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1章

8話「その姿を見るだけで」

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 ノベルグとの謁見時に異母妹のアベリアについて情報を得たルグは、まだ太陽が上がらない時間に目を覚ましてベッドから立ち上がっていた。身だしなみを整えてヘルグが用意してくれている朝食を食べに食堂に向かうとヘルグが焼き立てのパンを用意してくれていた。
 椅子に座ってブルゾワースルの入ったカップを手に取り香りを頼んでいるとプレートにはパンケーキと果物、口直しの野菜が盛り付けられているのが目に入る。ナイフとフォークを手に取る為にカップをテーブルに置くとルグは早い時間ではあるが朝食を食べ始めた。

「本日は午後より物資部署との打ち合わせがございます。それ以外の予定はございません」
「分かった。館の皆達と傍の村に土産を持って帰りたいので見繕っておいてくれるかな?」
「承知しました。それで行かれるのですか?」
「……会うまではしないでいいと思っている」
「おや、それは意外ではございますね?」
「もし、その女性が間違いなくアベリアであるのであれば僕の元に来ると悲しみを増やすだけだと言える。そうでなくても、義母さんがアベリアを手放すつもりはないだろうからね」
「そのような気遣いをされても、ルグ様はアベリア様の事を大事に想われておいでです。困っている様な事があればお力を添えるおつもりでは?」
「それが僕なりの償いでもあるからね。さて、パンは何かな?」
「本日はバター多めのクロワッサンを焼いております」
「それは嬉しいね。ヘルグは本当、僕のモチベーションを上げるのが上手い」
「お褒め頂きありがとうございます」

 サクサクなクロワッサンをちぎって食べながらルグは妹の事を考える。この首都に義母と住んでいる事はある程度予想出来た事ではあったので驚きはあまりしていないとも言える。
 元々この首都に住んでいるのであればいつかは情報が上がってくるとは分かっていたが、ヘルグを使ってまで探していたのにはある事情があった。ルグが自分の命を早急に終わらせるつもりでいるからだ。
 死を看取って欲しい訳ではないが、館に残される者達の事を任せる事を頼みたいと考えていたのである。ルグは今でも生きる事を望んではない、いつかではなく、早急にこの人生を終わらせたい……そう考えているからこそ、アベリアを見付けたいと考えていたのである。

「それじゃ少し見てくる」
「はい、お戻りになる頃に昼食をご用意致しておきます」
「頼むよ」

 ヘルグに留守を任せて宿を出たルグは宿からメインストリートを通り、錬金術師達が店を構えるマイスター通りに足を向ける。マイスター通りは市場とは異なって静かな賑わいで栄えているのが伺えた。
 一軒一軒が錬金術師の個性が豊かに出ている店構えのウィンドウディスプレイを見ながら、目的の錬金術師の店を目指す。そろそろあるだろうかと考えていると店先の掃除をしている女性の姿が視界に入ってきた。
 白銀の髪を背中に流し、右耳には錬金術師としての証である星の形をした耳飾りをした女性。その女性をルグは物陰に身を潜めて目視する。

「アベリア~掃除が終わったら室内の整理を手伝っておくれ~」
「はーい、分かりましたー」
「……」

 店の中から聞こえてきた女性の名を聞いてルグは女性をしっかり確認する。間違いない、と断言出来たのはアベリアと呼ばれた少女の瞳がレッドアイだったのが分かったからだ。
 吸血鬼の女性は全員が赤い色のレッドアイを持つ。男の吸血鬼は皆が黄金色の瞳、ゴールドアイなのは今ではルデス大陸では常識である。
 それと同時にアベリアの瞳にはある特徴がある。それは吸血鬼の中でもディース家の血を引く者にはある模様が刻み込まれている。

「間違いない、遠目ではあるけれど……模様が浮かんでいた……お父様と同じ、魔法陣の模様が……」

 アベリアの瞳に浮かんでいる魔法陣の模様はルグの父親が自分の血を引く子供達に刻んだ模様で、これで子供を見分けていたのである。これは吸血鬼の一族の中では当たり前の行為であり、その行為をする事で生き別れた家族を見分ける役目を持っていたとされている。
 その行為で刻まれた模様のお陰でルグはアベリアを妹だと断定出来たのである。アベリアは外の掃除を使い魔だろう妖精族の小人であるコロポックルと共に終えると店の中に戻って行った。
 ルグはアベリアが錬金術師として生活をしている事を確認し、成長した姿を見れた事に満足して物陰から身を翻してメインストリートへと戻って行った。会う事はしないでいい、最後を終えた後に残した遺産や館を託す遺言書さえ渡す手配さえしてしまえばあとはアベリアの自由なのだと言い聞かせて。

「少し遠出してみるか。確か今日は魔導書の新商品が出ると書いてあったようだし」

 メインストリートから続く道の1つに魔導書を専門に扱う「ブックストリート」と呼ばれる道がある。このアルード国は錬金術がメインで栄えてはいるものの、その錬金術の土台は魔術であるのは誰でも知っている。
 魔術の呪文や知識を書き残している魔導書は錬金術師が好むが、一般的に日常的に使いこなす事も出来る初級の魔術もあるので子供の教育書としても親には好まれている。ルグもこの首都に来ると時間があれば魔導書を扱う店に通って新しい魔導書がないかと探す事もあるので、ブックストリートには馴染みがある。
 今日は昼まで時間がある事もあって、少し長い時間が取れそうな事もあってブックストリートへ足を向けてみる事にした。ストリートに入ると錬金術師達の使いで来てい使い魔達の姿があちらこちらに見られて、ルグは少しだけ微笑みを浮かべていた。

「さて、いつもの店は混んでいるだろうか……」
「おや、いらっしゃい。いつもどうも」
「今日発売の魔導書は置いているかな?」
「えぇ、置いていますよ。本日発売の魔導書は主に使い魔の合成について書かれておりますぞ」
「へぇ、そこまで踏み込んだ魔導書が発売されるなんて、錬金術師協会や魔術協会がよく許したね」
「そうですね。でも、今のノベルグ陛下になってから規制を緩和させて下さっている事もあって魔導書の質が上がっているのも事実です。お陰様でこのアルード国の錬金術は毎年研究が成果を挙げておりますからね」

 ルグは今日発売された魔導書全種を買い求めて代金を支払い小袋に入った本を片手に宿へと向かった。アルード国の錬金術は他の国ではあまり見られない方法を使用している事もあって、成果の質は高くてその技術を学びに他国から留学する者達も絶えない。
 だからこそ異種交流が盛んなのもそれが根底にあるとも言えるのだが。そして、この国を治めているノベルグは一見男のように見えるが純血の女性吸血鬼である事もあって、夫である王は今はいない。
 第一王女のジュピーンを産んだのも相手は知らされおらず一時期その血筋に不信感を抱いた者達により王政を反目が起こっていたが、ジュピーンの瞳に赤い色が確認された時、間違いなく吸血鬼の血筋が入っていると証明されて事は落ち着いたのではあるが。

「陛下のお相手についての調査はまだ水面下で動いているとも聞く。表面上は穏やかだが、火種は燻っているって事かな……」

 ルグの危惧する部分は、内部での反乱が起きる事。起きたら首都は間違いなく戦火に包まれて大勢の死者と犠牲者が出るのは言うまでもない。
 当然、首都に住むアベリアの身にも危機が迫る訳で。ルグなりに死ぬまでにはアベリアの身の安全を考えるべきだろうと思うのは兄として最低限な優しさではあった。
 宿に戻るとヘルグが調理しているのだろう、テーブルの上にルグが戻った時に飲めるように冷たい果実水が用意されていた。それをグラスに注いで喉を潤わせているとキッチンからはいい香りが漂ってくる。
 グラスを空にして再度果実水を注いで部屋に持って行くとサイドチェストに置いて、買ってきた魔導書を取り出し読み始める。昼までは軽く3時間半もあるので一冊は読み終える事は出来る。

「ルグ様」
「ん、もうお昼かな?」
「はい。おや、新しい魔導書でございますか? なんだかあまり見掛けない古代文字を使用しているようではございますが」
「使い魔の合成についての魔導書だね。教会もそれなりに配慮しているらしい」
「そう言う事でしたか。使い魔の合成ともなればそれなりの知識が要するものでございますから、基本の知識は必要でございますね」
「あぁ、こうして人材が育っていく事で国としても成長していくと言う事だ。アベリアも立派な錬金術として学んでいくだろう」
「間違いなかったのですね」
「あぁ、お父様の刻んだ模様がしっかりあった。錬金術師として生活しているのを見ると
義母様もアベリアには自由にさせているようだね」

 実際義母の事を探る事も考えたが、今更愛した男の息子とは会いたくないだろうと考えて止めている。そもそも、ルグにとってはアベリアの母、というだけで自分には血の繋がりがないので無関心でもあるのだが。
 ヘルグに案内されて食堂に入り昼食を食べ始める為に席に着いて一息吐き出す。そして、ヘルグのお手製の昼食を満足するまで味わってから食後のブルゾワースルを飲んで午後への活力を養う。
 午後の物資部署へはヘルグと共に向かい、領地の中にある村それぞれへの物資を輸送するルートを確認し合って、情報を共有していく事を済ませる。終わって宿に戻っている時にルグの視界には夕焼け空に染まる空が入った。

「そろそろ試行運転が始まる頃合いか」
「例の魔術船でございますか。上手くいくのでしょうか」
「だが、成功すれば移動手段も増えるし、なんなら移動時間の短縮も出来る。まぁ、最初の内は国同士の運用にはなるだろうけれど」
「夢と実行出来る可能性の確立は天秤でございますからな」
「アルード国の錬金術はそこまで出来るのか、見せるべき時なんだろう」
「戦争に繋がらなければ良いのですがね」
「本当だね」

 ルグとヘルグは空を見上げてそう呟く。このルデス大陸が戦火に包まれては生きる者達の安全な未来は見出せない。
 領地を預かるルグにとってもそれはあまり考えたくない現実絵ではあった――――。
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