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第46話

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火曜日。体の節々はまだまだ痛いけれど、なんとかぎくしゃく動きながら俺は登校した。
「フレー、フレー、ピロユキ!」
瞳が旗を振って応援してくるのがうっとおしい。
俺はスルースキルを発揮しながらなんとか平常心を保っている。
ぎこちない動きで靴を脱ぎ、上履きに履き替えて、よたよたと階段を上っていると、なぜか俺のその様子を本山がしれっとスマホで撮っている。
いやいや。おかしいでしょう。
ってか、本山よ…。おまえは、いつからそこにいたんだ?
地味に怖いんですけど…。
「え…何?」
「いや、初ダンスを踊ったあと、1日休んでからの筋肉痛の記録をとっている。」
「それ…いるの?」
「まぁ、銀子の指示だから…。」
俺はがっくりと肩を落として、無言で教室までの道のりを進む。
本山も無言で俺を撮影しながら後からついてくる。かなりシュールだ。
この絵は誰得なんだ?
需要があるとはとうてい思えない…。
教室に入り、かばんの中身を出していると、本山が俺の前の席に座った。
「いや、おまえ自分の教室に返れよ。」
俺があきれて言うと、本山が俺の首にひじを回して声を潜めて話しかけてくる。
「なぁ、銀子が昨日お前の家に行ったらしいじゃん。」
「うん。来たけど…。」
「くー。羨ましい。
 おまえ、銀子に変なことしてないだろうな。」
そう言われて、あのコーヒーカップが頭をよぎった。
「…別に何もしていないし。」
「おまっ!今一瞬、間があったぞ。」
本山がひじを閉めてきた。俺の首がしまる。
「ちょっ。やめい。」
俺は本山のひじをたすたすたたく。
「ギブ、ギブ!」
本山はすぐに俺を放すと、「ユキピロにはそんな度胸はないか」とつぶやいた。
「もうすぐ予鈴なるぞ」と、死んだ目で俺が言うと本山は「昼休みにもう一度、話を聞くからな」と言って慌てて自分の教室へ戻って行った。
あー。余計に体が痛くなった気がする。
バカ山め。
恋愛至上主義もほどほどにしやがれ!
俺は予習の為に教科書を開く。
「おはよう。」
振り向くと、銀子がいた。
「おはよう。」
どうしてだか挨拶の声が上ずった。
俺はどうしてこんなに緊張しているんだ?銀子だぞ?しっかりしろ、自分!
俺は声を絞り出す。
「昨日はありがとう。」
「ううん。本山くんが朝からムービー撮ってくれたみたいだね。
 さっき、さっそく映像がきたよ。」
「あ…うん。」
あいつ、もう送ったのか。
早業だな。
銀子も席についた。
俺は再び教科書へ意識を戻す。
俺の一日遅れの一週間がようやく始まった。
多少ダンスの後遺症が残るものの、机に座っておく分には問題ない。
そうして、つつがなくいつものように一日が過ぎゆくはずだった。
俺が異変に気付いたのは一限目が終わった後の休憩時間だ。
大勢の他クラスの生徒が廊下に面した教室の窓から俺達の教室を覗いている。
「どいつだよ。」
聞こえてきた声に何事だろうと話した人間に目を向けると、その知らない誰かがいきなり俺を指差した。
「あ、あいつだ。山根!」
え?俺?
びっくりしていると好奇心に満ちた多くの視線が俺に集中する。
えええ?
何事!?
俺は赤面しながら机につっぷして自問をする。
俺、何かやらかしたっけ?
「あいつ、あいつ。
 あいつが、山根。ダンシングヒーローだ!」
だ…だ…ダンシングヒーローだと!?
なんだそれ!?超絶ダサい。ひどすぎる…。
ちょっと衝撃のあまり打ち震えてしまった…。
ってか、ダンスかよ!
あれか!?勝手に編集されてアップされたショートムービーか!
マジ、肖像権はどうなってんだ!?
いや、これからダンスチャンネル開設するから逆にいいのか!?
複雑だ…。
そして、お願いだから俺に変な二つ名つけるのは止めてね!
それバブル時代の名曲だから!俺と全く関係ないやつだから!
確実におちょくっているよね…。
そうしてその日、休み時間の度に、俺は見世物となった。
人生でこんなにスポットライトを浴びたのは初めてだ。
これも経験なのか!?
もう身も心もボロボロだ…。
お家に帰りたい…。
俺は心を無にして、顔面をチベットスナギツネと化する。
色即是空、空即是色。(色はすなわちこれ空なり、空はすなわちこれ色なり)
今なら仏教の神髄に迫れるかもしれない。
神妙な顔のまま固まった俺に、「そのうち、みんな飽きるから、大丈夫よ」と、銀子は気を遣って言ってくれた。
だが、しかし!
今が辛いんだってば…。
「泣き言など、百年はやい!
 むしろ、己が偉業を誇るがいい!!
 おまえは今、正に時代の寵児『ダンシングヒーロー』なのだから!」
傷心の俺に間違った方向から発破をかけるビスマルクが…うざい…。
そして、そのダサい二つ名は…本当に止めてちょうだいな。
むしろ、追い打ちをかけているから。お願い、気づいて!
体の痛みと好奇の視線。色んなことにひたすら耐えて、その日はゆっくりと流れて行った。
1日がようやく終わって俺が教室を後にしようとした時、ふと上條君が廊下の少し先にいるのが目に入る。
あ、ノートのコピーのお礼を言わないと。
なんだかんだで一度もお礼を言えていなかった。
俺は、上條君の後を力を振り絞ってカクカクしながら追いかけた。
動け、俺の体!
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