60 / 94
第59話 貧民街でのこと-別視点-1
しおりを挟むまぁ、色々あって貧民街に来たのだが……。
「えーと、まず掃除をする時に必要なのは換気だね!! さっきは魔術を使う都合上窓を開けなかったけど、それ以外のときは必ず先に窓を開けようねー。掃除でたつホコリを吸うと身体に悪いから」
「うん、分かったー、窓を開ける!!」
「はーい、ロイくんありがとうー!! それじゃあ、さっき借りた桶に水を入れておいたから、これで布を濡らそうねー」
「うん、濡らすー!!」
なぜかとある貧民の家の掃除をすることになっていた。
しかもこの間の会話に私は一切入れていない。意図的ではないと思うが完全に無視されてる。
ああ、元々リアと二人で楽しく街を回る予定だったのに、なんでこんなことになってるのだろうか……。
元を辿れば、たまたまこの少年が医者に突き放されている場面を見掛けてしまったことに始まり、そこでリアが医者の代わりに彼の母親を診察すると少年に声をかけてしまったのだ。
正直なところ、私は貧民とは関わりたくはないし当然リアとも関わらせなくないと思っていたため、彼女の突然の行動に驚いたし焦った。
だからつい彼女に少年を見捨てることをすすめてしまったのだ……直接そう口にしたわけではないが私は間違いなくそうとしか取れない言動を取った。
そして少なくともそれが間違っているとは思わなかった。
彼女から『あの少年と同じくらいに母親を亡くしてる』という話を聞くまでは……。
そこでようやくハッとして、今までの私の言葉が彼女にどう受け取られていたのかを考えた。もし彼女が少年に過去の自分を重ねていたのだとしたら、私の言葉はまるで彼女を……。
それに気付いた時には、既にリアはこちらに背を向けて少年の方へ走っていってしまっていて、先程以上に焦ることになった。
もちろんリアの気持ちは出来るだけ尊重したい。しかしそうは言っても治安が悪い貧民街に一人で行かせるのはやはり危険だ。
気が進まないが、ここは私も一緒に行くべきだろう……。
そのような考えに至って、私は彼女の後を追ってここまでついて来たというわけだが……。
あれからずっと思っているのは、例え意図してなかったとしても、私には先程の言動で彼女を傷付けてしまった責任があるということだ。
本当のことは分からないが、そのことについては機会をみて謝らなくてはと考えている……。
…………。
思わず長々と今までのことを振り返ってしまったな。
まぁ、お陰で落ち着いたというか、少しは心のわだかまりもなくなったことだし改めてリアの様子を確認するか。
どうやらリアは先程から変わらず、あのロイとかいう少年と親しげに話しているようだった。
「うん、ロイくん上手に絞れたねー、えらいえらい」
「ふふーん」
まぁ、リアは優しいからあの少年に親切に接しているのも分かるが……。
なんというかイライラする光景だ……そもそもあの子供、リアが優しいからと調子に乗っている節があるのではないか? なんで掃除まで彼女にさせているんだ? 一応理由はさっき聞いたけども、やはりおかしくないか?
「そうだ、アルさんはどうしますか?」
そんなことを考えていたら、リアが突然振り返って声を掛けてきた。
「あ、ああっ…………何をだ?」
お、驚いた……もしかして無意識にあの子供を睨んだりしてなかったよな? 不安だ……。
「もちろん掃除のことですけど、私とロイくんはこれから拭き掃除をするのですがアルさんは……」
私の心配をよそに彼女は普通に返事をしてくれた。
これはたぶん大丈夫だったのだろう……よかった。
「では私もそれをしよう」
「そうですか、それではさきほど私が絞った布を使って下さい」
「ああ……」
頷いてリアから布を受け取ろうとしたところ……視界の端で、私に対してどこか小馬鹿にしたような目を向ける少年の顔が映った。
一瞬のことだったので気のせいかも知れないが、なんか『そんなこともできないのか?』的な目を向けられていたような気が……!?
こ、これは……。
「あの……アルさん?」
そして急に動きを止めた私にリアが心配そうな目を向けてくるが……が……。
「…………やはり自分でやる」
「え?」
「だから自分で布を絞ると言っているのだ」
「ご、ご自分で……?」
明らかに戸惑ったような反応をするリア。
なんなのだそれは、どういう意味だ……?
「ダメなのか」
「いえ、そんなわけじゃないですけど……でも水に浸して濡らしてから、捻ってぎゅっと絞るんですよ、できるんですか?」
「……馬鹿にしてるのか」
「馬鹿にはしておりません、純粋に心配はしておりますけども」
「必要ない、まだ濡れてない布を貸してくれ」
「そう仰るのであれば、どうぞ」
リアから布を手渡される。四つにおられたその布を何気なく広げていたところ、「これもどうぞ」という言葉とともに目の前へ水の入った桶も差し出された。
その桶はリアが魔術で出したのであろう、澄んだ水で満たされていた。そこに受け取った布を浸して濡らす。
それから……確か、その濡らした布を折りたたんで捻っていたよな? こうして捻って、グイグイ絞って……っと。
うむ、こんなモノだろうな。
「ほら、どうだ」
私が絞った布を見せると、リアは「わぁ」と言いながら笑顔で手をパチパチと叩いた。
「すごい、確かにちゃんと出来ましたねー」
…………。
なんだか、物凄くなんとも言えない気持ちなんだが……?
「……もしかして、馬鹿にしてないか?」
「いえいえ、そんなことはありませんよー」
リアは一応はニコニコしてるけど、それがなんというか今までにないくらい嘘臭い……。
もう少し問い詰めようと口を開いたところ。
「なぁー」
いつの間にかリアの隣まで近づいて来ていた貧民の少年ロイが、リアのローブのそでをちょいちょいと引っ張っていたのだった。
「ん、どうしたのかな?」
当然というべきか、リアは少年の方を振り返って優しく問いかける。
「掃除の続きは一体いつやるんだ?」
そう言いながらロイは先程濡らした布をリアの前に掲げた。
どうやら、こいつは待ちくたびれてわざわざリアへ声を掛けに来たらしいな……。
いや、それにしても謝りも入れずに他人の会話に入ってくるなんて育ちが悪くないか? …………まぁ悪かったな。
「うん、今からやるよ待たせてゴメンね。あ、申し訳無いですがアルさんは一旦待っていて下さい」
「ああ……」
そのままリアはロイに引っ張られて彼の方に行ってしまった。
そうやって人を引っ張るのも良くないと思うのだが……?
「じゃあさっきの続きからだねっ」
そうして優しいリアはロイの行動に何もいうこともなく、私から少し離れた場所でそいつに掃除を教え始めたのだった。
「この布はそのままだと大き過ぎるから、こうやって畳んでね」
「分かった」
「で、こうやって持って綺麗にしたい部分をこういう感じで拭いてみて」
「うん!!」
「わー良く出来ました~」
「えへへ」
一人取り残された私は、横目でただただ二人の様子を見ていた。
……なんだか物凄く釈然としない。
そして暇だ……物凄く暇だ。
一応、あれだけ教えれば掃除できるだろうしコチラにリアを呼び戻してもいいよな……?
よく考えると、そもそもアイツが間に入ってきたワケだし……。
うむ、リアを呼び戻そう、そうしよう。アレの相手なんて最低限だけすればいいのだ。
「あー、リ……っ」
そこまで言いかけて気付いた。
そう言えば、彼女はこの子供にリオンとか名乗ってたな……。
もしかしてリアって呼んだらマズいのか……?
「ん、はいー!!」
だが言葉を止めて迷っているうちに、リアが私の声に気付いてくれた。
「あっ、ロイくんはそのまま掃除していてね……で、どうしましたかアルさん?」
そしてリアはロイに軽く声を掛けて、こちらへ近づいてくる。
「あー、あのな……私にもそれを教えてくれないか……?」
「はい、そうですね、構いませんよー! とは言っても大したことは教えられませんがね」
リアが笑顔で頷いてくれたことにほっとする。しかしそんな中、視界の端でロイがジトっとした視線を向けていることに気付く。
彼はすぐに目を逸らして掃除に戻ったが、先程の小馬鹿にしたような目の件といいあの子供の様子が妙に引っかかったのだった。
……思い過ごしだろうか。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる