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第二十話〜寂しい朝(side 千輝)〜

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前期の試験を終えた大学一年の夏休み。
 大学生活にも一人暮らしにも慣れ、久々に絃ちゃんの顔が見たくなった。
 受験と新生活のバタバタが落ち着いた事で、ようやく自分の気持ちに向き合う事が出来たから。
〝ほっしー〟って、あの落ち着いた声で俺の事を呼んで欲しくなって。

 新しく見つけたバンドの話、新生活の話、失恋後あれからの自分の話。
 積もる話が山ほどあった。
 通信アプリを起動し、履歴から彼女の名前を探す。

 でも、いくら画面をスクロールしても、彼女の名前はどこにも見当たらなくて。
 今度はゆっくりと、少しずつ、一つ一つ名前を確認しながらスクロールさせる。

〝メンバーがいません〟

 一つだけ見つけた表示に、心臓がドキリと嫌な音を立てた。

 タップして開いた画面には、彼女とのやり取りがたくさん残されていて。
 最後にやり取りをした日付は、年明けの新学期が始まる直前の〝あの日〟だ。
 ほんの半年前まで出来ていた事が、この画面からは二度と出来ないなんて。

 慌ててきょうちゃんに連絡すると、絃ちゃんが携帯を変えていた事、バイト先で知り合った大学生といい感じになってる事を聞かされた。

 絃ちゃんには、今そんな相手がいるのか。
 何だろう。
 胸の中に芽生えた、この喪失感とも思える寂しさは。
 俺は、何かとても大切なものを今まで見逃していたんじゃないか。
 そんな事が頭をよぎっても、全てが後の祭りで。

 何度か絃ちゃんと連絡を取りたいと匂わせても、きょうちゃんにそれとなくかわされ続けて。
 一度だけ理由を詰めたら、絃ちゃんには夢中になってる彼氏がいるから邪魔するなとハッキリ言われ、そこでようやくきょうちゃんの意図を理解したし、自分の中で何かが音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 大学生活では付き合いの中でテキトーに酒と煙草を覚えて、キスする時臭うから嫌だと言われて煙草だけは止めて。

 友達に誘われるがままテキトーなサークルに入って、そこでテキトーに女の子と遊んで、試験はテキトーにパスして。

 俺はわざわざ県外まで何しに来たんだろう。
 やっと将来の事を真剣に考え始めた大学三年の春、親の勧めもあって就職先を地元に絞った俺は、大学の学内講座を受講して地元の公務員試験を受ける事を決めた。

 地元市役所に採用が決まった時は、親が泣いて喜んでくれたっけ。


***


「兄ちゃんって、処女の子とした事ある?」

「何それ? お前の話なの?」

「いや、別に」

「ふーん。した事ならあるけど、千輝は何が聞きたいワケ?」

「ただの友達っつうか、好きでもない男相手に処女捨てる女の子っているのかな?」

「中にはいるかもしれないけど、あんまりいないんじゃないか? 女の子って、男よりも〝初めて〟を大切にするイメージあるけど」

「そうだよな。そうだよ……」

 それなのに、俺は――

 
***


「ん……い、とちゃん……?」

 ん?
 なんか、懐かしい夢でも見てた……?
 でも内容が全く思い出せない。
 
 ぼんやりした頭のまま隣に手を伸ばせば、そこにあるのは昨夜あれほど感じた温もりではなく、冷え切ったシーツの感触。
 彼女に貸した筈のTシャツは、枕元で売り物みたいに綺麗に畳まれている。

 慌てて身体を起こし部屋を歩き回っても、狭い部屋の中どこにも絃ちゃんの気配は感じられない。

 まさかと思い、玄関ドアのポストを確認すると、予想通り鍵のぶら下がったキーホルダーが出てきた。
 一気に脱力した俺は、その場にしゃがみ頭を抱える。

「マジかよ……。黙って帰るとか……」

 先月、引越し祝いに兄ちゃんからもらった、壁掛けのレトロなバス時計。
 時計の短針は、黒い文字盤の〝9〟を指している。
 
 昨晩、正直言って飲み過ぎた。
 元々そんなに酒は強くないのに。  
 久々に再会した同級生が、予想以上に綺麗になっていたから。

 高校の時とは違い、髪の色はかなり明るくなっていて、その可愛いらしい雰囲気に合う纏め髪に、パーティに相応しい華やかな化粧。
 淡いブルーのドレスは、色白で小柄な彼女によく似合っていた。
 胸元のレースから覗く鎖骨にドキッとして、主役のきょうちゃんには悪いけど、花嫁よりも隣の女の子をずっと見ていたかった。
 
 緊張を誤魔化し喉の渇きを潤す為に、風呂上がりにビールを一気飲みしたのが効いたんだ。
 絃ちゃんが出て行く物音に、一切気づかないほど爆睡するなんて。
 久々にやらかした。

 壁のコンセントで充電したスマホを手に取り、通信アプリを起動したところでハッと思い出す。
 あ……俺馬鹿だ。
 馬鹿過ぎるだろ。
 何で最初に連絡先聞いておかないんだよ!
 

 諦めに近い境地で、ベッドにボフッと音を立ててダイブすると、そこに残されたのは、自分と同じようで少し違う彼女の香りだけ。

 あのまろやかな手触りの身体が、媚びるような甘ったるい嬌声が、心地良く纏い付く泥濘が、どうやっても頭から離れていかない。
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