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第68話 存在が天敵でトラウマ
しおりを挟む私には天敵……いや、兄がいる。
名はアークスティード。
兄はとても優秀な人物だ。
その優秀さは天才と呼ぶのすら生ぬるく。正直言って頭がおかしい……いや、常人の理解を遙かに超えた能力と思考回路の持ち主である。
例えば一度読んだ本の内容は完璧に記憶しており、どのページにどの内容が記述されていたのかさえ覚えている。
それに加えとっさの頭の回転の速さに、判断の的確さ、卓越した武芸の才、細かな魔力の上手さ扱いなど……その優秀さをあげだしたらキリがないほどで、むしろこの人にやらせて出来ないことなど存在しないと言っても過言ではない。
ただ一つ他人に愛想よく接することを除けば……。
そう、彼はけっして笑わないし、それ以外の感情もほとんど表に出さない。これは私の物心が付いたときには、既にそうだった。……でも、その割に無言で相手を威圧するのを得意だったりする。おかしい。
大体においては圧倒的な無愛想さと無表情さを誇り、感情らしい感情が読み取れない人物。それが私の兄アークスティードだ。
ゆえに私は何十年の付き合いがある実の兄でありながら、彼が何を考えているか全く検討が付かない。一応、今までの経験則から彼の行動パターンは予測できるものの、そこにどのような感情が絡んでいるかは全く分からないのだ……。怖い……。
でもそう言えば一部の変わった方々の間だと、むしろその無愛想さがいいという意見もあるらしい……私には全く理解できない。だって怖いもん……!!
しかし、まぁ重要なのはそこではない。
私と兄との関係性で、一番問題なのは……。
「リリアーナ」
目の前にいる兄は、こちらに鋭い視線を向けながら短くそう口にする。
……呼ばれたのは私の名前だ。家族の中で兄だけが、常に愛称ではないその名で私を呼ぶ。
そしてそう呼ばれた瞬間、すーっと自分の血の気が引くのを感じる。
…………実は私にとって、彼は存在そのものがトラウマだと言っても過言ではないのだ。
それは思い出すのすら耐え難い、とある過去の経験に由来する……が、本当に思い出したくないから、あえて触れないようにする。でもしかしお陰で私は何度死ぬかと思ったか分からない。
ぶっちゃけ『我ながらよく死ななかったなぁ!?』って思うほど色々大変だった……。
そのような事情から、私は兄の側にいるだけで精神がゴリゴリ削られるほどのストレスがあるのだ……。
よって長時間、彼といるような事態になれば。私は正気を保てる自信がない……仮に限界を迎えるた場合には、耐えきれず気を失うことになるだろう。
昔は何回かなったので間違いない。
しかし今そうなってしまうと、その後どれほど状況が悪化するのか最早予想も付かない……。
なぜならば、ここは普段と色々と違う状況であるがゆえに、兄の行動が普段以上に予測できないからである。要するに、データのないことの予想はしづらいんですよ!!
私が生き残るため。ひいては身の安全を確保するためには、絶対に倒れるわけにはいかないのだ。
踏ん張れ私の精神力、恐ろしいほどの寒気を全身に感じても、その他どれほどの体調に異常をきたしても負けるな……!!
「何故ここにいる?」
私がどうにか自分を保とうとする中で、お兄様がこちらに向けた言葉は、短くで淡々としたものであった。
あ……もしかして今日は先に話を聞いてくれる日ですか? 実は多少ボコボコされるのを覚悟してたので、よかった……いや、やっぱり良くないや。
そもそもお兄様に出くわしてしまった、現在の状況が根本的によくないからね……。
それで肝心のこの問いの意図は……本来実家にいるはずの私が国外にいるこの状況が不自然なので、その理由を聞いているわけですね……?
ええーと、私がなぜここにいるかというと……。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
やったぁぁぁ!! あの存在自体がストレスみたいな、お兄様が外国にしばらく出張するらしいよ!? ふふ、これで私は自由だ……!!
しばらくお兄様に追いかけ回されることもない!! やたら勘のいいお兄様が実験がいいところで乱入してくる心配が一切ない!!
何かやらかしても制裁 (物理)の心配はない……最悪説教を聞くだけなので、まぁ普通に我慢できる!!
ふふふっ、それではこの機会に思いっ切りやりたいことをやらなくては……。
さてさて、何をしようかなー
規模が大きくなるから避けていたあの実験? それとも手順が複雑で邪魔されたら面倒だからやめていたアレ? 特定の立地条件でしか出来ないあれとか……。
あ、特定の立地条件と言えば、こっそり無期限延期してた海外旅行計画があったな!!
あれは色々と手順が面倒だし、見つかったら厄介だから避けてたんだけど……むしろやるなら今しかないよね!?
よしー、それじゃあ海外旅行 (家族には無断)をすることに決定!!
まずあのお兄様さえいなければ、他の関係者にも気付かれる可能性も低いから、最終的に何事もない顔で行って帰ってくればいい……!!
まぁ、お兄様の行き先は知らないけど、流石に被ることはないと思うし問題はないだろうね~
だって世界は広いのだから、たまたま偶然出くわす可能性なんて皆無のはず……!!
だから気にする必要もないし、お兄様の存在は思い出したくないし、思い出さないようにしようっと。
いやー、外国は始めてだから楽しみだなー!!
国内は結構回ったんだけどねー
準備するものは基本は国内旅行をベースに考えつつ、他に必要そうなものは買い足す感じにして……。
んー、あと必要そうなものは……あ、肩書きとか!?
出来れば、かっこいいやつがいいよね!!
シンプルに旅人……いや、もう少しひねって謎の天才魔術師とか……!?
しかしいくらなんでも、自分で天才っていうのは違うかなぁ……うーん、うーん…………。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△
……と大体、こんな感じでしたねぇ。
………………。
うん、なんと言うか一切正直に話せる要素がなかったね!?
いやー、信じられないくらいアホ……。
もう全体的にアホだけど、万が一にでも凶悪なお兄様に出くわしたときのことを考えないで、馬鹿みたいな肩書きのことを考えてる部分が一番アホ……。
誰なんですか、この馬鹿は!? ……うん、私だよ。
しかしどうしよう。
当然、正直に答えるわけにもいかないし……。
「答えられないのか……?」
私が考え込んでいると、お兄様が冷え冷えとした声と、刺すような目付きでそう問いかけてきた。
ひぃぃ……!! ずっと答えないから苛立ってる……!?
「い、いえ……!! 言えます、答えられます!!」
咄嗟に答えられるって言っちゃったけど、この状況はまずい……。
考えろ捻りだせ、もっともらしい私がここにいる理由を……!! 出なきゃ死ぬぞ……!?
「わ、私がここにいるのは……ヴィヌテテュース様の意思です……」
「なに……?」
あ……ああ!? よりによってお兄様相手に、あの方の名前を出してしまった……。
なんというか、自分でもだいぶ派手な嘘を付いてしまった気が……。
でもこうなったら余計に引き下がれない……ええい、ままよ!!
「実はこれには深い理由がありまして……」
「…………」
目付きの鋭さを少しだけやわらげたお兄様は、無言でこちらを見つめてくる。
しかし怖い、一応まだ話を聞く気はあるみたいだけど、無表情で怖い。まぁ無表情はいつものことだけども!!
「まず私は声を聞いたんです……」
「声を……」
お兄様のその言葉には、吟味するような響きがある。まぁ、彼の考えは徹底的に読めないので気のせいかも知れないけど……。
「その声に私は導かれてここに来ました……」
うん、うん、それっぽい……!!
自分でもよく分からないけど、それっぽい!!
「その具体的な内容は?」
話に興味が出てきたのか、お兄様はそんな風に問いかけてきた。
え、内容……内容ですね……ありますよ、今作りますのでね。
…………うん、いける?
「はい……それが大地の大精霊様にただならぬ異変が起こっているので、その調査をするようにと……」
これは嘘だけど、部分的には嘘じゃない……!! 大地の大精霊様には、実際に異変が起こっているからね。
「ならば、なぜこちらにその報告がない? ここしばらくのお前の動向は、誰も把握してないようだったが……」
そうですよね、まぁそうなりますよねー!!
「それは口止めされていたので、詳しく理由は私も知りません……」
でもそこは知らないで乗り切ります……!!
そう、私は何も知らない……嘘だけども。
緊張を隠しながらそう言った私のことを、お兄様は無言でまじまじと見つめてくる。
バレませんように、バレませんように、バレませんように……!!
「…………分かった」
そして少し考えるような素振りを見せてから、お兄様は僅かに頷いた。
よ、よし……!!
とりあえず、私がここにいる言い訳は立った……たぶん命も助かった!!
嘘だけど……うん、これ嘘なんだよな……。
あれ、これは後が恐ろしいのでは……?
ずっと寒気を感じている背中に今度は、冷や汗が流れのを感じた。
「ところで……」
そんな台詞とともに、お兄様の視線はすっと私から外れる。
こ、今度は何かが……?
「そこの、それはなんだ……」
そうして移った視線の先にいたのは、先程倒れたアルフォンス様だった。
………………え?
いや、でも、その人を気絶させたのはアナタですよね……。
純粋に質問の意図が分からないのですが……もしかして実はよく分からないけど、とりあえず攻撃しました的な感じだったの……?
え、お兄様本格的にヤバい人じゃないですか……今までもだいぶヤバかったけども。
そのうえ、なぜか目付きも今まで一番鋭くなってる気が……!?
もう今なら冗談抜きで、それで人を殺せそうなレベルなんですが……!!
はぁ……もうやだ、お兄様怖い……。
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