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第三十九話〜望まぬ再会①〜

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 車内のBGMは、ほっしーセレクトのドライブに最適なノリノリの曲ばかり。
 彼と音楽の好みが合う私も、知っている曲ばかりの為ノリノリで口遊む。

 そんなノリに乗った私達がこれから向かう先は、映画も見られる県内最大規模の大型商業施設。

 休日だから、かなりの人混みが予想される。
 って事は……はぐれないようにって、手なんか繋いじゃったりして。

『今日はずっと繋いでいようね?』
『違うよ、その繋ぎ方じゃなくて恋人繋ぎこっちでしょ?』

 ナンチャッテ!!

 甘酸っぱい妄想をして一人で勝手に盛り上がっては、顔がどんどん熱を帯びてくる。

「ほっしー窓開けてもいい?」

「暑いならエアコン入れるよ」

 へぇ。
 外車なんて初めて乗ったけど、ウッド調のパネルが渋いと言うか、高級感があると言うか。

「これほっしーが買ったの?」

「いや違うよ。これは元々親父が乗ってたんだけど、最初兄貴に譲って、その後俺がこっち戻って来た時に兄貴から俺に譲られた感じかな」

「そうなんだ。カッコいいね!」

「そう? 相当古いでしょ。次の車検前に新しいの欲しいけど、一人暮らし始めちゃったしなぁ」

 ふむふむ。
 この天井は何だろう?
 もしや、これが噂のサンルーフってやつ?
 それに今気づいたけど、このシート本革だ!
 心なしかお尻も暖かいような……?
 外国の車って、お尻まで温めてくれるものなのか!

 せっかく一生懸命説明してくれるほっしーを他所に、キョロキョロ視線を右往左往させる私。

「そんなに珍しい?」と彼に声を掛けられるまで、子供みたいに夢中になっているのに気がつかなかったほど。

「ご、ごめん。外車乗るの初めてで、浮かれたと言うか何て言うか。これじゃ子供みたいだよね。恥ずかしい……」

「いや……。さっきからもう全部可愛い過ぎて……」

 そう言ったほっしーは、信号が赤になって停車した隙に、また不意打ちで私にキスをした。

私は朝からちょっとおかしい。
 変だ。

 もしかしたら、生理前で食欲と共に性欲が高まっているのかもしれない。

 映画館の券売機でタッチパネルを操作する長い指先も、鼓膜を震わせる低くて少し掠れた声も、全部官能的ないやらしいものにしか思えなくて。

 鑑賞中も気が気じゃなかった。

 肘掛けで時折触れる肌の感触、彼に譲ろうと離れようとしたら、指先ごと絡め取られて。

 繋がっているのは指先なのに、まるで身体中愛されているような気になるのは何故だろう。
 

「どう? 面白かった?」

「う、うん! 作画とか思っていたよりもすごい良くて、感動しちゃった!」

 本当は、隣にいる人が気になって気になって集中出来なかったなんて、口が裂けても言えない。
 迎えに来てくれただけでなく、映画代から飲み物代まで全部彼に出してもらったから余計に。

 私ったら、せっかくの記念すべき初デートなのにぃ。
 バカバカ!
 でも待って、よく考えてみれば、あんなに何度もキスするほっしーが悪いんじゃない?

「俺、ちゃんと原作読んだ事ないんだよね。買っちゃおうかな」

「あ、良かったら今度貸すよ! 読んでみて気に入ったら揃えたら?」

「じゃあお言葉に甘えてそうするかな」

「次会う時に持って行くね!」

 あれ?
 いつまでも反応がないのをおかしいと思い隣を見上げれば、頬を染めた彼が口元を手の甲で押さえてるのが目に映る。

「どうしたの?」

「いや、普通に次の約束してるのが嬉しくて」

 白い歯を無邪気に見せる彼が可愛過ぎて、心臓がギュンギュン締め付けられる。
 本当に私をキュン死させるつもりなのか?
 それならばもうヤメテクレ。
 このまま行くと、後一撃で確実にヤられる。

 予想以上の喧騒の中、彼の姿しか目に入らない。
 他の人はただの風景の一部。

 この広い空間、人混みの中に、存在してるのは私と彼だけ。

 そんな錯覚を起こすほど、今日の私は彼の仕草一つ一つが愛おしくて仕方ない。

「あ、そうだ! 本屋さん寄ってもいい? ちょっと見たい本あるの」
 
 このまま一人で浸っていると危険だ。
 今すぐ二人きりになりたい願望を抑え、気分を沈静化させる為の提案を投げかけると、彼は快く承諾してくれた。

「いいよ、反対側だよね?」

「そう! ちょっと歩くけど」

 映画館も入る大規模な商業施設では、足元のチョイスが移動の鍵を握ると言っても過言ではない。
 今日はスニーカーを履いてきて大正解。
 スイスイっと、人混みをすり抜ける足取りは二人とも軽やかで、あっという間に目的地へ到着した。

「ほっしー、私あっち見てくるね。もし見失ったら後で電話鳴らすから」

「分かった。俺も適当にその辺見てるからごゆっくり」

 ほっしーに手を振り私が向かう先は、福祉・教育関連の書籍が揃うコーナー。

 職場の上司に薦められた本をいくつかピックアップし、内容によっては購入しようと考えている。

 ふふ。
 なんて勤勉な私。

 ほっしーと再会してから、仕事への熱意も今まで以上に高まっているのを感じる。

 ここの書店はなかなか品揃えが良いので探しがいがあるな、と商品棚の上段へ手を伸ばした瞬間――聞き覚えのある低い声が背後で響いた。

 顔なんて見なくても分かる。

 今後一切会いたくなかった人。

 もう二度笑顔で会えなくなった相手。

 そう、その声の持ち主は元カレの雅成まさなりだ。
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