁く。

「そんなに嫉妬してくれた?」
「うっせぇ……知らねぇんだから仕方ないだろ」
「話すまでもないと思ったんだよ。それに僕の過去を知りたいってアルスは言わないじゃないか」
「だってハルトあまり過去の事話すの好きじゃないだろ。だから遠慮してたんだぞ」
「ごめんごめん。でも、僕がハンターを目指したのは話そうかな。大事な事じゃないけれどアルスには知ってて欲しい」
「聞かせてくれんの?」
「うん。だってアルスの過去を知っているだけじゃ不公平だもんね」
「ハルト、聞かせてくれ」
「ん」

 アルスの髪を撫でながらハルトは過去の自分の話を始める、それを聞いているアルスも自然と微笑みを浮かべながら甘える様にハルトの腕に寄り掛かり見上げながら黙って聞いていた。そんな2人の時間を過ごしている頃、城では魔神の卵の返還作業が始まっていた。
 ラルフルの指示で魔界との道を開いたランドル達竜騎士は魔界へ卵を持ち込みレイドットの元に卵を持ち込む。レイドットは卵の存在を知っていたのだろう、すぐに部下に引き取らせてランドル達にこう告げる。

「魔戦争、やはり起きる運命か」
「そうかも知れない。だがこれはアルガスト大陸に生きる者達の宿命であるのだろう……原始の竜と魔神の卵、そして「歴史の改革者」達の出現もそう遠くない未来に見られるだろうと言われている。こんな形で魔戦争を憂うのは間違っているのかも知れないが」
「我々も業に従って生きる。魔と神の争いは避けれぬのであれば全力で挑むまで。それこそ繰り返されてきた歴史の流れに従って、な」
「どんな結果の未来が訪れようとも、それは歴史の大きな流れの一部分ではあるのだからな。願わくば魔戦争が回避出来る事を……」

 魔界とアルガスト大陸は争わないといけない、それは誰が示して決めた事だろうか。誰もが避けれない争いの開戦に恐れを抱き、悲しみを含み、そして血を流すのだ。生きる者の宿命というのであれば変えれない筈はないと考えている者達がいる。
 その者達こそ運命を変える為に動き出し始めている、そう、その者達こそ「歴史の改革者」達の集まり。彼らは運命を嘆くだけの存在ではない。
 未来を見極める力を持つからこそ、この連鎖を断ち切る為に動こうとしている。それは次第にアルガスト大陸と魔界を巻き込み大きな激流となって世界を覆い尽くす事になるだろう。
 アルスとハルトもこの激流に飲まれて大きな運命の盤上に配置される駒となる。それは運命が仕組んだものなのか、それとも神々や魔神達が意図しない流れの中で起きたイレギュラーな運命なのかも知れない。

「運命の盤は整いつつある。我々はその盤上の駒として生きるのではなく、個としての人格を持つ生命体として抗う。それは連鎖を生み出す大いなる意志への反逆……それをしなければこの連鎖は断ち切れない。抗え、穿て、そして掴み取れ。全ては己の意志で運命を変えろ」

 そう告げる1人の女性の存在がこの世界を大きく変えていく――――。
しおりを挟む

処理中です...