マーメイド・コスモス

咲良きま

文字の大きさ
上 下
25 / 33

第25話

しおりを挟む
彼は拳を握ったり、ひろげたりしている。不自然な明るさは緊張の裏返しなんだろう。

「私に何をさせる気なの?」

「案内して欲しいんだ。感覚で途中までなら分かるんだけど、それ以上はどうしても無理でね。人が見つけて騒ぎになる前に急いでかたづけないといけないんだ。」

私たちは暗闇を歩く、いつのまにか傾斜を、息を切らして登っている。

なんて、暗いところなんだろう。真っ暗で足元がよく見えない。私は何かにつまずいて、こけてしまった。

「大丈夫?」

森田君が手を差し出す。

ああ、前にもこんなふうにひっぱってもらったことがあったなぁ。

森田君の背後には空が広がっていた。

空は真っ暗じゃなかった。星が月に負けじと輝いている。星が空から今にもこぼれ落ちそうなほどに燦然と輝いて…。

どくんと心臓がはねた。私はパズルの最後のピースが重なるように、突然分かってしまった。

ゆっくり立ちあがると、森田君にささやくように聞いた。

「あの場所に行くのね?」

「うん。

ごめん。酷いよね。」

嫌だった。逃げだしたかった。だけど、行かなければならないのは理解できる。

けれど、あの場所へ行って、この目であの惨状を確認してしまったら、まだ半信半疑でいる出来事が本当に現実となってしまう。それを受け止めるだけの覚悟なんてできていないのに!

私は森田君のそでをギュッとつかんだ。森田君は無言で私の手をとってくれる。

二人黙々と歩いていく。寒さはどんどん増していく。手足の感覚はすでに消えていた。森田君は夜道が見えているらしく、私がこけないように気をつかってくれる。

「森田君。

今日お昼に話していたことの続きなんだけど。」

「うん。」

「私の見た夢は本当に、現実なの?」

「…過去の夢だったらそうだね。もし、その夢が未来のものだったら、どうだろう。起こりうることを変えることはできるよ。そう望んで行動すればね。」

「じゃあもしかしたら、私はミキを救えるのかな。」

「それは、分らない。行ってみないと。」

「そうだね。でも、もしかしたら助けられるかもしれないんだよね。」

私は少し期待を込めてはずんだ声で森田君に同意を求める。

しかし、森田君は答えない。彼の作った沈黙にとまどう。

しばらくして、彼は言った。

「正直、僕は彼女が生きていたら、自分でもどうするか分からないよ。

もしかしたら殺してしまうかもしれない。」

振り向いた彼の目は赤く、ぎらぎらしていた。

憎しみ。恨み。憤慨。喪失。焦り。やるせなさ。

感情の波が空気を伝って押し寄せてくる。

森田君、ミキに恋していたのに。あの淡い気持ちは、どこへ消えちゃったのだろうか。

私の目から気付けば涙がこぼれ落ちる。森田君はものうげに、私を見るとその手で涙をぬぐってくれた。その仕草はとても優しいのに、とても怖かった。彼は、表情一つ変えずに冷めた目をしているから。

彼はなげやりに言葉を放つ。

「人魚に、食われるとね。全てがばれてしまうんだよ。僕らの世界のあらゆることが、ね。

そして、僕らの力を操れるほど、彼らは成熟していない。

それってあってはならないことだ。だったら、なかったことにするしかないでしょ?

僕らの種を含め世界の存亡がかかっている。

今、正念場なんだ。」

私は森田君と対じしているはずなのに、まるで夢の中のあの蜘蛛に対じしている時のような既視感を覚える。こんな時なのに、森田君は私の思いを察してにやりと笑う。

「流石だね。そんな器でも、やっぱり巫女の力は健在なんだ。

見えたんでしょ?」

私はうなずく。わけがわからなかった。

「森田君は、蜘蛛の化身なの?」

「蜘蛛の化身か。そう言われるとちょっと傷つくなぁ。

自分の星に本当の体は置いてきているんだけど、蜘蛛はその体に、まぁ、似てるよね。

比べたら全然違うんだけどね。体も大きいし、生体も知能も命のあり方も。」

「コスモスがあの蜘蛛について言っていた『王、未完成品、欠陥物』の意味を教えて。」

けれど、彼は一瞬沈黙して視線を動かす。

「そのまま、失敗作ってことさ!」

森田君は私ではない何かに聞かせようとするように突然大きな声で叫んだ。

ああ、知ってる。このぴりぴりする感じ。見られている気配。

ぞくぞくする!

私は金縛りにあっているのだろう。体が固まって動けなくなってしまった。

ただ激しい風の音が聞こえるだけだ。ごうごうと草木を揺らすその音をこんなに不快に感じるのは初めてだった。

しかし、ほどなくして風は止み。例の気配も消えた。それと同時に体の自由は戻る。手や足を恐る恐る動かす。ああ!よかった。

「っち。気配を感じたのに。肉体を持ちながらすでに自力で精神を飛ばせるのか。

…まさか、知能が高いなんてことがあるのか。人魚特有のあれもないし。

想定していたのとは違う。」

彼はぶつぶつ言うと、私にいきなり水をむける。

「二ノ宮、僕にはここまでの道しか分からない。ここから先の道を示してくれないか?」

突然そう言われてもあたりは暗く、前方も左右も見えない。既視感を感じることはできるけれど、感覚だけでどうやって案内すればいいのか分からない。

…無理だよ。

私は途方に暮れた。

「大丈夫。」

そう言って、森田君は私の両手をとる。

「ゆっくり呼吸して。」

言われたとおり、ゆっくりと凍える夜気を吸い込んだ。

違う!なにかとても冷たいものを吸い込んだ!

それはのど元すぎると急にぽかぽかと暖かくなった。胸に何かがともる。ゆらゆらとしたろうそくの明かりのようなものが。

「何をしたの?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員

眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。

バーチャル・ゲンガー

星 高目
ホラー
『ゲンガーに気を付けて』 チャンネル登録者五万人のVtuber、東風春香として活動する佐藤綾は、一か月後に引退することを発表した。その配信の最後に見たコメントは、これから彼女を襲う不思議な現象への警告であった。 就職活動に取り組む日々に忍び寄る影、バーチャル・ゲンガーという都市伝説。 ――引退を宣言したVtuberがアバターに攫われる……いや、私は殺されるって聞いたよ? ほんと? どうなんだろうね? わかんない 果たして彼女は、ゲンガーから逃れることが出来るのか……。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/3/11:『まぐかっぷ』の章を追加。2025/3/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/10:『ころがるゆび』の章を追加。2025/3/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/9:『かおのなるき』の章を追加。2025/3/16の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/8:『いま』の章を追加。2025/3/15の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/7:『しんれいしゃしん』の章を追加。2025/3/14の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/6:『よふかし』の章を追加。2025/3/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/5:『つくえのしたのて』の章を追加。2025/3/12の朝4時頃より公開開始予定。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

熾ーおこりー

ようさん
ホラー
【第8回ホラー・ミステリー小説大賞参加予定作品(リライト)】  幕末一の剣客集団、新撰組。  疾風怒濤の時代、徳川幕府への忠誠を頑なに貫き時に鉄の掟の下同志の粛清も辞さない戦闘派治安組織として、倒幕派から庶民にまで恐れられた。  組織の転機となった初代局長・芹澤鴨暗殺事件を、原田左之助の視点で描く。  志と名誉のためなら死をも厭わず、やがて新政府軍との絶望的な戦争に飲み込まれていった彼らを蝕む闇とはーー ※史実をヒントにしたフィクション(心理ホラー)です 【登場人物】(ネタバレを含みます) 原田左之助(二三歳) 伊代松山藩出身で槍の名手。新撰組隊士(試衛館派) 芹澤鴨(三七歳) 新撰組筆頭局長。文武両道の北辰一刀流師範。刀を抜くまでもない戦闘の際には鉄製の軍扇を武器とする。水戸派のリーダー。 沖田総司(二一歳) 江戸出身。新撰組隊士の中では最年少だが剣の腕前は五本の指に入る(試衛館派) 山南敬助(二七歳) 仙台藩出身。土方と共に新撰組副長を務める。温厚な調整役(試衛館派) 土方歳三(二八歳)武州出身。新撰組副長。冷静沈着で自分にも他人にも厳しい。試衛館の弟子筆頭で一本気な男だが、策士の一面も(試衛館派) 近藤勇(二九歳) 新撰組局長。土方とは同郷。江戸に上り天然理心流の名門道場・試衛館を継ぐ。 井上源三郎(三四歳) 新撰組では一番年長の隊士。近藤とは先代の兄弟弟子にあたり、唯一の相談役でもある。 新見錦 芹沢の腹心。頭脳派で水戸派のブレインでもある 平山五郎 芹澤の腹心。直情的な男(水戸派) 平間(水戸派) 野口(水戸派) (画像・速水御舟「炎舞」部分)

不動の焔

桜坂詠恋
ホラー
山中で発見された、内臓を食い破られた三体の遺体。 それが全ての始まりだった。 「警視庁刑事局捜査課特殊事件対策室」主任、高瀬が捜査に乗り出す中、東京の街にも伝説の鬼が現れ、その爪が、高瀬を執拗に追っていた女新聞記者・水野遠子へも向けられる。 しかし、それらは世界の破滅への序章に過ぎなかった。 今ある世界を打ち壊し、正義の名の下、新世界を作り上げようとする謎の男。 過去に過ちを犯し、死をもってそれを償う事も叶わず、赦しを請いながら生き続ける、闇の魂を持つ刑事・高瀬。 高瀬に命を救われ、彼を救いたいと願う光の魂を持つ高校生、大神千里。 千里は、男の企みを阻止する事が出来るのか。高瀬を、現世を救うことが出来るのか。   本当の敵は誰の心にもあり、そして、誰にも見えない ──手を伸ばせ。今度はオレが、その手を掴むから。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

処理中です...