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第22話 民族大移動
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時は少し遡る。
カルトナ国。アシュタリッツ平原。
カルトナ軍7万を率いるのは、イシュタリオンの姉。王位継承権第二位マミ・カルトナ。母親譲りの縦ロール。豪奢な馬車で、優雅に扇を仰ぎながら進軍。
本来なら、軍を率いるような立場ではないのだが、女王の許可のもと、大軍を率いてブラフシュヴァリエ討伐を任された。
「おーっほっほっほ。ほーんと、リオン(イシュタリオン)も、たまには良い仕事をしますわぁ。おかげで、ブラフシュヴァリエを楽に手に入れられるのですから」
――王位継承権第二位。
それは、王位を継げないことを意味する。母が死ねば、自然と長女が王位を継承する。最強かつ豊かなカルトナに置いて、長女に一大事があることなど皆無。王位継承権の二位以下は、ほぼほぼ意味を成さない。あくまでスペア。一生スペア。人生最後まで、スペアという生き方を余儀なくされる。
――だが、母上は約束してくださった。ブラフシュヴァリエを滅ぼした暁には、統治を任せると。要するに、ブラフシュヴァリエの女王として君臨していいと仰ってくださった。
カルトナ軍7万に対し、国境を守るブラフシュヴァリエ軍は1万にも満たない。奇襲が功を奏すに違いない。
「ふふ、ブラフシュヴァリエもお馬鹿さんですわねぇ。あなたもそう思わない?」
馬にて併走する女将軍――フレアに問いかける。
「マミ様の仰るとおりでございます。連中はサルも同じ。思考を停止した原始人。頭の中はスライムでも詰まっているのでしょう」
「ですわよね~。ふふ、あなたには期待していますわよ、フレア将軍」
「おまかせくださいませ。我らが女神マミ様に、必ずや勝利を捧げましょう」
黒ボブヘアの男装麗人フレア。紅いバラをマミに向け、凜々しき顔を見せる。同性のマミから見ても格好良い。
「やや! あれに見えるは、ブラフシュヴァリエとの国境! マミ様の歴史を彩る戦場にございます!」
両サイドを岩肌に遮られた谷のような場所。進路を阻むようにつくられた関所が見えてきた。
「脆そうな砦……まさにビスケットでありますな。――マミ様。あのような関所如き、このフレアが木っ端微塵に打ち砕いて見せましょう!」
バラの花を投げ捨て、剣で突く。花弁が舞って、はらはらと大地へ落ちる。謎演出だが、本人が満足げなので放っておこう。
――さて、ここからマミ・カルトナの歴史が始まる。
「ふふっ。お待ちなさい、フレア。まずは、向こうの出方を窺いましょう。使者を送りなさい。おとなしく投稿すれば、命までは取らないと。ブラフシュヴァリエの兵も、いずれは私の民となるのですから」
「なるほど、連中は貴重な資源というわけでございますな」
だが、使者を送る前に、城壁からブラフシュヴァリエの将が姿を見せる。
「これはいったいどういうことか! ここから先は、ブラフシュヴァリエの領土である! 引き返すがいい!」
剛毅に声を張り上げるが、マミは扇の裏で哀れみの笑いをこぼす。
「なにもわかってないようですわねぇ。哀れですこと」
「手を差し伸べる必要もございませんかな?」
「いえ、使者をお出しなさ――」
その時だった。関所の城壁にブラフシュヴァリエの兵たちが、ゾロゾロと姿を見せる。
「――お、思ったよりも数が多い……ですわね。フレア、何人ぐらいいますの?」
「目算ですが、3万はいるかと」
「ど、どういうこと……?」
攻城戦――要するに城や砦に攻撃を仕掛けるのは攻め手が不利になると聞く。戦に明るくないマミでも、それぐらいは聞いたことがあった。しかも、見えている兵だけで3万。控えている兵は、どれほどいるのだろう。というか、手薄になっているのではなかったのか?
フレアが馬を走らせ、城壁の側へと近づいていく。そして、打ち上げるように問うた。
「やや、これはいったいどういうことであるかッ! ブラフシュヴァリエの将よ! なにゆえ、このような兵を用意していたッ!」
「イシュタリオン殿が手紙で教えてくれたのだッ! カルトナに不穏な動きアリとな!」
「り、りおん……が……?」
ポツリとこぼすマミ。
「よって、我々ブラフシュヴァリエは、近隣の諸国や民族から兵を借りて配備しておいたまでよ」
「な、なんと……」
フレアも狼狽する。
「ああ、そうだ! イシュタリオン殿からの伝言を伝える!」
「わ、我らが主はいったいなにをッ?」と、問い返すフレア。
「『世界を守る英雄として命ずる。魔王が討ち取られるその日まで、人間同士の戦争を禁止する。従わぬものは、世界の英雄を敵に回すと思え!』――以上であるッ! ――失せるがいい! 愚かな火事場泥棒、カルトナよ!」
「な、なんということですの……リオンが裏切ったということ?」
困惑しているうちに、フレアが戻ってくる。
「マミ様。どうやら、妹君に読まれていたようですな。あの様子では、他の国とも繋がっております。……ここは諦めて退却した方がよろしいかと」
――退却なんて冗談ではない!
せっかく第二王女という檻から脱却することができると思った。大国を支配できると思った。マミの立場は姉のスペアというだけではない。姉の召使い。姉のご機嫌取り。姉の下僕。姉の盾。身代わり――。マミに発言権などない。どんな意思も行動も、常に母や姉に制限される。
――私には、権力もなければ、イシュタリオンのような強さもない。ここでッ! ここで手に入れなければッ!
「フレアッ! 相手は寄せ集めの軍ッ! 世界最強のカルトナの兵ならば、余裕綽々のぶっちぶちですわッ! 全軍を突撃させなさい!」
「し、しかし、それでは、イシュタリオン様からお叱りを受けるかと。おそらく、勇者フェミルもリーシェも黙ってはいないでしょう」
「構うものですか! 私がブラフシュヴァリエを手に入れた暁には、魔王だろうが勇者だろうが、滅ぼしてやりますわ!」
「無謀でございます! 気をお鎮めください!」
「逆らうと、あなたの首も刎ねますわよ、フレア!」
「ぐ……」
奥歯を噛みしめるフレア。さすがに王族には刃向かえまい。
「やりなさい、フレア。攻撃を開始するのです」
「わ、わかりました……」
フレアが「全軍、進めッ!」と、号令をかける。攻城戦の準備は万端だ。大量の梯子に弓矢。衝車、バリスタなど十分なほどに用意されている。
7万の進軍。それはまさに圧巻。
――これこそが力だ。私には力がある。これだけの兵を使役する権力があったのだ。このまま、ブラフシュヴァリエを攻め滅ぼしたあとは、祖国に対して宣戦布告するのも面白いかもしれない。これだけの軍勢があれば、絶対に負けない。
――さあ、歴史の始まりだ!
「全軍、止まれッ!」
フレアの号令。大軍がピタリと止まる。
「全軍ッ! 武器を置けッ!」
――ん? 武器を置く? どうして? と、マミは思った。
「全軍ッ! 白旗用意ッ! ――掲げッ!」
7万の軍勢が、鎧の中から白旗を取り出す。そして、高らかに掲げだした。なんで、そんなものを用意しているのだろうと、困惑するマミ。
「ブラフシュヴァリエの将軍よッ! 我らがカルトナ軍7万の兵は敗北を宣言する!」
「よかろうッ! 聡明なフレア将軍よッ! 盟友イシュタリオン殿との約束に則って、貴女の投降を受け入れる。――開門せよッ!」
馬車の上から「は、はい……?」と、困惑の文字を落とすマミ。
カルトナ兵たちが、鎧を脱ぎ捨て「ひゃっはー」みたいな感じで、城門へと吸い込まれていく。象の鼻のような吸引力で吸い込まれていく。
それらを眺めて、マミは「どゆこと?」と、こぼした。すると、側近が答えてくれる。
「この展開も、イシュタリオン様が考えておられました。フレア様も、御存じだったわけです……。見事、戦争を回避なさいましたな」
「え……え……?」
要するに7万の兵がすべて裏切ったのである。というか、こうなることを見越して、指示を受けていたのである。
さっきまでマミの手下だったはずの7万の兵が城壁へずらりとならぶ。並びきれないので、組み体操みたいな感じになっている。逆に、マミはポツン。数名の側近と、戦場に取り残されていた。
「こんなことが許されると思ってッ! お母様が知ったら、全員打ち首ですわよッ!」
「その件に関しても、イシュタリオン様は承知で……あの7万の兵は、ブラフシュヴァリエを経由し、クレアドールへと亡命することになっております。ちなみに、あの者たちの家族も今頃は、別ルートで亡命済みにございます」
「か、家族まで……? な、なんでッ? っていうか、なんでみんなリオンに従っているんですのッ?」
「イシュタリオン様は、軍の最高司令官にございます。軍人ならば誰もが、あの御方に心酔しております。イシュタリオン様のためなら、我々は喜んで戦い、喜んで死にましょう。あの御方こそカルトナの英雄。いや、世界の英雄にございます。逆らうことなどできましょうか」
「あ、あなたたち、お母様に逆らうというの……?」
「は。イシュタリオン様の命令とあらば、例え神であろうと反逆致しましょう」
「帰るところがなくなるわよ!?」
「我が魂、イシュタリオン様と共にあり! 我が祖国はイシュタリオン様のいるところにございます」
――アホだ。イシュタリオンもアホだが、配下の連中もアホだった。民もアホだった。完全にアホだった。みんなアホだった。というか、いちばんのアホは母上だろう。そして、嗚呼! 私もアホだった!
「さ、カルトナに戻りましょうか。『取り残されたマミ姉ちゃんが不憫だろうから、城まで送ってやって欲しい』とイシュタリオン様から仰せつかっております。――打ち首になるのは嫌なので、途中まででございますが」
こうして、イシュタリオンの裏工作のおかげで、カルトナとブラフシュヴァリエの戦争は回避されたのであった。
☆
一方その頃。カルトナの城下町。
ことの顛末を知らぬククレ・カルトナ女王は、カルトナの民を奮い立たせるため、城下町へときていた。宝石の散りばめられた鎧に身を包み、武装した馬に乗って雄々しく行進。万が一の時には、女王自ら出陣するという気構えを見せつけるためのパレード。
これから始まる戦争の時代。民は、カルトナの繁栄を期待して、大いに盛り上がる――はずだったのだが――。
「……大臣……なぜ、お付きの者がおらぬのじゃ?」
「ブラフシュヴァリエ侵攻のために人手不足でして……」
「そうか……では、なぜ、民もおらぬのじゃ?」
殺風景な街。捨てられた新聞や枯れ葉が、ガサガサひゅるりと風にのって主張していた。そこに佇むのは、ククレと大臣のふたりだけ。
「た、民を予備兵として派遣したがゆえに、人が少ないのかと……」
ククレの問いに、大臣が困惑気味で返した。
「……予備兵もなにも……子供までおらぬではないか」
まるでゴーストタウン。活気がないというレベルではない。まるで、城下町の人たちが神隠しにでもあったかのようであった。
「面妖じゃな。まあ、戦争中ゆえに仕方あるまいか」
「はあ……しかし、今、他国が攻めてきたら、カルトナは確実に滅びますな……」
☆
上からの命令を忠実に再現し、それを子供にまで実行させる能力。秘密の漏洩など許されることなく、淡々と任務を遂行する。
――それが優秀な軍人。
――そして、カルトナは国民総軍人。
軍人は基本的に直属の上司の命令に従う。現場の判断こそ、最も優先されるべきだと理解している。カルトナの民が従うべきは、王族よりも、最高司令官であるイシュタリオン。彼女こそが従うべき対象。
もちろん、イシュタリオンのカリスマがあったがゆえだ。彼女の命令に従い、民は水面下で行動を起こした。日常を演じながらも、亡命の準備を行った。ククレが仕掛けたと同時に、民はカルトナを脱出。派遣された兵たちも脱出。王族と大臣だけを残して国を去った。
イシュタリオンの指示の下、歴史的民族大移動が行われたのであった――。
カルトナ国。アシュタリッツ平原。
カルトナ軍7万を率いるのは、イシュタリオンの姉。王位継承権第二位マミ・カルトナ。母親譲りの縦ロール。豪奢な馬車で、優雅に扇を仰ぎながら進軍。
本来なら、軍を率いるような立場ではないのだが、女王の許可のもと、大軍を率いてブラフシュヴァリエ討伐を任された。
「おーっほっほっほ。ほーんと、リオン(イシュタリオン)も、たまには良い仕事をしますわぁ。おかげで、ブラフシュヴァリエを楽に手に入れられるのですから」
――王位継承権第二位。
それは、王位を継げないことを意味する。母が死ねば、自然と長女が王位を継承する。最強かつ豊かなカルトナに置いて、長女に一大事があることなど皆無。王位継承権の二位以下は、ほぼほぼ意味を成さない。あくまでスペア。一生スペア。人生最後まで、スペアという生き方を余儀なくされる。
――だが、母上は約束してくださった。ブラフシュヴァリエを滅ぼした暁には、統治を任せると。要するに、ブラフシュヴァリエの女王として君臨していいと仰ってくださった。
カルトナ軍7万に対し、国境を守るブラフシュヴァリエ軍は1万にも満たない。奇襲が功を奏すに違いない。
「ふふ、ブラフシュヴァリエもお馬鹿さんですわねぇ。あなたもそう思わない?」
馬にて併走する女将軍――フレアに問いかける。
「マミ様の仰るとおりでございます。連中はサルも同じ。思考を停止した原始人。頭の中はスライムでも詰まっているのでしょう」
「ですわよね~。ふふ、あなたには期待していますわよ、フレア将軍」
「おまかせくださいませ。我らが女神マミ様に、必ずや勝利を捧げましょう」
黒ボブヘアの男装麗人フレア。紅いバラをマミに向け、凜々しき顔を見せる。同性のマミから見ても格好良い。
「やや! あれに見えるは、ブラフシュヴァリエとの国境! マミ様の歴史を彩る戦場にございます!」
両サイドを岩肌に遮られた谷のような場所。進路を阻むようにつくられた関所が見えてきた。
「脆そうな砦……まさにビスケットでありますな。――マミ様。あのような関所如き、このフレアが木っ端微塵に打ち砕いて見せましょう!」
バラの花を投げ捨て、剣で突く。花弁が舞って、はらはらと大地へ落ちる。謎演出だが、本人が満足げなので放っておこう。
――さて、ここからマミ・カルトナの歴史が始まる。
「ふふっ。お待ちなさい、フレア。まずは、向こうの出方を窺いましょう。使者を送りなさい。おとなしく投稿すれば、命までは取らないと。ブラフシュヴァリエの兵も、いずれは私の民となるのですから」
「なるほど、連中は貴重な資源というわけでございますな」
だが、使者を送る前に、城壁からブラフシュヴァリエの将が姿を見せる。
「これはいったいどういうことか! ここから先は、ブラフシュヴァリエの領土である! 引き返すがいい!」
剛毅に声を張り上げるが、マミは扇の裏で哀れみの笑いをこぼす。
「なにもわかってないようですわねぇ。哀れですこと」
「手を差し伸べる必要もございませんかな?」
「いえ、使者をお出しなさ――」
その時だった。関所の城壁にブラフシュヴァリエの兵たちが、ゾロゾロと姿を見せる。
「――お、思ったよりも数が多い……ですわね。フレア、何人ぐらいいますの?」
「目算ですが、3万はいるかと」
「ど、どういうこと……?」
攻城戦――要するに城や砦に攻撃を仕掛けるのは攻め手が不利になると聞く。戦に明るくないマミでも、それぐらいは聞いたことがあった。しかも、見えている兵だけで3万。控えている兵は、どれほどいるのだろう。というか、手薄になっているのではなかったのか?
フレアが馬を走らせ、城壁の側へと近づいていく。そして、打ち上げるように問うた。
「やや、これはいったいどういうことであるかッ! ブラフシュヴァリエの将よ! なにゆえ、このような兵を用意していたッ!」
「イシュタリオン殿が手紙で教えてくれたのだッ! カルトナに不穏な動きアリとな!」
「り、りおん……が……?」
ポツリとこぼすマミ。
「よって、我々ブラフシュヴァリエは、近隣の諸国や民族から兵を借りて配備しておいたまでよ」
「な、なんと……」
フレアも狼狽する。
「ああ、そうだ! イシュタリオン殿からの伝言を伝える!」
「わ、我らが主はいったいなにをッ?」と、問い返すフレア。
「『世界を守る英雄として命ずる。魔王が討ち取られるその日まで、人間同士の戦争を禁止する。従わぬものは、世界の英雄を敵に回すと思え!』――以上であるッ! ――失せるがいい! 愚かな火事場泥棒、カルトナよ!」
「な、なんということですの……リオンが裏切ったということ?」
困惑しているうちに、フレアが戻ってくる。
「マミ様。どうやら、妹君に読まれていたようですな。あの様子では、他の国とも繋がっております。……ここは諦めて退却した方がよろしいかと」
――退却なんて冗談ではない!
せっかく第二王女という檻から脱却することができると思った。大国を支配できると思った。マミの立場は姉のスペアというだけではない。姉の召使い。姉のご機嫌取り。姉の下僕。姉の盾。身代わり――。マミに発言権などない。どんな意思も行動も、常に母や姉に制限される。
――私には、権力もなければ、イシュタリオンのような強さもない。ここでッ! ここで手に入れなければッ!
「フレアッ! 相手は寄せ集めの軍ッ! 世界最強のカルトナの兵ならば、余裕綽々のぶっちぶちですわッ! 全軍を突撃させなさい!」
「し、しかし、それでは、イシュタリオン様からお叱りを受けるかと。おそらく、勇者フェミルもリーシェも黙ってはいないでしょう」
「構うものですか! 私がブラフシュヴァリエを手に入れた暁には、魔王だろうが勇者だろうが、滅ぼしてやりますわ!」
「無謀でございます! 気をお鎮めください!」
「逆らうと、あなたの首も刎ねますわよ、フレア!」
「ぐ……」
奥歯を噛みしめるフレア。さすがに王族には刃向かえまい。
「やりなさい、フレア。攻撃を開始するのです」
「わ、わかりました……」
フレアが「全軍、進めッ!」と、号令をかける。攻城戦の準備は万端だ。大量の梯子に弓矢。衝車、バリスタなど十分なほどに用意されている。
7万の進軍。それはまさに圧巻。
――これこそが力だ。私には力がある。これだけの兵を使役する権力があったのだ。このまま、ブラフシュヴァリエを攻め滅ぼしたあとは、祖国に対して宣戦布告するのも面白いかもしれない。これだけの軍勢があれば、絶対に負けない。
――さあ、歴史の始まりだ!
「全軍、止まれッ!」
フレアの号令。大軍がピタリと止まる。
「全軍ッ! 武器を置けッ!」
――ん? 武器を置く? どうして? と、マミは思った。
「全軍ッ! 白旗用意ッ! ――掲げッ!」
7万の軍勢が、鎧の中から白旗を取り出す。そして、高らかに掲げだした。なんで、そんなものを用意しているのだろうと、困惑するマミ。
「ブラフシュヴァリエの将軍よッ! 我らがカルトナ軍7万の兵は敗北を宣言する!」
「よかろうッ! 聡明なフレア将軍よッ! 盟友イシュタリオン殿との約束に則って、貴女の投降を受け入れる。――開門せよッ!」
馬車の上から「は、はい……?」と、困惑の文字を落とすマミ。
カルトナ兵たちが、鎧を脱ぎ捨て「ひゃっはー」みたいな感じで、城門へと吸い込まれていく。象の鼻のような吸引力で吸い込まれていく。
それらを眺めて、マミは「どゆこと?」と、こぼした。すると、側近が答えてくれる。
「この展開も、イシュタリオン様が考えておられました。フレア様も、御存じだったわけです……。見事、戦争を回避なさいましたな」
「え……え……?」
要するに7万の兵がすべて裏切ったのである。というか、こうなることを見越して、指示を受けていたのである。
さっきまでマミの手下だったはずの7万の兵が城壁へずらりとならぶ。並びきれないので、組み体操みたいな感じになっている。逆に、マミはポツン。数名の側近と、戦場に取り残されていた。
「こんなことが許されると思ってッ! お母様が知ったら、全員打ち首ですわよッ!」
「その件に関しても、イシュタリオン様は承知で……あの7万の兵は、ブラフシュヴァリエを経由し、クレアドールへと亡命することになっております。ちなみに、あの者たちの家族も今頃は、別ルートで亡命済みにございます」
「か、家族まで……? な、なんでッ? っていうか、なんでみんなリオンに従っているんですのッ?」
「イシュタリオン様は、軍の最高司令官にございます。軍人ならば誰もが、あの御方に心酔しております。イシュタリオン様のためなら、我々は喜んで戦い、喜んで死にましょう。あの御方こそカルトナの英雄。いや、世界の英雄にございます。逆らうことなどできましょうか」
「あ、あなたたち、お母様に逆らうというの……?」
「は。イシュタリオン様の命令とあらば、例え神であろうと反逆致しましょう」
「帰るところがなくなるわよ!?」
「我が魂、イシュタリオン様と共にあり! 我が祖国はイシュタリオン様のいるところにございます」
――アホだ。イシュタリオンもアホだが、配下の連中もアホだった。民もアホだった。完全にアホだった。みんなアホだった。というか、いちばんのアホは母上だろう。そして、嗚呼! 私もアホだった!
「さ、カルトナに戻りましょうか。『取り残されたマミ姉ちゃんが不憫だろうから、城まで送ってやって欲しい』とイシュタリオン様から仰せつかっております。――打ち首になるのは嫌なので、途中まででございますが」
こうして、イシュタリオンの裏工作のおかげで、カルトナとブラフシュヴァリエの戦争は回避されたのであった。
☆
一方その頃。カルトナの城下町。
ことの顛末を知らぬククレ・カルトナ女王は、カルトナの民を奮い立たせるため、城下町へときていた。宝石の散りばめられた鎧に身を包み、武装した馬に乗って雄々しく行進。万が一の時には、女王自ら出陣するという気構えを見せつけるためのパレード。
これから始まる戦争の時代。民は、カルトナの繁栄を期待して、大いに盛り上がる――はずだったのだが――。
「……大臣……なぜ、お付きの者がおらぬのじゃ?」
「ブラフシュヴァリエ侵攻のために人手不足でして……」
「そうか……では、なぜ、民もおらぬのじゃ?」
殺風景な街。捨てられた新聞や枯れ葉が、ガサガサひゅるりと風にのって主張していた。そこに佇むのは、ククレと大臣のふたりだけ。
「た、民を予備兵として派遣したがゆえに、人が少ないのかと……」
ククレの問いに、大臣が困惑気味で返した。
「……予備兵もなにも……子供までおらぬではないか」
まるでゴーストタウン。活気がないというレベルではない。まるで、城下町の人たちが神隠しにでもあったかのようであった。
「面妖じゃな。まあ、戦争中ゆえに仕方あるまいか」
「はあ……しかし、今、他国が攻めてきたら、カルトナは確実に滅びますな……」
☆
上からの命令を忠実に再現し、それを子供にまで実行させる能力。秘密の漏洩など許されることなく、淡々と任務を遂行する。
――それが優秀な軍人。
――そして、カルトナは国民総軍人。
軍人は基本的に直属の上司の命令に従う。現場の判断こそ、最も優先されるべきだと理解している。カルトナの民が従うべきは、王族よりも、最高司令官であるイシュタリオン。彼女こそが従うべき対象。
もちろん、イシュタリオンのカリスマがあったがゆえだ。彼女の命令に従い、民は水面下で行動を起こした。日常を演じながらも、亡命の準備を行った。ククレが仕掛けたと同時に、民はカルトナを脱出。派遣された兵たちも脱出。王族と大臣だけを残して国を去った。
イシュタリオンの指示の下、歴史的民族大移動が行われたのであった――。
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順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。
そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。
仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。
その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。
勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。
ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。
魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。
そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。
事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。
その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。
追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。
これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。
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【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
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「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
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