24 / 48
第24話
しおりを挟む
黒板に達筆な文字が走る。
「Wunderbar!(すばらしい)」
独り言をつぶやき満足げに微笑むのは40代、やせ型、クセ強めの名物教師だ。特徴的な銀のフレームの眼鏡が彼の神経質さをいっそう引き立てている。彼こそがドイツ語文学研究部の顧問、小林充である。小林先生の受け持つ世界史の授業は話が膨らみとても面白い。
地球上の他の地域とは異なり肥沃な三日月地帯には農作を行ううえで重要な家畜となりうる野生動物が、運命的にも多数存在していたという解説。また、ユーラシア大陸がほかの大陸よりも文明が進んだ大きな理由は大陸が東西に延びていた為だという解説。(アメリカやアフリカ大陸のように南北に延びていると気候の違いによる影響で人・物の交流が難しいと考えられる)
教科書には載っていないそれらの知識がより歴史への興味と理解を深めていく。俺にとって、わりと好きな授業の一つだ。
だがただ一つ、ものすごく気になる点がある。小林先生の独り言だ。ドイツ留学の若き日の栄光をひきずっているのか、事あるごとにちょっとしたドイツ語がでてくる。「世界史の授業にそれいるかな?」って、つっこみたい。だいたい耳にするのは次の五つくらいだ。genau(そのとおり)、richtig(正しい)、alles klar(分かった)、zum Beispiel(例えば)、Wunderbar(すばらしい)。
お気づきだろうか。大したことは言っていない。そのため皆、生暖かい気持ちで聞き流している。そして現在、先生は実はドイツ語をしゃべれないのではないかという疑義が1学年での共通認識になりつつあった。そうなるとへたにつっこむこともできない。ややこしい。
今日は放課後に例の眼鏡レンジャーに再取材を行う。顧問も交えてとのことだったので前途多難だ。ドイツ語文学研究部、とにかくクセが強すぎる。嫌な予感しかしない。
ピンクの頭をしたギャルの白石ホタルとアマチュアゴルファーの遠峯漣もいっしょに行くことになっている。
ホームルームが終わると銀子に
「知恵熱でないように、ほどほどにがんばってねー」
と、見送られていざ決戦の場へ。
まずは新聞部の部室へと向かった。部室の前で白石が体操座りをしてスマホをいじっている。スカートがめくれてパンツが見えそう。どぎまぎするなぁ。
「白石さん、待たせたかな。」
目線をうろうろさせながら、俺が声をかけると、スマホから目を離さずに白石が答えた。
「あ、全然オッケー。遠峯は中にいるよ。あと5分待って。そしたらいっしょにいくー。」
「わかった。中にいるから、終わったら声をかけてね。」
そう言って通り過ぎる時にちらっと彼女のスマホ画面をのぞいたら彼女はゲームをやっていた。夢中になるあまり頭の真上に丸めたピンクのお団子が左右に小刻みにゆれるのがかわいらしい。
相変わらず自由な人だ。
部室をあけると遠峯が教科書とノートを机に広げて課題をやっていた。
「遠峯君、久しぶり。」
俺が声をかけると遠峯がくしゃっと、人の好さそうな笑みを浮かべた。
「ちょうどいいところに!ちょっとだけ数学を教えてくれない?授業を休んだ時の分がどうしてもわからなくて。」
「いいよ。」
僕は気軽に答えて遠峯の指さす問題に目をとおす。さらさらと解いて説明がおわったころに、白石が部室のドアから顔だけのぞかせて、
「お待たせー。いこっかー」
と、声をかけた。
3人で並んで向かう途中で白石が、遠峯に話しかけた。
「ゴルフって何が楽しいの?」
「コースを読むのが面白いんだ。他のスポーツと違って身体的な能力よりも頭脳で勝負するようなところがあるから、僕でも戦える。」
「かっこいいこといっているけど、スポーツやるくせにどうしてこんなにお腹が出ているの?これ、やばくない?」
そう言って、白石は遠峯の中年のようにつきでた腹をぽよんぽよんと揺らした。
「ちょっと、それセクハラだから。やめろよー。」
遠峯は白石に抗議しつつも顔がにやけている。かわいい子に絡まれて楽しそうだ。
「いいんだよ。ゴルフは球を飛ばすためには体重が必要なんだから。これも戦略のうちなのー。」
「いやいや。度を越してるから。アスリートのくせに、わがままボディすぎるー。うけるー。
まてよ。冬はミートテックになるんじゃない?あら、機能的?」
お腹をかばいながら言い訳する遠峯に、おちょくる白石。
にぎやかに廊下を進んでいると、ガラッとドアが開き
「静かに」
と、上級生らしき人に注意をされた。
俺たちは会釈した後、お互いに顔を見合わせると肩をすくめてそそくさと先を急いだ。
「Wunderbar!(すばらしい)」
独り言をつぶやき満足げに微笑むのは40代、やせ型、クセ強めの名物教師だ。特徴的な銀のフレームの眼鏡が彼の神経質さをいっそう引き立てている。彼こそがドイツ語文学研究部の顧問、小林充である。小林先生の受け持つ世界史の授業は話が膨らみとても面白い。
地球上の他の地域とは異なり肥沃な三日月地帯には農作を行ううえで重要な家畜となりうる野生動物が、運命的にも多数存在していたという解説。また、ユーラシア大陸がほかの大陸よりも文明が進んだ大きな理由は大陸が東西に延びていた為だという解説。(アメリカやアフリカ大陸のように南北に延びていると気候の違いによる影響で人・物の交流が難しいと考えられる)
教科書には載っていないそれらの知識がより歴史への興味と理解を深めていく。俺にとって、わりと好きな授業の一つだ。
だがただ一つ、ものすごく気になる点がある。小林先生の独り言だ。ドイツ留学の若き日の栄光をひきずっているのか、事あるごとにちょっとしたドイツ語がでてくる。「世界史の授業にそれいるかな?」って、つっこみたい。だいたい耳にするのは次の五つくらいだ。genau(そのとおり)、richtig(正しい)、alles klar(分かった)、zum Beispiel(例えば)、Wunderbar(すばらしい)。
お気づきだろうか。大したことは言っていない。そのため皆、生暖かい気持ちで聞き流している。そして現在、先生は実はドイツ語をしゃべれないのではないかという疑義が1学年での共通認識になりつつあった。そうなるとへたにつっこむこともできない。ややこしい。
今日は放課後に例の眼鏡レンジャーに再取材を行う。顧問も交えてとのことだったので前途多難だ。ドイツ語文学研究部、とにかくクセが強すぎる。嫌な予感しかしない。
ピンクの頭をしたギャルの白石ホタルとアマチュアゴルファーの遠峯漣もいっしょに行くことになっている。
ホームルームが終わると銀子に
「知恵熱でないように、ほどほどにがんばってねー」
と、見送られていざ決戦の場へ。
まずは新聞部の部室へと向かった。部室の前で白石が体操座りをしてスマホをいじっている。スカートがめくれてパンツが見えそう。どぎまぎするなぁ。
「白石さん、待たせたかな。」
目線をうろうろさせながら、俺が声をかけると、スマホから目を離さずに白石が答えた。
「あ、全然オッケー。遠峯は中にいるよ。あと5分待って。そしたらいっしょにいくー。」
「わかった。中にいるから、終わったら声をかけてね。」
そう言って通り過ぎる時にちらっと彼女のスマホ画面をのぞいたら彼女はゲームをやっていた。夢中になるあまり頭の真上に丸めたピンクのお団子が左右に小刻みにゆれるのがかわいらしい。
相変わらず自由な人だ。
部室をあけると遠峯が教科書とノートを机に広げて課題をやっていた。
「遠峯君、久しぶり。」
俺が声をかけると遠峯がくしゃっと、人の好さそうな笑みを浮かべた。
「ちょうどいいところに!ちょっとだけ数学を教えてくれない?授業を休んだ時の分がどうしてもわからなくて。」
「いいよ。」
僕は気軽に答えて遠峯の指さす問題に目をとおす。さらさらと解いて説明がおわったころに、白石が部室のドアから顔だけのぞかせて、
「お待たせー。いこっかー」
と、声をかけた。
3人で並んで向かう途中で白石が、遠峯に話しかけた。
「ゴルフって何が楽しいの?」
「コースを読むのが面白いんだ。他のスポーツと違って身体的な能力よりも頭脳で勝負するようなところがあるから、僕でも戦える。」
「かっこいいこといっているけど、スポーツやるくせにどうしてこんなにお腹が出ているの?これ、やばくない?」
そう言って、白石は遠峯の中年のようにつきでた腹をぽよんぽよんと揺らした。
「ちょっと、それセクハラだから。やめろよー。」
遠峯は白石に抗議しつつも顔がにやけている。かわいい子に絡まれて楽しそうだ。
「いいんだよ。ゴルフは球を飛ばすためには体重が必要なんだから。これも戦略のうちなのー。」
「いやいや。度を越してるから。アスリートのくせに、わがままボディすぎるー。うけるー。
まてよ。冬はミートテックになるんじゃない?あら、機能的?」
お腹をかばいながら言い訳する遠峯に、おちょくる白石。
にぎやかに廊下を進んでいると、ガラッとドアが開き
「静かに」
と、上級生らしき人に注意をされた。
俺たちは会釈した後、お互いに顔を見合わせると肩をすくめてそそくさと先を急いだ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
ザ・青春バンド!
モカ☆まった〜り
青春
北海道・札幌に住む「悪ガキ4人組」は、高校一年生になっても悪さばかり・・・ある日たまたまタンスの隙間に挟まっていた父親のレコード「レッド・ツエッペリン」を見つけた。ハードロックに魅せられた4人はバンドを組もうとするのだが・・・。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~
みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。
入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。
そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。
「助けてくれた、お礼……したいし」
苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。
こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。
表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる