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第35話 ひさしぶりのヴァルディスさん
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――魔人ヴァルディス。
ベイルに敗北してから、彼は魔王軍から姿を消した。その後、誰にも報せず、誰にも知られず、辺境のキルマウンテンの中腹に小屋を建て、仙人の如き暮らしをしていたのだが――。
この日、彼のもとに招かれざる客が現れることになる。
「アレから、二ヶ月か……」
小屋の外。切り株の椅子に腰掛け、焚き火に薪をくべながらポツリとつぶやいた。
ヴァルディスは、未だ敗北の味を忘れられないでいた。圧倒的な実力差というものは、かくも心を虚無に陥れるものなのか。
努力してどうにかなるレベルであれば、むしろ力への渇望も増すというもの。埋められぬ実力は、あまりにも残酷。
魔王軍で、雑魚を相手に訓練していても、意味はないと思った。だから、こうして自分を見つめ直すため、ひとりになったのだが――。
――未だ道はわからず。
瞑想を続けるヴァルディス。
隠居するには早い。
思いふけっていると、ふと、地鳴りのような声が聞こえた。
「――ヴァルディスよ……このようなところで、なにをやっている……」
「この声は……」
声が咆哮へと変わる。
「グルアァァアァァァァァァッ!」
周囲の岩肌を砕くようにして、地面より竜の顔が出現する。威嚇するかのように口を開いた。巨漢のヴァルディスでさえ、ひと飲みできてしまいそうなほど巨大だった。
顔面が、ぐわりと持ち上がり、大地から這い出るようにして全身を明らかにする。
サイクロプスすらも貧弱に思わせる、強烈な筋肉の肉体があった。全身から、凄まじいトゲが剥き出しになっている。背中にはドラゴンの翼。
魔物を超越した存在――。
「魔王……様……?」
巨大な主君を、見上げるように眺めるヴァルディス。
「ヴァルディスよ! 貴様の使命は勇者を始末することだろう。こんな辺境でくつろいでいる場合ではないハズだ!」
魔王の来訪――なのにも関わらず、ヴァルディスは落ち着きを払って答えた。
「俺は……ベイルに手も足も出なかった。いまのままでは奴に勝てん」
「ならば、知略を巡らすなど、方法はあるだろうッ!」
ガルァァァァと吠える魔王。
だが、ヴァルディスは動じなかった。
「――茶番はやめろ。トーレス」
「ぬぅッ?」
名前を呼ぶと、魔王だった存在が黒い液体へと変貌し、大地へ溶けていく。あとに残ったのは黒髪の少年だった。
特徴のない顔と体型。
村人の如きシンプルな服装を纏っている。
「さすがヴァルディスさん。気づいてました?」
魔王に扮していたのは、魔王軍五大魔将のひとり、変幻のトーレス。姿を変えることができる特殊能力を持っている。
「魔王様が、わざわざ足を運ぶわけがないだろう」
「あはは、たしかに」
まあ、トーレスもバレるのをわかって変化したのだろう。
「探したよ、ヴァルディスさん。まさか、こんな辺境で暮らしてるなんて思わなかったからさ」
「……なんの用だ?」
「魔王様が怒ってますよ。あなたが、軍を見限ったと思ってる」
「見限ったわけではない。ひとりになりたかっただけだ」
「そういうわがままが、誤解を招くんですよ。それに、プリメーラさんがやられたんでご機嫌もナナメなんです」
「ほう、プリメーラが?」
「ええ、勇者ベイルに」
さすがはベイルだ。我が宿敵ならば、他の五大魔将如きに負けてもらっては困る。
「嬉しそうですね」
「そんなことはない」
「そうかなぁ? ……まあいいや。そろそろ、仕事を再開してくれませんか? 悔しいけど、純粋な戦闘力なら五大魔将の中でもトップクラス……あなたの代わりはいません」
「俺は、しばらく戻らん」
「いま、ウルフィさんが勇者討伐に向かってます。あの人のやり方は陰湿で悪質だ。さすがのベイルも、今回ばかりは厳しいでしょ」
「ベイルを倒したいのなら、好都合だろう」
「そしたら、ダークエルフが魔王軍の中枢に据えられちゃいますよ。あの人なら、魔王軍そのものを乗っ取りかねない。それぐらいの内政力はあります。ぼくたちの居場所がなくなっちゃいます」
「俺には関係ない」
「関係なくはないでしょ。このままじゃ、ヴァルディスさんの立場もなくなっちゃうじゃないですか」
トーレスは呆れたように肩をすくめた。
「関係ないと言っているだろう。それともなにか――?」
ヴァルディスは筋肉を隆起させ、魔力をわずかに放出させる。
「おまえは、魔王様の命令で、俺を始末しにきたのか?」
並の魔物なら一目散に逃げ出すようなヴァルディスの闘気。トーレスは数歩さがって、両掌をわたわたと振る。
「そそそ、そんなんじゃないよ! ぼくなんかヴァルディスさんに勝てるわけないじゃないですか!」
謙遜しているが、トーレスとて五大魔将のひとりなのだ。容易くは勝てないことを、ヴァルディスも知っている。
「魔王様に伝えておけ。俺は、しばらく戻らん。五大魔将から外すというのであれば、それも構わんとな」
ベイルに敗北してから、彼は魔王軍から姿を消した。その後、誰にも報せず、誰にも知られず、辺境のキルマウンテンの中腹に小屋を建て、仙人の如き暮らしをしていたのだが――。
この日、彼のもとに招かれざる客が現れることになる。
「アレから、二ヶ月か……」
小屋の外。切り株の椅子に腰掛け、焚き火に薪をくべながらポツリとつぶやいた。
ヴァルディスは、未だ敗北の味を忘れられないでいた。圧倒的な実力差というものは、かくも心を虚無に陥れるものなのか。
努力してどうにかなるレベルであれば、むしろ力への渇望も増すというもの。埋められぬ実力は、あまりにも残酷。
魔王軍で、雑魚を相手に訓練していても、意味はないと思った。だから、こうして自分を見つめ直すため、ひとりになったのだが――。
――未だ道はわからず。
瞑想を続けるヴァルディス。
隠居するには早い。
思いふけっていると、ふと、地鳴りのような声が聞こえた。
「――ヴァルディスよ……このようなところで、なにをやっている……」
「この声は……」
声が咆哮へと変わる。
「グルアァァアァァァァァァッ!」
周囲の岩肌を砕くようにして、地面より竜の顔が出現する。威嚇するかのように口を開いた。巨漢のヴァルディスでさえ、ひと飲みできてしまいそうなほど巨大だった。
顔面が、ぐわりと持ち上がり、大地から這い出るようにして全身を明らかにする。
サイクロプスすらも貧弱に思わせる、強烈な筋肉の肉体があった。全身から、凄まじいトゲが剥き出しになっている。背中にはドラゴンの翼。
魔物を超越した存在――。
「魔王……様……?」
巨大な主君を、見上げるように眺めるヴァルディス。
「ヴァルディスよ! 貴様の使命は勇者を始末することだろう。こんな辺境でくつろいでいる場合ではないハズだ!」
魔王の来訪――なのにも関わらず、ヴァルディスは落ち着きを払って答えた。
「俺は……ベイルに手も足も出なかった。いまのままでは奴に勝てん」
「ならば、知略を巡らすなど、方法はあるだろうッ!」
ガルァァァァと吠える魔王。
だが、ヴァルディスは動じなかった。
「――茶番はやめろ。トーレス」
「ぬぅッ?」
名前を呼ぶと、魔王だった存在が黒い液体へと変貌し、大地へ溶けていく。あとに残ったのは黒髪の少年だった。
特徴のない顔と体型。
村人の如きシンプルな服装を纏っている。
「さすがヴァルディスさん。気づいてました?」
魔王に扮していたのは、魔王軍五大魔将のひとり、変幻のトーレス。姿を変えることができる特殊能力を持っている。
「魔王様が、わざわざ足を運ぶわけがないだろう」
「あはは、たしかに」
まあ、トーレスもバレるのをわかって変化したのだろう。
「探したよ、ヴァルディスさん。まさか、こんな辺境で暮らしてるなんて思わなかったからさ」
「……なんの用だ?」
「魔王様が怒ってますよ。あなたが、軍を見限ったと思ってる」
「見限ったわけではない。ひとりになりたかっただけだ」
「そういうわがままが、誤解を招くんですよ。それに、プリメーラさんがやられたんでご機嫌もナナメなんです」
「ほう、プリメーラが?」
「ええ、勇者ベイルに」
さすがはベイルだ。我が宿敵ならば、他の五大魔将如きに負けてもらっては困る。
「嬉しそうですね」
「そんなことはない」
「そうかなぁ? ……まあいいや。そろそろ、仕事を再開してくれませんか? 悔しいけど、純粋な戦闘力なら五大魔将の中でもトップクラス……あなたの代わりはいません」
「俺は、しばらく戻らん」
「いま、ウルフィさんが勇者討伐に向かってます。あの人のやり方は陰湿で悪質だ。さすがのベイルも、今回ばかりは厳しいでしょ」
「ベイルを倒したいのなら、好都合だろう」
「そしたら、ダークエルフが魔王軍の中枢に据えられちゃいますよ。あの人なら、魔王軍そのものを乗っ取りかねない。それぐらいの内政力はあります。ぼくたちの居場所がなくなっちゃいます」
「俺には関係ない」
「関係なくはないでしょ。このままじゃ、ヴァルディスさんの立場もなくなっちゃうじゃないですか」
トーレスは呆れたように肩をすくめた。
「関係ないと言っているだろう。それともなにか――?」
ヴァルディスは筋肉を隆起させ、魔力をわずかに放出させる。
「おまえは、魔王様の命令で、俺を始末しにきたのか?」
並の魔物なら一目散に逃げ出すようなヴァルディスの闘気。トーレスは数歩さがって、両掌をわたわたと振る。
「そそそ、そんなんじゃないよ! ぼくなんかヴァルディスさんに勝てるわけないじゃないですか!」
謙遜しているが、トーレスとて五大魔将のひとりなのだ。容易くは勝てないことを、ヴァルディスも知っている。
「魔王様に伝えておけ。俺は、しばらく戻らん。五大魔将から外すというのであれば、それも構わんとな」
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