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第89話 上司と部下の楽しい面談-別視点-2
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「それからカイアス、お前にはどうしても聞いておかねばならぬことがある」
いまだ真剣な面持ちのグレイオス様から、そう言われた俺は緊張しながら聞き返す。
「なんでしょうか」
「……リアとの進展はあったか?」
…………真顔で何を言っているのだろうか、このオッサンは。
あっいや、間違えた、仮にも王にこれはマズい。うん、俺は何も思ってないです。思ってない。
「えー、何を仰っているのか理解しかねます」
「何ってそりゃー、恋愛関係的なアレに決まってるだろ?」
俺が聞き返すとグレイオス様は、ピンと人差し指を立てながら笑顔でそう言った。そこにはもう、先程までの真面目だった陛下の面影など存在しない。
……やっぱり、このオッサンはもうダメかもしれない。
「ほらっ異国の地で若い男女が二人、何も起らないはずがなく……」
「いや、お言葉ですが割と普段から二人で過ごしているのですが……異国の地はともかくとして」
俺がそっと反論すると、グレイオス様は「はぁ!?」と言いながら椅子を立ち上がり身を乗り出してきた。
いや、落ち着いてくれませんかね……。
「そこは何か起こせよカイくんっ!!」
「あの、だからカイくんは止めてくださいと……」
「んなことは、どうでもいいんだよ」
そう乱暴に言いながら、椅子へ座り直すグレイオス様。
この話題になってから正直、王族としてどうなのかという言動が続いているが……まぁ、普段からプライベートだと割とこうだし、今更どうと言うこともないか。
ただ絡まれてる対象が自分なのが、ひたすら面倒くさいがな!? 本当に止めて欲しい……。
「せっかく二人っきり、しかもいつもと違うシチュエーションだというのに……何もないとはどういうことだ?」
さっき俺を試した時とは別の意味で、鋭い目つきをこちらに向けてくるグレイオス様。
「どういうことだと言われましても……」
「このヘタレ、甲斐性なし!!」
「いや、あの……」
「髪の毛真っ赤っかっ!! 万年片想い拗らせ男っっ!!」
「その罵倒は一体どういうことなんですかね……!?」
流石にツッコミどころがありすぎて、俺は思わずそう叫んでしまった。
だって罵倒みたいな流れで入れてるけど、髪色に関してはただの事実だからな? あと万年片想い拗らせ男って……。
するとグレイオス様は、わざとらしい大きなため息を付きながら「言葉通りだが?」と俺に呆れたような目を向けてきた。
なんか所々イラッとするな……。
「いつかの剣術大会で……好きな子に良いところを見せるため、張り切って優勝したと言うのに、それを素直に伝えられず『これ要らないからやる』などと言って、優勝トロフィーを押しつけるように渡したとか?」
「うっ」
そ、その件は自分でも、特にやらかしたと思ってるけども……!!
「むしろ、それを拗らせてると言わずに、なんて言うのだか聞きたい」
「いや、あれは……」
俺が反射的にそう言うと、そこでグレイオス様は目を細めてすかさず「あれは……なんだ?」と、問い詰めるような口調で聞き返してきた。
あ、まずい……。
「いえ、やはりなんでもないです……!!」
「いやいや、なんでもないことはないだろう……遠慮せずに言ってみろ?」
そう言って俺を見据えるグレイオス様は、一見笑顔ではあるものの、その目は鋭く、逃がす気はないと告げている。
…………はぁ、これは観念するしかなさそうだな。
「一度お話したかも知れませんが……以前自分としては、かなり思い切った告白のようなことをしたことがありましてね」
「ああ、聞いたな……今までに無いくらい、リアから本気で体調を心配された話」
『カイくんどうしたの!? ね、熱……? 病気、何か変なものを食べた? それとも精神干渉系の術でも掛けられた? 待ってて、私が絶対にどうにかするから……!!』
リアのおかしさには十分なれているはずなのに、あの時ほどアイツの言動で、精神的苦痛を感じたことは後にも先にもない……。
お陰で今でも思い出すだけで、軽い目眩がする。
「そしてその出来事が、あの時の頭によぎってしまいまして……つい、あんな風に」
俺だって元々は、もっと気の利いたことを言うつもりだった。
確かに格好着けるのは、柄ではないけども……これが良い機会だとは分かってはいた。
だけど、あのときのアイツが……。
『カイくん、おめでとう凄く格好良かったよ!!』
『ああ、ありがとう……』
『そうそう、ちょうど近くに居た女の子たちも、格好いいってキャーキャー言ってたよ!!』
『……は?』
『カイアス様の対戦中の鋭い目付きが素敵!!その目で私のことも睨んでっっ!!だって、よかったね』
『…………』
いやいや『だって、よかったね』じゃねぇよ、お前の感想はどうした!?
せっかく二人っきりの場面で、その話題は流石に無神経だろうが……!! もしかして多少空気作りもしたつもりだったんだけど、気づかなかったか!?
……うん、気付かなかったんだろうな。
知ってるよ、だってリアだもんな……だけどさ、このやるせなさをどうすればいいんだよ!! そりゃ、顔を逸らしてトロフィーを押し付けたくもなるだろう……!?
そんなこんなで、俺が色々なことを思い出して悶々としていたところ……。
「なんだ、そんなことか」
さも何でもないことのように、グレイオス様は俺にそう言い放った。
は……はぁっ!?
「そんなことじゃありませんけどもっ!? おれ、いや、私のことを想像してみて下さいよ!!」
この物言いは明らかに不敬に当たるが、流石に俺も我慢できずそう言ってしまった。
しかしグレイオス様はそんなこと気に留めた風もなく、こう返してきた。
「実は以前その話を聞いた後、その場面を想像したことがあってな……まぁ、大爆笑したぞ」
「…………」
「いやはや、愉快な時間をどうもありがとう」
「はい……」
グレイオス様に『俺の気持ちを想像して欲しい』ということ自体が間違いだったな。
冷静に考えると、この人は俺をからかうことを楽しんでる節があるので、結果は予想出来たことではあるが……。
本当にこのオッサン、いい加減にしてくれねぇかなっ!?
「ところで話しは変わるがカイアス……」
「はい?」
ん、今度はなんのつもりだ…… 。
「我が国には、王族に対して虚言を弄した場合に、処罰できる法があるのは知っているな?」
「はい」
頷きながらも、俺の脳裏には疑問が浮かぶ。
なぜ、わざわざ急に法律の話を……?
「その罰の程度は、虚言の内容にもよるがな……さて、実はここで、私に対して数年間に渡り、嘘を付いてる不埒な輩がいるとしよう」
あ、これはまさか……。
「その者は、ある事柄を実行すると言いながら、実際にはそれをしないでいる……これは国王である私への挑発行為と、捉えるべきだと思うか?」
「いえっっ!! 申し訳ありません、決してそんなつもりはございません……!!」
あえて遠回しに俺のことを言ってるんじゃねぇか!?
「はははっ、その様子なら自分の発言を覚えているようだな、安心したぞ?」
「…………」
くっ、全面的に俺が悪いんだけど、なんとまた性格の悪い……!!
「そう、あれは今から4年前……当時から可愛がっていたお前に、リアとの婚約話を初めてした時のことだったな」
内心で悪態を吐く俺に反して、非常に上機嫌なグレイオス様は、一人で勝手に《あの時》の話を始めたのであった。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
『実はお前とリア…… うちのリリアーナとの婚約を結ぼうと考えている』
『それについて、本人……いえ、姫様は知っておられるのですか?』
『いや、まだ話してはいない。最近のアイツは、なかなか捕まりづらくてな……まったくどうして、ああなったのだか』
『っっ!! それならば、私から無礼であることは重々承知でお願いがございます……!!』
『ふむ……なんだ言ってみろ』
『……私は姫様をお慕いしております』
『ならば、この婚約もお前にとって悪い話ではあるまい?』
『はい、ですが……その婚約は自分から姫様に想いを伝えた上で、結ばせて頂きたいと思っているのです』
『ほぅ、家同士の取り決めである婚約に、私情を挟むというのか? 好意を伝えるなんて、別に婚約後でも構わないと言うのにか?』
『…………』
『とまぁそれが一般論ではあるが……個人的には、そういうことも嫌いではない。いいだろうお前を待とう』
『心より感謝申し上げます!!』
『なに、アイツの婚約自体今更で、多少遅らせても構わない話だからな……何より、娘には幸せになって欲しいと思っている、カイアスお前なら期待に答えてくれるのだろう?』
『はい、必ずや……!!』
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「そして、俺はお前の条件を飲んだわけだが……ところで待つというのは、いつまでになるんだろうな?」
一通り話を終えたグレイオス様は、半笑いに暗くじっとりとした目でこちらを見つめてくる。
あ、地味に怒っていらっしゃる……!!
「それについては、本当に申し訳ございませんっっ!!」
俺は慌てて頭を下げようとした。が、それをグレイオス様は手で制して「別に謝る必要などない」と笑顔で告げ、そこから更にこう続けた。
「その代わりサッサと告白してくれないか、なんなら今すぐに」
そしてズバッと鋭く返された、その言葉に俺は「えっと、それは」とつい言葉に詰まってしまった。
その様子を見たグレイオス様は、やれやれとでも言いたげに首を振って深いため息を付いた。
なんだろう、地味にイラッとするこの反応は……確かに俺が悪いのだけど、あまりにイラッとするのでちょっと殴りたい。
「カイアス……確かにお前が、ヘタレで天邪鬼で甲斐性なしの恋愛下手なのはよく分かっている」
ぐっ!? 言い草がさっきより、更に悪化している……!!
まぁ全面的に俺が悪いのは分かっているが、それはそれとしてイライラする!!
このオッサン本当にいちいち言動がイライラする……!!
「だが、うちのリアはそれ以上に鈍感で、遠回しなアプローチはほぼ意味をなさないと考えた方がいい」
「はい、それはよく分かっております……」
何を今更言ってるんだろうと思いつつ、俺はそんなことを語り出したグレイオス様に頷く。
「なんなら直接的な表現でも、十回目くらいで『あれ、これってもしかしたら』と考え出すレベルだと思え」
「はい、わかって……いや、そこまでですか!?」
途中まで頷き掛けて、俺は思わずツッコミを入れた。対してグレイオス様は「ああ、そこまでだ」と大仰に頷いた。
「そもそもあの子は、昔から自分に向けられる、否定的な感情ならそこそこ察するが、好意的な感情にはかなり疎い……更に恋愛感情に関しては、自分と無縁なモノと考えているので、アチラから察してくれる可能性はまずないと考えた方がいい」
「は、え?」
ここに来てグレイオス様から与えられた衝撃的な情報に、俺の中で大きな動揺が走る。
だ、だからアレもコレもダメだったのか……!! 今までの俺の苦労は一体!?
ん……じゃあ待てよ?
「それが分かってるなら、なぜ今までそれを教えてくれなかったのですかね……?」
そもそもグレイオス様は、向こうから定期的に俺の進展具合を聞き出そうとしてくるので、不本意ではあるが俺の状況についてよく把握してるはずだった。
なのになんで、今更……。
「実は明らかに失敗する方向へ進んで、足掻くカイアスの姿が楽しくてな……つい黙っていた」
「ぐ、グレイオス様!?」
「ああ、お前の失敗談を肴に飲む酒は美味かったよ」
この人、本当に何してくれてるの!? というか、人の失敗談の使い方が酷すぎる……!!
「はははっというわけで、そろそろ流石に可哀想かと思って、心優しい俺が親切にも答えを教えてやったワケだな~ 感謝しろよ?」
「いや、あまり優しいとは思えないのですが……!?」
そもそもわざわざ黙っておいて、感謝しろよってのおかしいだろうが!?
本当にこの人はっっ!!
「でも実際、ほんの少しは、カイアスの自力でどうにかなるんじゃないかと思ってた部分もある……ああ、ほんの少しはな」
「それは、ほぼダメだと思っていたって事ですよね……?」
俺がそう聞き返すとグレイオス様はただ静かに笑顔を返してきた。
こ、このオッサンは……!!
「とりあえず、十回告白してうち九回は冗談扱いされるつもりでいけ。あと告白した後に、茶化したり誤魔化したりしたら絶対にダメだからな」
「九回はダメって、流石に俺の精神的負担が大きすぎませんかね!?」
「だって仕方ないだろう? お前の普段の言動の積み重ねのせいで、それくらいしないとまともに告白として受け取って貰えない可能性が高いのだから」
「うっ」
それを言われてしまったら、なんとも言えない……。
元を辿れば俺が長年リアをからかい続けたせいで、真面目な告白を信じて貰いづらくなっていることは自分でも分かっている。
「だからこそ、今回のこれはチャンスだ。いつもとは違う場所にシチュエーション、それとなくいい感じに普段は出せない特別感を演出して、どうにかアプローチするんだ!!」
「ですが、そんなに上手くいきますかね……」
「少なくとも何もしなければ、何も起こらないのは確かだ」
「……はい」
流石にそれに対しては、俺もなんの反論もできないのでただ頷いた。
確かに自ら何か行動を起こさない限りは、リアとの関係性に進展はないだろうな。
まぁ今までも色々自分から動いて、惨敗しまくってはいたが……今度こそは。
「頑張れカイくん、負けるなカイくん!! カイくんならきっとできる!!」
「だから、カイくんと呼ぶのは止めて頂けますかね!?」
でも何故だろう、この人に応援されているだけで失敗しそうな予感しかないのは……。
いまだ真剣な面持ちのグレイオス様から、そう言われた俺は緊張しながら聞き返す。
「なんでしょうか」
「……リアとの進展はあったか?」
…………真顔で何を言っているのだろうか、このオッサンは。
あっいや、間違えた、仮にも王にこれはマズい。うん、俺は何も思ってないです。思ってない。
「えー、何を仰っているのか理解しかねます」
「何ってそりゃー、恋愛関係的なアレに決まってるだろ?」
俺が聞き返すとグレイオス様は、ピンと人差し指を立てながら笑顔でそう言った。そこにはもう、先程までの真面目だった陛下の面影など存在しない。
……やっぱり、このオッサンはもうダメかもしれない。
「ほらっ異国の地で若い男女が二人、何も起らないはずがなく……」
「いや、お言葉ですが割と普段から二人で過ごしているのですが……異国の地はともかくとして」
俺がそっと反論すると、グレイオス様は「はぁ!?」と言いながら椅子を立ち上がり身を乗り出してきた。
いや、落ち着いてくれませんかね……。
「そこは何か起こせよカイくんっ!!」
「あの、だからカイくんは止めてくださいと……」
「んなことは、どうでもいいんだよ」
そう乱暴に言いながら、椅子へ座り直すグレイオス様。
この話題になってから正直、王族としてどうなのかという言動が続いているが……まぁ、普段からプライベートだと割とこうだし、今更どうと言うこともないか。
ただ絡まれてる対象が自分なのが、ひたすら面倒くさいがな!? 本当に止めて欲しい……。
「せっかく二人っきり、しかもいつもと違うシチュエーションだというのに……何もないとはどういうことだ?」
さっき俺を試した時とは別の意味で、鋭い目つきをこちらに向けてくるグレイオス様。
「どういうことだと言われましても……」
「このヘタレ、甲斐性なし!!」
「いや、あの……」
「髪の毛真っ赤っかっ!! 万年片想い拗らせ男っっ!!」
「その罵倒は一体どういうことなんですかね……!?」
流石にツッコミどころがありすぎて、俺は思わずそう叫んでしまった。
だって罵倒みたいな流れで入れてるけど、髪色に関してはただの事実だからな? あと万年片想い拗らせ男って……。
するとグレイオス様は、わざとらしい大きなため息を付きながら「言葉通りだが?」と俺に呆れたような目を向けてきた。
なんか所々イラッとするな……。
「いつかの剣術大会で……好きな子に良いところを見せるため、張り切って優勝したと言うのに、それを素直に伝えられず『これ要らないからやる』などと言って、優勝トロフィーを押しつけるように渡したとか?」
「うっ」
そ、その件は自分でも、特にやらかしたと思ってるけども……!!
「むしろ、それを拗らせてると言わずに、なんて言うのだか聞きたい」
「いや、あれは……」
俺が反射的にそう言うと、そこでグレイオス様は目を細めてすかさず「あれは……なんだ?」と、問い詰めるような口調で聞き返してきた。
あ、まずい……。
「いえ、やはりなんでもないです……!!」
「いやいや、なんでもないことはないだろう……遠慮せずに言ってみろ?」
そう言って俺を見据えるグレイオス様は、一見笑顔ではあるものの、その目は鋭く、逃がす気はないと告げている。
…………はぁ、これは観念するしかなさそうだな。
「一度お話したかも知れませんが……以前自分としては、かなり思い切った告白のようなことをしたことがありましてね」
「ああ、聞いたな……今までに無いくらい、リアから本気で体調を心配された話」
『カイくんどうしたの!? ね、熱……? 病気、何か変なものを食べた? それとも精神干渉系の術でも掛けられた? 待ってて、私が絶対にどうにかするから……!!』
リアのおかしさには十分なれているはずなのに、あの時ほどアイツの言動で、精神的苦痛を感じたことは後にも先にもない……。
お陰で今でも思い出すだけで、軽い目眩がする。
「そしてその出来事が、あの時の頭によぎってしまいまして……つい、あんな風に」
俺だって元々は、もっと気の利いたことを言うつもりだった。
確かに格好着けるのは、柄ではないけども……これが良い機会だとは分かってはいた。
だけど、あのときのアイツが……。
『カイくん、おめでとう凄く格好良かったよ!!』
『ああ、ありがとう……』
『そうそう、ちょうど近くに居た女の子たちも、格好いいってキャーキャー言ってたよ!!』
『……は?』
『カイアス様の対戦中の鋭い目付きが素敵!!その目で私のことも睨んでっっ!!だって、よかったね』
『…………』
いやいや『だって、よかったね』じゃねぇよ、お前の感想はどうした!?
せっかく二人っきりの場面で、その話題は流石に無神経だろうが……!! もしかして多少空気作りもしたつもりだったんだけど、気づかなかったか!?
……うん、気付かなかったんだろうな。
知ってるよ、だってリアだもんな……だけどさ、このやるせなさをどうすればいいんだよ!! そりゃ、顔を逸らしてトロフィーを押し付けたくもなるだろう……!?
そんなこんなで、俺が色々なことを思い出して悶々としていたところ……。
「なんだ、そんなことか」
さも何でもないことのように、グレイオス様は俺にそう言い放った。
は……はぁっ!?
「そんなことじゃありませんけどもっ!? おれ、いや、私のことを想像してみて下さいよ!!」
この物言いは明らかに不敬に当たるが、流石に俺も我慢できずそう言ってしまった。
しかしグレイオス様はそんなこと気に留めた風もなく、こう返してきた。
「実は以前その話を聞いた後、その場面を想像したことがあってな……まぁ、大爆笑したぞ」
「…………」
「いやはや、愉快な時間をどうもありがとう」
「はい……」
グレイオス様に『俺の気持ちを想像して欲しい』ということ自体が間違いだったな。
冷静に考えると、この人は俺をからかうことを楽しんでる節があるので、結果は予想出来たことではあるが……。
本当にこのオッサン、いい加減にしてくれねぇかなっ!?
「ところで話しは変わるがカイアス……」
「はい?」
ん、今度はなんのつもりだ…… 。
「我が国には、王族に対して虚言を弄した場合に、処罰できる法があるのは知っているな?」
「はい」
頷きながらも、俺の脳裏には疑問が浮かぶ。
なぜ、わざわざ急に法律の話を……?
「その罰の程度は、虚言の内容にもよるがな……さて、実はここで、私に対して数年間に渡り、嘘を付いてる不埒な輩がいるとしよう」
あ、これはまさか……。
「その者は、ある事柄を実行すると言いながら、実際にはそれをしないでいる……これは国王である私への挑発行為と、捉えるべきだと思うか?」
「いえっっ!! 申し訳ありません、決してそんなつもりはございません……!!」
あえて遠回しに俺のことを言ってるんじゃねぇか!?
「はははっ、その様子なら自分の発言を覚えているようだな、安心したぞ?」
「…………」
くっ、全面的に俺が悪いんだけど、なんとまた性格の悪い……!!
「そう、あれは今から4年前……当時から可愛がっていたお前に、リアとの婚約話を初めてした時のことだったな」
内心で悪態を吐く俺に反して、非常に上機嫌なグレイオス様は、一人で勝手に《あの時》の話を始めたのであった。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
『実はお前とリア…… うちのリリアーナとの婚約を結ぼうと考えている』
『それについて、本人……いえ、姫様は知っておられるのですか?』
『いや、まだ話してはいない。最近のアイツは、なかなか捕まりづらくてな……まったくどうして、ああなったのだか』
『っっ!! それならば、私から無礼であることは重々承知でお願いがございます……!!』
『ふむ……なんだ言ってみろ』
『……私は姫様をお慕いしております』
『ならば、この婚約もお前にとって悪い話ではあるまい?』
『はい、ですが……その婚約は自分から姫様に想いを伝えた上で、結ばせて頂きたいと思っているのです』
『ほぅ、家同士の取り決めである婚約に、私情を挟むというのか? 好意を伝えるなんて、別に婚約後でも構わないと言うのにか?』
『…………』
『とまぁそれが一般論ではあるが……個人的には、そういうことも嫌いではない。いいだろうお前を待とう』
『心より感謝申し上げます!!』
『なに、アイツの婚約自体今更で、多少遅らせても構わない話だからな……何より、娘には幸せになって欲しいと思っている、カイアスお前なら期待に答えてくれるのだろう?』
『はい、必ずや……!!』
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
「そして、俺はお前の条件を飲んだわけだが……ところで待つというのは、いつまでになるんだろうな?」
一通り話を終えたグレイオス様は、半笑いに暗くじっとりとした目でこちらを見つめてくる。
あ、地味に怒っていらっしゃる……!!
「それについては、本当に申し訳ございませんっっ!!」
俺は慌てて頭を下げようとした。が、それをグレイオス様は手で制して「別に謝る必要などない」と笑顔で告げ、そこから更にこう続けた。
「その代わりサッサと告白してくれないか、なんなら今すぐに」
そしてズバッと鋭く返された、その言葉に俺は「えっと、それは」とつい言葉に詰まってしまった。
その様子を見たグレイオス様は、やれやれとでも言いたげに首を振って深いため息を付いた。
なんだろう、地味にイラッとするこの反応は……確かに俺が悪いのだけど、あまりにイラッとするのでちょっと殴りたい。
「カイアス……確かにお前が、ヘタレで天邪鬼で甲斐性なしの恋愛下手なのはよく分かっている」
ぐっ!? 言い草がさっきより、更に悪化している……!!
まぁ全面的に俺が悪いのは分かっているが、それはそれとしてイライラする!!
このオッサン本当にいちいち言動がイライラする……!!
「だが、うちのリアはそれ以上に鈍感で、遠回しなアプローチはほぼ意味をなさないと考えた方がいい」
「はい、それはよく分かっております……」
何を今更言ってるんだろうと思いつつ、俺はそんなことを語り出したグレイオス様に頷く。
「なんなら直接的な表現でも、十回目くらいで『あれ、これってもしかしたら』と考え出すレベルだと思え」
「はい、わかって……いや、そこまでですか!?」
途中まで頷き掛けて、俺は思わずツッコミを入れた。対してグレイオス様は「ああ、そこまでだ」と大仰に頷いた。
「そもそもあの子は、昔から自分に向けられる、否定的な感情ならそこそこ察するが、好意的な感情にはかなり疎い……更に恋愛感情に関しては、自分と無縁なモノと考えているので、アチラから察してくれる可能性はまずないと考えた方がいい」
「は、え?」
ここに来てグレイオス様から与えられた衝撃的な情報に、俺の中で大きな動揺が走る。
だ、だからアレもコレもダメだったのか……!! 今までの俺の苦労は一体!?
ん……じゃあ待てよ?
「それが分かってるなら、なぜ今までそれを教えてくれなかったのですかね……?」
そもそもグレイオス様は、向こうから定期的に俺の進展具合を聞き出そうとしてくるので、不本意ではあるが俺の状況についてよく把握してるはずだった。
なのになんで、今更……。
「実は明らかに失敗する方向へ進んで、足掻くカイアスの姿が楽しくてな……つい黙っていた」
「ぐ、グレイオス様!?」
「ああ、お前の失敗談を肴に飲む酒は美味かったよ」
この人、本当に何してくれてるの!? というか、人の失敗談の使い方が酷すぎる……!!
「はははっというわけで、そろそろ流石に可哀想かと思って、心優しい俺が親切にも答えを教えてやったワケだな~ 感謝しろよ?」
「いや、あまり優しいとは思えないのですが……!?」
そもそもわざわざ黙っておいて、感謝しろよってのおかしいだろうが!?
本当にこの人はっっ!!
「でも実際、ほんの少しは、カイアスの自力でどうにかなるんじゃないかと思ってた部分もある……ああ、ほんの少しはな」
「それは、ほぼダメだと思っていたって事ですよね……?」
俺がそう聞き返すとグレイオス様はただ静かに笑顔を返してきた。
こ、このオッサンは……!!
「とりあえず、十回告白してうち九回は冗談扱いされるつもりでいけ。あと告白した後に、茶化したり誤魔化したりしたら絶対にダメだからな」
「九回はダメって、流石に俺の精神的負担が大きすぎませんかね!?」
「だって仕方ないだろう? お前の普段の言動の積み重ねのせいで、それくらいしないとまともに告白として受け取って貰えない可能性が高いのだから」
「うっ」
それを言われてしまったら、なんとも言えない……。
元を辿れば俺が長年リアをからかい続けたせいで、真面目な告白を信じて貰いづらくなっていることは自分でも分かっている。
「だからこそ、今回のこれはチャンスだ。いつもとは違う場所にシチュエーション、それとなくいい感じに普段は出せない特別感を演出して、どうにかアプローチするんだ!!」
「ですが、そんなに上手くいきますかね……」
「少なくとも何もしなければ、何も起こらないのは確かだ」
「……はい」
流石にそれに対しては、俺もなんの反論もできないのでただ頷いた。
確かに自ら何か行動を起こさない限りは、リアとの関係性に進展はないだろうな。
まぁ今までも色々自分から動いて、惨敗しまくってはいたが……今度こそは。
「頑張れカイくん、負けるなカイくん!! カイくんならきっとできる!!」
「だから、カイくんと呼ぶのは止めて頂けますかね!?」
でも何故だろう、この人に応援されているだけで失敗しそうな予感しかないのは……。
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