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23.間接キス
しおりを挟むジルバードの息が乱れ、必死に呼吸を整えようとしていた。かろうじて立ってはいるものの、今にも崩れ落ちそうだ。その目が明らかにレイリアへ助けを求めていた。しかし、レイリアはふっと目を逸らした。
それは、レイリアなりの判断だった。自分が目を向ければ、貴族たちの意識もジルバードに向いてしまう。彼を守るための行動だったが、そんなことを知らないジルバードにとって、それはまるで自分が見放されたかのように映った。
───兄上が、俺から目を逸らした。
まるで、失望したかのように。
その瞬間、ジルバードの胸の奥にひび割れるような感情が生まれた。己の感情に押しつぶされそうになるのを、何とか堪えようとする。けれど、それは制御しきれるものではなく、無意識のうちに魔力として溢れ出した。
冷たい絶望、煮えたぎる怒り、渦巻く焦燥。
混ざり合うそれらに煽られてますます会場内の光が不安定に揺れ始め室温も下がるとその動揺は空気を裂くように広がり、人々の不安がざわめきとなって伝播していく。
「なにが…起こっているんだ」
「すごく、寒いわ…一体これは…?」
周りから上がり出す不安の声を耳にした目の前の王女が息を吐くと白い息がふわりと滲んだ。
レイリアはほんの小さな溜め息をつくと静かに右手を上げる。
「本日は、王女殿下にご来臨賜わるという大変名誉な機会に深い感謝の意を込めて、我々から特別なおもてなしをさせていただきたい。」
挙げていた右手を軽く振るうと、シャンデリアの光が一瞬暗く沈み、静けさが会場を包み込んだ。
次の瞬間、花の形を模したクリスタルの先端から、柔らかな赤い光がほのかに滲み出し、空間をやさしく彩り始める。
その光は徐々に広がり、まるで天の川が地上に降り注ぐかのように、深みのある赤と冷たい青が優雅に交じり合った。
次第に混ざりあった光が柔らかな紫となり、斑になっていた氷魔法と混ざりあってシャンデリア全体がまるで夜空に浮かぶ星々のように煌めき始めた。
光がゆっくりと、しかし確かな力でその存在を誇示し、会場全体を夢幻のような美しさで満たしていくと、会場内の冷気が緩やかに解けて、体をほんのりと包むような暖かさに変わった。
ジルバードの不安定な魔力の変動に合わせて完璧に調整する。
その調整により、氷魔法と火魔法を調和させるという、常人には到底思いつきすらしないほど繊細で巧妙な魔力の使い方に気づいた者は、招待を受けて魔塔主にせっつかれて仕方なく足を運んできた宮廷魔道士たちくらいだろう。
それほどまでに、レイリアはジルバードに意識を向けさせることなく、まるで演出の一部であるかのように、完璧に火魔法を使いこなしてみせた。
「……王女殿下にとって素晴らしい夜になることを願って。」
レイリアが静かに手を下ろすと、最初の混乱がまるでなかったかのように、周囲から拍手と歓声が湧き起こった。
「……素晴らしいサプライズをどうもありがとう、レイリア卿。とても気に入ったわ。弟君にも、ぜひ御礼申し上げたいのだけれど。」
王女が微笑みながら発したその言葉に、レイリアは思わず舌打ちしそうになった。
別にここで断ったところで、どうなるということも無い。
そもそも王家に対して殊更に敬意を示すつもりは微塵もないが、公の場では外聞も考慮して最低限は臣下としての態度で接した。
だが、今のジルバードと接触させるのは危険だ。
小さい頃から、感情が揺らぐと何をしでかすか分からない。5歳で氷の槍で人を脅すような性格は誰に似たのだか。
断りの言葉を入れようとしたところで、王女の視線が自分から外れ上の方に向いたのが分かった。
まずいな、と思った。
壇上からゆらりと陰鬱な雰囲気を纏ってこちらに歩いてくるジルバードのその瞳には、明確な敵意が宿っていた。
ジルバードにとって、今日見た光景が未知のものだったため、この感情になんて名前をつけたらいいのか分からず、答えを知るために王女と話してみたいと思った。
ただ、1つ言えるのは、絶対にこの女だけは許さないという憎しみの気持ちを抱いていたことは確かだ。
あの兄上に、階段の下まで歩かせた。
まるで、ここに来いと言っているような態度だった。
兄上に、頭まで下げさせて謙譲させて、手の甲に口付けるのをさも当たり前のように見下ろしていた。
兄上が、この世で1番貴い人間であり、本来であればこの女が頭を下げるべきなのに。
許せなかった。兄上の唇があんな女に触れたこと。
兄上の一番近くにいる俺が生涯触れられないだろう場所に、簡単に。
「ジルバード」
王女に近づくと、兄上に名を呼ばれ背のジャケットを強く後ろに引っ張られた。
分かっているな?と言われた気がした。
───分かってます、分かっています兄上。俺に任せてください。
「はじめまして、ジルバード・ハミルトン。素敵な演出に惚れ惚れしたわ。」
「……王女殿下。お会いできて光栄です。」
肺の近くに小さい氷の粒を作り上げるのはどうだろうか。やったことは無いけど、きっと出来る。死にはしないようにするよ、多少動悸や息苦しくなる程度にする。
血管内に作るのは危険だ。だから、ギリギリのラインで。
兄上から見えない方の左手で、静かに氷魔法を発動して、彼女に向けようとしたその時。
「え……」
王女の華奢な手がこちらに差し出された。
──右手。
兄上が、キスした方の手。
「………あ……」
「どうかなさいましたの?ジルバード」
ジルバードの瞳が大きく揺れた。発動しかけた魔法が散って、代わりに痛いほど心臓が鳴りだす。
信じられないように、じっと王女の手を見つめる。
優雅に差し出されたその小さな手に、ジルバードの指先がそっと触れた。自分の手が異常に震えているのが分かる。
───この手に、兄上が。
兄上の温もりが、ほんの少しでも残っているんじゃないかと思った。けれど、その手は思ったよりも冷たくて少しガッカリする。
そっと、顔を近づけていく。
吐く息が震えて、少しめまいがしたが、その右手の甲にそっと唇を寄せた。
唇が触れた瞬間、胸の奥に焼けるような衝動が走る。
兄上の唇が触れた場所に、自分のものを重ねる。
喉がひくりと震えた。心臓が張り裂けそうなほど痛い。
「まあ……あなたの唇は、とても冷たいのね。」
そう、なのか。わざわざ言うということは、兄上の唇は温かかったということなのだろうか。
───兄上の、唇は。
意識した途端にカッと顔に熱が走った気がした。
顔を上げて横を見ると、少し驚いたような顔をした兄上と目が合う。
それも一瞬で、すぐにいつもの無表情に戻ると視線は王女に戻った。
「それでは王女殿下。ぜひ今夜はお楽しみください。」
レイリアは、急に様子が変わったジルバードをちらりと見た。
何を考えているのか、全く分からないが先程までの明らかな敵意が消えて急にしおらしくなった。
俯いていてよく表情は分からないがすぐに王女との会話を終わらせてジルバードを連れて距離を取った。
本当は王女とのダンスも予定していたが、念の為辞めておくことにしよう。
これくらいの変更は無理にでもお許しいただかないと割が合わない。
その後はひっきりなしに話しかけてくる貴族たちと軽い会話を繰り返し、ジルバードは先に会場から出させるように使用人に言付けておいた。
そうでもしないと、また会話を聞かれて急に魔力を暴走させられても困る。
茶色の短髪に、どこにでもいそうな平凡な顔つきの男が近寄ってくる。
この男は、個人的に話がしたかったためわざわざ家名ではなく名指しで招待状を送った人間の内のひとりだ。
「……ご無沙汰しております、小公爵閣下。お誕生日、誠におめでとうございます。お会いするのは、そうですね、ジルバード様が夜中に湖で特訓なさったという報告をお聞きした時以来でしょうか。」
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