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第三十六話〜手加減しない②(side 千輝)〜
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終わってからすでに一時間弱、未だに彼女は目を覚まさない。
腕の中にすっぽり収まるほど小さい彼女。
あの頃よりずっと華奢になった身体を、欲望の赴くまま揺らし続けたのかと思うと、残された一欠片の良心で胸がチクリと痛む。
〝今度こそ俺の手を取って。そして離さないで〟
どこまでも身勝手なこの囁きは、健やかな寝息を立てる彼女には届かない。
「絃ちゃん、いと? 起きないの?」
「も、すこし……」
「分かった、いいよ。起きたら一緒にお風呂しようね?」
「ん……」
綿飴のように白くてふわふわの頬に、そっと指先を滑らせる――その瞬間に見せる反応がまた可愛くて、飽きずに何度も同じ事を繰り返す。
「ぅうん……な、に?」
「ごめん、起こした?」
「だいじょぶ……」
流石にしつこく触り過ぎたようだ。
もう少し無垢な寝顔を堪能したかったのに。
瞼を擦り瞳を開け、また重たそうな瞼をゆっくり閉じる。
何度か同じ事を繰り返した後、彼女は半身を起こし掛け布団で胸元を覆うと、ヘッドボードに背中を預けた。
「私……寝ちゃったんだね。途中から記憶ない」
「ごめんね。絃ちゃんが可愛過ぎて止められなかった」
「あ、またいっぱい……」
胸元に残された痕を見つけた彼女は、困惑の表情を浮かべ呟く。
アレが子供じみた所有欲だと言う事は、自分でもよく分かっている。
それでも、鼻孔を掠める女性らしい柔らかな香り、しっとりと手に絡みつく白い柔肌を前にして、自分の欲求を抑える事がどうしても出来ない。
透けるほど白い肌に映える、鮮やかな鬱血痕。
会えない間、それを見る度に少しでも俺の事を思い出して欲しいから。
それに――
「嫌だった?」
「……嫌って言う訳じゃないけど、着る服によっては困るでしょ」
「一応、見えないところにしてるけど、それでもダメ?」
「だって、どうしていつもこんなに痕つけるの?」
〝マーキングだよ〟
でもこれは教えてあげない。
今はまだ分からなくていいよ。
勢いついた彼女は、更にこうも続ける。
「あのさっ、あと私の事好きって本気なの?」
「逆に何で信じてもらえないの?」
「だって……まだ再会したばかりなのに……」
悲しそうに顔を歪めた彼女は、そのまま口を噤んでしまった。
なるほどね。
この様子だと、きょうちゃんから何も聞いてないんだな。
俺が連絡したがっていた事、当時の絃ちゃんが聞いていたら……。
いや、過ぎた事を今更どうこう言っても仕方ない。
今はこれ以上何か伝えても、彼女を困惑させるだけだ。
時間ならいくらでもある。
絃ちゃんをどれだけ長い間想っていたかは、少しずつ時間をかけて分かってもらえばいい。
「俺は、会う度にどんどん好きになるから、逆に困ってるくらいだけど?」
「――っ!!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、まさに今の彼女のような顔を言うのだろう。
大きく目を見開いた絃ちゃんは、ギュッと布団を握りしめ微動だにしない。
困らせたい訳じゃないんだけどな。
何を言っても信じてもらえないのはけっこうキツい。
「困らせるつもりはないから、そんな顔しないで。俺の気持ちを知ってもらえたら、今はそれでいいから」
「でも……」
「絃ちゃんが嫌ならこういう事もなるべく我慢する。だから、これからも二人で会いたい」
「なるべくなの?」
手加減しないと言いながら、やはり嫌われるのが怖い。
そう思って、譲歩するような言葉を保険として付け加えれば、表情を綻ばせた彼女にホッと胸を撫で下ろす。
「うん、なるべく。二人でいるとすぐしたくなるから。でもそれは、絃ちゃんが悪いと思う」
「え、どうして!?」
「どうしてって、絃ちゃんがすぐ俺を誘うからでしょ?」
「誘ってない! 絶対誘ってない!!」
納得いかない、というように彼女は口を尖らせ、首を激しく横に振り抗議する。
「分かった、ごめんね。俺が我慢出来ないだけだね。でも、絃ちゃんが可愛い過ぎるのが悪いのは本当だよ」
「……私、褒められるのにあまり免疫ないからもうその辺にして」
眉間に皺を寄せた絃ちゃんは、今度は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
やっぱり彼女は見ていて飽きない。
でも次は思い切り喜ぶ顔が見たい。
今の困り顔もさっきの泣き顔も可愛いけど、彼女には笑っていて欲しいから。
これからはいつも俺の隣で。
「次の休み、二人でどこか行かない?」
「どこか?」
「うん。家まで迎えに行くから一緒に映画でもどう? ほら、絃ちゃんの好きなアニメの劇場版、もう公開始まってるよね?」
「行く!!」
身を乗り出し、キラキラに輝いた瞳で、食い気味に返事をする彼女が堪らなく愛おしい。
ほら、やっぱり絃ちゃんは笑顔が一番似合う。
腕の中にすっぽり収まるほど小さい彼女。
あの頃よりずっと華奢になった身体を、欲望の赴くまま揺らし続けたのかと思うと、残された一欠片の良心で胸がチクリと痛む。
〝今度こそ俺の手を取って。そして離さないで〟
どこまでも身勝手なこの囁きは、健やかな寝息を立てる彼女には届かない。
「絃ちゃん、いと? 起きないの?」
「も、すこし……」
「分かった、いいよ。起きたら一緒にお風呂しようね?」
「ん……」
綿飴のように白くてふわふわの頬に、そっと指先を滑らせる――その瞬間に見せる反応がまた可愛くて、飽きずに何度も同じ事を繰り返す。
「ぅうん……な、に?」
「ごめん、起こした?」
「だいじょぶ……」
流石にしつこく触り過ぎたようだ。
もう少し無垢な寝顔を堪能したかったのに。
瞼を擦り瞳を開け、また重たそうな瞼をゆっくり閉じる。
何度か同じ事を繰り返した後、彼女は半身を起こし掛け布団で胸元を覆うと、ヘッドボードに背中を預けた。
「私……寝ちゃったんだね。途中から記憶ない」
「ごめんね。絃ちゃんが可愛過ぎて止められなかった」
「あ、またいっぱい……」
胸元に残された痕を見つけた彼女は、困惑の表情を浮かべ呟く。
アレが子供じみた所有欲だと言う事は、自分でもよく分かっている。
それでも、鼻孔を掠める女性らしい柔らかな香り、しっとりと手に絡みつく白い柔肌を前にして、自分の欲求を抑える事がどうしても出来ない。
透けるほど白い肌に映える、鮮やかな鬱血痕。
会えない間、それを見る度に少しでも俺の事を思い出して欲しいから。
それに――
「嫌だった?」
「……嫌って言う訳じゃないけど、着る服によっては困るでしょ」
「一応、見えないところにしてるけど、それでもダメ?」
「だって、どうしていつもこんなに痕つけるの?」
〝マーキングだよ〟
でもこれは教えてあげない。
今はまだ分からなくていいよ。
勢いついた彼女は、更にこうも続ける。
「あのさっ、あと私の事好きって本気なの?」
「逆に何で信じてもらえないの?」
「だって……まだ再会したばかりなのに……」
悲しそうに顔を歪めた彼女は、そのまま口を噤んでしまった。
なるほどね。
この様子だと、きょうちゃんから何も聞いてないんだな。
俺が連絡したがっていた事、当時の絃ちゃんが聞いていたら……。
いや、過ぎた事を今更どうこう言っても仕方ない。
今はこれ以上何か伝えても、彼女を困惑させるだけだ。
時間ならいくらでもある。
絃ちゃんをどれだけ長い間想っていたかは、少しずつ時間をかけて分かってもらえばいい。
「俺は、会う度にどんどん好きになるから、逆に困ってるくらいだけど?」
「――っ!!」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、まさに今の彼女のような顔を言うのだろう。
大きく目を見開いた絃ちゃんは、ギュッと布団を握りしめ微動だにしない。
困らせたい訳じゃないんだけどな。
何を言っても信じてもらえないのはけっこうキツい。
「困らせるつもりはないから、そんな顔しないで。俺の気持ちを知ってもらえたら、今はそれでいいから」
「でも……」
「絃ちゃんが嫌ならこういう事もなるべく我慢する。だから、これからも二人で会いたい」
「なるべくなの?」
手加減しないと言いながら、やはり嫌われるのが怖い。
そう思って、譲歩するような言葉を保険として付け加えれば、表情を綻ばせた彼女にホッと胸を撫で下ろす。
「うん、なるべく。二人でいるとすぐしたくなるから。でもそれは、絃ちゃんが悪いと思う」
「え、どうして!?」
「どうしてって、絃ちゃんがすぐ俺を誘うからでしょ?」
「誘ってない! 絶対誘ってない!!」
納得いかない、というように彼女は口を尖らせ、首を激しく横に振り抗議する。
「分かった、ごめんね。俺が我慢出来ないだけだね。でも、絃ちゃんが可愛い過ぎるのが悪いのは本当だよ」
「……私、褒められるのにあまり免疫ないからもうその辺にして」
眉間に皺を寄せた絃ちゃんは、今度は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
やっぱり彼女は見ていて飽きない。
でも次は思い切り喜ぶ顔が見たい。
今の困り顔もさっきの泣き顔も可愛いけど、彼女には笑っていて欲しいから。
これからはいつも俺の隣で。
「次の休み、二人でどこか行かない?」
「どこか?」
「うん。家まで迎えに行くから一緒に映画でもどう? ほら、絃ちゃんの好きなアニメの劇場版、もう公開始まってるよね?」
「行く!!」
身を乗り出し、キラキラに輝いた瞳で、食い気味に返事をする彼女が堪らなく愛おしい。
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