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第8話 アットホームな殺し合い
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魔人ヴァルディスと勇者ベイルは、浴衣という名の館内着に着替え、ラングリオンの前にある広場へと足を運んだ。
昼間は露天が多く立ち並ぶそうだが、夕方にもなればそれらは撤去され、広々とした空間が広がっている。人々の往来は多かった。
勇者の喧嘩(?)ということで、大衆は足を止めていた。それらがこの決闘の語り部となるようだ。
――凄まじい力だ。
興奮冷めやらないヴァルディス。いかなる鍛錬でも到達できそうにない境地にいる。おそらく、魔王軍の中でも群を抜いて仕上がっているだろう。
「時間がない。ゆくぞ、ベイル」
「いつでもいいぜ」
ベイルは素手。随分と舐められたものだと思った。だが、生憎と手加減をしてやる気はない。ベイルを殺したのち、ここにいる人間共も皆殺しにしてやろう。
スリッパがめりこむほどの踏み込み――からの急接近。まるで身体が羽のように軽かった。間合いに入った瞬間、拳による連撃を打ち込む。まさに光速。光速の連撃。
だが、なんとベイルは、それらを直立不動のまま、蠅を払いのけるかのように撃ち落としていく。
「ぬぐッ! ならば、これならどうだッ!」
顔面への攻撃を意識させてからのローキック。フェイント気味に放たれたそれは、ベイルのすねへガツンとぶつけられた。
――あれ? ビクともしない? というか、めっちゃ痛くね?
オリハルコンの柱を蹴りつけたかと思った。蹴ったはずの足が骨折するかと思った。ヴァルディスの脚力はドラゴンの尾撃よりも強力。岩石をも砕く威力がある。
いや、ととのっている以上、そんなオリハルコンの柱でも蹴り砕くぐらいの自信があった。なのに、ビクともしないどころか、むしろこちらの脚が粉砕しそうだった。めっちゃ痛い。
「ぬぐふゥゥゥッ! やぁるでわぁないかッ!」
叫ぶことによって痛みをごまかすヴァルディス。
なるほど、さすがはサウナの勇者。ととのうと防御力も上昇するわけか。
ならば、顔面だ。鉄すらも圧縮させる握力で拳を固め、ベイルの顔面めがけて撃ち放つ。
ズガンッ! と、凄まじい音がした。だが、ベイルは微動だにしなかった。代わりに、ヴァルディスの拳がミキュリリリリと悲鳴をあげていた。
そんな拳を、ゆっくりと押しやるベイル。
「ヴァルディス……おまえは強えよ。抑えきれないほどの魔力を見ればわかる。だが。俺はサウナ勇者ベイルだぜ。おまえとは、ととのい方が違うんだ」
――バカなッ。
魔人の力が通用しない?
ととのった状態が通用しない?
ありえない!
「小癪なッ! この俺の魔力を甘く見るなよッ!」
ドゥッ! と、ヴァルディスの右腕に漆黒の炎が帯びる。
奥義・イフリート・メテオ。圧縮された炎が触れるモノすべてを消滅させる究極の一撃。いかにベイルとはいえ、これを食らったらひとたまりもないだろう。
「滅せよッ! 勇者ベイルッ!」
殴りかかったその時だった。
視界が壊れた。
――え?
たぶん、ベイルに顔面を殴られたのだと思う。
うん、陥没するかと思った。っていうか陥没した。めりこんだ。首から上が消し飛んだかと思うほど痛かった。視界が回転した。きっと、殴られた勢いで風車のように回ったんだと思う。
そこへ、ベイルのカカト落としを食らった。腹部へと。めりこませるように。いや、めりこむというか、感覚的には土手っ腹に風穴が開いたんじゃないかってぐらいの威力だった。
「ぐぼぁッ!」
なんという一撃だろうか。
意識が混濁する。
意識が薄れていく。
あっという間の出来事だった。
気がつけば、動けなくなったヴァルディスを、ベイルが見下ろしていた。
☆
「う……ぐ……」
激戦が終わった。いや、激戦といえるだろうか。完全なるワンサイドゲーム。完膚なきまでに叩きのめされた。圧倒的な戦力差。しかも、ベイルは底を見せていない。
ヴァルディスは、スーパー銭湯ラングリオンの店内へと戻され、座敷席に転がされていた。
「目ぇ覚めたか?」
傍らで、勇者ベイルが漫画を読みながら尋ねてきた。
「俺は……負けたのだな」
「ああ」
「…………まさか、貴様のような猛者がこの世に存在するとはな」
「俺のサウナ愛が勝っただけだ」
魔力を飛躍的に向上させるサウナ。これからの時代はサウナを制したものが、世界を制するようになるだろう。もし、人間共の世界でサウナが一般的になれば、魔王軍をも圧倒するに違いない――。
常連やカップル、家族連れの人間共が、アットホームな雰囲気を纏いながら、休息したり、寝転がったり、笑い合ったり、食事をしたりしている空間で、ヴァルディスはポツリとつぶやくように言った。
「……殺せ」
「は?」
「これほど無様に負けておいて、生きながらえる気など毛頭ない。……殺すがいい」
ベイルは漫画を読みながら、吐き捨てる。
「やなこった。無抵抗な奴を殺すなんて趣味、俺にはねえよ」
「なんだと……」
「そもそも、ここは客同士の喧嘩は御法度だ。館内で殺しなんてしたら、出禁にされちまうだろうが。気に入ってんだぞ、ここ」
「ふざけるなッ!」
ヴァルディスは、上半身を起こして声を荒げた。
「静かにしろ。マナーは守れ」
「うぐッ……お、俺は魔王軍の将だぞ! ここで殺さねば、いつか再び貴様の命を狙うことになる。いや、貴様だけではない。民の命を――」
「静かにしろって言ってるだろうが。――おまえの都合なんて知るか。少なくとも、俺は一緒にサウナに入った奴を殺すなんて、気分の悪いことはできねぇんだよ」
そう言って、ベイルは読んでいた漫画をパタンと閉じた。
「メシを奢ってやるから、それ食ったら帰れ」
「メシ……だと?」
「ああ、サウナのあとはメシだ。とびっきりのやつを食わしてやるよ」
昼間は露天が多く立ち並ぶそうだが、夕方にもなればそれらは撤去され、広々とした空間が広がっている。人々の往来は多かった。
勇者の喧嘩(?)ということで、大衆は足を止めていた。それらがこの決闘の語り部となるようだ。
――凄まじい力だ。
興奮冷めやらないヴァルディス。いかなる鍛錬でも到達できそうにない境地にいる。おそらく、魔王軍の中でも群を抜いて仕上がっているだろう。
「時間がない。ゆくぞ、ベイル」
「いつでもいいぜ」
ベイルは素手。随分と舐められたものだと思った。だが、生憎と手加減をしてやる気はない。ベイルを殺したのち、ここにいる人間共も皆殺しにしてやろう。
スリッパがめりこむほどの踏み込み――からの急接近。まるで身体が羽のように軽かった。間合いに入った瞬間、拳による連撃を打ち込む。まさに光速。光速の連撃。
だが、なんとベイルは、それらを直立不動のまま、蠅を払いのけるかのように撃ち落としていく。
「ぬぐッ! ならば、これならどうだッ!」
顔面への攻撃を意識させてからのローキック。フェイント気味に放たれたそれは、ベイルのすねへガツンとぶつけられた。
――あれ? ビクともしない? というか、めっちゃ痛くね?
オリハルコンの柱を蹴りつけたかと思った。蹴ったはずの足が骨折するかと思った。ヴァルディスの脚力はドラゴンの尾撃よりも強力。岩石をも砕く威力がある。
いや、ととのっている以上、そんなオリハルコンの柱でも蹴り砕くぐらいの自信があった。なのに、ビクともしないどころか、むしろこちらの脚が粉砕しそうだった。めっちゃ痛い。
「ぬぐふゥゥゥッ! やぁるでわぁないかッ!」
叫ぶことによって痛みをごまかすヴァルディス。
なるほど、さすがはサウナの勇者。ととのうと防御力も上昇するわけか。
ならば、顔面だ。鉄すらも圧縮させる握力で拳を固め、ベイルの顔面めがけて撃ち放つ。
ズガンッ! と、凄まじい音がした。だが、ベイルは微動だにしなかった。代わりに、ヴァルディスの拳がミキュリリリリと悲鳴をあげていた。
そんな拳を、ゆっくりと押しやるベイル。
「ヴァルディス……おまえは強えよ。抑えきれないほどの魔力を見ればわかる。だが。俺はサウナ勇者ベイルだぜ。おまえとは、ととのい方が違うんだ」
――バカなッ。
魔人の力が通用しない?
ととのった状態が通用しない?
ありえない!
「小癪なッ! この俺の魔力を甘く見るなよッ!」
ドゥッ! と、ヴァルディスの右腕に漆黒の炎が帯びる。
奥義・イフリート・メテオ。圧縮された炎が触れるモノすべてを消滅させる究極の一撃。いかにベイルとはいえ、これを食らったらひとたまりもないだろう。
「滅せよッ! 勇者ベイルッ!」
殴りかかったその時だった。
視界が壊れた。
――え?
たぶん、ベイルに顔面を殴られたのだと思う。
うん、陥没するかと思った。っていうか陥没した。めりこんだ。首から上が消し飛んだかと思うほど痛かった。視界が回転した。きっと、殴られた勢いで風車のように回ったんだと思う。
そこへ、ベイルのカカト落としを食らった。腹部へと。めりこませるように。いや、めりこむというか、感覚的には土手っ腹に風穴が開いたんじゃないかってぐらいの威力だった。
「ぐぼぁッ!」
なんという一撃だろうか。
意識が混濁する。
意識が薄れていく。
あっという間の出来事だった。
気がつけば、動けなくなったヴァルディスを、ベイルが見下ろしていた。
☆
「う……ぐ……」
激戦が終わった。いや、激戦といえるだろうか。完全なるワンサイドゲーム。完膚なきまでに叩きのめされた。圧倒的な戦力差。しかも、ベイルは底を見せていない。
ヴァルディスは、スーパー銭湯ラングリオンの店内へと戻され、座敷席に転がされていた。
「目ぇ覚めたか?」
傍らで、勇者ベイルが漫画を読みながら尋ねてきた。
「俺は……負けたのだな」
「ああ」
「…………まさか、貴様のような猛者がこの世に存在するとはな」
「俺のサウナ愛が勝っただけだ」
魔力を飛躍的に向上させるサウナ。これからの時代はサウナを制したものが、世界を制するようになるだろう。もし、人間共の世界でサウナが一般的になれば、魔王軍をも圧倒するに違いない――。
常連やカップル、家族連れの人間共が、アットホームな雰囲気を纏いながら、休息したり、寝転がったり、笑い合ったり、食事をしたりしている空間で、ヴァルディスはポツリとつぶやくように言った。
「……殺せ」
「は?」
「これほど無様に負けておいて、生きながらえる気など毛頭ない。……殺すがいい」
ベイルは漫画を読みながら、吐き捨てる。
「やなこった。無抵抗な奴を殺すなんて趣味、俺にはねえよ」
「なんだと……」
「そもそも、ここは客同士の喧嘩は御法度だ。館内で殺しなんてしたら、出禁にされちまうだろうが。気に入ってんだぞ、ここ」
「ふざけるなッ!」
ヴァルディスは、上半身を起こして声を荒げた。
「静かにしろ。マナーは守れ」
「うぐッ……お、俺は魔王軍の将だぞ! ここで殺さねば、いつか再び貴様の命を狙うことになる。いや、貴様だけではない。民の命を――」
「静かにしろって言ってるだろうが。――おまえの都合なんて知るか。少なくとも、俺は一緒にサウナに入った奴を殺すなんて、気分の悪いことはできねぇんだよ」
そう言って、ベイルは読んでいた漫画をパタンと閉じた。
「メシを奢ってやるから、それ食ったら帰れ」
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