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第40話 トマト
しおりを挟む「これが秋野流の空手だ」と、残心をとる和奏。静かになった。誰もが、和奏の勝利と伊南村の敗北を理解するのに、時間がかかっているようだった。
「あのデカいヤクザを倒しちまったよ」「やばいんじゃない?」「うっわ、マジ惚れそう」
動かなくなった伊南村を見て、和奏は安堵の溜息をついた。
「は、はは。やった」
――けど、まだやることがある。和奏は、肩で息をしながら、弾かれた警棒型スタンガンを拾い上げる。再度スイッチを起動。バチバチと音を迸らせる。
「おい! ちょっと待て! おま、おまえ! カシラに何をする気だ!」
残党と化した構成員が、慌てて声を飛ばした。
「何って決まってんだろ。こいつの息子を黒焦げにする」
「やめろ! やめてあげてくれ!」「やったら殺すぞ!」「なんでそこまでするんだよ!」「和奏ちゃん、それぐらいにして置いた方がいいんじゃないかな?」「和奏先輩、怖い」
なんか、仲間からも野次が飛んできた。
「けど、これが秋野流だからなぁ」
「違うと言っているだろうが!」「まあまあ、旦那。そう興奮しなさんなって」
先刻のじいさんが怒鳴り散らしている。さすがに戦いの最中に殺すのと、決着後に殺すのは違うか。再起不能にすべきだと思う和奏であったが、今後も伊南村という人間と関わりがないとも限らない。弱点は消滅させない方がいいのかもしれない。
「けど、決着かな。大将がこれじゃあねえ……」
くすくすと笑いながら、穂織が言った。けど、彼女の思惑通りには行かなかったようだ。
「や、野郎……よくもカシラを」「冗談じゃねえ、女子高生に舐められてたまるかよ」
逃げ帰ってくれるとばかり思ったのだが、予想以上に気骨のある奴らばかりだったようだ。連中が叫びながら和奏に向かってくる。
「うっわ、マジかよ……」と、ぼやく和奏。
――その時だった。聞き慣れた声が、彼らの動きを止めた。
「――よう――」
それはチンピラの罵声に比べれば、極小さな声であった。けど、誰もがその方向へと視線を向ける。フロアの正面門。解放されたその扉から、そいつは現れた。
「ちゃんとライブやってっか?」
柄乃組の若衆たちの眼球が、飛び出るかのように丸くなる。
「京さん!」
いち早く駆け寄ったのは心音だった。顔面を鷲掴みされるように侵攻を食い止められるも、彼女は嬉しそうに「きゃー」と、腕をバタバタさせている。
「あ、あれが京史郎……」「すっげえ血。真っ赤だ。まるでトマト…………」「城島の弔いかな」「……おいら、まだ死んでねえんだけど」
京史郎は、心音を引きずりながらゆっくりと和奏の方に寄ってくる。
「なんで、揃いも揃ってアイドルが血まみれになってんだよ」
「カラフルな方が人気出ると思ったんすよ。社長こそ、こられないとか言ってませんでした?」
「サボってねえか確認しにきたんだ。――で、ライブの方はどうなってる?」
京史郎は、柄乃組の連中を無視して、楽しげに会話を続けた。
「そうっすねえ。曲はともかく、ま、一段落付いたんで、あとはアンコール待ちっすかね。お客さんのリクエストがあればね。シンドイけど」
「アイドルが、客の前で弱音吐いてんじゃねえよ」
京史郎は、周囲を見回す。そして、打ち上げるように叫んだ。
「暮坂ぁッ!」
彼女はステージの袖から姿を現した。
「何か御用ですか、京史郎さん」
「曲を流せ」
そう言いつけると、柄乃の残党が吠え始める。
「ふざけんな! カシラをこんな目に遭わせて、そんなことが許されるわぎゃッ!」
言い終わらないうちに、京史郎の裏拳を食らって吹っ飛んでいく残党。
「暮坂。曲を流せ。てめえの仕事だ」
暮坂蒼は、笑いもせず怒りもせず、言の葉を滑らせる。
「……かしこまりました。リクエストは?」
「シュルーナ。グループの名前にもなってるアレだ。二番目に流す予定の」
「うげ! あれ、すっげえ運動量っすよ! マジ勘弁!」
「死んでもライブは続けろ。それがアイドルってもんだ。おら、行け」
和奏は「ちぇ」と、舌打ちをしてステージに戻る。穂織も心音も、嬉しそうに戻った。
すでに満身創痍。誰もが疲弊していた。けど、不思議と嫌な気分ではなかった。ようやく舞台が揃ったのだから。あとは、和奏は最高のパフォーマンスを見せつけるだけ。
前奏が始まった。和奏たちは、お互いが顔を見合わせて、深く頷いた。たったその一挙動で、呼吸とリズム、そして心をかよわせる。
「ライブを再開しまーす。最後の一曲です! みなさん、盛り上がってくださいね!」
心音が、楽しげに叫んだ。すると、柄乃組の連中妨害しようとしてくる。だが、そいつらは京史郎によって叩きのめされていた。
「気にせず盛り上がっていいぞ。ゴミ掃除は俺がやっとく」
死ぬ気で勝ち取ったライブ。和奏は歌い。踊る。衣装は血まみれだった。頭から血が流れていた。けど、その顔はとても晴れやかで嬉しそうだった。穂織も歌った。満足げな表情で。そして心音も囀る。
彼女たちの歌声をバックミュージックに、京史郎が拳を振るう。柄乃組の残党を、楽しげに叩きのめしていく。観客も、怯える必要などなくなったと安堵したのだろう。気がつけば、会場は激しく盛り上がっていた――。
曲を歌い終える頃。柄乃組の残党はひとりとして立っていなかった。客は、シュルーナのライブを、もっと見たいと思ったのだろう。さらなるアンコールが鳴り止まなかった。
けど、この曲を歌いきったあと、秋野和奏は操り人形の糸が切れたかのように、ステージへと倒れたのであった――。
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