6 / 8
第六話 龍虎相対。玄武到来。生死制止に朱雀来々
しおりを挟む
「このような夜更けに屋敷へとおいでとは……謀ですかな、秀吉殿」
明智屋敷。人知れずやってきた秀吉は、明智光秀と対談する。
誰にも気づかれていない、ふたりでの面会。ようやく、逃げ回る光秀との連絡が付き、面会と相成った。状況は悪くない。ここで明智光秀を殺せば、証拠は何も残らないと秀吉は思った。
「ああ、謀じゃて。……悪巧みは、暗い方が盛り上がる……じゃろ?」
「そうですね。そろそろ来る頃ではないかと、思っておりましたよ」
光秀が茶を点て、そっと差し出す。秀吉はそれを一瞥する。さすがにこれは飲みたくない。茶に毒が入っている可能性はある……よな?
「……毒など入っていませんよ。飲んで見せましょうか?」
「結構。わしが、これを飲まぬことぐらいおぬしもわかっとるじゃろ。……そろそろ腹を割って話さんか?」
序盤は世間話。そして、柴田勝家に持ちかけたような、手柄の山分けを提案する。油断したところを、懐にある短刀で斬り殺す。まずは、明智の気の緩みを待つ。
「わしゃ、おみゃーが好かん。おみゃーも、わしのことが好かんじゃろ? なんせ、桶狭間で斬りかかってきたぐらいでゃあや」
「そうですね。織田家にて、あなたの才能は恐ろしい。目の上のコブです」
「しかし、このままでは織田家の混乱は収まらにゃあ。ここはひとつ、手柄を山分けせんか? わしが真犯人ということで手を打て。出世はわしがもらう。おみゃーには、金をくれてやる。それで手打ちといかんか?」
「真犯人を名乗るにしては、随分弱気な提案ですね」
「いかに真犯人とて、ここから勝ち取るのは無理であろ。いずれはわしらも火炙りよ。そうなる前に、終わらすのが得策と思うてな」
「なるほど。しかし、あなたが約束を守るとは限りませんな。お互い、信頼関係がないのですから」
「信頼か。じゃあ、こういうのはどうじゃ」
そう言うと、秀吉は茶碗を手に取り、ぐいっと一気に飲み干した。
この行為には、さすがの光秀も目を丸くしていた。正直、秀吉も心臓は爆発寸前だ。毒が入ってないとも限らないのだから。けど、たぶん入っていないと思ってはいる。明智なら『秀吉が毒が入っていると見抜いていることを見抜いている』と思ったからである。
秀吉は身を乗り出し、空になった茶碗を光秀の前へと置く。膝を突き、そのまま詰め寄る。
「仲良くしてくれとは言わん。だが、一度だけわしを信じてみぃ。わしは、おぬしの茶を飲んだで、おぬしはわしの提案を飲んでくれにゃあかのう」
「……そこまでのお覚悟か」
光秀は空になった茶碗に視線を落とす。
――好機だと秀吉は思った。
心拍数が上がる。茶碗を片付けようと手に取ったが最後。その隙を突いて、懐にある短刀にて両断してくれる――!
「……良い、でしょう。私とて、これ以上織田家が荒れることは望んでいません。あなたは名誉。私は金……そういうことで手を打つとしましょうか」
明智光秀が姿勢を下げるように茶碗を掴んだ。
――いまだ! さらばだ明智くん!
と、秀吉が思ったその時であった。
凄まじい怒号が屋敷を震わせる。
「ひぃぃぃぃでぇえぇぇぇえぇよぉぉぉおぉぉぉしィィィィィッ!」
ずがんずがんと、まるで巨人が侵入してきたかのような足音。思わず、短刀に伸ばしていた腕が止まる。
「な、なんじゃッ?」
狼狽する秀吉。
ふすまが勢いよく開いた。
「ここにいたか秀吉ぃぃぃぃぃぃッ!」
「にゃ、にゃしッ……ししし柴田勝家ッ!」
幽閉されていたはずの柴田勝家が、刀を持ってご登場。鼻息荒く、秀吉を睨みつけている。
「なぜ、おぬしがここにッ! 地下牢に閉じ込められておったはずでゃあッ?」
「よくも謀りおったなクソザルが! 貴様のせいで信用は失墜! 信長様はわしの焼き討ちを所望しておるッ。……だが! その前に、貴様の首だけは刎ねてやる!」
「……これは、どういうことで?」
事情を知らぬ明智が、冷静に問いかける。
「い、いやややや、ここここれは、その……かかか、勝家はわしらを亡き者にしようとしとるんぎゃあ。ふふふ、ふたりで協力して倒すしかにゃあ!」
必死に取り繕う秀吉。だが、柴田が怒鳴りつけるように反論する。
「油断するなよ光秀ぇ……そやつは、褒美を山分けするという条件で、わしに取引を持ちかけてきたのだ。そうしたら、その一部始終を信長様に聞かせおったのよ!」
「褒美を山分け……ほう、なるほど」
疑惑のまなざしを向けてくる明智光秀。非常にマズいことになった。光秀を暗殺する機会を失った。それどころか勝家に殺されてしまう!
「み、光秀ッ! わしはなんも企んでおらん! 勝家は乱心じゃ! 協力して奴を倒そうぞ!」
「騙されるなよ光秀ぇッ そやつの言葉を信じたら仕舞いぞ!」
「さて、どうしたものでしょうか……」
「ええい! まあ良いわ! ふたりまとめてあの世に送ってやるわいッ!」
万事休す。そもそも、明智と協力したところで、勝家に勝てると思えない。勝家の刀が振り下ろされる。
「ひいぇぇえぇえぇッ!」
ザグンと、畳に巨大な亀裂が入る。奴の一振りは、馬をも斬り飛ばす威力。さらに二撃目。のけぞるように回避。その風圧が秀吉の髪をぶわりと持ち上げる。
「あわわわわッ! み、みつッ――た、助け……」
勝家が、たたみを勢いよく踏みつける。衝撃で家屋が揺れた。秀吉は思わず尻餅をついてしまうのであった。
ぬぅ、と、勝家が影を落とす。
「これで仕舞いだ、秀吉。百姓如きが、このわしを謀るから、こうなるのだ」
「ゆ、許してくれ、わ、わしゃあ、そんなつもりは……か、官兵衛が……黒田官兵衛が……」
「見苦しいぞッ、いいわけはあの世にて申せッ! 死ねぇぇえいッ!」
勝家の渾身の一撃。斬られるどころか、木っ端微塵に消し飛びそうなほど豪快な一刀。
――終わった。と、秀吉は思った。だが、その時。勝家の刀が『槍』によってガキンと防がれる。
「――ちょっと待ちな、勝家の旦那!」
「ぬ、ぐッ! な、何奴ッ!」
槍を振り払うように剣を動かす勝家。
「き、貴様はッ!」
「お、おみゃあは!」
「貴方は――」
「――そこまでだ。この喧嘩は、この前田利家が預かるぜ」
前田利家。槍の名手たる彼が、騒動の最中に現れ、柴田勝家の一撃を防いでくれたのだった。ただ、黒焦げ。そしてふんどし。あの日からずっと黒焦げだったのだろう。どういう事情か、牢から飛び出し助けにきてくれたようだ。
「おのれ、利家めが! 邪魔をするかぁッ!」
刀を振り回す勝家。利家は、それらを槍にて受け止めていく。さすがは織田家の猛将。柴田勝家と互角に渡り合える唯一の人間である。
「待てっていってんだろうが髭親父ッ! りゃあッ!」
「槍使いの駄犬がぁあぁぁぁッ! 別に貴様も殺してしまっても構わんのだぞぉッ!」
奮闘する勝家と利家。
ちょうどいいと秀吉は思った。この隙に逃げ――。
「ひッ!」
ひゅんと、短刀が振るわれる。光秀の剣閃だった。すんでのところで秀吉は回避。
「な、なななななにをする光秀ぇッ!」
「いえ、ちょうどよいと思ったものでね。……ここで貴方を始末すれば、手柄は私のものかと――」
「にゃにゃ! み、光秀ッ! う、裏切る気かッ! というきゃ、短刀を用意しているとは、おみゃあ最初からこうする気でおったにゃッ? ここここうなったらッ!」
秀吉も、懐の短刀を抜いて構える。
「あなたも、人のことを言えないようで……」
向かい合う秀吉と光秀。そこへ、前田利家が一喝する。
「やめろっていってんだろうがぁッ!」
豪快に、槍を振り回す利家。そのあまりの圧力に、柴田勝家が怯む。秀吉も光秀も、気圧されて下がった。
「ふざけたことやってんじゃねえ! 俺たちが戦う必要なんてないんだよ! こんなことをしても、なんの意味もねえ!」
「なにを言うか利家ッ! おまえとて、信長様に酷い目に遭わされたではないか!」
「落ち着けや、柴田の旦那ッ! いいか? 信長様は、すでに誰が真犯人か見抜いておられる!」
その言葉に、誰もが一様に目を丸くする。
「にゃ……そ、それは本当か利家ッ?」
「おうよ。だから、俺ぁ一足先に騒動を止めにきただけだ。……ったく」
「だ、誰なのだ、桶狭間の怪人はッ?」
詰め寄る勝家。光秀は「……」と、様子を窺っている。
「い、いや、その……俺も教えてもらってねえけどよ……。信長様が言うには、明日の評定で伝えるそうだ。……だから、今日はとりあえず家に帰れ。柴田の旦那も、牢に戻らなくてもいいってよ。――もう、争いはやめろや……」
☆
一方その頃。織田信長は清洲城の天守閣にいた。
茶杓で緑色の粉をすくい、そっと茶碗へ入れる。釜から柄杓いっぱいの湯を注ぎ、茶筅で細やかにかき混ぜる。抹茶をふんわり仕上げると、目の前の客人に差し出して、こう言った。
「おぬしが真犯人……桶狭間の怪人であろう?」
「夜更けに呼び出されたと思ったら……これはいったいどういうことでしょうかな?」
黒田官兵衛は、にっこりと笑い、茶を受け取ると一気に飲み干した。
明智屋敷。人知れずやってきた秀吉は、明智光秀と対談する。
誰にも気づかれていない、ふたりでの面会。ようやく、逃げ回る光秀との連絡が付き、面会と相成った。状況は悪くない。ここで明智光秀を殺せば、証拠は何も残らないと秀吉は思った。
「ああ、謀じゃて。……悪巧みは、暗い方が盛り上がる……じゃろ?」
「そうですね。そろそろ来る頃ではないかと、思っておりましたよ」
光秀が茶を点て、そっと差し出す。秀吉はそれを一瞥する。さすがにこれは飲みたくない。茶に毒が入っている可能性はある……よな?
「……毒など入っていませんよ。飲んで見せましょうか?」
「結構。わしが、これを飲まぬことぐらいおぬしもわかっとるじゃろ。……そろそろ腹を割って話さんか?」
序盤は世間話。そして、柴田勝家に持ちかけたような、手柄の山分けを提案する。油断したところを、懐にある短刀で斬り殺す。まずは、明智の気の緩みを待つ。
「わしゃ、おみゃーが好かん。おみゃーも、わしのことが好かんじゃろ? なんせ、桶狭間で斬りかかってきたぐらいでゃあや」
「そうですね。織田家にて、あなたの才能は恐ろしい。目の上のコブです」
「しかし、このままでは織田家の混乱は収まらにゃあ。ここはひとつ、手柄を山分けせんか? わしが真犯人ということで手を打て。出世はわしがもらう。おみゃーには、金をくれてやる。それで手打ちといかんか?」
「真犯人を名乗るにしては、随分弱気な提案ですね」
「いかに真犯人とて、ここから勝ち取るのは無理であろ。いずれはわしらも火炙りよ。そうなる前に、終わらすのが得策と思うてな」
「なるほど。しかし、あなたが約束を守るとは限りませんな。お互い、信頼関係がないのですから」
「信頼か。じゃあ、こういうのはどうじゃ」
そう言うと、秀吉は茶碗を手に取り、ぐいっと一気に飲み干した。
この行為には、さすがの光秀も目を丸くしていた。正直、秀吉も心臓は爆発寸前だ。毒が入ってないとも限らないのだから。けど、たぶん入っていないと思ってはいる。明智なら『秀吉が毒が入っていると見抜いていることを見抜いている』と思ったからである。
秀吉は身を乗り出し、空になった茶碗を光秀の前へと置く。膝を突き、そのまま詰め寄る。
「仲良くしてくれとは言わん。だが、一度だけわしを信じてみぃ。わしは、おぬしの茶を飲んだで、おぬしはわしの提案を飲んでくれにゃあかのう」
「……そこまでのお覚悟か」
光秀は空になった茶碗に視線を落とす。
――好機だと秀吉は思った。
心拍数が上がる。茶碗を片付けようと手に取ったが最後。その隙を突いて、懐にある短刀にて両断してくれる――!
「……良い、でしょう。私とて、これ以上織田家が荒れることは望んでいません。あなたは名誉。私は金……そういうことで手を打つとしましょうか」
明智光秀が姿勢を下げるように茶碗を掴んだ。
――いまだ! さらばだ明智くん!
と、秀吉が思ったその時であった。
凄まじい怒号が屋敷を震わせる。
「ひぃぃぃぃでぇえぇぇぇえぇよぉぉぉおぉぉぉしィィィィィッ!」
ずがんずがんと、まるで巨人が侵入してきたかのような足音。思わず、短刀に伸ばしていた腕が止まる。
「な、なんじゃッ?」
狼狽する秀吉。
ふすまが勢いよく開いた。
「ここにいたか秀吉ぃぃぃぃぃぃッ!」
「にゃ、にゃしッ……ししし柴田勝家ッ!」
幽閉されていたはずの柴田勝家が、刀を持ってご登場。鼻息荒く、秀吉を睨みつけている。
「なぜ、おぬしがここにッ! 地下牢に閉じ込められておったはずでゃあッ?」
「よくも謀りおったなクソザルが! 貴様のせいで信用は失墜! 信長様はわしの焼き討ちを所望しておるッ。……だが! その前に、貴様の首だけは刎ねてやる!」
「……これは、どういうことで?」
事情を知らぬ明智が、冷静に問いかける。
「い、いやややや、ここここれは、その……かかか、勝家はわしらを亡き者にしようとしとるんぎゃあ。ふふふ、ふたりで協力して倒すしかにゃあ!」
必死に取り繕う秀吉。だが、柴田が怒鳴りつけるように反論する。
「油断するなよ光秀ぇ……そやつは、褒美を山分けするという条件で、わしに取引を持ちかけてきたのだ。そうしたら、その一部始終を信長様に聞かせおったのよ!」
「褒美を山分け……ほう、なるほど」
疑惑のまなざしを向けてくる明智光秀。非常にマズいことになった。光秀を暗殺する機会を失った。それどころか勝家に殺されてしまう!
「み、光秀ッ! わしはなんも企んでおらん! 勝家は乱心じゃ! 協力して奴を倒そうぞ!」
「騙されるなよ光秀ぇッ そやつの言葉を信じたら仕舞いぞ!」
「さて、どうしたものでしょうか……」
「ええい! まあ良いわ! ふたりまとめてあの世に送ってやるわいッ!」
万事休す。そもそも、明智と協力したところで、勝家に勝てると思えない。勝家の刀が振り下ろされる。
「ひいぇぇえぇえぇッ!」
ザグンと、畳に巨大な亀裂が入る。奴の一振りは、馬をも斬り飛ばす威力。さらに二撃目。のけぞるように回避。その風圧が秀吉の髪をぶわりと持ち上げる。
「あわわわわッ! み、みつッ――た、助け……」
勝家が、たたみを勢いよく踏みつける。衝撃で家屋が揺れた。秀吉は思わず尻餅をついてしまうのであった。
ぬぅ、と、勝家が影を落とす。
「これで仕舞いだ、秀吉。百姓如きが、このわしを謀るから、こうなるのだ」
「ゆ、許してくれ、わ、わしゃあ、そんなつもりは……か、官兵衛が……黒田官兵衛が……」
「見苦しいぞッ、いいわけはあの世にて申せッ! 死ねぇぇえいッ!」
勝家の渾身の一撃。斬られるどころか、木っ端微塵に消し飛びそうなほど豪快な一刀。
――終わった。と、秀吉は思った。だが、その時。勝家の刀が『槍』によってガキンと防がれる。
「――ちょっと待ちな、勝家の旦那!」
「ぬ、ぐッ! な、何奴ッ!」
槍を振り払うように剣を動かす勝家。
「き、貴様はッ!」
「お、おみゃあは!」
「貴方は――」
「――そこまでだ。この喧嘩は、この前田利家が預かるぜ」
前田利家。槍の名手たる彼が、騒動の最中に現れ、柴田勝家の一撃を防いでくれたのだった。ただ、黒焦げ。そしてふんどし。あの日からずっと黒焦げだったのだろう。どういう事情か、牢から飛び出し助けにきてくれたようだ。
「おのれ、利家めが! 邪魔をするかぁッ!」
刀を振り回す勝家。利家は、それらを槍にて受け止めていく。さすがは織田家の猛将。柴田勝家と互角に渡り合える唯一の人間である。
「待てっていってんだろうが髭親父ッ! りゃあッ!」
「槍使いの駄犬がぁあぁぁぁッ! 別に貴様も殺してしまっても構わんのだぞぉッ!」
奮闘する勝家と利家。
ちょうどいいと秀吉は思った。この隙に逃げ――。
「ひッ!」
ひゅんと、短刀が振るわれる。光秀の剣閃だった。すんでのところで秀吉は回避。
「な、なななななにをする光秀ぇッ!」
「いえ、ちょうどよいと思ったものでね。……ここで貴方を始末すれば、手柄は私のものかと――」
「にゃにゃ! み、光秀ッ! う、裏切る気かッ! というきゃ、短刀を用意しているとは、おみゃあ最初からこうする気でおったにゃッ? ここここうなったらッ!」
秀吉も、懐の短刀を抜いて構える。
「あなたも、人のことを言えないようで……」
向かい合う秀吉と光秀。そこへ、前田利家が一喝する。
「やめろっていってんだろうがぁッ!」
豪快に、槍を振り回す利家。そのあまりの圧力に、柴田勝家が怯む。秀吉も光秀も、気圧されて下がった。
「ふざけたことやってんじゃねえ! 俺たちが戦う必要なんてないんだよ! こんなことをしても、なんの意味もねえ!」
「なにを言うか利家ッ! おまえとて、信長様に酷い目に遭わされたではないか!」
「落ち着けや、柴田の旦那ッ! いいか? 信長様は、すでに誰が真犯人か見抜いておられる!」
その言葉に、誰もが一様に目を丸くする。
「にゃ……そ、それは本当か利家ッ?」
「おうよ。だから、俺ぁ一足先に騒動を止めにきただけだ。……ったく」
「だ、誰なのだ、桶狭間の怪人はッ?」
詰め寄る勝家。光秀は「……」と、様子を窺っている。
「い、いや、その……俺も教えてもらってねえけどよ……。信長様が言うには、明日の評定で伝えるそうだ。……だから、今日はとりあえず家に帰れ。柴田の旦那も、牢に戻らなくてもいいってよ。――もう、争いはやめろや……」
☆
一方その頃。織田信長は清洲城の天守閣にいた。
茶杓で緑色の粉をすくい、そっと茶碗へ入れる。釜から柄杓いっぱいの湯を注ぎ、茶筅で細やかにかき混ぜる。抹茶をふんわり仕上げると、目の前の客人に差し出して、こう言った。
「おぬしが真犯人……桶狭間の怪人であろう?」
「夜更けに呼び出されたと思ったら……これはいったいどういうことでしょうかな?」
黒田官兵衛は、にっこりと笑い、茶を受け取ると一気に飲み干した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~
黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。
新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。
信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

座頭軍師ー花巻城の夜討ちー
不来方久遠
歴史・時代
関ヶ原の合戦のさなかに起こった覇権を画策するラスボス伊達政宗による南部への侵攻で、花巻城を舞台に敵兵500対手勢わずか12人の戦いが勃発した。
圧倒的な戦力差で攻める敵と少数ながらも城を守る南部の柔よく剛を制す知恵比べによる一夜の攻防戦。
漆黒の碁盤
渡岳
歴史・時代
正倉院の宝物の一つに木画紫檀棊局という碁盤がある。史実を探ると信長がこの碁盤を借用したという記録が残っている。果して信長はこの碁盤をどのように用いたのか。同時代を生き、本因坊家の始祖である算砂の視点で物語が展開する。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記
あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~
つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は──
花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~
第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。
有難うございました。
~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる