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第二話 般若の自供!? 第四の容疑者現るッ!
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「……それでは、評定を始める」
今川義元を討ち、清洲城へと戻ってきた織田信長は、早速とばかりに家臣を集めた。なにはともあれ、歴史に残る大勝利を果たしたのだ。一刻も早く褒美を取らせねばならなかった。
だが、主役である第一武功が決まらない。要するに、今川義元を討ち取った犯人が見つからないのである。
ちなみに、評定とは会議のこと。今回の場合は『取り調べ』という意味もあるだろう。織田信長の前には秀吉、利家、光秀の容疑者3人。そして、それらの背後には、数多の家臣が控えていた。
「あの場には、多くの兵がいたはずだ。ならば、犯行現場を見ておった者もいるはず……誰か証言せよ」
信長は家臣たちに視線を送る。しかし、彼らは顔を伏して、一向にしゃべろうとしなかった。無理もない。ここで証言すればカドが立つことを恐れているのだろう。秀吉たちの主張を覆せば、腹いせとして報復を受けると思っているのだ。
――と、思ったのだが――。
「あ、あの……」
ひとりの家臣が、震えながら挙手をした。
「なんだ?」
「じ、自分は、そ、その現場を見ておりました」
容疑者(サル、イヌ、ハゲ)たちは、目を剥くように振り返る。勇気ある発言だと信長は思った。この状況で証言できるなど、かの軍神上杉謙信とて真似ることなどできまい。
「おや、案外あっさりと解決しそうですね」と、明智光秀が微笑む。
「よよよ、よかったじゃねえか。ほ、ほれ、犯人の名前を言えよ。――俺だろ? この前田利家だろ?」
「い、いえ……今川義元を殺したのは……秀吉様にございます」
ざわっと、会場が沸いた。そして、動揺する前田利家。
「そそそそんなわけがあるか! あいつを殺したのは俺だ! ――信長様! こいつは嘘をついております!」
取り繕う前田利家。――だが、証人の言葉が呼び水になったかのように、次々と家臣たちから証言が湧き起こる。
「俺も見ました!」「秀吉様です!」「秀吉様が殺りました!」「犯人は秀吉様でございます!」「今川義元を殺した真犯人……桶狭間の怪人は、秀吉様でございます!」
「ば、バカ言うんじゃねえ! 犯人は俺――」
必死に取り繕おうとする前田利家に、秀吉が横やりを入れる。
「これはこれは、見苦しいのう利家ぇ。くくっ……みぃんな、わしが犯人だというておるじゃにゃあか」
ニチャアと、不適な笑みを浮かべる秀吉。
なるほど、と、信長は悟る。秀吉は策士。おそらく、現場にいた連中を買収し、容疑を自分に向けたのだ。兵たちも、秀吉が後ろ盾になってくれるのであれば、安心して証言をすることができる。――が、そうは上手くいかなかったようだ。
「馬鹿なことをいうではない! 真犯人は明智様だ!」「ああ、明智様こそ、今川義元を殺した犯人よ!」
「な……っ……」
驚く秀吉。
なるほど、これはまた難しい展開になってきた。明智も手を打っていたようだ。
家臣たちが、口々に秀吉だ明智だと喚き始める。証言こそ、唯一の証拠となるならば、もはや言った者勝ち。家臣たちにも、それぞれ贔屓にしている武将がおり、それらが出世することで自分たちにも恩恵があるのだろう。
秀吉贔屓の兵たちと、明智贔屓の兵たちが罵り合う。そんな中、前田利家が「違う! 俺だ! 俺が殺したんだ!」と、ひとりがんばって抵抗していた。
「……であるか」
信長は静かに思案する。これは難しいことになった。現場を見ていようが、証拠がなければ真偽を判断できない。嘘を嘘で塗り固められる。水掛け論に終始してしまう。だが――。
「おおう! 遅れてもうしわけなかった!」
のっしのっしと評定の場に現れたのは柴田勝家。通称ヒゲ。織田家最強とも謳われる武将。そういえば、こやつも桶狭間に参戦していたか。
「おやおや、勝家どの。大事な評定に遅刻とは、いいご身分で」
明智が、嫌味を滑らせる。
「いやあ、すまぬすまぬ。今川の兵を追撃をしておったら、帰りが遅くなってしまったのだ。――まあ、義元を討ち取った功績を鑑みて、それぐらいは大目に見てくれ。なあ、信長様」
信長の眉毛がピクリと動く。
「……勝家。いま、なんと言った?」
「あ、そ、その……大目に見て……くださりませんか?」
「その前、である」
「今川義元を討ち取った功績……」
「うぬが、今川義元を討ち取ったというのか?」
「お、おっしゃるとおりですが……も、もしかして、ご存じないのですが?」
デカい図体の勝家が青くなる。
「……存じるもなにも、誰が今川義元を殺したのかわかっておらん。そこにいる3人が、それぞれ自分が殺ったと自供しているのでな」
「な……な……」
わなわなと震え、勝家は秀吉たちを睨みつける。
「この痴れ者がぁぁぁあッ! 嘘を吐いて恥ずかしくないのか! 今川義元を殺した真犯人は、この柴田勝家ぞッ!」
恫喝するように床板を踏み抜く勝家。咆哮は城を震わせるかのようであった。
「他の家臣も、彼奴らが殺したと証言しておる」
信長がチクると、柴田勝家は家臣たちを睨みつける。一様に視線を伏せてしまう証人たち。
「おまえかッ? 何を見たッ? 本当に秀吉や明智が殺したところを見たのか? ああんッ!」
胸ぐらを掴み、天井へと叩きつけんばかりに持ち上げる柴田勝家。
「ひいいいいッ! い、いや! 気のせいです! 間違えました!」
「じゃあ、誰だ! 誰が犯人なのだ!」
「ししし柴田様が犯人でございます!」
証言を変える証人。こうなると、証言は意味を成さない、であるか。
「もう良い!」
一喝する信長。
「このままでは埒が明かん。今日の評定はここまでだ」
「信長様! 褒美はどぎゃあなるですか!」
秀吉がすがるように尋ねてくる。
「誰が殺したのかわからんのに、褒美などやれるわけがあるまい」
「そ、そんな……」
「しかし、安心せい。真犯人は必ず、この織田上総介信長が見つけてみせる。真実はいつもひとつ、である!」
今川義元を討ち、清洲城へと戻ってきた織田信長は、早速とばかりに家臣を集めた。なにはともあれ、歴史に残る大勝利を果たしたのだ。一刻も早く褒美を取らせねばならなかった。
だが、主役である第一武功が決まらない。要するに、今川義元を討ち取った犯人が見つからないのである。
ちなみに、評定とは会議のこと。今回の場合は『取り調べ』という意味もあるだろう。織田信長の前には秀吉、利家、光秀の容疑者3人。そして、それらの背後には、数多の家臣が控えていた。
「あの場には、多くの兵がいたはずだ。ならば、犯行現場を見ておった者もいるはず……誰か証言せよ」
信長は家臣たちに視線を送る。しかし、彼らは顔を伏して、一向にしゃべろうとしなかった。無理もない。ここで証言すればカドが立つことを恐れているのだろう。秀吉たちの主張を覆せば、腹いせとして報復を受けると思っているのだ。
――と、思ったのだが――。
「あ、あの……」
ひとりの家臣が、震えながら挙手をした。
「なんだ?」
「じ、自分は、そ、その現場を見ておりました」
容疑者(サル、イヌ、ハゲ)たちは、目を剥くように振り返る。勇気ある発言だと信長は思った。この状況で証言できるなど、かの軍神上杉謙信とて真似ることなどできまい。
「おや、案外あっさりと解決しそうですね」と、明智光秀が微笑む。
「よよよ、よかったじゃねえか。ほ、ほれ、犯人の名前を言えよ。――俺だろ? この前田利家だろ?」
「い、いえ……今川義元を殺したのは……秀吉様にございます」
ざわっと、会場が沸いた。そして、動揺する前田利家。
「そそそそんなわけがあるか! あいつを殺したのは俺だ! ――信長様! こいつは嘘をついております!」
取り繕う前田利家。――だが、証人の言葉が呼び水になったかのように、次々と家臣たちから証言が湧き起こる。
「俺も見ました!」「秀吉様です!」「秀吉様が殺りました!」「犯人は秀吉様でございます!」「今川義元を殺した真犯人……桶狭間の怪人は、秀吉様でございます!」
「ば、バカ言うんじゃねえ! 犯人は俺――」
必死に取り繕おうとする前田利家に、秀吉が横やりを入れる。
「これはこれは、見苦しいのう利家ぇ。くくっ……みぃんな、わしが犯人だというておるじゃにゃあか」
ニチャアと、不適な笑みを浮かべる秀吉。
なるほど、と、信長は悟る。秀吉は策士。おそらく、現場にいた連中を買収し、容疑を自分に向けたのだ。兵たちも、秀吉が後ろ盾になってくれるのであれば、安心して証言をすることができる。――が、そうは上手くいかなかったようだ。
「馬鹿なことをいうではない! 真犯人は明智様だ!」「ああ、明智様こそ、今川義元を殺した犯人よ!」
「な……っ……」
驚く秀吉。
なるほど、これはまた難しい展開になってきた。明智も手を打っていたようだ。
家臣たちが、口々に秀吉だ明智だと喚き始める。証言こそ、唯一の証拠となるならば、もはや言った者勝ち。家臣たちにも、それぞれ贔屓にしている武将がおり、それらが出世することで自分たちにも恩恵があるのだろう。
秀吉贔屓の兵たちと、明智贔屓の兵たちが罵り合う。そんな中、前田利家が「違う! 俺だ! 俺が殺したんだ!」と、ひとりがんばって抵抗していた。
「……であるか」
信長は静かに思案する。これは難しいことになった。現場を見ていようが、証拠がなければ真偽を判断できない。嘘を嘘で塗り固められる。水掛け論に終始してしまう。だが――。
「おおう! 遅れてもうしわけなかった!」
のっしのっしと評定の場に現れたのは柴田勝家。通称ヒゲ。織田家最強とも謳われる武将。そういえば、こやつも桶狭間に参戦していたか。
「おやおや、勝家どの。大事な評定に遅刻とは、いいご身分で」
明智が、嫌味を滑らせる。
「いやあ、すまぬすまぬ。今川の兵を追撃をしておったら、帰りが遅くなってしまったのだ。――まあ、義元を討ち取った功績を鑑みて、それぐらいは大目に見てくれ。なあ、信長様」
信長の眉毛がピクリと動く。
「……勝家。いま、なんと言った?」
「あ、そ、その……大目に見て……くださりませんか?」
「その前、である」
「今川義元を討ち取った功績……」
「うぬが、今川義元を討ち取ったというのか?」
「お、おっしゃるとおりですが……も、もしかして、ご存じないのですが?」
デカい図体の勝家が青くなる。
「……存じるもなにも、誰が今川義元を殺したのかわかっておらん。そこにいる3人が、それぞれ自分が殺ったと自供しているのでな」
「な……な……」
わなわなと震え、勝家は秀吉たちを睨みつける。
「この痴れ者がぁぁぁあッ! 嘘を吐いて恥ずかしくないのか! 今川義元を殺した真犯人は、この柴田勝家ぞッ!」
恫喝するように床板を踏み抜く勝家。咆哮は城を震わせるかのようであった。
「他の家臣も、彼奴らが殺したと証言しておる」
信長がチクると、柴田勝家は家臣たちを睨みつける。一様に視線を伏せてしまう証人たち。
「おまえかッ? 何を見たッ? 本当に秀吉や明智が殺したところを見たのか? ああんッ!」
胸ぐらを掴み、天井へと叩きつけんばかりに持ち上げる柴田勝家。
「ひいいいいッ! い、いや! 気のせいです! 間違えました!」
「じゃあ、誰だ! 誰が犯人なのだ!」
「ししし柴田様が犯人でございます!」
証言を変える証人。こうなると、証言は意味を成さない、であるか。
「もう良い!」
一喝する信長。
「このままでは埒が明かん。今日の評定はここまでだ」
「信長様! 褒美はどぎゃあなるですか!」
秀吉がすがるように尋ねてくる。
「誰が殺したのかわからんのに、褒美などやれるわけがあるまい」
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