ドールの菫の物語

影葉 柚樹

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見ているよ

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 マスターは集中すると周囲が見えない……そう自分で言っている。
 僕がピョンさんとランさんとウサさんと話している間は、読書に夢中な時が多い。
 僕はピョンさん達の言葉を代理で伝える事をする事もある。
 その時のマスターは僕をジッと見つめて話を聞いてくれる。
 マスターはとても親身になってくれる。
 僕が辛い時、悲しい時、苦しい時は何も言わずに傍で寄り添ってくれる。
 逆にマスターが同じ時には僕が傍に居る時が多い。
 そんな生活もそろそろ半月が過ぎようとしている。
 でもマスターは僕が気付いていない時に見ている事があるらしい。
 それはウサさんから聞いたのだが、僕がウサさん達と話している(マスターには輪になって見つめあっているように見えているらしい)時に、マスターは僕だけを見ているというのだ。
 でも、僕はその視線に気付く事は出来ない、どうしてだろう?
 不思議に思ってマスターが眠ったあと、マスターの横から抜け出して1人月明りの差し込む場所で考え込む。
 マスターの視線に気付かない程にお話に夢中になっている?
 気付かない程にマスターの視線が弱い?
 どれが正解なんだろうか? と考えているとマスターの声が聞こえる。
 起きたんだ、と思って慌ててマスターの元に向かうとマスターがサイドテーブルのライトを付けて僕を待っててくれた。
 マスターは眠たげな目を擦りながら僕の寝ていた布団を広げて、戻ってくる様に促すから僕は静かに隣に戻った。
 マスターは僕が戻ってきた事で安心したのか布団を掛けてくれると、ライトを消してまたスヤスヤと眠りに落ちたのが分かった。
 マスターの視線を感じない僕はおかしくなったのかな。
 色々と考えていると顔の一部分が冷たく感じた。
 ツゥーと瞳から透明な液体――――涙が僕の頬を濡らしていた。
 どうして泣いているの? 僕は悲しくないのに。
 その涙が止まらないまま朝を迎えるんじゃないかと不安になっていると、マスターの右手が僕の左手に触れた。
 マスターは無意識に僕の左手に触れたようだけれど、僕はそれが嬉しくて、安心出来て、涙はいつの間にか落ち着いていた。
 そのまま僕も眠りに落ちて夢に神様が出てきたのは覚えている。
 でも、何を言われたのかは覚えていない……起きた時、マスターの瞳が僕を見つめていた。
 僕の寝顔を見ているのだと気付いて顔を赤くする僕にマスターは微笑みながら言葉を掛けてくれた。

「おはよう菫(すみれ)」
「おはようマスター」

 こんな風に見つめられている事に気付かない僕は、まだ気付かない。
 僕自身の変化が起こり始めている事に。
 それに気付くまであと数日――――。
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