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第55話 貧民の少年と魔術師3
しおりを挟むロイくんの案内で貧民街を進む。
表通りから一歩足を踏み入れると、その風景は一変した。
清潔で綺麗だった表通りとは違い、乱雑にゴミが転がる不衛生な通り。そしてそんな通りの端に寝転ぶ人がいる……うん、寝てるだけだよね?
私は地面や床で寝ること自体は否定しない派だけど、場所は選んだ方がいいと思うんだよなぁ……。だってそこ絶対に汚いもの……。
うーん……貧民街は初めてだけど、これはなかなか……。
なんというか、こういう不衛生な場所を放置しておくと、ここから疫病が広がったりしそうでイヤだなぁって……。
長期的な目で考えるなら、これはすぐにでも対策を講じるべき案件…………あ、いや違う違う、これは私が今考えるべきことじゃなかった。
というか直接の関係性はないから、今後もどうこうする機会はないだろうね。
そう、もっと今自分が考えるべきなのは……。
「あのアルさん……」
私はゆっくりアルフォンス様の方へ顔を向ける。
「やっぱりアナタは引き返した方がいいのではありませんか……?」
一応疑問符を付けたけど、実際のところ絶対に引き返した方がいい!!
考えれば考えるほど色々とマズいもの!!
いや、ね? だってここ、高貴なお方を連れてくる場所じゃないよね? 私はまだいいけど彼はダメだよね……!?
「さっき答えたはずだが……?」
いや『答えたはずだが』じゃなくてね!?
明らかに周りの雰囲気が危険な感じになってるし、たぶんマズいやつなんで個人的に帰って欲しいんですけど!!
「いや、でも……!!」
私がどうにか言い返そうとしていると、アルフォンス様は「はぁ」と息ついて口を開いた。
「ではもしキミが戻るのなら私も戻ろう」
「え? そ、それはしませんけども……」
思いがけない言葉に困惑しながら答えた私に、彼はまるで私が最初からそう答えると分かっていたかのような穏やかな表情で頷いた。
「ならば、私もついていく」
「…………」
な、ならば? ならばってなんですか……!?
はぁぁ、困ったなぁ……最初は明らかに嫌そうだったのに、なんでそこまで……。
貧民街の惨状を見ればむしろ嫌がるかと思ったのに、そんなこともなさそうだし……分からない、私には私は分からないよ。
しかし、この様子だと引き下がる気がないのだけは確かなんだよなぁ。
むむ…………こうなったら仕方ない、なんの問題も起きないように私がしっかり彼を守ろう。
もうこれしかない……!! やるぞっ!!
私は密かにこぶしを握りしめて決意したのだった。
「ここだよ、入って」
そうこうしているうちにどうやらロイくんの家にたどり着いたらしい。彼は家の扉を開きながら、こちらを振り返って手招きをしている。
「はい、お邪魔しますね」
「私も失礼させてもらおう……」
うん? アルフォンス様は普通にお邪魔しますじゃダメなの……?
若干偉そうじゃない? 実際、偉いのはそうなんだけど必要ない部分でそこはかとなく王族感出てませんか……?
うーん、まっいいか……今だけだし、私が付き合わせてる形だし……。
ロイくんに招きいれられた家は手狭だった。
まぁそこは予想通りかな。
しかし予想していなかったのは、家に入った瞬間にむあっと感じたカビ臭さと埃っぽさ。さいわい咽せることはなかったけど、これはなかなかだなぁ……。
そんな空気の悪さを我慢しつつ、一応室内部屋全体を軽く見渡す。まぁ最初の印象通りそんなに広くないからそんなに見る部分は少ないけどね。
ぱっと目に付くのは、食事を取るためにあると見える小さなテーブルに、火仕事をするためにあるのだろうかまど、そして壁際には雑多に積まれた荷物がある。
うん、それでいっぱいっぱいだ。
そうして改めて全体をみて感じたのは……この家、埃っぽいだけじゃなくて目に見えて汚いぞ!?
いや、悪口とかじゃなくてね……? 床やら壁やら明らかに長期間掃除してなさそうな色をしてるんだよね。
うーん、ここの人たちの感覚ではこれが普通なのかな……。
「母さんはこの奥で寝てるよ……声を掛けても返事がなくてずっと苦しそうなんだ」
そんな風に部屋を見ていると、ロイくんが奥の扉を指し示しながらそう言ってきた。
そうそう、部屋のことも気になるけどまずはそっちだよねー。
「そっか、じゃあちょっと診てくるね」
「うん……」
ロイくんに返事をして私は奥の扉の前まで移動した。
けれど何故かそれに、アルフォンス様も一緒に付いてくる。
は? えっ、まさかこのままついてくるつもりじゃ……うーん、それは色々困るなぁ。
「アナタはこちらで待っていて下さい」
私の気のせいかも知れないけど一応そう言っておく。
いいんですよ? 元々そのつもりだったって言ってくれてもいいんですよ?
「え、しかし……」
だけど私の思いとは裏腹に、アルフォンス様は険しい顔をして口ごもる。
……はは、本気でついてくるつもりだったんですね?
いや、わざわざ病人のいる部屋までついてきてどうするつもりなんですかね!?
病人に何をするでもなく近づこうとするなんてリスクしかありませんし、私にはちょっと理解不能です……。
まぁ何はともあれ、絶対にアルフォンス様を入室させるわけにはいかない。
「お願いですので!! ここで待っていて下さいっ!!」
だから私は彼をまっすぐ見ながら、はっきりとした強めの口調でそう口にする。
そう、絶対にダメこれだけは譲れない……!!
そんな私の様子に流石に気圧されたのか、アルフォンス様は僅かに後ずさりしつつも渋々頷いた。
「わ、分かった……」
よし、どうにか納得してもらえたね!!
やや強引な感じもしないでもないけど……これは絶対に必要なことなので仕方ない。
「それではしばしの間お待ちを」
そして私はそう言い残し、一人で奥の部屋に入ったのだった。
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