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第44話
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体育館の閲覧席に着いた時、上階からコートを眺めると、ちょうど両サイドの選手が円陣を組んでいるところだった。
緑のユニフォームがうちの高校で、相手は赤のユニフォーム。
補色だ。
目がチカチカしそう。
背の高い陣さんは目立っていた。
ハーフパンツからすらりとのびた足が美しい。
目のやり場に困るな。
閲覧席は女子で埋まっていた。
奇跡的に空いている前列になんとか腰を下ろすことができた。
本山が隣の女子に、「サンキュー」と言っている。
あ、席はあらかじめ頼んでいたんだね。
俺はきょろきょろしながら本山に言った。
「なんか、俺ら…すごくういてない?」
本山が応える。
「おう。身の置き場がないよな。でも陣が出る試合はこんなもんだ。女子のファンで埋まるから。」
「ファン?」
「うん。他校からも来ている。
ここだけ空前絶後の百合の世界が広がっているから、よく見とけ。別世界だ。」
「はぁ。何それ?」
改めて見渡すと、席を埋める女子達は手作りらしい団扇や応援ボードを手にして、陣さんに必死にアピールしている。
ちょっと異様な雰囲気。
まるでアイドルのコンサート会場のようだ。
手作りらしきボードには「LOVE prince RYO」と書かれてある。
「え…。プリンス?」
「そうだ。王子だ。
悔しいことに陣は俺より女にモテる。」
渋い顔して本山が言う。
本山よ…。お前の自信も大概だな…。
観客席から眺めていると、陣さんと一瞬目が合った。
なんだかとても顔つきが凛々しい。
ニヤリと笑って陣さんが俺らに手を振ると、「きゃーーーーー!!!」と、会場全体から黄色い悲鳴がどかんと上がった。
本山は嫌そうに耳をふさいでいる。
おまえ…そんなに露骨な態度をとるなよ…。
俺は陣さんに振り返す手がわなわなと震えた。
試合が開始されると、会場全体から示し合わせた様に「RYO」の大合唱が始まりぎょっとした。
ファンが総立ちになって応援している。
「ユキピロ、口が開きっぱなしだ。」
本山に指摘されて、慌てて口を閉じる。
よだれがちょっと垂れていた。情けない。
「あ、ありがとう。」
本山に視線を移す。本山は試合とは関係のないある一点を熱のこもった瞳で見つめている。
視線の先を追うと、部員でもないのに、なぜか関係者の椅子に座って喜々として、陣さんを応援している銀子がいた。銀子の手にも手作りらしき団扇が揺れている…。
本山よ…。おまえは、本当にぶれないな。
「銀子が俺意外のやつに夢中になっているのは、すっげー面白くないんだけど…。
応援している姿がかわいいから、仕方ないよな。」
本山は銀子から視線をそらさずに、不貞腐れたようにぽつりとつぶやいた。
不覚にも一瞬ちょときゅんと来たぞ。
なんだか、本山が健気でかわいく思えてきた。
「おら、そんな目で見るな。
ユキピロは陣の豹変ぶりをちゃんと見とけ!」
本山がキレた様子で、俺の顔を試合へと向ける。
おま…。いきなり何をしてくれちゃってるのよ…。
今ぐきって変な音したから。
いててて…。
首をもみながら応援しようと陣さんに目を移す。
最初の感想は…「顔こえー」だ。
うん。目が血走って、鬼の形相になっていらっしゃる。
殺人級の怖さだ。
俺…おしっこちびりそう。
キマッタ顔した陣さんのプレーは鮮やかで圧巻だった。
彼女一人だけが別次元の動きをしている。
躍動する筋肉。
それは一つのバネの塊に見えた。
繰り出されるノールックパス。そして多彩なモーション。
ゴールする瞬間の滞空時間が一人だけ異次元で、一瞬彼女が空を飛んでいるような錯覚を覚えた。
陣さんがゴールを決めると会場は恐ろしいくらいの黄色い悲鳴で満たされる。
その場はもう陣さんの独壇場で、彼女は圧倒的な王者の輝きを放っていた。
たまに陣さんの「オラオラオラー」って野太い声が聞こえてくる…。
最初は気のせいかなーって思っていたんだけど、本当に「オラオラ」と言っていて…。とてもたくましい…。
俺の中で、陣さんは『プリンセス』から『キング』を通り越し『皇帝』にとイメージチェンジを果たす。
釣り合う男になれる自信が微塵も湧かない。
牛乳を毎日ちびちびと、飲んでいる場合ではなかったのだ。
俺は陣さんの全てを包み込めるほどの器を持った男ではないと自覚する。
『皇帝』を恋愛対象と見れない自分に気づいて、そんな自分にひどくがっかりする。
初めて芽生えた俺の小さな小さな恋心が、このたったひと時で木っ端みじんに吹き飛んでしまった。
そのことがとても悲しい。
俺は陣さんに勝手な理想を押し付けて、一方的な恋をしていただけだったんだな…。
俺のこっけいな一人相撲…。
無双状態で吠えている陣さんが酷く遠くに感じる。
灰と化した俺を、今度は本山が哀れんだ目で見ている。
本山が無言で俺の背をぽんっと優しくたたいて言った。
「帰りにマックに行こうぜ。」
学校帰りに友達とマックに行くのは夢だった。
それなのに、その日食べたポテトはいつもよりひどくしょっぱかった。
考えてみれば、本山はあの銀子を受け入れる度量のあるいい男だ。
俺は自分の器の小ささにがっくりと項垂れる。
どうやら『恋』というものは俺にはまだまだ早いらしい。
緑のユニフォームがうちの高校で、相手は赤のユニフォーム。
補色だ。
目がチカチカしそう。
背の高い陣さんは目立っていた。
ハーフパンツからすらりとのびた足が美しい。
目のやり場に困るな。
閲覧席は女子で埋まっていた。
奇跡的に空いている前列になんとか腰を下ろすことができた。
本山が隣の女子に、「サンキュー」と言っている。
あ、席はあらかじめ頼んでいたんだね。
俺はきょろきょろしながら本山に言った。
「なんか、俺ら…すごくういてない?」
本山が応える。
「おう。身の置き場がないよな。でも陣が出る試合はこんなもんだ。女子のファンで埋まるから。」
「ファン?」
「うん。他校からも来ている。
ここだけ空前絶後の百合の世界が広がっているから、よく見とけ。別世界だ。」
「はぁ。何それ?」
改めて見渡すと、席を埋める女子達は手作りらしい団扇や応援ボードを手にして、陣さんに必死にアピールしている。
ちょっと異様な雰囲気。
まるでアイドルのコンサート会場のようだ。
手作りらしきボードには「LOVE prince RYO」と書かれてある。
「え…。プリンス?」
「そうだ。王子だ。
悔しいことに陣は俺より女にモテる。」
渋い顔して本山が言う。
本山よ…。お前の自信も大概だな…。
観客席から眺めていると、陣さんと一瞬目が合った。
なんだかとても顔つきが凛々しい。
ニヤリと笑って陣さんが俺らに手を振ると、「きゃーーーーー!!!」と、会場全体から黄色い悲鳴がどかんと上がった。
本山は嫌そうに耳をふさいでいる。
おまえ…そんなに露骨な態度をとるなよ…。
俺は陣さんに振り返す手がわなわなと震えた。
試合が開始されると、会場全体から示し合わせた様に「RYO」の大合唱が始まりぎょっとした。
ファンが総立ちになって応援している。
「ユキピロ、口が開きっぱなしだ。」
本山に指摘されて、慌てて口を閉じる。
よだれがちょっと垂れていた。情けない。
「あ、ありがとう。」
本山に視線を移す。本山は試合とは関係のないある一点を熱のこもった瞳で見つめている。
視線の先を追うと、部員でもないのに、なぜか関係者の椅子に座って喜々として、陣さんを応援している銀子がいた。銀子の手にも手作りらしき団扇が揺れている…。
本山よ…。おまえは、本当にぶれないな。
「銀子が俺意外のやつに夢中になっているのは、すっげー面白くないんだけど…。
応援している姿がかわいいから、仕方ないよな。」
本山は銀子から視線をそらさずに、不貞腐れたようにぽつりとつぶやいた。
不覚にも一瞬ちょときゅんと来たぞ。
なんだか、本山が健気でかわいく思えてきた。
「おら、そんな目で見るな。
ユキピロは陣の豹変ぶりをちゃんと見とけ!」
本山がキレた様子で、俺の顔を試合へと向ける。
おま…。いきなり何をしてくれちゃってるのよ…。
今ぐきって変な音したから。
いててて…。
首をもみながら応援しようと陣さんに目を移す。
最初の感想は…「顔こえー」だ。
うん。目が血走って、鬼の形相になっていらっしゃる。
殺人級の怖さだ。
俺…おしっこちびりそう。
キマッタ顔した陣さんのプレーは鮮やかで圧巻だった。
彼女一人だけが別次元の動きをしている。
躍動する筋肉。
それは一つのバネの塊に見えた。
繰り出されるノールックパス。そして多彩なモーション。
ゴールする瞬間の滞空時間が一人だけ異次元で、一瞬彼女が空を飛んでいるような錯覚を覚えた。
陣さんがゴールを決めると会場は恐ろしいくらいの黄色い悲鳴で満たされる。
その場はもう陣さんの独壇場で、彼女は圧倒的な王者の輝きを放っていた。
たまに陣さんの「オラオラオラー」って野太い声が聞こえてくる…。
最初は気のせいかなーって思っていたんだけど、本当に「オラオラ」と言っていて…。とてもたくましい…。
俺の中で、陣さんは『プリンセス』から『キング』を通り越し『皇帝』にとイメージチェンジを果たす。
釣り合う男になれる自信が微塵も湧かない。
牛乳を毎日ちびちびと、飲んでいる場合ではなかったのだ。
俺は陣さんの全てを包み込めるほどの器を持った男ではないと自覚する。
『皇帝』を恋愛対象と見れない自分に気づいて、そんな自分にひどくがっかりする。
初めて芽生えた俺の小さな小さな恋心が、このたったひと時で木っ端みじんに吹き飛んでしまった。
そのことがとても悲しい。
俺は陣さんに勝手な理想を押し付けて、一方的な恋をしていただけだったんだな…。
俺のこっけいな一人相撲…。
無双状態で吠えている陣さんが酷く遠くに感じる。
灰と化した俺を、今度は本山が哀れんだ目で見ている。
本山が無言で俺の背をぽんっと優しくたたいて言った。
「帰りにマックに行こうぜ。」
学校帰りに友達とマックに行くのは夢だった。
それなのに、その日食べたポテトはいつもよりひどくしょっぱかった。
考えてみれば、本山はあの銀子を受け入れる度量のあるいい男だ。
俺は自分の器の小ささにがっくりと項垂れる。
どうやら『恋』というものは俺にはまだまだ早いらしい。
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