31 / 33
第31話
しおりを挟む
アサヒの目の前で奇妙な展開がくりひろげられていた。突然、とてつもない力を持つ何者かが現れるや、彼の敵は、朝日のことを忘れてしまったようだ。すぐ近くでハイレベルな戦いが行われている。自分には決定的に経験が足りないことを思い知らされる。
傷の手当を行いつつ、戦いに目をやる。新参者はその場から一歩足りとも動いていない。
手をかざすだけで、夏の日の太陽のような強烈な閃光を浴びせ、切れ味するどい鋼の糸を一瞬にしてとかす。まともに見ていてはこちらの目も焼かれてしまう。現にこちらより近くで攻撃をしかけた彼の敵は、その熱でその身をこがしている。風にのりくすぶった焼ける匂いがこちらに届く。
光を操る人はこちらに背を向けていた。彼の人は白いシーツを身にまとったようないでたちをしている。その長い衣装の裾がささやかな風にふかれてなびく風情は緊迫した状況から非常に逸脱していて、優雅ですらある。凛とした背筋は気品と威厳に満ちていた。
ああ。
僕はバカだ。どうしてすぐにリサだと気付かなかったのだろう。違う意識にとらわれているけれど、リサの意識があそこに眠っている!
だけど、僕に出る幕はなかった。両者はするどい攻防を繰り広げていたが、どちらも本気ではないのだ。まるで互いの気持ちを確かめるようなやりとりにみえる。楽しんでいるのが分かる。二人の親密なやりとりに、僕は嫉妬を覚えた。
突如、光を操る人の後方から鋭く太いナイフのような糸が高速でその首筋を貫こうした。後ろに目でもついているのか、彼女は一歩移動してその攻撃をよけた。軽やかな動きだ。糸は地面につきささる。
その時初めて彼女の向きがかわりその姿をみることができた。リサとは別人の容貌。年老いて眼光のするどい人が薄く笑っている。
「ヤヒコ、お遊びはこれまでじゃ。」
そういうと彼の人は左腕にかかえていた銅板を両手で高く持ち上げた。そこから洪水のように一気に光があふれ出る。僕のたくさんある目のいくつかが、その光でつぶれたのが分かった。
僕より近くに対峙していた敵はまともに光をあびて悶絶している。やがてその姿は人間の姿へと変わっていった。
「それが、今の姿か。」
「今のは反則だよ、姫巫女。」
両目を両手でおおいあおむけになった人間が、そうつぶやく。
「許せ。ヤヒコ。
どうやら時間切れだ。我は行く。
来世でもそなたに会えると知って、我はうれしいぞ。」
「待てっ!姫巫女!」
ヤヒコと呼ばれた少年は片手を伸ばし彼の人の白い裾をつかむ。彼女の微笑みが目をつぶした彼に届いたのかは分からない。
彼の人の支配から放たれたリサがぐったり倒れるのをヤヒコはそっとその腕につつんだ。
「二千年待って、たったこれだけなのか。」
ヤヒコのつぶれた目から一筋の赤い血が流れた。
気を取り直すようにひとつ息をはくとヤヒコはするどく夜の闇に向かって叫んだ。
「出てこい。」
それは自分に向けられた言葉。リサがとらわれていては言うことを聞くしかない。
僕は、身を隠していた森から姿を現した。
「そう、殺気だつな。分かっているだろ?どちらが強いのか。
そして、おまえの泣き所はここにある。」
そういって、敵はリサに視線を移す。
「おまえのことはよく分かった。異端ではあるが、見込みはある。生きる意思があるのなら、俺とともに来い。おまえを我が同胞として迎え入れよう。」
「嫌だと言ったら。」
「殺すまでだ。」
・・・。
「彼女を守りたいなら、言うことを聞くことだ。」
「僕はただ彼女のそばにいたいんだ。」
「今のままじゃ、だめだ。己の姿をよくみてみろ。」
小馬鹿にしてヤヒコは笑う。そして真剣なおももちで言葉を重ねる。
「俺とともに来い。我が同胞の忘れ形身だ。おまえの身は俺が責任を持って守る。」
僕は彼女の寝顔をじっと見つめる。心に刻みつけるために。
「分かった。」
リサ。元気で。
傷の手当を行いつつ、戦いに目をやる。新参者はその場から一歩足りとも動いていない。
手をかざすだけで、夏の日の太陽のような強烈な閃光を浴びせ、切れ味するどい鋼の糸を一瞬にしてとかす。まともに見ていてはこちらの目も焼かれてしまう。現にこちらより近くで攻撃をしかけた彼の敵は、その熱でその身をこがしている。風にのりくすぶった焼ける匂いがこちらに届く。
光を操る人はこちらに背を向けていた。彼の人は白いシーツを身にまとったようないでたちをしている。その長い衣装の裾がささやかな風にふかれてなびく風情は緊迫した状況から非常に逸脱していて、優雅ですらある。凛とした背筋は気品と威厳に満ちていた。
ああ。
僕はバカだ。どうしてすぐにリサだと気付かなかったのだろう。違う意識にとらわれているけれど、リサの意識があそこに眠っている!
だけど、僕に出る幕はなかった。両者はするどい攻防を繰り広げていたが、どちらも本気ではないのだ。まるで互いの気持ちを確かめるようなやりとりにみえる。楽しんでいるのが分かる。二人の親密なやりとりに、僕は嫉妬を覚えた。
突如、光を操る人の後方から鋭く太いナイフのような糸が高速でその首筋を貫こうした。後ろに目でもついているのか、彼女は一歩移動してその攻撃をよけた。軽やかな動きだ。糸は地面につきささる。
その時初めて彼女の向きがかわりその姿をみることができた。リサとは別人の容貌。年老いて眼光のするどい人が薄く笑っている。
「ヤヒコ、お遊びはこれまでじゃ。」
そういうと彼の人は左腕にかかえていた銅板を両手で高く持ち上げた。そこから洪水のように一気に光があふれ出る。僕のたくさんある目のいくつかが、その光でつぶれたのが分かった。
僕より近くに対峙していた敵はまともに光をあびて悶絶している。やがてその姿は人間の姿へと変わっていった。
「それが、今の姿か。」
「今のは反則だよ、姫巫女。」
両目を両手でおおいあおむけになった人間が、そうつぶやく。
「許せ。ヤヒコ。
どうやら時間切れだ。我は行く。
来世でもそなたに会えると知って、我はうれしいぞ。」
「待てっ!姫巫女!」
ヤヒコと呼ばれた少年は片手を伸ばし彼の人の白い裾をつかむ。彼女の微笑みが目をつぶした彼に届いたのかは分からない。
彼の人の支配から放たれたリサがぐったり倒れるのをヤヒコはそっとその腕につつんだ。
「二千年待って、たったこれだけなのか。」
ヤヒコのつぶれた目から一筋の赤い血が流れた。
気を取り直すようにひとつ息をはくとヤヒコはするどく夜の闇に向かって叫んだ。
「出てこい。」
それは自分に向けられた言葉。リサがとらわれていては言うことを聞くしかない。
僕は、身を隠していた森から姿を現した。
「そう、殺気だつな。分かっているだろ?どちらが強いのか。
そして、おまえの泣き所はここにある。」
そういって、敵はリサに視線を移す。
「おまえのことはよく分かった。異端ではあるが、見込みはある。生きる意思があるのなら、俺とともに来い。おまえを我が同胞として迎え入れよう。」
「嫌だと言ったら。」
「殺すまでだ。」
・・・。
「彼女を守りたいなら、言うことを聞くことだ。」
「僕はただ彼女のそばにいたいんだ。」
「今のままじゃ、だめだ。己の姿をよくみてみろ。」
小馬鹿にしてヤヒコは笑う。そして真剣なおももちで言葉を重ねる。
「俺とともに来い。我が同胞の忘れ形身だ。おまえの身は俺が責任を持って守る。」
僕は彼女の寝顔をじっと見つめる。心に刻みつけるために。
「分かった。」
リサ。元気で。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
きらさぎ町
KZ
ホラー
ふと気がつくと知らないところにいて、近くにあった駅の名前は「きさらぎ駅」。
この駅のある「きさらぎ町」という不思議な場所では、繰り返すたびに何か大事なものが失くなっていく。自分が自分であるために必要なものが失われていく。
これは、そんな場所に迷い込んだ彼の物語だ……。
雷命の造娘
凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。
〈娘〉は、独りだった……。
〈娘〉は、虚だった……。
そして、闇暦二九年──。
残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める!
人間の業に汚れた罪深き己が宿命を!
人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。
豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか?
闇暦戦史、第二弾開幕!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
恐怖ダウンロード
西羽咲 花月
ホラー
靖子と夢の2人はクラスでイジメにあっていた
そんなとき出会ったのは不思議なおばあさん
その人は突然靖子のスマホを取り上げると「恐怖アプリ」をダウンロードしていた
・恐怖を与えたい相手の写真をアプリに投稿してください
・自動的に指定した相手に恐怖が与えられます
・かわりに、アプリの使用者にはなんらかの損失を負っていただきます
それを使い、靖子たちの復讐がはじまる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる