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第1話 サウナに入るとチート級に強くなる

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 露天風呂エリアのサマーベッドで、俺はくつろいでいた。

 腰には陰部を隠すタオルが一枚。青い空を仰ぐかのように寝転がっている。ほのかに湿る身体を、風が優しく撫でる。晴天の真っ昼間。差し込む太陽も心地よかった。

 あまりの心地よさに「あぁ」と、吐息がこぼれた。

 ――しかし、この騒々しさは如何ともしがたい。

 気分良く、サウナ後の外気浴を楽しんでいるのだが、先程からずっと 俺の耳には戦争の轟音が届けられている。

 露天風呂エリアを囲む壁一枚隔てた向こう側では、兵士たちの鬼気迫る雄々しき叫びと、ドラゴンの咆哮が渦巻いていた。

「弓隊壊滅しました!」
「勇者様はなにをしているッ!」
「大砲部隊を守れ!」
「ぐぁあぁぁぁッ! 逃げろッ!」
「なんという強さッ! これが魔龍の強さかッ」

 ――なんとも騒がしいことだ。

 先程、魔龍と呼ばれるいにしえのドラゴンが攻めてきたらしい。なんでも、単体で国ひとつ滅ぼせるほどの強さだという。

 勇者クラスの人間か、あるいは神器を使いこなせるレベルの人材でなければ、とてもではないが倒すことができない。

 それらの対応をさせられている我が国ラングリードの兵士たちは気の毒である。

 ――まあ、俺には俺の役目がある。もっとリラックスして、この時間を堪能しなければならないのだ。

 そう思っていたのだが、おもむろに扉が開いた。

 髪のない中年――我が国の大臣がズカズカとやってくる。露天風呂エリアを見回し、俺を見つけると、もの凄い剣幕で近寄ってきた。

「勇者ベイルよ! いったいいつまでこのようなことをしている! はやく魔龍を討伐しに行かぬかッ!」

 国家存亡の危機にもかかわらず、くつろぐ俺が気に入らなかったのだろう。だが、それは良くない。俺のサウナを邪魔する奴は誰であろうと許されない。

 その時だった。俺の傍らに佇んでいた女騎士が射殺さんばかりに大臣を睨む。

「大臣! あなたはこの国を滅ぼす気なのですか!」

 そう言って、大臣を派手に突き飛ばした。

「なッ?」

 大臣は、露天風呂へと派手に落下する。水飛沫が周囲一帯に跳ね上がった。

 女騎士の名前はメリア。幼げの残る顔だが、これでもラングリード第二騎士団の団長。煌びやかな黄金色の流れる髪に蒼い瞳。豊満な胸を露出の高い騎士団服がぎゅっと包み込んでいる。彼女の役目は、俺がサウナに入っている間の警護である。

 大臣は、湯面へブクブクと泡を発生させたかと思うと、タコのような頭部をバシャリと出現させる。怒り心頭で、メリアに声を飛ばす。

「なにをするかぁッ! 国家存亡の危機なのだぞ!」

「なにをするかはこっちのセリフです! ベイルくんは、サウナの最中なんですよ! これが、どれだけ大切なことか、大臣ならわかるでしょう!」

「ぬ……ぐ……し、しかしッ!」

「しかし、ではありません! もし、ベイルくんがととのわなかったら、戦争に負けちゃうんですよ! サウナがいかに大切な儀式か、そんなこともわからないのですかッ!」

 怒号を並べるメリア。かわいい顔をしているので『ぷんすか』といった感じで、いまいち怒りが伝わってこないが、言葉の意味は大臣も理解したようだ。

「わ、わかっておる! しかし、兵士たちはもう限界なのだ! こ、このままでは国が滅びるぞ! もう、十分『ととのった』のではないのかッ?」

 ――ととのう。

 この世界には、古くから『サウナ』と呼ばれる伝統の健康法がある。

 100度にもなる密室に数分間滞在したのち、冷水によって全身を冷やす。その後、熱と冷気により、極限まで追い詰められた肉体を外気に数分さらすことによって落ち着かせる。これを3セット繰り返す。

 ――すると、どうなるか?

 究極のリラックスが始まるのだ――。

 強制的に窮地へと追いやることで、脳からアドレナリンが溢れ出す。そこへ、外気浴という超絶気持ちよい空間へと移行することによって、肉体だけが落ち着きを取り戻す。

 脳は暴走しているのに、肉体はリラックス。
 相反する状況が、身体の内部で巻き起こる。
 これが気持ちよい。
 控えめに言っても飛ぶ。トリップする。

 並の人間であれば、高度な健康法。あるいは美容法といった効果しかないだろう。だが、勇者である俺はケタが違う。

 ――全身の細胞が活性化し、魔力がありえないぐらい増幅する。

 そもそも勇者とは、窮地に陥った時こそ、真の力を発揮する。それをサウナによって、肉体を人為的に窮地に陥らせ、強制的に真の力を発揮することができるのである。

 ――すでに、俺は3セット目に入っている。

 あとは外気によって、肉体を落ち着かせるだけ。
 俺は、意識を集中させる。
 否、集中させるのではない。

 ――瞑想だ。

 心も体もフラットに。なにも考えなくていい。感じるままに、気持ちの良いままに、すべてを受け入れるのだ。

 全身が、ふわっとなった。

 ――くるッ!

 まるで綿に包まれた感覚。全身の力が抜け、丹田の奥からぼんやりと多幸感が広がっていく。

 ああ、きっと人が生誕した瞬間というのは、このような感覚だったのだろう。世界が広がり、すべての人間から祝福される愛に満ちた世界。

 ――これぞ、サウナ。
 これぞ、ととのう――。

 脳汁の迸る快楽を堪能した俺は刮目する。
 そして、ゆっくりと立ち上がった。

 メリアも察したのだろう。着替えを差し出してくれた。それを受け取り、バサリと肩へと担ぐ。

「ベイルくん……。いけますか?」

「ああ……ととのった――」

 風呂の中から、大臣が這い上がってくる。額が触れそうなほど顔を近づけると、真剣なまなざしでこう言い放った。

「勇者ベイルよ。貴様のために1時間近くも、ドラゴンを足止めしたのだ。敗北は許されんぞ」

「俺を誰だと思っている。サウナの勇者……ベイル様だぜ?」

 サウナという儀式のために、毎回時間稼ぎをさせてしまうのだけは申し訳ない。よくぞ魔龍とかというバケモノ相手に耐え忍んでくれたと思う。

 まあ、そのぶん結果は出させてもらおう――。

     ☆

 俺は衣服を纏い、城壁へと駆け上がった。

 空を見上げると、巨大な漆黒のドラゴンが一匹。縦横無尽に飛び回っている。露天風呂からも視界には入っていたが、改めて見ると圧巻である。魔法や弓矢で応戦していたようだが、あの規模のドラゴン相手では無意味に等しかっただろう。

 城下町の、あちこちで火の手が上がっている。幸い、市民の避難は済んでいるらしい。まあ、1時間もあったのだ。それぐらいは当然か。

「さて、どうしたものかな」

 このままでは被害が広がるばかり。とりあえず、ドラゴンが城壁の外へと移動したタイミングで、俺は人差し指を高く掲げて振り下ろした。

 すると、空が光り輝いた。数多の光の柱が、ドラゴンめがけて降り注ぐ。

「グゴガァァァァァッ!」

 光を浴びたというよりも、輝く魔力に殴りつけられたと言った表現が似合うだろう。

 光魔法ホーリーアラウンド。

 破壊力を持った光芒が、対象を消滅させる――のだが、さすがはいにしえの魔龍といったところか。思ったよりも外皮が硬く、消滅には至らなかったようだ。魔力が爆ぜて、まるで殴られたかのような衝撃になった。

 魔龍は平原へと不時着。
 大地が揺れた。

「ヌグゥゥゥッ……」

 俺は跳躍し、魔龍の前へと降りて、こう言った。

「――よぉ、ドラゴン。おまえは魔王の命令でやってきたのか?」

「ドラゴンではない……我はダークドラゴンッ! ドラゴン族の中でも、選ばれた種族でぇぇぇえあぁぁぁぁるッ!」

「はいはい、ご立派ご立派。だが、俺相手に勝ち目はないぜ。命だけは助けてやるから、二度と人間を襲うんじゃねえぞ」

「なんだと……! このダークドラゴン様に命令できるのは、魔王様だけだッ! 侮るなよ人間ッ!」

 ダークドラゴンは、よろめくように身体を持ち直すと、大口を開けた。そして、漆黒の火炎を吐いたのだった。

「ぬるいな」

 俺は、右腕を薙ぐように動かした。漆黒の火炎が霧散する。

「な……そんな……わ、我のブレスが、いとも簡単に――」

 ダークドラゴンのブレスは、あらゆる物質を灰に変え、鉄さえも気化させる。だが、ととのった俺には通用しない。いまの俺の肉体は、世界最高峰の魔法耐性を誇っている。

「こんなの、ウチのロウリュウに比べたら、たいしたことないぜ?」

「老龍だと……我の知らぬ種族のドラゴンが、存在するのか?」

 違う。ロウリュウとは、超高温のサウナストーンに水をかけることで水蒸気を発生させる、サウナの楽しみ方のひとつである。蒸気が身体にまとわりつくことで、体感温度が爆増し、発汗を促すことができる。超気持ちいい儀式だ。まあ、ドラゴンに説明してもわからないだろう。

「まあいいや。悪いが、時間が切れる前に決着を付けさせてもらうぜ」

 ととのった状態は、そう長く続かない。30分から1時間。その日のコンディションや、ととのいレベルによってばらつきがある。

 俺は靴底を大地へとめりこませる。土を蹴飛ばすようにダッシュし、ダークドラゴンへと急接近。奴の瞳には、俺の残像しか映らないだろう。

「な……ッ」

 軽く跳躍して、腹部めがけて蹴りを食らわせる。ダークドラゴンの巨体が吹っ飛んでいった。

「ゴバハァッ!」

 俺は天高く跳躍。魔力を構築。巨大な火球を出現させ、魔龍めがけて投げつける。

 魔法エグゾディアン・イフリータ。圧縮された炎塊が、ダークドラゴンに触れた瞬間大爆発を起こす。巨大な火柱が青い空を赤く染めるかのように伸びていった。凄まじい熱波が広がっていく。

「グギャァアァァアアッ!」

 豪炎渦巻く草原を背に、俺は魔龍の結末を見る必要もなく踵を返す。

「お、おお……あのドラゴンを一瞬で……」
「さすがは勇者様……」
「勇者ベイル万歳! 勇者ベイル万歳!」
「ベイル様が、ととのってくださって本当に良かった……」「我々も時間を稼いだかいがあった」「ベイル様がおられたら、この国は安泰だ!」

 城壁では、俺の戦いを眺める兵士たちの姿があった。

 まるで地鳴りのような歓声を浴びながら、俺は城下町へと戻る。

 跳ね橋の向こうの門が開くと、そこにはメリア騎士団長が待機していた。恭しくお辞儀し、彼女は言うのであった。

「ベイルくん、お疲れ様です! 見事な戦いでした」

「ああ」

「この後は、どうしますか?」

「当然、サ飯だろう?」

 サ飯。それはサウナのあとにいただく食事のことである。サウナとは、意外と体力を使うのだ。ゆえに、それを回復するため食事をする必要がある。そうすることで、肉体と心を完全に回復させるのである。
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