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第19話
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それから、宇宙外生命体との奇妙な共同生活が始まった。
彼女の名前が登録番号であるのは味気がないので、飼い主として、名前をつけてあげることにした。
「コスモスなんてどうかな?」
「コスモス。安直ね。どうせ、宇宙から来たからとかいうんでしょ。」
「あたり!でも、結構他にも意味があるんだよ。秩序を表す言葉でもあるし、花の名前でもあるし。いいじゃん。」
「…そうね。悪くないわ。」
そういうわけで、コスモスという名前がついた。彼女は相変わらず金魚や人魚に姿を変えていたが、基本金魚の姿であることのほうが多かった。人魚だと、動きを制限されるからだ。
一度どうして、二本脚の姿にならないのか聞いてみたことがある。すると、彼女は口を歪めてこう言った。
「脚を得る代わりに、声を失うのは嫌だから。」
彼女はアンデルセンの童話になぞらえてちょっと得意気に答えた。けれど、きっと単に完全に人間の姿に変身するのは無理なのだろうと思う。なにせ、元が金魚だからね。でもふと考えた。上半身が魚で下半身が人間だとどうだろうかと。きっと変身可能なんじゃないだろうかと。…しかし、かなりおぞましい姿になるはずだ。あまりお目にかかりたいとも思わないので、今のところ提案するのは控えている。
彼女は、何も口にしない。
食事をとらなくても平気なのかと聞いた時、
「食事は一生に一度しかとらないの。今はまだその時じゃないのよ。」
と、何か含みのある言い方をした。
そして、時々何か言いたそうに私の胸のペンダントに目をやるのだ。私も、彼女がミキのペンダントを気にする理由を聞いてみたいと思っている。しかし、なぜか互いに話を切り出せずにいるのだった。
自称ペット?の居候が増えても特に大変なことはなかった。
「絶対に、私の家族に見つかっちゃだめだからね」という、私の最低限のお願いに彼女は忠実に従っていたし、学校についてくることもなかったから。
彼女は私のいない間はずっとパソコンとドッキングして情報収集に明け暮れているようだった。唯一難点といえば、ドッキングの際に相変わらず魚が焼けるいいにおいをさせることだ。私の家族はその度に鼻をくんくんさせて、不思議がる。その度に私は冷や冷やさせられる。
そうこうしているうちにあっと言う間に時は流れて、もう年の瀬がせまっていた。相変わらず、思い出したように雪がちらちら降っては、溶けて行く。今年も積もることはないのだろう。毎日、学校へ行って、帰って、そして、また学校へ行ってと、その繰り返し。
学校は変わってしまった。ミキが去り、先輩が去り、森田君が別人になった。
森田君。
友達だったのに。あの友達だった森田君ではなくなってしまった。
学校は楽しい場所ではなくなった。親友、初恋の人、友達を失った喪失感は、簡単にはぬぐいされるものではない。私だけどうしてここにいるんだろうと、自問自答を繰り返す。みんなは一体どこへ行ってしまったのだろうと。
機械的に毎日を繰り返す。余計なことを考えたくないので、家では机に向かう。おかげで成績が上がってしまった。
森田君。
彼はサッカー部を辞めたそうだ。あんなに楽しそうにサッカーをしていたのに。
別人なのだろうか、それともショックで人が変わってしまったのだろうか。
彼は、私がコスモスと出会った次の日から、私を無視するようになった。というより、誰とも交わらなくなった。明るい彼の周囲にはいつも誰かしら人が集まっていたのに。彼には友達がたくさんいた。けれど、今は一人で、誰とも口を聞かずひっそりと教室の隅にいる。周囲も彼をどう扱っていいのか分からずに、遠まきにしている。そうしてそのうちに、誰も彼のことを気にしなくなった。
私はというと、悪夢を見なくなった。今のところ安眠が続いている。
この毎日はなんだろう。輝いていたあの日々はどこに行ったのだろう。私は一人ぽつんと生きている。
ミキからもらったペンダントは肌身離さず持ち歩いていた。お風呂に入る時も、眠る時も。片時も離さずに。
冬休みに入ると、歌番組が増えた。それらを自分の部屋でコスモスとよく見た。その度にコスモスはローレライに変身して、舟人を惑わすというその美声で流行した曲をたくさん披露してくれた。彼女が歌えばどんな曲も心震えるほどの情感をひきおこす。私は感動して、よく泣いた。その日も、彼女の歌声に涙していたら、彼女はふと言葉をもらした。
「リサって、本当に共感力が高いのね。よく今まで無事に過ごせてきたものだわ。」
「それ、どういう意味?」
「そのままの意味だけど。感受性が強いって意味よ。」
それから、意地悪そうな顔になって言った。
「なんといっても、リサが特別なのは霊媒能力に優れていることだけれど。」
「霊媒能力?何それ。
…そうなの?」
「そうよ。だから、あなたの体に乗り移ろうと思ったんだもの。」
何気なく言われて、ドキっとした。今日はどうやらコスモスは核心的な話をするつもりのようだ。
「どうして、そうしなかったの。」
私は静かに聞いた。
「はじかれたのよ。あなたのつけているそのお守りにね。」
コスモスは、私の胸にあるペンダントを指差した。私は両手でそれを包む。
ミキ。ミキが守ってくれたんだ。
「どうして、今までそんなふうに無自覚に生きてこれたのかしら。こちらの言葉で一番しっくりするのは…そうね、『霊感』かしら。人間離れした圧倒的なその力をあなたは持っているのに。」
「そうかな。」
「そうよ。」
コスモスは片眉をあげて、意地悪そうに断定した。
「もしかして、まだ私の体を狙っているの?」
そう聞く、私の声はなさけないほどかすれていた。
「そうしたいのは、やまやまなんだけど、すっかりこの体に定着したから、もういいわ。
それに、私の姉妹はあなたを是が非でも守りたいみたいだし。」
「姉妹?」
「そうよ。そのお守りをあなたに授けた人物ね。あなたの胸にある青いもの。それね、『人魚の涙』って言われているものよ。
私も初めて見るわ。伝説だと思っていたから。
まさか、お目にかかれるなんて、ね。初めて目にした時は、本当に驚いたわ。」
「そんなに、凄いものなの?」
「そうよ。それは、人魚がその命の大半を削って生み出すものだから。
私たちは、基本自分の本能に忠実に生きているのを知っているわね?だから、他人のために、そんなものを生みだしたりしないのよ。
あなた、姉妹にとって、よっぽど大事な存在だったのね。」
彼女の名前が登録番号であるのは味気がないので、飼い主として、名前をつけてあげることにした。
「コスモスなんてどうかな?」
「コスモス。安直ね。どうせ、宇宙から来たからとかいうんでしょ。」
「あたり!でも、結構他にも意味があるんだよ。秩序を表す言葉でもあるし、花の名前でもあるし。いいじゃん。」
「…そうね。悪くないわ。」
そういうわけで、コスモスという名前がついた。彼女は相変わらず金魚や人魚に姿を変えていたが、基本金魚の姿であることのほうが多かった。人魚だと、動きを制限されるからだ。
一度どうして、二本脚の姿にならないのか聞いてみたことがある。すると、彼女は口を歪めてこう言った。
「脚を得る代わりに、声を失うのは嫌だから。」
彼女はアンデルセンの童話になぞらえてちょっと得意気に答えた。けれど、きっと単に完全に人間の姿に変身するのは無理なのだろうと思う。なにせ、元が金魚だからね。でもふと考えた。上半身が魚で下半身が人間だとどうだろうかと。きっと変身可能なんじゃないだろうかと。…しかし、かなりおぞましい姿になるはずだ。あまりお目にかかりたいとも思わないので、今のところ提案するのは控えている。
彼女は、何も口にしない。
食事をとらなくても平気なのかと聞いた時、
「食事は一生に一度しかとらないの。今はまだその時じゃないのよ。」
と、何か含みのある言い方をした。
そして、時々何か言いたそうに私の胸のペンダントに目をやるのだ。私も、彼女がミキのペンダントを気にする理由を聞いてみたいと思っている。しかし、なぜか互いに話を切り出せずにいるのだった。
自称ペット?の居候が増えても特に大変なことはなかった。
「絶対に、私の家族に見つかっちゃだめだからね」という、私の最低限のお願いに彼女は忠実に従っていたし、学校についてくることもなかったから。
彼女は私のいない間はずっとパソコンとドッキングして情報収集に明け暮れているようだった。唯一難点といえば、ドッキングの際に相変わらず魚が焼けるいいにおいをさせることだ。私の家族はその度に鼻をくんくんさせて、不思議がる。その度に私は冷や冷やさせられる。
そうこうしているうちにあっと言う間に時は流れて、もう年の瀬がせまっていた。相変わらず、思い出したように雪がちらちら降っては、溶けて行く。今年も積もることはないのだろう。毎日、学校へ行って、帰って、そして、また学校へ行ってと、その繰り返し。
学校は変わってしまった。ミキが去り、先輩が去り、森田君が別人になった。
森田君。
友達だったのに。あの友達だった森田君ではなくなってしまった。
学校は楽しい場所ではなくなった。親友、初恋の人、友達を失った喪失感は、簡単にはぬぐいされるものではない。私だけどうしてここにいるんだろうと、自問自答を繰り返す。みんなは一体どこへ行ってしまったのだろうと。
機械的に毎日を繰り返す。余計なことを考えたくないので、家では机に向かう。おかげで成績が上がってしまった。
森田君。
彼はサッカー部を辞めたそうだ。あんなに楽しそうにサッカーをしていたのに。
別人なのだろうか、それともショックで人が変わってしまったのだろうか。
彼は、私がコスモスと出会った次の日から、私を無視するようになった。というより、誰とも交わらなくなった。明るい彼の周囲にはいつも誰かしら人が集まっていたのに。彼には友達がたくさんいた。けれど、今は一人で、誰とも口を聞かずひっそりと教室の隅にいる。周囲も彼をどう扱っていいのか分からずに、遠まきにしている。そうしてそのうちに、誰も彼のことを気にしなくなった。
私はというと、悪夢を見なくなった。今のところ安眠が続いている。
この毎日はなんだろう。輝いていたあの日々はどこに行ったのだろう。私は一人ぽつんと生きている。
ミキからもらったペンダントは肌身離さず持ち歩いていた。お風呂に入る時も、眠る時も。片時も離さずに。
冬休みに入ると、歌番組が増えた。それらを自分の部屋でコスモスとよく見た。その度にコスモスはローレライに変身して、舟人を惑わすというその美声で流行した曲をたくさん披露してくれた。彼女が歌えばどんな曲も心震えるほどの情感をひきおこす。私は感動して、よく泣いた。その日も、彼女の歌声に涙していたら、彼女はふと言葉をもらした。
「リサって、本当に共感力が高いのね。よく今まで無事に過ごせてきたものだわ。」
「それ、どういう意味?」
「そのままの意味だけど。感受性が強いって意味よ。」
それから、意地悪そうな顔になって言った。
「なんといっても、リサが特別なのは霊媒能力に優れていることだけれど。」
「霊媒能力?何それ。
…そうなの?」
「そうよ。だから、あなたの体に乗り移ろうと思ったんだもの。」
何気なく言われて、ドキっとした。今日はどうやらコスモスは核心的な話をするつもりのようだ。
「どうして、そうしなかったの。」
私は静かに聞いた。
「はじかれたのよ。あなたのつけているそのお守りにね。」
コスモスは、私の胸にあるペンダントを指差した。私は両手でそれを包む。
ミキ。ミキが守ってくれたんだ。
「どうして、今までそんなふうに無自覚に生きてこれたのかしら。こちらの言葉で一番しっくりするのは…そうね、『霊感』かしら。人間離れした圧倒的なその力をあなたは持っているのに。」
「そうかな。」
「そうよ。」
コスモスは片眉をあげて、意地悪そうに断定した。
「もしかして、まだ私の体を狙っているの?」
そう聞く、私の声はなさけないほどかすれていた。
「そうしたいのは、やまやまなんだけど、すっかりこの体に定着したから、もういいわ。
それに、私の姉妹はあなたを是が非でも守りたいみたいだし。」
「姉妹?」
「そうよ。そのお守りをあなたに授けた人物ね。あなたの胸にある青いもの。それね、『人魚の涙』って言われているものよ。
私も初めて見るわ。伝説だと思っていたから。
まさか、お目にかかれるなんて、ね。初めて目にした時は、本当に驚いたわ。」
「そんなに、凄いものなの?」
「そうよ。それは、人魚がその命の大半を削って生み出すものだから。
私たちは、基本自分の本能に忠実に生きているのを知っているわね?だから、他人のために、そんなものを生みだしたりしないのよ。
あなた、姉妹にとって、よっぽど大事な存在だったのね。」
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