オレの体の部位たちがオレに「ダメ出し」してきた件

咲良きま

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第21話

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幸い週末だから学校を休まなくてすむのが唯一の救いだなぁと、眠りに落ちながら思うあたり、俺ってやっぱ筋金入りのガリ勉だな。
ところが次の日、意外にも熱はすんなり下がっていた。
知恵熱だったのだろうか?…恥ずかしいな。
俺は銀子のことを考えないようにする為に、パウル・ツェラーンの一番有名な『死のフーガ』という詩を読んだ。
そして、また思考のループに陥ってしまった。
死。
そのイメージは16歳の俺にはとても、とても強烈だった。
そして、おかしな話だがそれはとても、とても魅力的だった。
時折、そのイメージを邪魔するように銀子のことが頭をよぎる。
俺の頭はなんだかもうぐちゃぐちゃ。
いてもたってもいられなくなって、物置に置いてあったシャベルを手にした。それをかかえ、自転車でこぎだす。
シャベルは右肩にかけたんだが、なんとも邪魔だ。こぎにくい。俺は蛇行運転しながらゆっくりふらふらと進んで行く。(良い子はまねしないでね!)
本日は晴天。日本晴れ。青い空が見渡す限り、広がっている。
どうやったら自転車でシャベルを持ってうまくこげるのかを思考錯誤しているうちに、いつもの通学路を走っている。
特に目的地を決めていたわけではなかったが、気がつくと学校近くの川べりに来ていた。
あまりにあつく陽炎がアスファルトの上でゆれている。
こんなに暑いんじゃ休日の昼間から誰も外に出ようという気をおこさないのだろうなぁ。人が少ない。直射日光をわざわざ浴びに来る変わりものは俺くらいのようだ。
俺は真っ青な空を見た。
一つ、息を吸うと、シャベルを手に無心で穴を掘り始めた。
きっと『死のフーガ』に触発されていたんだろう。
穴を掘る。掘る。掘る。
ひ弱な俺が掘っても、ちっとも掘れない。
汗がひたすら流れ出る。暑い。心も熱い。
ふいに、土を空にむかってまいてみた。当然自分に降りかかる。俺は汗と土でどろどろだ。
「何してんだ?」
振り返ると、本山がいた。
どうやら部活の帰りらしい。いぶかしげな表情で近づいてきた。
「もやもやする思いをぶつけていたんだ。」
俺がそう言っても本山はばかにする風でもなくシャベルを俺の手からとった。
次の瞬間驚く俺をよそに、本山も土を掘って真上にまき散らし、頭からかぶっていた。
「げ、土が口に入った。」
しきりにぺっぺとつばをはいている。
なんだか、おかしくて俺は笑ってしまった。
すると、本山も笑っていた。
本山はシャベルを立てて寄りかかっている。
「分かるよ。
 どうしようもなく焦燥にかられたりすることあるよな。」
「へえ。
 本山君でもそんなことがあるんだ。」
そう言うと、本山は涼やかな目もとを細め笑った。
「あるさ。
 余裕なんてないよ、全然。
 好きな子のことになると、もう全然だめだ。」
そう言って、草原にぱたりと寝ころんだ。
俺も、無造作に寝ころんだ。
空はひたすら青かった。
「あっちーな。」
本山はつぶやいた。汗が後から後からつたってゆく。
俺もぽつりとつぶやいた。
「空を深淵に見たててみたんだ。」
本山は体を起して、こっちをみた。
「え?」
俺は、独り言のように続けた。
「それで、土を空に向かって撒いてみたけど、だめだった。
 自分に降ってきた。
 当たり前なんだけど、なぜか安心した。」
本山は空を見て言った。
「空を深淵に見たてるか。
 うん。足がすくむな。こんなに真っ青で吸い込まれそうな青空に落ちて行くと思うと、恐怖すら感じる。
 なんで、そんなあべこべなこと考えるんだ?」
「昨日聞かされた論説で、そんな記述があったんだ。」
「あ、まてよ。その話、俺も聞いた。
 銀子だろ?
 確か、パウル・ツェラーンの『子午線』って言っていたかな?」
「そうそう。それ。」
二人でしばらく青空を眺めていた。ぎんぎらぎんに照りつく太陽。大声でなく蝉。
じっとりとひたすら熱かった。
そして、空はやっぱり青かった。
「我々はどこから来たか 我々とは何か 我々はどこへ行くのか。」
本山がふいに言った。
「ゴーギャンの絵画の題名だったっけ?」
「うん。
 死に接したら、特に強く意識する問いだよな。」
流石に、寺の息子。死に接する機会も多いんだろうなぁ。庭に墓があるくらいだもんねぇ。
『我々はどこから来たか 我々とは何か 我々はどこへ行くのか』、ね。うん。
「答えのない永遠の命題か。
 人は、科学、宗教、哲学、色んな手段で答えを見い出そうとしている。」
俺は両手を空にのばした。
空は依然として、遠かった。
「初対面で、嫌な口聞いて悪かったな。」
本山はぽつりと言った。
俺は上半身を起こして本山に言った。
「うん。
 陣さんにも同じようなこと、言ったんだって?」
「げ。それ、知られているんだ。」
本山は、ばつが悪そうだった。
「本山君って、銀子とどういう関係なの?
 接点が見えないんだけど。」
本山は少し、照れくさそうに笑った。いつもツンツンしている男前がはにかむ様子がなんだか意外だった。
「俺の片思い。
 中学の時、陣を目当てにハンドボールの大会に来ていた銀子に一目惚れしたんだ。」
…。
…。
銀子に、一目惚れ。
…。
…。
銀子に、一目惚れ。
え?
え?
俺がぽかんとするなか、本山は話を続ける。
「俺って、自分で言うのもなんだけど、もてるんだ。
 女子に意識されているのも分かるし、それって当たり前だった。
 けど、銀子は別。
 俺のことなんてまるで眼中にないんだよな。当時は、陣に腹が立つほど嫉妬して、思わずレズじゃないかと心配して、焦って変なこと聞いて。
 そして、お前。
 今まで、男と話なんかしなかったやつが、男と楽しそうに話をしているだろ。
 お前に、おかまかって聞いたのは、そうだといいと思ったからなんだ。実際、山根って、中性的だしな。
 な、俺、全然余裕ないんだ。」
蓼食う虫も好き好きとはいうが、本山!目を覚ませ!
相手は、人外のおたふくだぞ!
なにも、あんなのに恋なんかしなくても。
なんで銀子なんだ?
おかしいだろ!
そんな、俺の煩悶をよそに、本山はマジに聞いてくる。
「おまえって、銀子のことどう思う?」
…。
ないわー。絶対ないわー。
「僕?いい友達だよ。
 何、僕のことなんか気にしているんだよ。君ならたいていの女子は落とせるんじゃないか?」
本山は顔を背けて人差し指で頬をぽりぽりとかいた。なんだか、すねているみたいだ。
やだ、かわいい。男の俺をきゅんとさせている場合じゃないぞ。
俺は、猛烈に本山の肩をゆさぶって言ってやりたかった。
なんでこともあろうに銀子なんだ?って。
本山はぼそりと言う。
「たいていの女子に、あいつはあてはまらないんだよな。」
「確かに。」
「俺、こないだ銀子に何気なく聞いてみたんだ。
 好きなやつはいるのかって。」
え。それって何気ない?むしろ核心ついちゃってるよね?
本山!おまえ、なんて一直線なやつなんだ。俺にも銀子のことをどう思っているのか率直に聞いてくるし。直球ばっかりじゃないか。
でも、そういうのが恋なのか?誰もがうらやむ男前からも余裕ってやつを奪っちゃうのが恋ってやつのマジックなのか?
って、銀子の好きなやつか。誰だ?
俺はどぎまぎした。…お、お、俺か?
「銀子なんって答えていた?」
俺は緊張のあまり、声が震えていた。
本山はとたん渋い顔になって答えた。
「どこぞの国の王子の名前をあげていた。」
「はあ?」
「なんでも、世界のロイヤルファミリー特集でみつけたんだそうな。
 あいつ、それに狙いをつけて綿密な人生計画までしていた。」
「…。
 本山君には言いづらいけど、なんかその王子が気の毒に思えてしまう。」
「はは。
 冷静に考えると、普通ならあんな子、手に負えないよな。
 でも、簡単には諦められないんだ。
 俺は、それだけの価値がある子だと思っているよ。」
「…。」
俺はいっきに疲れてしまった。
銀子のことで悩んでいたのはなんだったんだ?
でも、銀子が好きなのが俺じゃなくて本当によかった。
まじで!色んな意味で!
本山が首からかけたタオルで汗と泥をぬぐいながら言った。
「なぁ、ちょっと暑すぎだよな。
 かき氷、食いに行かね?」
「あ、それいいね。」
「だろ?」
そうして二人、かき氷を食べに行った。
やっぱり、シャベルが邪魔で蛇行運転する俺。本山に愉快そうに笑われた。
手動で機械を動かして細かい氷を作っている昔ながらの店が近くにある。そこの軒先に腰掛け、氷を食べた。
風鈴が涼しい音を時折奏でる。
泥まみれのまま食べたそれは今まで食べたどのかき氷よりもうまかった。
俺達はみぞれを注文した。水がいいから、ここの氷はみぞれで食べるのが一番なんだ。
「そう言えば、お前はいないの?」
本山がせっせと口に氷をかきこみながら聞いてきた。
「何が?」
「好きなやつ。」
「…。」
俺は赤面して、スプーンを落としてしまった。落としたそれを俺はハンカチでこまめにぬぐう。
本山はにやにやしながら聞いてくる。
「なんだよ。誰なんだ?」
俺はもごもごしながら言った。
「よく、分からないけど、陣さんが気になるかな。」
すると、今度は本山がスプーンを落とした。
なんだよ。なんで固まっているんだよ。
本山はスプーンを拾いながら目をふせて聞いてきた。
「おまえって、陣が試合に出ているのを観たことあるか?」
落としたスプーンを本山がズボンでごしごしとこするのが見えた。
「いや、ないけど。」
すると、本山は渋い顔をして言った。
「観に行ってみるといいよ。」
「なんだよ。」
「ハンドル握ったら人格変わるっていう話あるだろ?」
「ああ。」
「陣も、そのタイプだ。…試合を観に行けよ。
 ぶっちゃけ、すごいぞ…。」
「…。」
それから、二人で黙々とかき氷をかきこんだ。
きっと、互いに互いをもの好きなやつだと思っているんだろう。

その日から、本山は気の合う友達となった。

本山と別れ一人になると、瞳が腹をかかえて出てきた。
「あはは。
 流石銀子、恋愛にしてもスケールがでかい!
 超うける。」
何笑っているんだよ。おまえらのせいで、俺がどんなに悩んだか。
くそ。なんか、めちゃくちゃばかみたいじゃないか。
「いやいや、それこそが青春。まさに青き春!
 けっこう、けっこう。」
ビスマルクが満足そうにひげをなでる。
な・に・が、けっこう、けっこうだ。このバカちんが!
もとはと言えば、お前が変なこと言ったせいじゃないか。
腹立つ~。
「そういや、ゆきぴろ!」
なんだよ!話しかけるなよ。
「新聞部の取材ってどうなったの?」
しまった。忘れていた。
パウル・ツェラーンのことなら記事はかけるんだけど。あいつらの活動については全然記事なんてかけないぞ。
「じゃ、もう一度行くしかないな。」
なんでもないようにビスマルクが言う。
げ。また、あの眼鏡レンジャーと会わなくちゃいけないのか?
「何を、腰ぬけな。
 男子たる者、リベンジするくらいの気概がなくてはいかん。」
ビスマルクがギロっとにらむのを、瞳が「まぁまぁ」と、とりなすかと思いきや、
「社会勉強♪社会勉強♪
 ね?」
と、逆に一緒になってすすめる有り様。
くそっ。
あーー。月曜日、学校に行きたくない~。
「勉強大好きのゆきぴろから、めずらしい発言が聞けたものだね♪
 大丈夫だよ。こないだこなかった他の部員と一緒に行けばいいんだから。」
…他の部員、あいつら来てくれるのだろうか。
はぁ。
まぁ、考えても仕方ないか。
よく考えたら、入学してからずっと、俺の生活はどたばたしている。なんか、ちょっとげんなりするな。
先が思いやられるが、中学の時のように波風たたぬ世界でぼっちでいるよりは、よっぽど充実している。友達もできたしな。
とにかく、今日は帰ってさっさと風呂に入るか。一刻も早く、汗と泥を流してさっぱりしたい。
俺は、瞳とビスマルクを無視してさくさく進み、自転車にまたがる。
「そうだ!がんばれ、ゆきぴろ!
 いけいけ、ゆきぴろ!
 負けるな、ゆきぴろ!」
何を浮かれているんだか、瞳はいつになくはしゃいでいる。羽をぱたぱた言わせて、このくそ暑いのに俺の周りを行ったり、来たり。
う・る・さ・い、瞳!
ぶんぶん飛んで、まさに『五月蠅』、だな。
俺の多難だけれども、能動的な日々がにわかに色づき始めようとしている。俺は高揚していた。
DAY by day.
惜しむべき毎日だ。
今日の俺と明日の俺、違いはわずかだが、日々積み重なって着実に違う俺へと変化していく。子供でもなく、大人でもないこの過渡期に、俺はたくさんの経験をして、もっともっと色んなことを知って吸収して…。
「ちょっと、ちょっと。何を一人で勝手に盛り上がっているの。
 あえてあえてつっこまなかったけど、ゆきぴろの初恋、全力で応援する気満々なんだからね!」
俺の思考をちゃかすように、キューピッドのコスプレ姿の瞳は、はちきれんばかりの笑顔でVサインをした。
はぁ。頭痛がしてきた。
とりあえず、俺は陣さんの試合を観に行きたい。
よろよろと自転車をこぎながら帰路につく俺の頭の中では『煌めく時に捕らわれて』のサビが大音量でエンドレス・リフレイン。
夕日に染められた世界が眩しいほどに輝いている。

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