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第二十九話〜二度目の夜③〜※

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 終わった後枕をポンポンされて、そのままほっしーの胸元に吸い寄せられるように顔を埋めた。
 鼻孔に広がる彼の匂いは、アロマみたいな安心感を私に与えてくれる。
 その彼は私の頭を撫でたり、おでこにキスをしたりと、何故か甘い雰囲気は事後も継続中。

「ほっしー、あの……さっきのすごく良かった」

「ん? ほんと?」

 掠れ声の彼が息を呑む。
 ここから表情を伺い知る事は出来ないけど、頭上に響くのはとても心地良い優しい声色だ。
 だから、つい気が緩んでペラペラと余計な事まで話したくなってしまった。

「元カレと別れる時にね、『絃はエッチ好きじゃないじゃん』って言われたの。だから浮気した、みたいな感じで」

「何それ?」

「自分なりに彼の事は受け入れてたと思うんだけど、相手にとっては違ったのかなって。私とするのつまらなかったのかなって……」

「……絃ちゃんの好きだった人を悪く言いたくはないけど、浮気したのを彼女のせいにするのって最低じゃん。どんな言葉を使っても、絶対正統化なんて俺は無理だと思うよ」

 それにさ、と言って更に彼は続ける。

「俺は絃ちゃんとするのつまらないなんて思ってないよ。むしろもっとしたいって思ってる。今も」

「ほっしーは本当に優しいね。ありがとう」

 香水なのか、良い香りにほんのり混じる彼の汗の匂い。
 汗を滲ませるほど頑張ってくれたのかと思うと、胸がほんわか温かくなる。

 今の言葉だって、優しい彼のリップサービスなのは分かってる。
 元カレは、終わると私を放置して寝ちゃう人だったから、ピロートークを楽しむなんて夢のまた夢で。
〝賢者タイム〟なるものが男の人にあると友人に教えてもらうまで、エッチ後にアッサリする元カレに戸惑ったり悲しくなったりしてたんだよね。
 ま、それを知ってからも、やっぱり背中を向けられるのは寂しかったけど。

 だから、こういう彼の優しさと気遣いが嬉しくて仕方ない。
 この人の彼女になる人が羨ましい、なんてそんな事を私が思ったらいけないのに。

「それに、絃ちゃんすごく可愛いかった」

 考えてみれば、今まで事後に褒めてもらう事も一度もなかったな。

「……だから、そう言う事は言わんでええ!」

「照れてるの?」

 無言の意味を彼は肯定的に捉えたらしく、「可愛い過ぎてヤバい」と言って強く私を抱きしめた。


 彼はセラピストか何かなのだろうか? 
 傷心の女性を、文字通り優しい言葉と身体の温もりで癒してくれる人。

 彼といる時は、すごく満たされて温かい気持ちになれる。
 心の中にあるトゲトゲが、まん丸になって、そのうち違う形になりそうなのが怖い。
 そうなる前に離れなきゃ。
 離れなきゃいけないの――

「もう帰らなきゃ。寄り道するとは言ったけど、こんなに遅くなるとは伝えてないの。このままだとみんな心配するから」

「そうなの? じゃあ今から連絡すれば良いんじゃない?」

「そうじゃなくて……。だから、あの、もう離して?」

「離さないって言ったら?」

「くる、し……」

 息をするのが苦しいほどに彼の腕が更にキツく締まる。

 蚊の鳴くような声で「お願い」と懇願すれば、彼からの提案に再度困惑する羽目になる。

「泊まる連絡するなら離してあげる。でもそうじゃないなら、離してあげない」

「でも……」

「絃ちゃんだって分かってるでしょ? コレ……」

 うん、知ってた。
 お臍に当たる、彼の昂り。
 時が経つほど硬度を増すその昂りに、そっと手を伸ばした。
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