5 / 8
第五話 さらばだ明智くん!
しおりを挟む柴田勝家が連行され、織田信長も帰った。
現場に残されたのは羽柴秀吉。
――そして――。
「官兵衛」
「はっ」
秀吉が呼ぶと、押し入れの奥から、ぬらりと黒田官兵衛が現れる。
「大儀であった。おぬしの策によって、あの柴田勝家を火葬することができそうだわい」
「お役に立てたようで恐悦至極」
すべては黒田官兵衛の掌の上であった。柴田勝家を調略し、その現場を織田信長に見せつける。信長も、天才黒田官兵衛の策を聞くや、面白いと思ったのか協力してくれた。
「しかし、信長様の信頼を得るには至らんかったのう」
「まこと、忌々しいことでございます」
「あとは明智光秀か……さて、どうしたものかのう」
だが、こうなると不思議である。秀吉は真犯人ではない。勝家も違う。
明智が真犯人? 態度からは、そうは思えなかったのだが、何か事情があったのか? あるいは前田利家? 行動は不可解だが、もしかしたら奴こそ犯人なのかもしれない。
――まあ、もはや関係ない。
誰が今川義元を殺したかは問題ではない。大事なのは、確信に足るような推理を信長にさせること。
「勝家のように陥れるか?」
「明智光秀は、なにを考えておられるかわからぬ御方。されど、知略においては織田家随一……一筋縄ではいきますまい」
「ならばどうする? 官兵衛、策を申せ」
「……暗殺……するのはいかがでしょうか?」
「あ、暗殺……? ちょ、ちょっと待つぎゃ、官兵衛! いかに憎き明智といえど、殺すというのはさすがに……」
「秀吉様は忘れておいでか? 桶狭間にて、一度殺されかけていることを」
「む、そういえば……たしかに、奴は手柄を横取りせんと斬りかかってきたのぅ」
「現状、残っているのは秀吉様と光秀。このどちらかが、真犯人と相成りましょう。秀吉様が今川を殺したのは明白でござるが、死人に口なし。もしかしたら、奴も秀吉様の暗殺を企んでいるのやもしれませぬ。ここは先手を打つのが得策かと」
「な、な……み、光秀がわしをッ?」
「可能性は十分にありまする」
殺すか、殺されるか。ここで秀吉が討たれたら、それこそ明智のひとり勝ち。逆に、明智を討てば必然的に秀吉が真犯人となる……。
「秀吉様は、織田家の未来に必要な御方。どうか、御決断くださりませ――」
☆
清洲城天守閣。
織田信長は、尾張の夜景を眺めながら思いにふける。
「……おかしい」
――今川義元を討伐したというのに、なにゆえ織田家中の混乱が収まらぬのだ……。
一刻も早く天下統一に向けて次なる布石を打たねばならぬと言うのに、前田利家は黒焦げ。柴田勝家は獄中。明智光秀は行方不明。秀吉も仕事をせん。それだけではない。他の家臣たちも、まるで信長を恐れるように姿を見せなくなった。
「これが、覇王になるということか……」
高みに登れば、人とは違う景色を見る。孤高とは孤独である。
「いや、何者かの企みが動いているのか……」
信長は、今一度事件を整理してみる。
まず、第一の犠牲者前田利家。現在、獄中にて消し炭になっている。奴が真犯人である可能性は低い。今川義元の刀傷は、槍使いの利家には似つかわしくなく、事件当時の状況からも、こいつが殺したとは思えない。
そして第二の犠牲者、柴田勝家。現在、獄中。明日は消し炭。……此奴も犯人ではない。勝家は猛将であると同時に、自己顕示欲が強い。今川を討ったのならば、すぐにでも首をはねて信長の元に献上しにきただろう。残党を追撃していたなど……あまりに不可解となる。
「真犯人は秀吉か、それとも光秀か……」
――どちらが嘘をついているのか。
「否」
刮目して見るべきは、此奴らではない。
「利家と勝家……なぜ、此奴らが嘘をついたのか、だ」
仮にも奴らは信長の忠臣。主君を惑わす虚言を、まことしやかに吐くなど、普通には考えられぬ。阿呆だからこそ、嘘を言う奴ではない。阿呆は言い訳はするが、嘘をつけぬ。頭が回らぬからだ。
信長は、扇子を開き瞳を閉じる。ふらりと足を動かし、なめらかに身体を動かす。まるで舞を踊るかのように。
「人間五十年《にぃんげぇんごじゅうねぇん》……下天の内をくらぁぶれぇばぁ……夢幻《ゆめぇまぼろし》のぉ如くなりぃぃ……」
そして、ぴしゃりと扇子を閉じる。
「なるほど、もしや……。……そういうことであるか……」
その時だった。慌ただしい足音が、天守閣への階段を駆け上がってくる。
「信長様! 一大事でございます!」
配下の者からの報告。
「どうした?」
「そ、それがッ! し、柴田勝家様が脱獄ッ! 地下牢から姿を消してしまいました!」
「――であるか」
☆
報せを受けた信長は、地下牢へと足を運んだ。脱獄の形跡を調べるためではない。もうひとりの囚人に話を聞くためだ。
「前田利家」
格子の向こうから、信長が声をかけると、倒れていた前田利家が跳ね起きる。
「の、信長様ぁぁぁあッ!」
すすだらけの利家が、木の格子を激しく揺らす。天井からパラパラと土がこぼれる。さすがは織田家の猛将。あれだけの焼き討ちを受けておきながら元気である。
「俺が殺ったんです! 俺が、今川義元を殺したんです! 嘘をついているのはあいつらでぇえ――」
「もうよい。すべてわかっておる」
「さ、さすがは信長様! 俺が真犯人ぃぃぃッ――おばッ!」
利家の顔面めがけて前蹴りを食らわす信長。派手に吹っ飛び、後方の石壁へと激突する。
「ひぃぃぃぃッ!」
しかし、信長は冷静に牢屋の鍵を開けてやる。
「の、信長様……?」
「貴様が犯人ではないことぐらいお見通しだ」
「い、いや……そ、その……え? じゃ、じゃあ、なんで俺を出してくれるんです?」
「勝家を止められるのは、おまえしかおらぬからだ」
「勝家を止める? なにかあったんですかい?」
「脱獄した。……奴は、おそらく秀吉のところへ行った。おまえが止めてこい。それで、此度の咎めはナシだ」
そう言って、信長は槍を渡す。
「勝家が……? は、ははあッ!」
前田利家は、跪いて槍を受け取ると、猪の如く牢を出て行こうとする。
「待て! 最後に質問がある」
「な、なんでしょう?」
「おまえに入れ知恵をしたのは誰だ?」
「い、入れ知恵……?」
「おまえのことはよう知っておる。嘘偽りで出世するなどという謀略を巡らす輩ではない。裏で糸を引いている者がおるのだろう?」
「な、ななななそそそそそそんなことありゃしませんぜ!?」
相変わらず、嘘の下手な男だと信長は思った。やはり、裏で動いている者がいたようだ。
「……誰だ?」
「い、言えません!」
「そやつに気を遣っておるのか? ……ふん、まあよいわ。時は一刻を争う。さっさと勝家を止めてこい」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~
黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。
新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。
信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

座頭軍師ー花巻城の夜討ちー
不来方久遠
歴史・時代
関ヶ原の合戦のさなかに起こった覇権を画策するラスボス伊達政宗による南部への侵攻で、花巻城を舞台に敵兵500対手勢わずか12人の戦いが勃発した。
圧倒的な戦力差で攻める敵と少数ながらも城を守る南部の柔よく剛を制す知恵比べによる一夜の攻防戦。
漆黒の碁盤
渡岳
歴史・時代
正倉院の宝物の一つに木画紫檀棊局という碁盤がある。史実を探ると信長がこの碁盤を借用したという記録が残っている。果して信長はこの碁盤をどのように用いたのか。同時代を生き、本因坊家の始祖である算砂の視点で物語が展開する。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
毛利隆元 ~総領の甚六~
秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。
父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。
史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。
姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記
あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~
つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は──
花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~
第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。
有難うございました。
~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる