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第25話
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彼は拳を握ったり、ひろげたりしている。不自然な明るさは緊張の裏返しなんだろう。
「私に何をさせる気なの?」
「案内して欲しいんだ。感覚で途中までなら分かるんだけど、それ以上はどうしても無理でね。人が見つけて騒ぎになる前に急いでかたづけないといけないんだ。」
私たちは暗闇を歩く、いつのまにか傾斜を、息を切らして登っている。
なんて、暗いところなんだろう。真っ暗で足元がよく見えない。私は何かにつまずいて、こけてしまった。
「大丈夫?」
森田君が手を差し出す。
ああ、前にもこんなふうにひっぱってもらったことがあったなぁ。
森田君の背後には空が広がっていた。
空は真っ暗じゃなかった。星が月に負けじと輝いている。星が空から今にもこぼれ落ちそうなほどに燦然と輝いて…。
どくんと心臓がはねた。私はパズルの最後のピースが重なるように、突然分かってしまった。
ゆっくり立ちあがると、森田君にささやくように聞いた。
「あの場所に行くのね?」
「うん。
ごめん。酷いよね。」
嫌だった。逃げだしたかった。だけど、行かなければならないのは理解できる。
けれど、あの場所へ行って、この目であの惨状を確認してしまったら、まだ半信半疑でいる出来事が本当に現実となってしまう。それを受け止めるだけの覚悟なんてできていないのに!
私は森田君のそでをギュッとつかんだ。森田君は無言で私の手をとってくれる。
二人黙々と歩いていく。寒さはどんどん増していく。手足の感覚はすでに消えていた。森田君は夜道が見えているらしく、私がこけないように気をつかってくれる。
「森田君。
今日お昼に話していたことの続きなんだけど。」
「うん。」
「私の見た夢は本当に、現実なの?」
「…過去の夢だったらそうだね。もし、その夢が未来のものだったら、どうだろう。起こりうることを変えることはできるよ。そう望んで行動すればね。」
「じゃあもしかしたら、私はミキを救えるのかな。」
「それは、分らない。行ってみないと。」
「そうだね。でも、もしかしたら助けられるかもしれないんだよね。」
私は少し期待を込めてはずんだ声で森田君に同意を求める。
しかし、森田君は答えない。彼の作った沈黙にとまどう。
しばらくして、彼は言った。
「正直、僕は彼女が生きていたら、自分でもどうするか分からないよ。
もしかしたら殺してしまうかもしれない。」
振り向いた彼の目は赤く、ぎらぎらしていた。
憎しみ。恨み。憤慨。喪失。焦り。やるせなさ。
感情の波が空気を伝って押し寄せてくる。
森田君、ミキに恋していたのに。あの淡い気持ちは、どこへ消えちゃったのだろうか。
私の目から気付けば涙がこぼれ落ちる。森田君はものうげに、私を見るとその手で涙をぬぐってくれた。その仕草はとても優しいのに、とても怖かった。彼は、表情一つ変えずに冷めた目をしているから。
彼はなげやりに言葉を放つ。
「人魚に、食われるとね。全てがばれてしまうんだよ。僕らの世界のあらゆることが、ね。
そして、僕らの力を操れるほど、彼らは成熟していない。
それってあってはならないことだ。だったら、なかったことにするしかないでしょ?
僕らの種を含め世界の存亡がかかっている。
今、正念場なんだ。」
私は森田君と対じしているはずなのに、まるで夢の中のあの蜘蛛に対じしている時のような既視感を覚える。こんな時なのに、森田君は私の思いを察してにやりと笑う。
「流石だね。そんな器でも、やっぱり巫女の力は健在なんだ。
見えたんでしょ?」
私はうなずく。わけがわからなかった。
「森田君は、蜘蛛の化身なの?」
「蜘蛛の化身か。そう言われるとちょっと傷つくなぁ。
自分の星に本当の体は置いてきているんだけど、蜘蛛はその体に、まぁ、似てるよね。
比べたら全然違うんだけどね。体も大きいし、生体も知能も命のあり方も。」
「コスモスがあの蜘蛛について言っていた『王、未完成品、欠陥物』の意味を教えて。」
けれど、彼は一瞬沈黙して視線を動かす。
「そのまま、失敗作ってことさ!」
森田君は私ではない何かに聞かせようとするように突然大きな声で叫んだ。
ああ、知ってる。このぴりぴりする感じ。見られている気配。
ぞくぞくする!
私は金縛りにあっているのだろう。体が固まって動けなくなってしまった。
ただ激しい風の音が聞こえるだけだ。ごうごうと草木を揺らすその音をこんなに不快に感じるのは初めてだった。
しかし、ほどなくして風は止み。例の気配も消えた。それと同時に体の自由は戻る。手や足を恐る恐る動かす。ああ!よかった。
「っち。気配を感じたのに。肉体を持ちながらすでに自力で精神を飛ばせるのか。
…まさか、知能が高いなんてことがあるのか。人魚特有のあれもないし。
想定していたのとは違う。」
彼はぶつぶつ言うと、私にいきなり水をむける。
「二ノ宮、僕にはここまでの道しか分からない。ここから先の道を示してくれないか?」
突然そう言われてもあたりは暗く、前方も左右も見えない。既視感を感じることはできるけれど、感覚だけでどうやって案内すればいいのか分からない。
…無理だよ。
私は途方に暮れた。
「大丈夫。」
そう言って、森田君は私の両手をとる。
「ゆっくり呼吸して。」
言われたとおり、ゆっくりと凍える夜気を吸い込んだ。
違う!なにかとても冷たいものを吸い込んだ!
それはのど元すぎると急にぽかぽかと暖かくなった。胸に何かがともる。ゆらゆらとしたろうそくの明かりのようなものが。
「何をしたの?」
「私に何をさせる気なの?」
「案内して欲しいんだ。感覚で途中までなら分かるんだけど、それ以上はどうしても無理でね。人が見つけて騒ぎになる前に急いでかたづけないといけないんだ。」
私たちは暗闇を歩く、いつのまにか傾斜を、息を切らして登っている。
なんて、暗いところなんだろう。真っ暗で足元がよく見えない。私は何かにつまずいて、こけてしまった。
「大丈夫?」
森田君が手を差し出す。
ああ、前にもこんなふうにひっぱってもらったことがあったなぁ。
森田君の背後には空が広がっていた。
空は真っ暗じゃなかった。星が月に負けじと輝いている。星が空から今にもこぼれ落ちそうなほどに燦然と輝いて…。
どくんと心臓がはねた。私はパズルの最後のピースが重なるように、突然分かってしまった。
ゆっくり立ちあがると、森田君にささやくように聞いた。
「あの場所に行くのね?」
「うん。
ごめん。酷いよね。」
嫌だった。逃げだしたかった。だけど、行かなければならないのは理解できる。
けれど、あの場所へ行って、この目であの惨状を確認してしまったら、まだ半信半疑でいる出来事が本当に現実となってしまう。それを受け止めるだけの覚悟なんてできていないのに!
私は森田君のそでをギュッとつかんだ。森田君は無言で私の手をとってくれる。
二人黙々と歩いていく。寒さはどんどん増していく。手足の感覚はすでに消えていた。森田君は夜道が見えているらしく、私がこけないように気をつかってくれる。
「森田君。
今日お昼に話していたことの続きなんだけど。」
「うん。」
「私の見た夢は本当に、現実なの?」
「…過去の夢だったらそうだね。もし、その夢が未来のものだったら、どうだろう。起こりうることを変えることはできるよ。そう望んで行動すればね。」
「じゃあもしかしたら、私はミキを救えるのかな。」
「それは、分らない。行ってみないと。」
「そうだね。でも、もしかしたら助けられるかもしれないんだよね。」
私は少し期待を込めてはずんだ声で森田君に同意を求める。
しかし、森田君は答えない。彼の作った沈黙にとまどう。
しばらくして、彼は言った。
「正直、僕は彼女が生きていたら、自分でもどうするか分からないよ。
もしかしたら殺してしまうかもしれない。」
振り向いた彼の目は赤く、ぎらぎらしていた。
憎しみ。恨み。憤慨。喪失。焦り。やるせなさ。
感情の波が空気を伝って押し寄せてくる。
森田君、ミキに恋していたのに。あの淡い気持ちは、どこへ消えちゃったのだろうか。
私の目から気付けば涙がこぼれ落ちる。森田君はものうげに、私を見るとその手で涙をぬぐってくれた。その仕草はとても優しいのに、とても怖かった。彼は、表情一つ変えずに冷めた目をしているから。
彼はなげやりに言葉を放つ。
「人魚に、食われるとね。全てがばれてしまうんだよ。僕らの世界のあらゆることが、ね。
そして、僕らの力を操れるほど、彼らは成熟していない。
それってあってはならないことだ。だったら、なかったことにするしかないでしょ?
僕らの種を含め世界の存亡がかかっている。
今、正念場なんだ。」
私は森田君と対じしているはずなのに、まるで夢の中のあの蜘蛛に対じしている時のような既視感を覚える。こんな時なのに、森田君は私の思いを察してにやりと笑う。
「流石だね。そんな器でも、やっぱり巫女の力は健在なんだ。
見えたんでしょ?」
私はうなずく。わけがわからなかった。
「森田君は、蜘蛛の化身なの?」
「蜘蛛の化身か。そう言われるとちょっと傷つくなぁ。
自分の星に本当の体は置いてきているんだけど、蜘蛛はその体に、まぁ、似てるよね。
比べたら全然違うんだけどね。体も大きいし、生体も知能も命のあり方も。」
「コスモスがあの蜘蛛について言っていた『王、未完成品、欠陥物』の意味を教えて。」
けれど、彼は一瞬沈黙して視線を動かす。
「そのまま、失敗作ってことさ!」
森田君は私ではない何かに聞かせようとするように突然大きな声で叫んだ。
ああ、知ってる。このぴりぴりする感じ。見られている気配。
ぞくぞくする!
私は金縛りにあっているのだろう。体が固まって動けなくなってしまった。
ただ激しい風の音が聞こえるだけだ。ごうごうと草木を揺らすその音をこんなに不快に感じるのは初めてだった。
しかし、ほどなくして風は止み。例の気配も消えた。それと同時に体の自由は戻る。手や足を恐る恐る動かす。ああ!よかった。
「っち。気配を感じたのに。肉体を持ちながらすでに自力で精神を飛ばせるのか。
…まさか、知能が高いなんてことがあるのか。人魚特有のあれもないし。
想定していたのとは違う。」
彼はぶつぶつ言うと、私にいきなり水をむける。
「二ノ宮、僕にはここまでの道しか分からない。ここから先の道を示してくれないか?」
突然そう言われてもあたりは暗く、前方も左右も見えない。既視感を感じることはできるけれど、感覚だけでどうやって案内すればいいのか分からない。
…無理だよ。
私は途方に暮れた。
「大丈夫。」
そう言って、森田君は私の両手をとる。
「ゆっくり呼吸して。」
言われたとおり、ゆっくりと凍える夜気を吸い込んだ。
違う!なにかとても冷たいものを吸い込んだ!
それはのど元すぎると急にぽかぽかと暖かくなった。胸に何かがともる。ゆらゆらとしたろうそくの明かりのようなものが。
「何をしたの?」
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