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第26話
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「秘密。もう、起きていても見えるでしょ?」
「…見たくない。」
「見て。」
穏やかながら有無を言わせない一言。私は瞼をとじる。すると、色々なシーンの断片が洪水のように押し寄せてくる。その圧倒的な大きさに私はのみこまれそうになる。
「だめだよ。ひきずりこまれてないで、流れの中に留まるんだ。必要なものはその中にある。君は知っているはずだよ。」
優しい声で森田君は私を導く。その声といっしょに彼の切実な気持ちが私の中へと流れ込む。ああ、嫌なのに。森田君の思いが私をつき動かす。
私はしぶしぶ、探す。そして、欲しくもないものをつかむためにこの手をのばした。
あごが上がり、頭がそれて、体が後ろへ勢いよく傾くようにして、私は目を開ける。倒れそうになるところを森田君が支えてくれた。
「うまくいったね。」
当然のような顔して言う彼が憎らしい。せめてもの抵抗で私は、彼を振り払い無言で歩きはじめる。
私は道を知っている。どうしてだか、知っている。経験していないのに、私は経験としてあの場所をつかんでいる。
体も軽い。さきほどまでは寒くてしょうがなかったのに、今はちっとも気にならない。
森田君、私を何に変えたの?
陰鬱に考えて、考えるのを止めた。目にした星の輝きがにじむ。私は気丈に涙を払って、歩く速度を速める。
気付けば走っていた。森田君は音もなく軽々とついてくる。私一人の足音だけがうるさく響く。
だんだんとあの場所に近づいて行くのが分かる。ふいにかすかな甘い香りが鼻につく。進むにしたがってどんどん香りはきつくなる。
「何の香りかな?」
森田君は苦笑いで答える。
「僕らを導いているんだよ、親切にもね。」
木立の隙間をかきわけてひっかき傷を作りながらすすんでいると、突如視界が開けた。森の中にあってその場所だけ、小学校の運動場くらいの平地が不自然にもあらわれた。緑の芝が黄色く光って風に揺れている。足元に何かがあたった。見ると雨風で傷んだ先輩の持ち物が散らばっていた。
ああっ!!!!!!
運動靴の片方が目にとまった。ひらおうと身をかがめると、森田君がきつい声で制止する。
「触るな!」
不思議に思ってもう一度ナイキのシューズを見る。きらきらと銀の糸が絡まっている。
それはとても奇麗な銀の糸。
「あまり不用意に動くとまずい。」
森田君のつぶやきに目を凝らしてまわりをみると銀の糸が幾何学模様に空間いっぱいにはりめぐらされている。その中心には夢でみたミキの作りだした繭がそのままに美しい卵型をしてそこにある。
「香りが消えた。」
私のつぶやきにうなずくと森田君は目を用心深くあちこちに走らせながら低い声でささやいた。
「…見ているな。」
森田君の瞳の色が再び赤に変わった。瞳孔が金色に光っている。私は不安な気持ちになって一歩あとずさろうとした。
「動くなって言っただろ。」
森田君は私の首を左手でつかみ動きを封じた。そのまま自分の体が持ち上げられるのが分かる。息ができない。森田君は大声で繭の主に叫んだ。
「人間はもろいから、はやくしないと死んじゃうよ?」
繭の主の敵意が大きくなるのが空間を通してびりびりと伝わってくる。森田君の声に呼応するかのように貼られていた銀の糸がいっせいに動いて一筋の道を作りだした。それはまるで出エジプトの海面が割れる光景のようだ。
森田君は嫌な笑いを浮かべるとつかんでいた手を放した。私は地面に尻もちをつくと、激しくせき込む。酸素を求めてひっきりなしに息を吸い込む。
少し落ち着いて、顔をあげると冷静な目で私を見下ろす森田君の視線とぶつかった。彼はいきなり私をつかむとぞんざいに肩にかつぎあげた。
「じたばたするなよ。」
彼の本気の殺気を感じて私はおとなしくされるがままになる。森田君の急変と緊迫したこの状況がつかめない。
森田君はすたすたと一筋の道、芝でおおわれた柔らかそうな道をあの繭を目指してつき進む。私は担がれているために、後方しか目に入らない。私たちが通った後の道は次第にせばまりやがて閉じて行く。銀の糸がきれいな幾何学模様を再び形づくってゆく。
これじゃ、退路がないんじゃないのだろうかと、ぼんやり考えていると赤い光の玉がこちらに向かってくるのが目に入った。閉じてゆく道の小さな隙間をぬってこちらに泳いでくる。
コスモスだ!
「…見たくない。」
「見て。」
穏やかながら有無を言わせない一言。私は瞼をとじる。すると、色々なシーンの断片が洪水のように押し寄せてくる。その圧倒的な大きさに私はのみこまれそうになる。
「だめだよ。ひきずりこまれてないで、流れの中に留まるんだ。必要なものはその中にある。君は知っているはずだよ。」
優しい声で森田君は私を導く。その声といっしょに彼の切実な気持ちが私の中へと流れ込む。ああ、嫌なのに。森田君の思いが私をつき動かす。
私はしぶしぶ、探す。そして、欲しくもないものをつかむためにこの手をのばした。
あごが上がり、頭がそれて、体が後ろへ勢いよく傾くようにして、私は目を開ける。倒れそうになるところを森田君が支えてくれた。
「うまくいったね。」
当然のような顔して言う彼が憎らしい。せめてもの抵抗で私は、彼を振り払い無言で歩きはじめる。
私は道を知っている。どうしてだか、知っている。経験していないのに、私は経験としてあの場所をつかんでいる。
体も軽い。さきほどまでは寒くてしょうがなかったのに、今はちっとも気にならない。
森田君、私を何に変えたの?
陰鬱に考えて、考えるのを止めた。目にした星の輝きがにじむ。私は気丈に涙を払って、歩く速度を速める。
気付けば走っていた。森田君は音もなく軽々とついてくる。私一人の足音だけがうるさく響く。
だんだんとあの場所に近づいて行くのが分かる。ふいにかすかな甘い香りが鼻につく。進むにしたがってどんどん香りはきつくなる。
「何の香りかな?」
森田君は苦笑いで答える。
「僕らを導いているんだよ、親切にもね。」
木立の隙間をかきわけてひっかき傷を作りながらすすんでいると、突如視界が開けた。森の中にあってその場所だけ、小学校の運動場くらいの平地が不自然にもあらわれた。緑の芝が黄色く光って風に揺れている。足元に何かがあたった。見ると雨風で傷んだ先輩の持ち物が散らばっていた。
ああっ!!!!!!
運動靴の片方が目にとまった。ひらおうと身をかがめると、森田君がきつい声で制止する。
「触るな!」
不思議に思ってもう一度ナイキのシューズを見る。きらきらと銀の糸が絡まっている。
それはとても奇麗な銀の糸。
「あまり不用意に動くとまずい。」
森田君のつぶやきに目を凝らしてまわりをみると銀の糸が幾何学模様に空間いっぱいにはりめぐらされている。その中心には夢でみたミキの作りだした繭がそのままに美しい卵型をしてそこにある。
「香りが消えた。」
私のつぶやきにうなずくと森田君は目を用心深くあちこちに走らせながら低い声でささやいた。
「…見ているな。」
森田君の瞳の色が再び赤に変わった。瞳孔が金色に光っている。私は不安な気持ちになって一歩あとずさろうとした。
「動くなって言っただろ。」
森田君は私の首を左手でつかみ動きを封じた。そのまま自分の体が持ち上げられるのが分かる。息ができない。森田君は大声で繭の主に叫んだ。
「人間はもろいから、はやくしないと死んじゃうよ?」
繭の主の敵意が大きくなるのが空間を通してびりびりと伝わってくる。森田君の声に呼応するかのように貼られていた銀の糸がいっせいに動いて一筋の道を作りだした。それはまるで出エジプトの海面が割れる光景のようだ。
森田君は嫌な笑いを浮かべるとつかんでいた手を放した。私は地面に尻もちをつくと、激しくせき込む。酸素を求めてひっきりなしに息を吸い込む。
少し落ち着いて、顔をあげると冷静な目で私を見下ろす森田君の視線とぶつかった。彼はいきなり私をつかむとぞんざいに肩にかつぎあげた。
「じたばたするなよ。」
彼の本気の殺気を感じて私はおとなしくされるがままになる。森田君の急変と緊迫したこの状況がつかめない。
森田君はすたすたと一筋の道、芝でおおわれた柔らかそうな道をあの繭を目指してつき進む。私は担がれているために、後方しか目に入らない。私たちが通った後の道は次第にせばまりやがて閉じて行く。銀の糸がきれいな幾何学模様を再び形づくってゆく。
これじゃ、退路がないんじゃないのだろうかと、ぼんやり考えていると赤い光の玉がこちらに向かってくるのが目に入った。閉じてゆく道の小さな隙間をぬってこちらに泳いでくる。
コスモスだ!
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