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第16話
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手でとっさに頭をかばおうとしたその時、ペンダントが青い光を放った!
その青い光にはじかれるように、炎は起動を変え森田君の方向へ。そのまま、森田君に体当たりしたように見えた。
森田君の手にしていた金魚蜂が割れる音がした。森田君が倒れている。
森田君のそばで炎は勢いよく燃えていた。…燃えるものもないのに、燃えていた。
「森田君!」
私は近寄った。彼はぴくりとも動かない。
こんな時、勝手に意識のない体を動かすとかえってよくないよね。
私は、恐る恐る彼の顔に触れてみた。そして、軽く叩く。
「大丈夫?ねえ、しっかりして!」
「あいてて。」
森田君が後頭部を押さえながら上半身だけを起こした。彼は目の焦点があわず、しばらく視線がさ迷う。
「けがはない?」
私は、森田君の体が燃えていないことにほっとしながら聞いた。彼は頭を左右にふった後、自分の体を触ったり、動かしたりして、けがの具合を確認していた。
「うん。倒れた時に、頭うったぐらい。大丈夫だと思う。」
うわの空のような森田君の声。彼の意識は墜落してきた炎に向けられていた。私も、彼の視線をたどって炎をとらえる。今もぱちぱち燃えていた。けれど、炎の中に影が見える。目をこらしても何かよくわからない。核のような炎の中の影は、次第にふくれて大きくなっているような気がした。
「ねぇ、あれ、何が燃えているの?」
「たぶん、先輩の金魚。金魚に、火の玉が直撃したんだと思う。その衝撃でふっとばされた。」
私たちは顔を見合わせた後、しばらく茫然と肥大化する炎の核を眺めていた。核が大きくなればなるほど、炎は小さくなっていくようだった。
やがてとうとつに、森田君が頭をおさえて、のけぞった。見ると、とてもつらそうな様子。
「どうしたの?森田君?
頭痛いの?ねえ、救急車呼ぶ?」
あわてて、携帯をとりだそうとしていると、私の手を森田君が押さえた。森田君は肩で大きく息をしながらも、強い意志で私の行動を止めた。
「呼ばなくていい。」
一秒か二秒。たったそれだけ。その間に彼は呼吸の乱れを整えた。そして、初めから何事もなかったかのような、涼しい顔になる。私は知らない人を見ているような気がして森田君の変化を眺めていた。
彼は、これまでとうって変わってするどい目つきで炎を凝視している。森田君の目からはすでにとまどいと狼狽の色は消えていた。
森田君のそのするどい瞳は炎のせいか、赤くみえた。
私の背筋が凍る。なんとも嫌な予感にとらわれる。
「ナンバー千十二。」
彼は確かにそうつぶやいたように思う。何を思ったのかつぶやいた次の瞬間には、すばやい動きで起き上がり、私には目もくれず、走り出した!それも全力疾走で!
私は、わけがわからず、彼の背中に声をかけた。
「森田君!待って!どうしたの?ねぇ。森田君ってば!」
けれど、彼は一度も振り返らず、そのまま姿を消した。
私は一人残されたことを強く意識しながら、ゆっくりと炎の方へ振り返る。振り返りたくない気持ちと、怖いものみたさと、二つの感情に揺れながら。
暗さの増した公園の中で、ぼんやりと動く火のかたまりがみえた。それは少しずつ形を成しているようだった。魚の尾びれがみえる。
ああ、やっぱり金魚。そう、金魚だった何かだ。
消えゆく炎の中から、巨大になった何かがずるずるとこちらに向かって動いているのが分かった。
「ひっ。」
私も森田君のように脱兎の如く駆けだそうとした。しかし、私はあまりの恐怖に腰が抜けてしまって、立ちあがることができない。へっぴり腰のまま、ずるずると濡れたような音をたてて何か得たいの知れないものがこちらをうかがっているのを凝視することしかできないでいる。
やがて、くすぶった炎の中から二つの人の手に近いものが現れた。ソレの指と指の間には水かきがみえる。
そして、次には頭部が出てきた!
しかし、ソレは長い髪の毛でおおわれているので顔をみることはできない。
ああ、これはほふく前進だ!
ゆっくりと、煙にまみれながらそれは苦労してこちらへと近づいてくる。右腕と左腕を曲げて、交互に引きながら、苦労して一歩、一歩と。
呆然とみる私と長い髪の毛からかいま見えた二つのするどい目がぶつかった!
「ひっ。」
私は声にならない声をあげていた。それは薄く笑い、ひねたように語りかけた。
「何が、『ひっ』なのよ。ちょっと、頭にくるわね。あなた、私の新しい飼い主なんでしょ!ちゃんと世話しなさいよ。」
危害を加えられることを覚悟していた身にとってはなんとも、拍子ぬけする内容だった。しかし、化け物の飼い主にならざる負えない状況に追い込まれそうな事態は、是が非でも避けたい。そういう意味では、深刻な内容といえる。
「…は?」
私の間の抜けた声がそれのいらいらを増大させたようで、半トーンかん高くなった声が重ねて浴びせられた。
「あんた、この金魚の飼い主なんでしょ。知っているんだから。いいからさっさとこっちにきて手伝いなさい。」
後から考えると、この時の私は恐ろしいと感じる心の許容量を超えて、何も感じなくなってしまった状態に陥っていたのだと思う。のこのこと、化け物の言うがままにおとなしく、近づいていったのだ。
距離を縮めるにつれて、雨のにおいがたちこめていく気がした。前進運動に疲れたのか、それはうつぶせになったまま動こうとはしていない。まじまじとよくみると、上半身は人間の姿をしていた。肌は潤っているというのだろうか、なんだかぬるっとしている。透明のジェルがまとわりついているような状態のようだ。腰から先は、うろこにおおわれた尾びれがついている。光源といったら外灯だけの薄暗い夜のはじまりでの中で、濡れたうろこの一枚一枚がきらめいている。
その青い光にはじかれるように、炎は起動を変え森田君の方向へ。そのまま、森田君に体当たりしたように見えた。
森田君の手にしていた金魚蜂が割れる音がした。森田君が倒れている。
森田君のそばで炎は勢いよく燃えていた。…燃えるものもないのに、燃えていた。
「森田君!」
私は近寄った。彼はぴくりとも動かない。
こんな時、勝手に意識のない体を動かすとかえってよくないよね。
私は、恐る恐る彼の顔に触れてみた。そして、軽く叩く。
「大丈夫?ねえ、しっかりして!」
「あいてて。」
森田君が後頭部を押さえながら上半身だけを起こした。彼は目の焦点があわず、しばらく視線がさ迷う。
「けがはない?」
私は、森田君の体が燃えていないことにほっとしながら聞いた。彼は頭を左右にふった後、自分の体を触ったり、動かしたりして、けがの具合を確認していた。
「うん。倒れた時に、頭うったぐらい。大丈夫だと思う。」
うわの空のような森田君の声。彼の意識は墜落してきた炎に向けられていた。私も、彼の視線をたどって炎をとらえる。今もぱちぱち燃えていた。けれど、炎の中に影が見える。目をこらしても何かよくわからない。核のような炎の中の影は、次第にふくれて大きくなっているような気がした。
「ねぇ、あれ、何が燃えているの?」
「たぶん、先輩の金魚。金魚に、火の玉が直撃したんだと思う。その衝撃でふっとばされた。」
私たちは顔を見合わせた後、しばらく茫然と肥大化する炎の核を眺めていた。核が大きくなればなるほど、炎は小さくなっていくようだった。
やがてとうとつに、森田君が頭をおさえて、のけぞった。見ると、とてもつらそうな様子。
「どうしたの?森田君?
頭痛いの?ねえ、救急車呼ぶ?」
あわてて、携帯をとりだそうとしていると、私の手を森田君が押さえた。森田君は肩で大きく息をしながらも、強い意志で私の行動を止めた。
「呼ばなくていい。」
一秒か二秒。たったそれだけ。その間に彼は呼吸の乱れを整えた。そして、初めから何事もなかったかのような、涼しい顔になる。私は知らない人を見ているような気がして森田君の変化を眺めていた。
彼は、これまでとうって変わってするどい目つきで炎を凝視している。森田君の目からはすでにとまどいと狼狽の色は消えていた。
森田君のそのするどい瞳は炎のせいか、赤くみえた。
私の背筋が凍る。なんとも嫌な予感にとらわれる。
「ナンバー千十二。」
彼は確かにそうつぶやいたように思う。何を思ったのかつぶやいた次の瞬間には、すばやい動きで起き上がり、私には目もくれず、走り出した!それも全力疾走で!
私は、わけがわからず、彼の背中に声をかけた。
「森田君!待って!どうしたの?ねぇ。森田君ってば!」
けれど、彼は一度も振り返らず、そのまま姿を消した。
私は一人残されたことを強く意識しながら、ゆっくりと炎の方へ振り返る。振り返りたくない気持ちと、怖いものみたさと、二つの感情に揺れながら。
暗さの増した公園の中で、ぼんやりと動く火のかたまりがみえた。それは少しずつ形を成しているようだった。魚の尾びれがみえる。
ああ、やっぱり金魚。そう、金魚だった何かだ。
消えゆく炎の中から、巨大になった何かがずるずるとこちらに向かって動いているのが分かった。
「ひっ。」
私も森田君のように脱兎の如く駆けだそうとした。しかし、私はあまりの恐怖に腰が抜けてしまって、立ちあがることができない。へっぴり腰のまま、ずるずると濡れたような音をたてて何か得たいの知れないものがこちらをうかがっているのを凝視することしかできないでいる。
やがて、くすぶった炎の中から二つの人の手に近いものが現れた。ソレの指と指の間には水かきがみえる。
そして、次には頭部が出てきた!
しかし、ソレは長い髪の毛でおおわれているので顔をみることはできない。
ああ、これはほふく前進だ!
ゆっくりと、煙にまみれながらそれは苦労してこちらへと近づいてくる。右腕と左腕を曲げて、交互に引きながら、苦労して一歩、一歩と。
呆然とみる私と長い髪の毛からかいま見えた二つのするどい目がぶつかった!
「ひっ。」
私は声にならない声をあげていた。それは薄く笑い、ひねたように語りかけた。
「何が、『ひっ』なのよ。ちょっと、頭にくるわね。あなた、私の新しい飼い主なんでしょ!ちゃんと世話しなさいよ。」
危害を加えられることを覚悟していた身にとってはなんとも、拍子ぬけする内容だった。しかし、化け物の飼い主にならざる負えない状況に追い込まれそうな事態は、是が非でも避けたい。そういう意味では、深刻な内容といえる。
「…は?」
私の間の抜けた声がそれのいらいらを増大させたようで、半トーンかん高くなった声が重ねて浴びせられた。
「あんた、この金魚の飼い主なんでしょ。知っているんだから。いいからさっさとこっちにきて手伝いなさい。」
後から考えると、この時の私は恐ろしいと感じる心の許容量を超えて、何も感じなくなってしまった状態に陥っていたのだと思う。のこのこと、化け物の言うがままにおとなしく、近づいていったのだ。
距離を縮めるにつれて、雨のにおいがたちこめていく気がした。前進運動に疲れたのか、それはうつぶせになったまま動こうとはしていない。まじまじとよくみると、上半身は人間の姿をしていた。肌は潤っているというのだろうか、なんだかぬるっとしている。透明のジェルがまとわりついているような状態のようだ。腰から先は、うろこにおおわれた尾びれがついている。光源といったら外灯だけの薄暗い夜のはじまりでの中で、濡れたうろこの一枚一枚がきらめいている。
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