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第13話 ダンシングネイビー
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今朝は嫌なことがあったけど、そんなことは忘れてウキウキ顔の和奏。学校が終わって、榊原芸能事務所へ。ここは地下がレッスン室となっているようだ。
「はぁい、ちゅーもーく」
パンという柏手で注目を集めるのは、タンクトップの女性だった。金色のボブカットの上には赤いキャップがのせられている。胸が大きくナイスバディ。日本人顔だが、アメリカンな雰囲気を漂わせていた。
「初めまして。冠原エミルです。京史郎くんに頼まれて、歌や振り付けを教えることになりました。レッスン中はエミル先生って呼んでね。プライベートはあだ名でもオッケーよ」
彼女の前に並ぶのは、いつもの三人。自己紹介したあと、心音が手を挙げて質問する。
「はーい。エミル先生はアイドルとかの経験があるんですか?」
「ないわよ。元バーテンダー。元自衛隊員でもあるけど」
「ぐ、軍人さんですか?」
馴染みのない職業に、ちょっと困惑している心音。
「軍人じゃなくて自衛隊ね。意味が変わってくるから。海自よ海自」
元海上自衛隊員。バランスを鍛えるためにダンスを始めたら、そのまま趣味になったようだ。現在では海自をやめ、バーの経営を始めたらしい。
「けど、バーの方は上手く行かなくてね。潰れちゃった。あはは」
酒を飲ませながら、自慢の歌とダンスを披露していたが、ライバル店との競争に負けて現在無職。そこを京史郎が雇った。実力は十分。歌は金を取れるレベル。ダンスに関しては、国内の小さな大会での入賞経験もあるらしい。
「へえ、すっげえ。――な、穂織」
「え? うん。そうだね」
声をかけるも、なんだか上の空の穂織。和奏は心配そうに尋ねた。
「どうした? 浮かない顔だな」
「穂織先輩、どこか具合でも悪いんですか?」
にこやかに問いかける心音。
「ん? ……そんなことないよ」
「雑談はそこまで。さ、レッスンを始めるわよ」
「けど、その前にエミル先生のダンスを見たいっす」
言ったのは和奏。試しているわけではなく、純粋な興味からだ。
「お、挑戦的だね、和奏ちゃん。いいわよ。披露するのは嫌いじゃないし、実力が疑われたままだと、やりにくいしね。let’s go!」
エミルは、コンポからメロディを流す。前奏の間に軽く伸びをした。
「じゃ、やりますか――」
リズムよくステップ。動きに凄くキレがある。さらにここから、身体の動きをメロディに乗せる。
――ブレイクダンスか。腕を軸にして、全身を回転させる。片腕で逆立ちしたまま、脚を軽やかに動かす。凄いだけではない。美しい。アクロバットかつ、滑らかな動きを演出する。
「――よ、っと。こんな感じかな」
あれだけの動きをしておきながら、息一つ切れていない。気がつけば、和奏たちは拍手をしていた。
「ひゃー。すっごい運動量! 私にできるか不安ですぅ……」
おとなしそうな心音は、どうやら真似できるか自信がないようだった。
「これはあくまで私のダンス。あなたたちはアイドルだから、こんな動きはしないわよ。私が教えるのは基礎と振り付け。京史郎くんからは、死ななければ何をしてもいいって言われてるから、覚悟しておいてね」
「へへっ、楽しくレッスンってのも悪くないけど、そっちの方が性に合ってるぜ」
拳と掌をぶつけて気合いを入れる和奏。そんな彼女に「ふふ、和奏ちゃんって、結構Mだよね」と、穂織が言った。
「へ? そ、そうか?」
いや、え? ドM? そんなバカな? 言われてみれば、京史郎の暴言だって、きついとは思えないし……いや、違うよな?
「冗談だよ。厳しいことに慣れてるだけだよね?」
「そ、そうだよ。そうそう。馬鹿なこというなよ」
その時だった。
「京史郎おおぁぁあぁあぁぁぁッ!」
もう慣れた。いつもの襲撃者だ。武装したチンピラが五名ほどやってくる。
「おい、おまえらッ! 京史郎はどこだッ? あの野郎、ぶっ殺してやるッ!」
凄まじい剣幕だったが、エミル先生は動揺することなく冷静に説明する。
「京史郎くんなら、さっき出て行ったわよ? ライブハウスを探しに行くとか言ってた」
「あ?」と、凄むチンピラたち。
緊急事態なのだが、ちょっと聞き逃せない言葉があった。和奏は、チンピラたちを無視して前のめりになるよう尋ねた。
「え、ライブッ? いつやるんすか?」
「さあ、一ヶ月ぐらいでモノになるようにしとけって言われてるけど――」
「おまえら、無視するんじゃねえ!」
パイプ椅子を蹴り上げて、存在をアピールするチンピラ。
「……京史郎がいねえなら呼び出せ」
ずい、と、顔を寄せるようにして、エミルを脅しつけるチンピラ。
「呼び出したところで、戻ってくる人じゃないと思うけど……電話番号、教えようか?」
「う、うるせえ! だったら、おまえらを人質にしてやる。――おい!」
仲間に命令するチンピラの親玉。手下が、穂織に手を伸ばす。すると、ごしゃりという気持ちの悪い音がした。
「へ……」
かなり重い一撃だった。元海自という肩書きは伊達ではないようだ。エミル先生が、その伸ばした腕を強烈なチョップで叩き落としたのである。たぶん折れている。チンピラの腕が曲がってはいけない角度になっていた。
「……うちの生徒に手ぇ出したら、潰すわよ」
エミル先生が、鮫のように鋭い目つきで、チンピラを射殺さんばかりに睨みつける。
「あ、が……あぁああぁぁぁッ!」
痛がるチンピラを捨て置き、床に置いてあった鞄の中に手を突っ込むエミル。
「京史郎くんがいる時に、出直してきてくれないかなぁ」
取り出したのは拳銃だった。ガシャコンとスライドを引き、弾丸を装填……しているのだろうか。って、ええっ! 拳銃ッ?
「は! そ、そんな玩具でびびるのぎゃッ! 」
パァンという銃声。瞬間、チンピラの親分が仰け反るようにして吹っ飛んだ。
「玩具でも改造すれば、十分な武器になるのよ?」
チンピラの親分の額には弾丸の痕。若干ではあるが血が流れているではないか。
「う、うそぉ……」
「こ、ここは出直した方が……」
うん、エミルが選ばれた理由がよく分かる。この事務所に関わる以上、強くないとやっていけないよね。
和奏も手伝おうと思ったのだが、結局エミル先生ひとりで、チンピラたちを駆逐していったのだった。ゴミ捨て場まで運ぶのは、和奏も手伝わせてもらった。
「はぁい、ちゅーもーく」
パンという柏手で注目を集めるのは、タンクトップの女性だった。金色のボブカットの上には赤いキャップがのせられている。胸が大きくナイスバディ。日本人顔だが、アメリカンな雰囲気を漂わせていた。
「初めまして。冠原エミルです。京史郎くんに頼まれて、歌や振り付けを教えることになりました。レッスン中はエミル先生って呼んでね。プライベートはあだ名でもオッケーよ」
彼女の前に並ぶのは、いつもの三人。自己紹介したあと、心音が手を挙げて質問する。
「はーい。エミル先生はアイドルとかの経験があるんですか?」
「ないわよ。元バーテンダー。元自衛隊員でもあるけど」
「ぐ、軍人さんですか?」
馴染みのない職業に、ちょっと困惑している心音。
「軍人じゃなくて自衛隊ね。意味が変わってくるから。海自よ海自」
元海上自衛隊員。バランスを鍛えるためにダンスを始めたら、そのまま趣味になったようだ。現在では海自をやめ、バーの経営を始めたらしい。
「けど、バーの方は上手く行かなくてね。潰れちゃった。あはは」
酒を飲ませながら、自慢の歌とダンスを披露していたが、ライバル店との競争に負けて現在無職。そこを京史郎が雇った。実力は十分。歌は金を取れるレベル。ダンスに関しては、国内の小さな大会での入賞経験もあるらしい。
「へえ、すっげえ。――な、穂織」
「え? うん。そうだね」
声をかけるも、なんだか上の空の穂織。和奏は心配そうに尋ねた。
「どうした? 浮かない顔だな」
「穂織先輩、どこか具合でも悪いんですか?」
にこやかに問いかける心音。
「ん? ……そんなことないよ」
「雑談はそこまで。さ、レッスンを始めるわよ」
「けど、その前にエミル先生のダンスを見たいっす」
言ったのは和奏。試しているわけではなく、純粋な興味からだ。
「お、挑戦的だね、和奏ちゃん。いいわよ。披露するのは嫌いじゃないし、実力が疑われたままだと、やりにくいしね。let’s go!」
エミルは、コンポからメロディを流す。前奏の間に軽く伸びをした。
「じゃ、やりますか――」
リズムよくステップ。動きに凄くキレがある。さらにここから、身体の動きをメロディに乗せる。
――ブレイクダンスか。腕を軸にして、全身を回転させる。片腕で逆立ちしたまま、脚を軽やかに動かす。凄いだけではない。美しい。アクロバットかつ、滑らかな動きを演出する。
「――よ、っと。こんな感じかな」
あれだけの動きをしておきながら、息一つ切れていない。気がつけば、和奏たちは拍手をしていた。
「ひゃー。すっごい運動量! 私にできるか不安ですぅ……」
おとなしそうな心音は、どうやら真似できるか自信がないようだった。
「これはあくまで私のダンス。あなたたちはアイドルだから、こんな動きはしないわよ。私が教えるのは基礎と振り付け。京史郎くんからは、死ななければ何をしてもいいって言われてるから、覚悟しておいてね」
「へへっ、楽しくレッスンってのも悪くないけど、そっちの方が性に合ってるぜ」
拳と掌をぶつけて気合いを入れる和奏。そんな彼女に「ふふ、和奏ちゃんって、結構Mだよね」と、穂織が言った。
「へ? そ、そうか?」
いや、え? ドM? そんなバカな? 言われてみれば、京史郎の暴言だって、きついとは思えないし……いや、違うよな?
「冗談だよ。厳しいことに慣れてるだけだよね?」
「そ、そうだよ。そうそう。馬鹿なこというなよ」
その時だった。
「京史郎おおぁぁあぁあぁぁぁッ!」
もう慣れた。いつもの襲撃者だ。武装したチンピラが五名ほどやってくる。
「おい、おまえらッ! 京史郎はどこだッ? あの野郎、ぶっ殺してやるッ!」
凄まじい剣幕だったが、エミル先生は動揺することなく冷静に説明する。
「京史郎くんなら、さっき出て行ったわよ? ライブハウスを探しに行くとか言ってた」
「あ?」と、凄むチンピラたち。
緊急事態なのだが、ちょっと聞き逃せない言葉があった。和奏は、チンピラたちを無視して前のめりになるよう尋ねた。
「え、ライブッ? いつやるんすか?」
「さあ、一ヶ月ぐらいでモノになるようにしとけって言われてるけど――」
「おまえら、無視するんじゃねえ!」
パイプ椅子を蹴り上げて、存在をアピールするチンピラ。
「……京史郎がいねえなら呼び出せ」
ずい、と、顔を寄せるようにして、エミルを脅しつけるチンピラ。
「呼び出したところで、戻ってくる人じゃないと思うけど……電話番号、教えようか?」
「う、うるせえ! だったら、おまえらを人質にしてやる。――おい!」
仲間に命令するチンピラの親玉。手下が、穂織に手を伸ばす。すると、ごしゃりという気持ちの悪い音がした。
「へ……」
かなり重い一撃だった。元海自という肩書きは伊達ではないようだ。エミル先生が、その伸ばした腕を強烈なチョップで叩き落としたのである。たぶん折れている。チンピラの腕が曲がってはいけない角度になっていた。
「……うちの生徒に手ぇ出したら、潰すわよ」
エミル先生が、鮫のように鋭い目つきで、チンピラを射殺さんばかりに睨みつける。
「あ、が……あぁああぁぁぁッ!」
痛がるチンピラを捨て置き、床に置いてあった鞄の中に手を突っ込むエミル。
「京史郎くんがいる時に、出直してきてくれないかなぁ」
取り出したのは拳銃だった。ガシャコンとスライドを引き、弾丸を装填……しているのだろうか。って、ええっ! 拳銃ッ?
「は! そ、そんな玩具でびびるのぎゃッ! 」
パァンという銃声。瞬間、チンピラの親分が仰け反るようにして吹っ飛んだ。
「玩具でも改造すれば、十分な武器になるのよ?」
チンピラの親分の額には弾丸の痕。若干ではあるが血が流れているではないか。
「う、うそぉ……」
「こ、ここは出直した方が……」
うん、エミルが選ばれた理由がよく分かる。この事務所に関わる以上、強くないとやっていけないよね。
和奏も手伝おうと思ったのだが、結局エミル先生ひとりで、チンピラたちを駆逐していったのだった。ゴミ捨て場まで運ぶのは、和奏も手伝わせてもらった。
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