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4話
しおりを挟む「いけません奥様…!旦那様が帰ってこないからとそんな…っ許されません!」
「止めないでロラ……私……私……もう我慢できないの」
薄暗い寝室。強張った表情で後退さるロラに一歩、また一歩と近づく。
カツン、と足をぶつけ、『きゃっ』と存外可愛い声をあげ背後のキングサイズベットに倒れ込んだロラをギラギラと見下ろした。
いつもの厳格な姿からはありえない困惑した顔を覗き込み、私は彼女を禁断の園に誘い込んだ。
「ロラ、夜ラーメンキメよう」
話は昨日まで遡る。
「奥様……リナは………リナは当分夜食を食べません!」
昨晩、入浴後ずさるに突然宣言してきたリナに、私はポカンと口を開けた。
「………え、うん。そう……私も当分食べないかなぁ」
「え!?」
そう言うと今度はリナがポカンとしてしまった。数秒後、リナの顔はみるみる悲しげになり『うう……やしょく……でも……お腹もちもち……』と目を潤ませた。
なんだかよくわからないけど夜食は食べたいらしい。
でも、私今ヤケ食いするほどムカムカしてないんだよね。それこそ昨日までは旦那様が帰ってこないから不安でいつも落ち着かなかったけど、今はそこまでじゃないってかんじ。
どうせいつか帰ってくるんだしそれまでリナ達とわちゃわちゃするか!みたいな。
まあもし旦那様が浮気してると本格的にわかったらヤケ食いどころかヤケ飲みが始まるだろうけど……ふふ……最悪な妄想に危うく死にかけていると、いつのまにかリナが爆発していた。
「うっ……うっ……私……私……わぁぁぁぁん!」
「リナ?リナーー!!」
ブラシを持ったまま走り去っていくリナに手を伸ばすも、泣きながら部屋を出て行ってしまった。
「リナ……さては私からセザールに乗り換える気なんじゃ……」
そんなことがあったのが1日前のこと。その日私は夜中起きることなくぐっすり眠りについたのだった。
───そして翌朝。私はロラからとんでもない予定を知らされた。
「奥様、急な話ですが……明日のお昼にシルヴィア様がいらっしゃいます」
「えええええ!」
持っていたフォークを落としかけるほどに驚いた。
いや急すぎるわよ!シルヴィア様って、シルヴェストル様の妹君のあのシルヴィア様でしょ!?シルヴェストル様と同じ銀髪にシルヴェストル様と同じ青い目にシルヴェストルによく似たお顔の超絶美少女の!
「と、泊まっていくの?」
「はい……そのようです……」
「ええええ!おもてなし……おもてなしの準備を……」
「それは問題ありません。滞りなく進んでおります」
「はぁ……ありがとうロラ……私も手伝えることがあったら言ってね」
そう言いつつ、おそらく私に手伝えることなんてないだろう。それより今すぐに頭を公爵夫人モードに切り替えねばならない。内心戦々恐々としながら、私はパンを口に運んだ。
その日は幸い予定が少なかったので、セザールと明日に出す食事の打ち合わせをしたり、シルヴィア様の部屋の確認などをした。
そこそこ体も動かして、その日もすっきり眠れる……はずだった。
「どうしよう……ラーメンが……食べたい………!」
カチ、カチ、と時計の針の音が響く薄暗い寝室で、私はベットと扉のちょうど真ん中でうずくまっていた。
気持ち的には今すぐこの足で厨房へ走っていきたい。
しかし私の理性が『よしなさい!明日は大事な日なのよ!』と叫んでいる。
それはそうだ、こんな夜中にラーメンなんて許されるはずがない……。こんな時間に熱々のスープに絡んだ麺を思う存分啜りたいだなんて……!
しかしダメだと思えば思うほど、欲望は大きく膨らんでいく。
そうだ寝よう。寝ればきっとラーメンのことも忘れるはずだ。
そう言い聞かせベットに向かってのろのろと足を引きずり、スプリングの効いた布団に大の字になる。
……
……
だめだ……眠れない……!
緊張して眠れない……!
布団の中で頭を抱える。
………明日が来なければ良いなんて思うのは久しぶりだ。
こんなにラーメンを食べたいと思うのも現実逃避の一種なのだろう。
はぁ……シルヴィア様に『お兄様にふさわしくない!』とか思われてたらどうしよう……。
「……今日リナがいなくてよかった。いたら間違いなく厨房行ってたわ」
1人でボソリと呟いた、その時だった。
「奥様……?まだ起きてらっしゃるのですか?」
決意を鈍らせる生贄が、自らの足でやってきた。
「奥様……もう一度問います。考え直す気はございませんか」
「お願いロラ、止めないで。私今ラーメンを食べれば、明日頑張れる気がするの」
「………本当なんでしょうね」
腕をまくる私をジト目で睨みつつ、なんやかんやエプロンを着せてくれるロラ。
紆余曲折でラーメン同盟を組んだ私たちは今、真夜中の厨房で罪を犯そうとしている──
──それはそうと、このエプロンどこから出てきたんだろう?
「ねえロラ、これもしかして、私のために用意してくれたの?」
「……服を汚されたくなかったので!たまたま街で見かけたので!買ってきただけですっ!」
なんとわざわざ街まで行って買ってきてくれたらしい。
改めて真新しいエプロンを見下ろす。色は渋めのワインレッドだけど、裾を飾る大きめのレースが可愛らしい。
「ありがとうロラ!超可愛い!」
「………」
くるりと回って礼を言うと、ツンとそっぽを向く顔がほんのり赤くなっていて可愛い。
セザールがちょっかい出すのもわかるなぁ。やる気が出てきた私は、拳を天井につきあげた。
「よし!久々にラーメンを摂取するぞー!」
「はぁ……ところで、ラーメンはどうやって作るんですか?」
当然のように私と色違い(青)のエプロンを着出すロラがコテンと首を傾げる。
私はにやけながら、例のブツが入っている戸棚の前に立った。
「ふっふっふ、実はこんな時のために隠していたのだよ……サッポ○一番しょうゆあ………え…………
戸棚の引き出しをあけ、リナですら知らない戸棚の中板を外す。
そこに入っているはずの袋を取り出そうとして……
「………いやァァァァ!!」
私は絶叫した。
うそ!
ない!
私のサッポ○一番がない!!
チャ○メラも!出○一丁も!!!
いやぁぁぁ!誰よ私の貯食を持っていったのは!!
真っ青な顔で戸棚を漁った私は、中から一枚の紙切れを発掘した。
『 ごめーん(´>ω∂`)庭師と執事長と3人で一緒に食べちゃった♡ 』
「……この文字、セザールですね」
「………………………」
私は絶望のままに膝から崩れ落ち、涙を流した。
……セザール…あの男……絶対に許さない……!!!
私はギリリと歯を軋ませ、今ここにいない料理長にキレた。
どうしてくれんのよ!
私が今日、どれだけラーメンを食べたかったと思ってるの!?こんなによ!こんなに!!
「仕方がないですね。今日のところは諦めて……」
「………作るわ」
「え?」
低い声でそう宣言した私に、完全に帰る気だったロラが訝しげに首を傾げる。
「ですが、この邸にはもうラーメンはないのでしょう?どうやって……」
「ロラ、重曹を持ってきて」
「重曹!?」
意味がわからないと困惑するロラ。しかし私の固い意志を感じ取ったのか、ため息をついて背を向けた。
彼女に絶対ラーメンを食べさせてやることを違う。この程度で諦められるほど、私の腹は上品ではない。
私は……私は絶対今夜、ラーメンを食べてみせる!
私は乾物コーナーへ向かいスパゲッティと乾燥わかめ、海苔を手に入れた。ついでに調味料コーナーからもいくつか調味料を失敬する。
鍋でお湯を沸かしていると、ロラが重曹を持って戻ってきた。
「ありがとう、ロラ」
「いえ、それより重曹なんてなにに使……ひゃぁぁぁ!!何してるんですかぁ!」
沸騰した鍋の中に塩とスプーン2杯くらいの重曹、2人分くらいのスパゲッティをいれると、今度はロラが絶叫した。
「ふっふっふ、なにって、ラーメンに使う中華麺をつくってるのよ」
「チュウカメン…?!」
時間はスパゲッティを茹でる時間より少し長め。茹でている間に今度はスープ作りに取り掛かる。
「ロラ、なんかこう、じゃーん!って感じのどんぶり持ってきて!!」
「じゃーん…?わ、わかりました……」
さて、私はやってくれたセザールにちょっとした意趣返しのお時間だ。いつも使う冷蔵庫ではなく、セザールが使っている冷蔵庫を躊躇いなく物色する。
お、こんなところにハムがある!しかも厚切りのやつ!もーらい!
ついでにニンニクチューブと野菜庫からネギをゲットし戻ると、仕事の早いロラがいい感じのどんぶりを持ってきていてくれた。
外側は朱色、中は白に赤線と、まさにラーメンを入れられるために生まれてきたかのようなどんぶりだ。
「グッジョブ!ロラ!悪いけど、今度はネギと、このハムをいい感じに切ってくれない?」
「りょ、了解です!」
おっと、こうしてる間にもうすぐ麺が茹で上がる。
その前に、急いでるさっき持ってきた調味料をどんぶりに投入していく。
醤油と麺つゆは多めに、粉末状の鶏ガラスープ、オイスターソース、にんにくチューブ、ごま油はティースプーン一杯くらい、乾燥わかめは多めに入れちゃおう。あと胡椒も忘れずに。
「わあ……」
「ロラ、ここにやかんの中のお湯をいれてくれる?」
「は、はい!」
それらが入れ終わった頃にちょうど麺が茹で上がったので、ザルに上げ、流水でさっと洗いぬめりを取る。
そしてロラがお湯を入れてくれて完成したスープに麺をいれ、手早くロラが切ってくれたハム、ネギ、海苔をもりつけた。
「できたー!」
「こ、これは……」
じゅるりと涎が出そうになるのを抑える。これは……これは完全に、ラーメン!
「さ、伸びる前に食べましょ!いただきます!」
「は、はい!いただきます!」
私が待ちきれずラーメンの前で手を合わすのを、ロラがおずおずと真似する。
私はスパゲッティだったものとは思えないちゅるりとした麺を箸で持ち上げ、スープによく絡んだそれを啜った。
「……!~!~~!!」
「………!!」
昔じっちゃんが作ったのを見ていただけで自分で作るのは初めてだったが、大成功だった。
これはまさしく、ラーメン。弾力ある食感につるりとした喉越し。中華麺独特の香りまでしっかり再現できている。
続いてレンゲでスープをすくい口に運べば、ほのかなごま油と鰹とオイスターの奥深い香りが鼻を抜け、あっさりとした塩辛さが喉を通る。バラバラになりそうなそれぞれの素材をピリリとした胡椒がしっかり統一している。
それをしっかり絡ませた麺を啜る箸が止まらない。半分ほど食べ進ませたところで海苔の存在を思い出し、海苔で麺を包むようにして口に運んでみた。
海苔の香りがスープと完全にマッチしている。パリパリした海苔も好きだけど、スープで少しふやけた海苔も格別だ。
今度はロラが切ってくれた、セザールのハムを齧る。食べ応えのあるハムは何もつけていないのに濃厚な味わいで、さすがセザールが隠すだけのことはある。
無言で無限ループにはまっていると、気がつくとどんぶりが空になっていた。
は……っ私とことがなんてことを……!まさかこんな時間にスープを飲み干してしまうなんて…っ!
頭を抱え絶望しつつ満足感に浸っていると、隣で全く同じ状況に陥っているロラの姿があった。
「………………ヴィヴィアーナ様……」
「0時に食べたからカロリー0よ」
なにはともあれ最高だった。
さ、明日からまた頑張ろ。
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感想ありがとうございます!
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