魔王探偵 織田信長の冥推理 ~鳴かぬなら鳴くまで焼こうホトトギスッ! 焼去法で真犯人を焼き尽くす!~

倉紙たかみ

文字の大きさ
上 下
2 / 8

第二話 般若の自供!? 第四の容疑者現るッ!

しおりを挟む
「……それでは、評定を始める」

 今川義元を討ち、清洲城へと戻ってきた織田信長は、早速とばかりに家臣を集めた。なにはともあれ、歴史に残る大勝利を果たしたのだ。一刻も早く褒美を取らせねばならなかった。

 だが、主役である第一武功が決まらない。要するに、今川義元を討ち取った犯人が見つからないのである。

 ちなみに、評定とは会議のこと。今回の場合は『取り調べ』という意味もあるだろう。織田信長の前には秀吉、利家、光秀の容疑者3人。そして、それらの背後には、数多の家臣が控えていた。

「あの場には、多くの兵がいたはずだ。ならば、犯行現場を見ておった者もいるはず……誰か証言せよ」

 信長は家臣たちに視線を送る。しかし、彼らは顔を伏して、一向にしゃべろうとしなかった。無理もない。ここで証言すればカドが立つことを恐れているのだろう。秀吉たちの主張を覆せば、腹いせとして報復を受けると思っているのだ。

 ――と、思ったのだが――。

「あ、あの……」

 ひとりの家臣が、震えながら挙手をした。

「なんだ?」

「じ、自分は、そ、その現場を見ておりました」

 容疑者(サル、イヌ、ハゲ)たちは、目を剥くように振り返る。勇気ある発言だと信長は思った。この状況で証言できるなど、かの軍神上杉謙信とて真似ることなどできまい。

「おや、案外あっさりと解決しそうですね」と、明智光秀が微笑む。

「よよよ、よかったじゃねえか。ほ、ほれ、犯人の名前を言えよ。――俺だろ? この前田利家だろ?」

「い、いえ……今川義元を殺したのは……秀吉様にございます」

 ざわっと、会場が沸いた。そして、動揺する前田利家。

「そそそそんなわけがあるか! あいつを殺したのは俺だ! ――信長様! こいつは嘘をついております!」

 取り繕う前田利家。――だが、証人の言葉が呼び水になったかのように、次々と家臣たちから証言が湧き起こる。

「俺も見ました!」「秀吉様です!」「秀吉様が殺りました!」「犯人は秀吉様でございます!」「今川義元を殺した真犯人……桶狭間の怪人は、秀吉様でございます!」

「ば、バカ言うんじゃねえ! 犯人は俺――」

 必死に取り繕おうとする前田利家に、秀吉が横やりを入れる。

「これはこれは、見苦しいのう利家ぇ。くくっ……みぃんな、わしが犯人だというておるじゃにゃあか」

 ニチャアと、不適な笑みを浮かべる秀吉。

 なるほど、と、信長は悟る。秀吉は策士。おそらく、現場にいた連中を買収し、容疑を自分に向けたのだ。兵たちも、秀吉が後ろ盾になってくれるのであれば、安心して証言をすることができる。――が、そうは上手くいかなかったようだ。

「馬鹿なことをいうではない! 真犯人は明智様だ!」「ああ、明智様こそ、今川義元を殺した犯人よ!」

「な……っ……」

 驚く秀吉。
 なるほど、これはまた難しい展開になってきた。明智も手を打っていたようだ。

 家臣たちが、口々に秀吉だ明智だと喚き始める。証言こそ、唯一の証拠となるならば、もはや言った者勝ち。家臣たちにも、それぞれ贔屓にしている武将がおり、それらが出世することで自分たちにも恩恵があるのだろう。

 秀吉贔屓の兵たちと、明智贔屓の兵たちが罵り合う。そんな中、前田利家が「違う! 俺だ! 俺が殺したんだ!」と、ひとりがんばって抵抗していた。

「……であるか」

 信長は静かに思案する。これは難しいことになった。現場を見ていようが、証拠がなければ真偽を判断できない。嘘を嘘で塗り固められる。水掛け論に終始してしまう。だが――。

「おおう! 遅れてもうしわけなかった!」

 のっしのっしと評定の場に現れたのは柴田勝家。通称ヒゲ。織田家最強とも謳われる武将。そういえば、こやつも桶狭間に参戦していたか。

「おやおや、勝家どの。大事な評定に遅刻とは、いいご身分で」

 明智が、嫌味を滑らせる。

「いやあ、すまぬすまぬ。今川の兵を追撃をしておったら、帰りが遅くなってしまったのだ。――まあ、義元を討ち取った功績を鑑みて、それぐらいは大目に見てくれ。なあ、信長様」

 信長の眉毛がピクリと動く。

「……勝家。いま、なんと言った?」

「あ、そ、その……大目に見て……くださりませんか?」

「その前、である」

「今川義元を討ち取った功績……」

「うぬが、今川義元を討ち取ったというのか?」

「お、おっしゃるとおりですが……も、もしかして、ご存じないのですが?」

 デカい図体の勝家が青くなる。

「……存じるもなにも、誰が今川義元を殺したのかわかっておらん。そこにいる3人が、それぞれ自分が殺ったと自供しているのでな」

「な……な……」

 わなわなと震え、勝家は秀吉たちを睨みつける。

「この痴れ者がぁぁぁあッ! 嘘を吐いて恥ずかしくないのか! 今川義元を殺した真犯人は、この柴田勝家ぞッ!」

 恫喝するように床板を踏み抜く勝家。咆哮は城を震わせるかのようであった。

「他の家臣も、彼奴きゃつらが殺したと証言しておる」

 信長がチクると、柴田勝家は家臣たちを睨みつける。一様に視線を伏せてしまう証人たち。

「おまえかッ? 何を見たッ? 本当に秀吉や明智が殺したところを見たのか? ああんッ!」

 胸ぐらを掴み、天井へと叩きつけんばかりに持ち上げる柴田勝家。

「ひいいいいッ! い、いや! 気のせいです! 間違えました!」

「じゃあ、誰だ! 誰が犯人なのだ!」

「ししし柴田様が犯人でございます!」

 証言を変える証人。こうなると、証言は意味を成さない、であるか。

「もう良い!」

 一喝する信長。

「このままでは埒が明かん。今日の評定はここまでだ」

「信長様! 褒美はどぎゃあなるですか!」

 秀吉がすがるように尋ねてくる。

「誰が殺したのかわからんのに、褒美などやれるわけがあるまい」

「そ、そんな……」

「しかし、安心せい。真犯人は必ず、この織田上総介信長が見つけてみせる。真実はいつもひとつ、である!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

春恋ひにてし~戦国初恋草紙~

橘 ゆず
歴史・時代
以前にアップした『夕映え~武田勝頼の妻~』というお話の姉妹作品です。 勝頼公とその継室、佐奈姫の出逢いを描いたお話です。

座頭軍師ー花巻城の夜討ちー

不来方久遠
歴史・時代
 関ヶ原の合戦のさなかに起こった覇権を画策するラスボス伊達政宗による南部への侵攻で、花巻城を舞台に敵兵500対手勢わずか12人の戦いが勃発した。  圧倒的な戦力差で攻める敵と少数ながらも城を守る南部の柔よく剛を制す知恵比べによる一夜の攻防戦。

漆黒の碁盤

渡岳
歴史・時代
正倉院の宝物の一つに木画紫檀棊局という碁盤がある。史実を探ると信長がこの碁盤を借用したという記録が残っている。果して信長はこの碁盤をどのように用いたのか。同時代を生き、本因坊家の始祖である算砂の視点で物語が展開する。

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

鬼を討つ〜徳川十六将・渡辺守綱記〜

八ケ代大輔
歴史・時代
徳川家康を天下に導いた十六人の家臣「徳川十六将」。そのうちの1人「槍の半蔵」と称され、服部半蔵と共に「両半蔵」と呼ばれた渡辺半蔵守綱の一代記。彼の祖先は酒天童子を倒した源頼光四天王の筆頭で鬼を斬ったとされる渡辺綱。徳川家康と同い歳の彼の人生は徳川家康と共に歩んだものでした。渡辺半蔵守綱の生涯を通して徳川家康が天下を取るまでの道のりを描く。表紙画像・すずき孔先生。

処理中です...