騎士の勇気・世界樹の願い

影葉 柚希

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3章

22話「どんな事実だとしても……」

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 ガイアの元にルーデリッシュが訪れた時、アサンスレーの姿は無かった。ガイアに聞けばアサンスレーに会ったのはフェランドの前に現れないで父親とも名乗らないで欲しいとの頼みをする為だった、と話をして2人でレジェース本部に戻ってきたのである。
 その頃、スジエル国内の最奥に設立されたマナの神殿内で「マナの解読」を執り行われいる空間に悲鳴が走った。ルーベリド王女の傍付きの侍女達が一斉に悲鳴を上げながら控えの間に流れ込んできたのである。
「何事ですか?!」
「王女が! 王女様が!!」
「飲まれたか! エヴァ!」
「皆様は外の神官達に事の事態を知らせて下さい。王女は我々が!」
 エヴァとアルフォードが控えの間から「マナの解読」が行われている儀式の間へと駆け込んでいく。中には膨大な魔力の元であるマナが光の糸の束になって中心に座り込んでいるルーベリド王女の身体を縛り上げていた。
 エヴァとアルフォードの両者が腰に差していた剣を引き抜き、特殊な言葉を口にして剣にマナを断ち切るだけの効果を付与して光の糸の束を切り落としていく。徐々に糸の束が落ちてはマナの海に還って行くのを視界の端に入れながら2人は王女の身体をマナの海から引き上げる。
「王女!」
「気を確かにされて下さい! ルーベリド王女!」
「うっ……わた、しは……わたし、は……」
「ダメだ、自我が侵食されている。一旦離すぞ」
「あぁ、退路は確保する。エヴァ、王女を頼む」
「世界樹の祈りを宿し剣よ、我らに道を切り開け!」
「愛を宿し剣よ、守るべき者の未来を守る剣となれ!」
 顔面蒼白のルーベリド王女を片腕に抱いたままエヴァは襲い掛かってくるマナの光の束を切り落としていく。アルフォードが退路を確保しながら2人は王女を抱いて儀式の間から飛び出してすぐに扉を封じた。
 神官達がすぐに王女の自我からマナの侵食を取り除く為の回復魔法を唱えて治癒を施していく。だが、エヴァもアルフォードも思わしくない状況に唇を噛み締めて瞳を伏せる。
 王女の儀式失敗はすぐにレジェース本部内に伝えられて、ガイアの帰宅を知って出迎えに来たフェランドと話し込んでいたガイアにもそれは伝わった。「マナの解読」、これがどれだけ危険であるかはガイアもフェランドも話伝いにしか分からないが、王女の命が危機に晒されていた事を考えれば安易にするものではない事は分かってしまう。
「王女様大丈夫だろうか……」
「まだ成人もされてないお方だ……団長とエヴァ様が付き添って下さっていたから大事に至らなかったってだけで……下手すりゃ失われていた存在だぜ……」
「ガイア、フェランド」
「ルーデリッシュさん、どうしたんですか?」
「アベルゾが呼んでいる。大事な話があるそうだ」
「……行くぞフェランド」
「うん」
 ルーデリッシュの知らせに2人はすぐにアベルゾのいる戦略室に向かった。ノックをして入室の許可を貰った2人は案内役のルーデリッシュと共にアベルゾの元にやってくる。
 アベルゾの顔には何かの報告を受けて固めただろう決意の秘められた気配が伺えたが、ガイアはそれが王女の失敗についての事ではないだろうと読む。フェランドがアベルゾに呼び出した理由を伺う様に言葉を投げる。
「アベルゾさん、俺達に大事な話があるとお伺いしています。何のお話でしょうか?」
「ルーデリッシュ、人払いを」
「任せろ」
「……運命の予言書に新しい文字でも浮かびましたか?」
「運命の予言書って……そんなのあるのか?」
「ガイア君は本当にどこから機密事項を知っているのか問い正す必要がありそうではありますが、今は猶予が一刻もありませんのでこの事は不問にします。まず、王女の命を維持する為に必要な儀式を行います。その儀式には運命の転生者であるガイア君とフェランド君の……「血」が必要になります」
 アベルゾは椅子に座ったまま紙片を取り出す。そこにはガイアとフェランドにも見覚えのある流れる様に書き綴られている文字で「儀式失敗」と書かれているのが読み取れた。
 ガイアもフェランドもその文字を書いたのがレジェース本部の総団長であるアルフォードだとすぐに理解出来た。アベルゾはその紙片をテーブルに置くと一冊の分厚い本を取り出してある部分のページを開いてガイアとフェランドに見せる。
「これは魔神アガルダの手により生み出された転生者達の運命に関する予言が記されている書物で名を”ベルの福音”と言います。名の由来は私でも分かり兼ねますが、これに予言が記されて我々はその予言を元に転生者の運命を導く事が出来ると考えています。この”ベルの福音”に新しい予言が刻まれました。「運命の騎士の血を元に希望の国の王族を救わん」と」
「つまり、俺とフェランドの血を使った儀式を行なわなければルーベリド王女の命は助からない、って事ですか」
「そんな! ガイア、俺は王女を助けるなら血なんていくらでも流すよ!」
「そう簡単に事が進めば予言書に刻まれたりはしませんよ。君達の血は「呪いの血」とも言える存在の血です。忘れていませんか? 君達は魔神アガルダの手によって転生した存在なのですよ」
「!」
「だから、王女の命を救う儀式に置いて闇の血とも言える俺達の血を使うって事は、それだけ王女の自我に侵食しているマナの濃度が濃いって事でもあるんですよね?」
「そう。だから儀式も慎重に行わなければいけない。フェランド君、君も騎士なら分かりますね? 騎士の血は決して不用意に流すべき物では無い事を」
「は、はい……」
 自分達の血が紛れもない聖属性ではなく、魔属性だと言われて気付いたフェランドは安易に騎士が血を流す事の出来ない理由も同時に諭されて言葉を詰まらせる。騎士の血は主君の為に流し、主君の望みではない流血はあまりいい物でない事が定着していたからだ。
 ガイアは右手を顎に添えて少し考え込む、そして、アベルゾもガイアの考えている事には読めていたのか言葉を先に話す。フェランドはガイアの考えに困惑を持ってしまうが。
「ガイア君。君の性格からして自分1人の血で済ませようと考えていませんか?」
「……2人も必要はないでしょう」
「まぁ、結果論から言えばそれは間違いじゃない。ですが、それをフェランド君が受け入れるかは別問題ですよ」
「が、ガイア……俺だって血を流す位……」
「愛する相棒の血をいくら主君の為にとは言え流させたいと思うか?」
「男らしいと言えば聞こえはいいですが、君1人だけの血で足りればの問題ですよ」
 アベルゾが簡単に計算する血の量は成人男性でも立っているのが限界に近い、致死量に近い量が必要だとする試算表を見せる。それをフェランドは真面目に読んでからガイアの肩を掴んで泣きそうな表情で顔を横に振った。
 いくら鍛えているとは言え、自分1人だけで賄うには危険過ぎる量なのはフェランドも充分に理解出来たからだ。ガイアの肩を掴む手に力が入ってそれでフェランドの恐怖を窺い知る事もガイアには出来た。
「……分かった。でも、お互いに無理はしない。これが条件だ」
「分かった。ガイアも守ってくれるよな……?」
「相棒を信じれないか?」
「信じない方がいいですよフェランド君。彼の様なタイプは知らない所で無茶をするのが得意なタイプが多いですから」
「アガルダさん、一言余計です」
「ガイアが守らないなら俺にだって、か、考えはある」
「ほぅ? 何を考えてるんだ?」
「言う訳無いだろう!? 言ったら退路を断ってさせなくするのは分かっているんだからな!」
 ガイアの口車に乗せられない様にフェランドもなるべく語尾強めに話しているが、ガイアの事だから理解しているんじゃないかとフェランドは冷や冷やしている。ガイアもこの場で追及するのはとりあえず止めておいて、目先の事に話を戻す事にした。
 アベルゾの計画はこうである。まず王女の回復の為に行う儀式で使う血はガイアとフェランドの両名の血を使用。
 そして、回復の儀式にはアルフォードとエヴァの両名立ち合いの元で正式な手法を用いての儀式とする事であった。確かに今回の王女の儀式にも立ち合えている総団長アルフォードと防衛を担当しているエヴァも立ち会うのであれば無茶は許されないとフェランドも一安心する。
 だが、ガイアの中でその考えは無かった。アルフォードとエヴァが立ち会うのであればフェランドの分まで自分が担っても後はどうにかなる、と考えていたからだ。
「いいですか? 総団長アルフォード様とエヴァ様がいるからと言って無茶をした場合は、両者の間に接近禁止令を出して監視させてもらいますからね」
「……ちっ」
「そこまでするんですか!?」
「そこまでしないと君達は自分の身体を大事にしないでしょうからね。分かったらこの誓約書にサインをなさい。しっかりと守るとの誓約書になります。これに同意がないまま儀式を行えば騎士としての面目も保てないとなりますからね」
 アベルゾの瞳は本気で心配している瞳である。だからガイアも折れてペンに手を伸ばしサインを記していく、遅れてフェランドも。
 サインをされた誓約書を確認したアベルゾはそれをまとめてからルーデリッシュに手渡すと、ルーデリッシュはそれを持って戦略室から出て行った。アベルゾが肺の底から息を吐き出して最後にこう告げる。
「君達に何かあればレジェース本部だけじゃない、この国……スジエルの国全体が揺らぐのを忘れないで頂きたい」
「……」
「……はい……」
「君達はこの暗黒の世界での最後の希望なんですから」
 暗黒の時代を終わらせる為にも、今……ガイアもフェランドも失う訳にはいかない。それがどんな結果を招くとしても、どんな事実を背負ってきても、顔を背ける事は許されないのだとアベルゾは暗に2人へと伝えている。
 2人もまた自分達の背負っている運命に対しての責任を感じているからこそ、アベルゾの言葉に静かに従うしか出来ないのも理解は出来ているので歯痒さはあっても、理不尽だとは感じてないのであった。
 真実は時に残酷で、時に綺麗過ぎて、時に……悲しみを深めるだけの内容を含むのであった――――。
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