オレの体の部位たちがオレに「ダメ出し」してきた件

咲良きま

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第20話

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銀子はその夜夢中になって、ユダヤの詩人パウル・ツェラーンについて調べまくったようで、翌朝開口一番にこう言った。
「理論武装はばっちりよ。
 なんなら、今日ドイツ文学研究部にのりこんで行って、彼らを論破することもできるわ。
 ゆきぴろのかたきをとってあげるわよ?」
俺はあわてて言った。
「いや、いい。ただ俺が軟弱なだけなんだから。
 いいよ。
 本当にいいから。ね?」
銀子は口をふくらませて、
「つまんなーーーい」
と、すねていた。まじで!勘弁して。
銀子なら本当に彼らをけちょんけちょんにしてしまいそうで怖い。後に禍根を残すようなことは、お願いだから、や・め・て。
「そのかわり、昨日の成果をゆきぴろは聞かなくちゃいけないんだからね!」
銀子の話を聞く方が眼鏡戦隊の議論よりも全然いい。
いざこざを起こさないでくれるのならば、そのくらいのこと甘んじて受けようではないか!
俺がこくこくうなずくと、銀子はまじめくさって詩人の話をとうとうと始めた。
あ、ちょっとトランス状態?
銀子の話を要約すると、こうだ。
彼の詩人はユダヤ人であるが故に第二次世界大戦下、両親と多くの同胞を強制収容所で失った。
また、彼自身も強制労働に従事した経験がある。
銀子曰く、その心の傷が彼の詩作の原動力になっているので、彼の詩は読む者に心をえぐるような強烈な印象を与えるのだそうだ。
詩人は多言語を操ったが、詩の創作にあたっては、自身と同胞に危害を与えたものたちの言葉であり、かつ自身の母語でもあるドイツ語を選んだ。
俺が一番心に残ったのは、彼と彼の両親との別れについてのエピソードだ。
詩人の故郷にもナチズムの魔の手が迫る中、彼の両親は一時的な避難をする気がなく、荷物を詰め込んで連行される為の準備をしていた。運命のその日、両親へ避難するように説得するのを断念した詩人は一人、家を出る。両親は自分の後について隠れ家に来るものと考えての行動だった。両親が彼について来ていないのに気づいた時には、外出制限時間を超えていたので、彼は両親を迎えに引き返すことはできなかった。
次の日の朝、自宅に戻ると両親は連れ去られており、その後、父の病死(銃殺されたとも言われている)と、母が首を撃ち抜かれて殺されたことを知ることになる。
衝撃的な事実だった。
俺は詩人のことで頭がいっぱいになった。
両親と最後になったあの別れの時を、彼は後悔せずにはいられなかっただろう。自分の説得次第で父も母も、もしかしたら死をまぬがれたかもしれないから。
結局彼は、生き延びることができたのに、亡命先のパリで最期は自ら命を絶ってしまっている。
自分がもし、彼の詩人だったらと考える。
最愛の両親や、親しかった友人、親族が殺されても、時は無常に流れていく。
祖国を追われてやっと平和を手に入れても、今度は置かれた状況の落差に胸を痛めたのではないだろうか。
自分だけが生き残ったことに対する罪悪感はどれほどのものだろう。
つらい記憶は思い出さないようにするか、抱えて生きるかのどっちかだと思う。
彼はきっと、後者だったんだ。
自分の民族が世界から消される危機。恐怖。
祖国がないということはどういうことだろう。常にマイノリティーであるということは。
孤立。迫害。被害者意識。そして、圧倒的な孤独。
「こらこら、ゆきぴろ!
 あんまり思い詰めない。」
ひたすら、心をとらわれている俺に瞳が話しかけてきた。うん。分かってる。でも、…考えてしまうんだ。
どうして、ってね。不条理を挙げればきりがないんだけど。どうして、ってね。
「まぁ、分かるけどね。
 ほどほどにね。
 あ~。ゆきぴろがもっと高校生男子らしく、色恋に目覚めてくれないかな~。
 恋をすると、人生はさ、毎日薔薇色って言うじゃない!朝目覚めた時から世界が変わるって~。
 僕もはやく、そんな経験してみたいんだよね。
 だから、ゆきぴろ、もっと浮わついてよ~。
 結局、リョーコとも進展しないし。ぷん、ぷん。
 最近、リョーコと学校で会う機会もめっきり減ったじゃないか~。」
そうは、言われてもなぁ。陣さんは陣さんで、俺は俺で部活動とか忙しいし。
って、なんだよ。
俺は別に、陣さんのことが、そのす…す…好きだとかそんなんじゃないぞ。ばか!
「ゆきぴろって、ゆきぴろって。
 はぁ。
 いつまでたっても純なんだね。
 そのままでいて欲しいような?でもいい加減、本能に目覚めて欲しいような?
 なによりも、このままなのは僕がつまんないー。」
瞳がじとーーっと見つめてくる。
俺は、そっぽをむいて知らん顔。
すると、野太い声がした。
「幸博自身が恋をしていなくても、ワタシは幸博が懸想されているとふんでおる!」
一番色恋に関係なさそうなビスマルクが声をかけてきた。
はぁ。何言っているんだよ。
俺に恋する女子なんていないだろう。
どう考えたって、おかしいだろう?
それだけは、はっきりと断言できる。自分で言うのも悲しいが、それを俺はむしろ確信することができるぞ!
ビスマルクはいかめしい顔を少し和らげ、嬉しそうに言う。
「いやいや、これは絶対だと思う。」
「いやに、自信ありげな感じだね。
 何?興味湧くじゃない。
 右足君は誰がゆきぴろを好きだと思うの?」
いつの間にかキューピッドのコスプレ姿になった瞳はうきうきしながら聞いている。
あ、宙返りした。そんなに浮かれなくても。
でも瞳の奴、笑っているけどその目がいつになくマジだ。こえーよ。
あの、勝手に盛り上がられても困るんですけど…。
「はっはっは。
 男子たるものそのようなことではいかんぞ。据え膳食わぬは男の恥という言葉を知っているだろう。
 いいではないか。」
…意味分かって発言しているんだろうか。
薄々気づいていたんだが右足、バカだろう。
「な…、なんだと。
 言うにことかいて、き…貴様何を言うか!無礼な!」
かっかするビスマルクはタコの様に顔を真っ赤にさせている。
そこを、にやにやしながら瞳が制す。
…瞳の奴が、一番たちが悪いな。
「まぁ、まぁ、右足君。おさえて、おさえて。
 で、誰なの?ゆきぴろなんかに恋をするなんて奇特なお人は?」
こいつ、やっぱりむかつく。
「おお。
 それがな、銀子だ!」
立派なお髭をそっとなでながら自信満々でビスマルクは言った。
「銀子!
 へぇ。
 またそれは…。
 どうしてそう思うの?」
「学校を休んだ幸博の為にノートのコピーをとって家までわざわざ届けにきてくれただろう?
 それに、幸博のかたきをとるために、論破できるほどの知識を一日で身につけたじゃないか!
 あれは、かなりの労力だぞ!」
何を言っているんだ。銀子のきまぐれに決まっているじゃないか。あれは人外生物だぞ。普通の人間の尺度が通用する相手じゃないんだ。
俺の思考を無視して、瞳は右足に同意する。
「うん。確かに、言われてみると銀子の行動の裏側にラブがないとは言い切れないかも。」
我が意を得たりと、ばかりに右足は深くうなずく。
「そうだろう?
 ふっふっふ。
 ワタシは銀子を押すぞ!
 いいじゃないか。生物学的にも最高だ。あれはよいDNAを持っておる。
 足も毛穴を見る限り立派な毛根を所有しているに違いない!」
結局、毛かよ。おい。
そういえば、右足のやつ以前にも銀子に3,000点とか言っていたな。単におまえが銀子を気に入っているだけじゃないか。
「でもさ、ゆきぴろ。
 銀子はよくいろんな話をしてくれるじゃない。
 価値観を共有したいっていうのはさ、ラブが動機にあるっていうの、案外否定できないんじゃないかな?」
いつになく、瞳が真摯なまなざしでせまってくる。
なんだよ。
…なんだよ、二人して。
そんなに、見るなよ。
特にビスマルク、顔が近い。
おっさんの顔でそんなに近づくな!
「ゆきぴろ、ちゃかさない!
 もし、さ。仮に銀子がゆきぴろを好きだったらさ。
 どうするの?」
瞳に呼応するようにギンと目を大きくして右足も後に続く。
「そうだ。幸博!
 どうするのだ?」
ええ。銀子が、俺を。
銀子が、俺を。
銀子が、俺を。
銀子が、俺を。
(エンドレスリピート)
俺の頭はオーバーヒート。

そんな中、銀子からメッセージが届いた。写真もついている。
添付データを開くと戦車のプラモデルが映っていた。
「かなりうまく作れたと思わない?このデキ最高!
 塗装がやばくない?
 去年一人で那覇まで行ったのに、台風が来ちゃったから基地がさら地になってた!
 ショック!
 せっかく色々見てやろうと思っていたのに。(ぴえん)」

…。
返事を打つ気持ちの余力なし。
その日の夜、熱がでた。
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