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第42話
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「僕らに任せて!」
瞳が言うやいやな、流れだした音楽に合わせて俺の体が勝手に躍動し始める。
「まずは、田中先輩の踊りの完コピから始めるよー。
ユキピロ、集中して!体の動きを完璧にマスターするんだ。
最後のサビだけはユキピロに自由に動いてもらうから、それまでに覚えてね!」
俺の体は細部にわたるまで、田中先輩の先ほどのパフォーマンスを寸分の狂いもなくなぞっていく。
俺がさっき、難しいと思っていた技も難なくクリアする。
すごい!
これは、実地で教えてもらっているようなものだ。
できないと思えたダンスの動きが簡単にインプットされていく。
うん、もう自分のものだ。
楽しい。
俺は音楽と自分の体にだけ全神経を注ぐ。
純粋に踊るということに没頭していく。
もう、ゾーンに入っていた。
「ほら、最後のサビだよ。
ユキピロ、自由に踊って!」
体の制御が俺の元に返ってくる。
解き放たれた体。待っていたとばかりに、俺は自在に操った。
音楽のイメージのままに今までに覚えた体の動きを自由に組み合わせて踊っていく。
体が喜ぶまま、欲するままに。
一種の酩酊状態なのかもしれない。
脳内は麻薬物質できっと溢れかえっているんだろう。
異常にハイで、楽しくてしょうがない。
俺の為だけの時間。
全力をだしきった。
我に返った時には音楽の終わりとともに俺の体は停止していた。
一瞬の静寂の後に、ダンスホールに溢れかえる拍手と喝采。
指笛を吹いている人もいる。
周りをゆっくりと見渡せば、先ほどよりも見学者の数が増えていることに気が付く。ダンスホールはいつの間にか人で溢れかえり、ぎゅうぎゅうだった。
スマホで俺を勝手に撮影している生徒もいて…高揚した気持ちがとたんに下がっていくのを感じる。
不快だ。
「ブラボー!」
鈴木先生が暑苦しいくらいに手をたたき、叫んでいる。
ブラボーって言う人を初めて見た。
何語だっけ?イタリア語だったかな?
熱気に沸いた室内は気温が急上昇している。
整わない息を落ち着けようと、俺はその場へ崩れるように腰を落とした。
俺に集中する視線がうざったい。
「ほら、関係ない人は出て行くように。」
鈴木先生が2回手をたたくと、興奮冷めやらぬ様子で、ぞろぞろとギャラリーがホールから出て行く。
体中から汗が噴き出して、心地酔い疲労に瞼が重くなる。
とんとんと、足音が近づいてきて、黒いごついシューズがうつ向いた俺の視界に入った。
見上げると、田中先輩が俺に手を差し出している。
俺はその手をとると引き上げられた。
立ち上がると、田中先輩は興奮気味に俺の背中をぽんっとたたいた。
「まさか、俺のオリジナルを初見で完コピされたうえに、最後のサビでアレンジを加えられるとは思わなかったぜ。
おまえ、すごいな。天才だな!」
先輩の手放しの賞賛が面はゆい。
「ありがとうございます。」
俺は肩をすくめて言った。
「スマホアプリのID交換をしようぜ。今後は部活とか関係なく、ダンスをいっしょにやろう。」
「あ、はい。お願いします。」
俺は言われるままに先輩とスマホの連絡先を交換する。
これから始まる田中先輩との交流が嬉しくて、スマホを持つ手がちょっと震えてしまった。
その後、一通りの体験レッスンを終え、整理体操を終えると今日のミッションは完了した。
なんて濃い入部体験なんだ…。
もう、疲労困憊だ。
帰り際にダンス部員の皆さんから、好意的に話しかけられ、おどおどしてしまう。
恥ずかしくも嬉しかった。
鈴木先生から、ダンス部へものすごい熱量で勧誘される。
なんとか「入部の件は持ち帰って熟考します」と答えつつも、どうやって煙に巻こうかと頭を悩ます。
気持ちはありがたいんだけど…。
ようやく帰ろうとしていると、今度は新聞部の中村先輩が、満面の笑顔で話しかけてきた。
「いやー。びっくりだわ。
おまえやるなー。
これは今回の体験コラム、絶対にバズるな。気合の入ったやつを、一つよろしくな!」
本当に他人事だよな、この人。
人の気も知らないで…。
俺は引きつった笑顔で了承する。
そうしてようやく俺は、疲れた体でふらふらと着替えのために空き教室へ向かう。
「ユキピロ、嬉しい!よかったね!最高だったよ!もう本当に感激だー!」
瞳がおおはしゃぎでまとわりつくのをまんざらでもなく相手にしていると、しみじみと喜びが湧いてくる。
うん。俺、本当によくやった!頑張った!
高揚感に酔いしれていると、ふいに「ユキピロー」と、声をかけられた。
ジャージ姿の本山が空き教室の前に立っている。
「おう!」
俺は手をあげて本山に駆け寄る。
「部活はもう終わったの?」
「うん。ユキピロも終わったみたいだな。
いやー。ダンスすごかったな。我が目を疑ったよ。とんでもない活躍だったな。」
「ちゃかすなよ。」
俺は本山の背をはたく。
教室に入って制服に着替えようとすると、「もう、その恰好でよくない?帰るだけだし」と本山に言われ、それもそうかと着替えずにカバンの中へ色々と持ち帰るものを詰め込む。
「なんで、おまえまでダンスホールにいたんだよ。」
「それがなー。今日、バスケ部は午前練習のみでさ。部活が終わってちょうど一年で片付けをしていたら、ダンス部の一年がスゲー騒いでてさ。」
「なんて?」
「『新聞部から道場破りが来た!みんな、見に来い』って体育館で言って回っていた。」
「はぁ?」
「それでちょうど部活が終わったやつらが、みんなして面白がって見に行っていたから、俺もついて行ったってわけ。
ユキピロが取材で体験入部するのを知っていたから、まさかと思いながらも気になってさ。」
「えー。なんだよそれー。」
俺は頭をかかえてうずくまった。
だから異常な盛り上がりと熱気に満ちていたんだな。
なんてふざけた真似をしてくれたんだ!
誰の仕業だよ。
「お疲れ。」
本山が冷えた炭酸飲料のペットボトルを差し出した。
本山、おまえ…本当にいいやつだな。
「ありがとう。」
俺は受け取るとすぐにキャップを開けて口をつける。
うまい!
弾ける炭酸レモンが心と体に染み渡っていく。
俺は心の中でホロリと涙した。
瞳が言うやいやな、流れだした音楽に合わせて俺の体が勝手に躍動し始める。
「まずは、田中先輩の踊りの完コピから始めるよー。
ユキピロ、集中して!体の動きを完璧にマスターするんだ。
最後のサビだけはユキピロに自由に動いてもらうから、それまでに覚えてね!」
俺の体は細部にわたるまで、田中先輩の先ほどのパフォーマンスを寸分の狂いもなくなぞっていく。
俺がさっき、難しいと思っていた技も難なくクリアする。
すごい!
これは、実地で教えてもらっているようなものだ。
できないと思えたダンスの動きが簡単にインプットされていく。
うん、もう自分のものだ。
楽しい。
俺は音楽と自分の体にだけ全神経を注ぐ。
純粋に踊るということに没頭していく。
もう、ゾーンに入っていた。
「ほら、最後のサビだよ。
ユキピロ、自由に踊って!」
体の制御が俺の元に返ってくる。
解き放たれた体。待っていたとばかりに、俺は自在に操った。
音楽のイメージのままに今までに覚えた体の動きを自由に組み合わせて踊っていく。
体が喜ぶまま、欲するままに。
一種の酩酊状態なのかもしれない。
脳内は麻薬物質できっと溢れかえっているんだろう。
異常にハイで、楽しくてしょうがない。
俺の為だけの時間。
全力をだしきった。
我に返った時には音楽の終わりとともに俺の体は停止していた。
一瞬の静寂の後に、ダンスホールに溢れかえる拍手と喝采。
指笛を吹いている人もいる。
周りをゆっくりと見渡せば、先ほどよりも見学者の数が増えていることに気が付く。ダンスホールはいつの間にか人で溢れかえり、ぎゅうぎゅうだった。
スマホで俺を勝手に撮影している生徒もいて…高揚した気持ちがとたんに下がっていくのを感じる。
不快だ。
「ブラボー!」
鈴木先生が暑苦しいくらいに手をたたき、叫んでいる。
ブラボーって言う人を初めて見た。
何語だっけ?イタリア語だったかな?
熱気に沸いた室内は気温が急上昇している。
整わない息を落ち着けようと、俺はその場へ崩れるように腰を落とした。
俺に集中する視線がうざったい。
「ほら、関係ない人は出て行くように。」
鈴木先生が2回手をたたくと、興奮冷めやらぬ様子で、ぞろぞろとギャラリーがホールから出て行く。
体中から汗が噴き出して、心地酔い疲労に瞼が重くなる。
とんとんと、足音が近づいてきて、黒いごついシューズがうつ向いた俺の視界に入った。
見上げると、田中先輩が俺に手を差し出している。
俺はその手をとると引き上げられた。
立ち上がると、田中先輩は興奮気味に俺の背中をぽんっとたたいた。
「まさか、俺のオリジナルを初見で完コピされたうえに、最後のサビでアレンジを加えられるとは思わなかったぜ。
おまえ、すごいな。天才だな!」
先輩の手放しの賞賛が面はゆい。
「ありがとうございます。」
俺は肩をすくめて言った。
「スマホアプリのID交換をしようぜ。今後は部活とか関係なく、ダンスをいっしょにやろう。」
「あ、はい。お願いします。」
俺は言われるままに先輩とスマホの連絡先を交換する。
これから始まる田中先輩との交流が嬉しくて、スマホを持つ手がちょっと震えてしまった。
その後、一通りの体験レッスンを終え、整理体操を終えると今日のミッションは完了した。
なんて濃い入部体験なんだ…。
もう、疲労困憊だ。
帰り際にダンス部員の皆さんから、好意的に話しかけられ、おどおどしてしまう。
恥ずかしくも嬉しかった。
鈴木先生から、ダンス部へものすごい熱量で勧誘される。
なんとか「入部の件は持ち帰って熟考します」と答えつつも、どうやって煙に巻こうかと頭を悩ます。
気持ちはありがたいんだけど…。
ようやく帰ろうとしていると、今度は新聞部の中村先輩が、満面の笑顔で話しかけてきた。
「いやー。びっくりだわ。
おまえやるなー。
これは今回の体験コラム、絶対にバズるな。気合の入ったやつを、一つよろしくな!」
本当に他人事だよな、この人。
人の気も知らないで…。
俺は引きつった笑顔で了承する。
そうしてようやく俺は、疲れた体でふらふらと着替えのために空き教室へ向かう。
「ユキピロ、嬉しい!よかったね!最高だったよ!もう本当に感激だー!」
瞳がおおはしゃぎでまとわりつくのをまんざらでもなく相手にしていると、しみじみと喜びが湧いてくる。
うん。俺、本当によくやった!頑張った!
高揚感に酔いしれていると、ふいに「ユキピロー」と、声をかけられた。
ジャージ姿の本山が空き教室の前に立っている。
「おう!」
俺は手をあげて本山に駆け寄る。
「部活はもう終わったの?」
「うん。ユキピロも終わったみたいだな。
いやー。ダンスすごかったな。我が目を疑ったよ。とんでもない活躍だったな。」
「ちゃかすなよ。」
俺は本山の背をはたく。
教室に入って制服に着替えようとすると、「もう、その恰好でよくない?帰るだけだし」と本山に言われ、それもそうかと着替えずにカバンの中へ色々と持ち帰るものを詰め込む。
「なんで、おまえまでダンスホールにいたんだよ。」
「それがなー。今日、バスケ部は午前練習のみでさ。部活が終わってちょうど一年で片付けをしていたら、ダンス部の一年がスゲー騒いでてさ。」
「なんて?」
「『新聞部から道場破りが来た!みんな、見に来い』って体育館で言って回っていた。」
「はぁ?」
「それでちょうど部活が終わったやつらが、みんなして面白がって見に行っていたから、俺もついて行ったってわけ。
ユキピロが取材で体験入部するのを知っていたから、まさかと思いながらも気になってさ。」
「えー。なんだよそれー。」
俺は頭をかかえてうずくまった。
だから異常な盛り上がりと熱気に満ちていたんだな。
なんてふざけた真似をしてくれたんだ!
誰の仕業だよ。
「お疲れ。」
本山が冷えた炭酸飲料のペットボトルを差し出した。
本山、おまえ…本当にいいやつだな。
「ありがとう。」
俺は受け取るとすぐにキャップを開けて口をつける。
うまい!
弾ける炭酸レモンが心と体に染み渡っていく。
俺は心の中でホロリと涙した。
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