異世界サウナ。ととのえばととのうほど強くなる勇者がサウナの力で無双する。~能力を恐れた魔王軍が全裸の時に攻めてくるので、全力でもてなします~

倉紙たかみ

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第31話 いちごまみれ

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 バカは嫌いだ。
 バカは、すぐに人を殺そうとする。
 バカは、人を殺しても罪を感じない。
 
 何年前だったか。プリメーラが、魔界の小さな村で暮らしていた頃の話だ。

 当時子供だったプリメーラは、大人たちよりも魔力が強くて、頭も良かった。おそらく捨て子だったがゆえに、村の連中とは素質が違ったのだろう。

 プリメーラを拾ってくれた夫婦は、自分の子供のように育ててくれた。知力も魔力も身体能力も桁外れに成長した。徐々に村人たちから褒め称えられるようになった。

 それを気に入らなかったのが、村長とその取り巻きの連中だった。

 いずれプリメーラが、この村の英雄的な存在になるのが気に入らなかったのだろう。まあ、プリメーラも大人たちをバカにしている節はあったし、敵対感情を持つのも不思議ではなかった。

 けど、村長たちは敵対感情を持つだけでなく、行動を起こした。

 プリメーラが村に災いをもたらす魔女だと吹聴するようになったのである。

 村という小さなコミュニティは、その考えが広がるのにさほどの時間はかからず、やがてプリメーラは村人たちから嫌われるようになった。

 悪意は止まることを知らず、数日後には倉庫と言う名前の牢獄に入れられてしまう。さらには、プリメーラを火炙りにするとか言い出した。

 それほどまでに、老人たちは若い才能を忌み嫌ったのである。プリメーラが余所者というのも気に入らなかったのだろう。

 ああ、これがバカの考え方なのか。

 自分たちの脅威だと思えば、モラルもへったくれもなく殺す。そして、そのことに誰ひとりとして罪悪感を抱かない。

 牢番に聞いた。なぜ殺されるのかと。そしたら『村長が言ったから』と言った。別の牢番に聞いたら『みんなで決めたことだ』と言った。

 そのうちに、育ての両親がきてくれて、これはどういうことなのかと尋ねたら『ごめんね、村のためなの』とか言った――。

 我慢の限界がきたので、牢屋をぶち破って脱走した。そして、村長のところへと問い詰めに行った。

 怒りに身を任せて村長を痛めつけた。殺す理由を聞いたら『村のためなのじゃ』とか言った。

 さらに問い詰めると『村のみんなが決めたこと』とも言った。『みんなが怖がっている』とも言った。

 村のため? みんなで決めた? 村長が言った? みんなが怖がっている?

 ――理由になっていない。

 この村には、本当にプリメーラを殺したい奴がいるのだろうか。本当に、みんながみんな殺したがっているのだろうか。

 村長が言うことは、すべて真実だと思っているのだろうか? みんなが怖がっているのなら、なぜ、そんなにも高圧的なのか。

 結局、こいつらは『雰囲気』という最低最悪の理由でプリメーラを殺そうとしただけ。誰かが言ったから。誰かのために。そんなふわっとした動機。

 誰も悪いとも思っていない。誰も責任があるとも思っていない。ただ、その村の習慣で、みんなが『そう思っているような気がする』という流れが膨れ上がり、プリメーラを糾弾しなければならないと勝手に思い込んでいた。

 ――バーカ。って、思った。

 村長を問い詰めているうちに、屋敷を村人に包囲された。のっぴきならない状況だと思ったのか、火矢が放たれる。

 家が燃えていった。プリメーラは家を飛び出して抵抗した。死人は出さなかったと思う。

 けど、連中は必死だった。魔女だ。厄災だ。やっぱり村長の言ったことは正しかったのだと、叫んでいた。

 ふざけるなって思った。プリメーラは、ただただ自分の身を守っただけだ。

 けど、どうでもよかった。ただ、燃えさかる村は熱かった。瞳からこぼれ落ちる涙も熱かった。

 熱かった。
 熱かった。
 熱かった。
 熱かった――。

「うわぁああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 バネのように上半身を起こすプリメーラ。どうやら悪い夢を見ていたらしい。

 彼女は、ベイルと激戦を繰り広げていたことを思い出す。灼熱のサウナでデスゲームをしていたはず――。だが、瞳に飛びこんできた光景は、座敷……?

「目が覚めたようだな」

「ッ! 勇者ベイルッ!?」

 畳の空間。テーブルを挟んだ対面に座っていたのはベイルだった。何事もなかったかのように新聞を読んでいる。そして、プリメーラはというと、浴衣を着せられて横になっていたようだ。

「落ち着け。もう、ゲームは終わったろ」

 ――ゲーム?
 ……そういえばどうなったのか?

 正直なところ、最後の方は覚えていない。

「わ、私は……なにを――」

 あの時のことを聞く。すると、ベイルはすべてを話してくれた。プリメーラが勝利したことも、隠さずに証言してくれた。

     ☆

「――なるほど。そういうことか」

「勝負はおまえの勝ちだ。俺を殺したかったら好きにすればいい」

 観念するかのような言葉を吐き捨てるベイル。たしかに、この間合いならベイルを殺すことは可能だろう。浴衣というラフな装備だし、ととのっているようにも見えない。

 だが――。

「いや、私の負けだ……」

「暗証番号を打ち込んだのはおまえの方だろう」

「……あれほどの実力差を見せつけられて、勝者を名乗ろうなど思わぬ。私は、おまえの優しさによって、命を助けられただけだ。誰がなんと言おうと、おまえこそが勝者だ」

 完全敗北。
 ああ、完全敗北だ。

 戦争でも実力でもサウナでも精神力でも、完膚なきまでに叩きのめされた。これ以上、足掻いても醜態をさらすだけだろう。

「好きにするがいい。この暗略のプリメーラ。潔く敗者の咎めを受けるとしよう」

「別にいいよ。負けたのは俺だし。これでおまえを殺したら、なんのためのルールかわからないからな」

「もう、魔王軍に居場所などない。戻ったところで、どうせ処刑される身だ」

「なんだよ。住むところないのなら、ここに住めばいいじゃねえか」

「は……?」

 ――ベイルは、なにを言ってるのだ?

「一応、熱波師としては働けるんだろ? だったら、生活には困らないだろうし、殺されに戻ることはねえよ。いずれ、魔王は俺が倒すから、それまでラングリードで暮らせばいいじゃねえか」

「そんなことができるわけないだろう!」

 バン! と、テーブルを叩くプリメーラ。

「なに? 魔王に弱みでも握られてるの?」

「そ、そういうわけでは……」

 弱みではない。ただ、村を追われたプリメーラには居場所がなかった。けど、魔王に拾ってもらうことによって、自分の存在意義を見つけられた。知謀を活かす場所を与えられた。

 魔王軍は合理的だ。才能ある者が支配できる実力社会。ラングリードでもイエンサードでも、支配した地は好きにしてもいいと言ってくれた。

 完全な利害関係。
 完全な実力主義社会。

 それが、魔王軍にあった。合理的なプリメーラからすれば、心地よかったのだ。

 しかし、ベイルもまた合理的ではあった。

 ――殺されに戻るぐらいなら、ここで暮らせばいい。たしかに、その通りだった。

「んじゃ、決まりだな」

「……この私が、町の人に受け入れられるとは思えん」

「それは、プリメーラ次第だろう」

「私……次第?」

「そう簡単には許してくれるとは俺だって思わないけど、おまえぐらい頭が良くて、根性もあれば、なんとかなるんじゃないか?」

「この私が……人間と共に生きるというのか……」

「ま、おまえの自由だ。とりあえず、美味いモノでも食って、それから決めてもいいんじゃないか? 奢るぜ。負けたの俺だし」

 ベイルは手を挙げて店員の注意を引き「おーい、注文してたアレ、頼むわ」と声を飛ばす。

「ここのスイーツは絶品なんだ。せっかくラングリードにきたんだから、食ってけよ」

 しばらくして、割烹着の店員さんが、そのスイーツとやらを運んできてくれる。

「な、なんだこの宝石の塊は――」

 否、宝石の塊などではない。
 これは、イチゴのかき氷だ。

 ベイルが誇らしげに説明する。

「フルーツ割烹イチゴ谷(店の名前)の『全力イチゴかき氷』だ。涼しげなガラス製の器に円形レアチーズケーキを鎮座。そこへ乳脂肪分の高いクリーミーなソフトクリームを聳えさせ、かき氷を被せる。おっと、ただのかき氷じゃあないぜ?」

 かき氷が紅い。どうやら、冷凍したイチゴを削ってふわふわのかき氷を成しているようだ。新雪の積もったゲレンデに夕日が光を浴びせているみたいだった。

「しかも、かき氷には、ところどころホワイトチョコチップがまぶしてある。パリパリ触感が心地よい上に、練乳の甘さをイメージしてつくってあるからイチゴとも相性が抜群」

 さらに、イチゴ白玉にイチゴ大福。水分量の多いかき氷にマッチした菓子。なんという見事な配合――。

「こ、これを食べていいのか」

「いいぜ。イチゴ、好きなんだろ?」

 スプーンを握りしめ、まずはイチゴのかき氷から。

 ――なんという糖度。

 しかも、これは自然の甘さだ。イチゴの豊かな香りが口から鼻へと失踪する。しゃりふわな食感は、ほんの一瞬で口の中へと消えていく。まるで霞を食べているかのようだった。

「美味い……。ラングリードの民は、こんなモノを毎日食べているのかッ?」

「毎日じゃねえよ。ちょっとした贅沢をしたい時のご褒美だよ。夏季限定だし」

 ソフトクリームも食べてみる。なんというなめらかさ。まるでシルクがまとわりついてくるかのような感覚。

 しかも濃厚。脳裏に牛が浮かぶ。まるで、ホルスタインの乳からダイレクトにいただいているかのような贅沢さ。

 イチゴ白玉も絶品。噛めば噛むほどイチゴの甘みが滲み出てくる。なるほど、中にイチゴジャムを封印しているのか。

 イチゴ大福には油断した。中には餡が入っているものかと思いきや、こちらはイチゴの生クリームだ。なるほど、和と思わせておいての洋。小気味よいフェイトからの一撃が、プリメーラの頬を見事に打ち抜く。

 そして、秘められたレアチーズケーキ。爽やかな酸味が口内を駆け抜け、その後に甘さの津波が押し寄せる。『甘』で余韻を終わらせるところが、憎らしい。まさにパーフェクト。マーベラス。

「はあ、はあ……な、ないッ!」

 夢中で食べ過ぎた。気がつけば、一瞬でスイーツが消えていた。かくも腹が減っていたのかとプリメーラは驚愕する。

「な、なんということだ……こんな心を震わせる食べ物があったとは……」

「そこまで言ってくれると、食べさせたかいがあったってもんだ」

 ――ん? ちょっと待て? そういえば、ベイルはさっき『イチゴ、好きなんだろ?』と言っていた。なぜ?

「どうして、私がイチゴ好きだと?」

「メリアが着替えさせた時……その、なんだ……下着がイチゴ柄だったっていうもんだから、きっとイチゴが好きなんだろうと――」

「~~~~~~~~~~~~ッ!」

 赤面するプリメーラ。恥ずかしさのあまり、どうして良いのかわからず、とりあえずテーブルをひっくり返し、座布団で何度も何度もベイルを殴るのだった。
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