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13話 セルはどこだ!?と、おや…?
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「まったく、セルはどこにいるんだ!?」
学園の通路を早足に進みながら、オレは辺りを見回す。
完全にオレのミスだが、一度ならず二度までも例の案件を伝え忘れるなんて!!
内容が内容だから、わざわざ時間も融通したがコレ以上は無理だ。
くっギリギリ間に合うか……!?
「あら、イールド殿下ではありませんか?」
聞き覚えのある声に呼ばれて、俺は足を止めた。
こ、この声は……!!
「ラテーナ嬢……!!」
「はい、ラテーナ・カルアでございます。大変ご無沙汰しております」
振り返った先にいたのは、スミレ色の髪にアメジストのような瞳を持つ美しい令嬢。
自分が今まさに探している弟の婚約者、ラテーナ・カルア嬢であった。
「ちょうどよかった、セルは一緒ではないか……!?」
「あ……セル様でございますか?
申し訳ございません、今は一緒ではなくて……いつもほぼずっとご一緒させていただいているのですが」
なんで今に限って側におらんのだ、セルぅぅ!!
「セル様をお探しなのですね」
「ああ、ちなみに居場所に心当たりはないだろうか……?」
「それが、すぐに戻るとだけ言い残されまして……申し訳ございません」
「いや、ラテーナ嬢は別の悪くない、気にしないでくれ」
「はい……」
「しかし、ラテーナ嬢とこうして二人で話すのは随分と久々だな」
「まぁ大体は、セル様が一緒にいらっしゃいますからね……」
「ついでにあまりオレが近くいるのが気に食わないのか、露骨に引き離そうとするからな……」
オレがそういうと、ラテーナ嬢は「はは」と困ったようような笑顔を浮かべた。
そこはやはり彼女自身も思うところがあるようだな……まったく困ったやつだ。
しかしセルが居ないとなると、最早どうしようもないが……いや、せっかく久々にラテーナ嬢と話せる機会ではあるし、どうにか融通した時間が勿体ないから彼女の話でも聞くかな。
実はあまりにセルに振り回されていそうで、彼女のことは心配だったからな。
「そういえば最近セルとの関係はどうだ、何か問題はあったりしないか?」
「問題と言われますと、まぁ過保護過ぎる部分がちょっと」
「それはよく知っているが……まぁ、一応次の機会に注意はしておこう」
「ありがとうございます、イールド殿下」
「いやいや、ラテーナ嬢はセルのことに関して特に苦労していそうだからな」
「苦労だなんて、そんな……むしろ私がセル様に気に掛けて頂くことが多いほどでして」
そのセルの気に掛け方というのが、ある種面倒なのではないかという話なのだが。
しかし気に掛けるか……。
「でもそれを言うのであれば、ラテーナ嬢の方こそ、ずっと昔からセルのことを気に掛けてくれていただろう……?」
「え……」
「ほら、君がセルの婚約者になりたての幼い頃に王城へ来た時のことだ覚えているか?」
オレがそこまで言うとラテーナ嬢は、思い出したように「あっ」と短く声を上げた。
「どうやら思い出してくれたようだな? オレはあの時の出来事を今でもよく覚えているぞ——」
-+-+-+-+-+-+-+-+
あの日のオレは、弟の婚約者が王城にやってくると聞いて、わざわざ部屋を抜け出して彼女に会いに行ったのだ。
そうして事前に聞いていた情報から、庭園に一人でいるラテーナ嬢を見つけ出して彼女に声をかけた。
「君がカルア侯爵家の令嬢、ラテーナ・カルアか?」
「はい、そうですが……」
「私はエキセルソの兄のイールドだ」
「!? 王太子殿下がなぜ私の元に」
驚き疑問に思う、ラテーナ嬢の反応も当然のことだ。
当時の自分……王太子の勢力は、第二王子であるエキセルソの勢力とは折り合いが悪く、当然カルア侯爵家ともよい関係とは言えなかったのだから。ラテーナ嬢は幼くとも賢い令嬢であったため、もちろんそれを理解していた。
それでもオレは彼女へどうしても伝えたいことがあり、わざわざここまでやってきたのだ。
「実は君が婚約した、弟のエキセルソについて話がしたくてな……」
「エキセルソ様のことですか……?」
オレの言葉を聞いたラテーナ嬢は、警戒心と疑問が入り混じったような顔をする。
それもまた当然の反応だ、最初から分かり切っていた反応だ。
自分がこんなことをするなんて、おかしいことは分かっている。
だけどオレはどうしても、こうせずにはいられなかったんだ。
「弟に……エキセルソにどうかよくしてやってくれないか?」
「え?」
「正直な話、アイツの王宮内での立場は良くない……だからせめて、婚約者の君だけでも良くしてやって欲しいんだ」
オレはよく知っていた、エキセルソの周りにはロクな人間がいないことを。
妾の子だと冷遇するものに、アイツの王子という地位を利用しようと群がるクズども……まともな味方なんて一人もいない。
……あまりに見ていられなかった。自分では弟に近づくことすらできないが、これ以上放っておきたくもなかった。
だから少しでもどうにかしたくて、ラテーナ嬢にお願いしようとしたんだ。
でも……。
「…………イールド様」
「なんだろうか?」
「つまり貴方様はご自分の弟君のことを、私に頼むことで安心したいのですね」
ラテーナ嬢のその返答はあまりにも予想外だった。
そこでオレが予想してた反応は『了承する』か『断る』かの二つに一つで、この幼く可愛らしい令嬢がまるでオレに当てつけるような言動をとるとは夢にも思わなかった。
あまりの衝撃にオレが絶句していると、ラテーナ嬢は続けてこう言った。
「当然、私は婚約者であるエキセルソ様に真摯に向き合うつもりですが、イールド様がいま仰った王宮内の立場の問題においてはなんの解決にもなりません」
「……それは……確かに、そうだが、仕方な……」
「まさか、王太子ともあろうものが仕方ないと仰るつもりですか?」
オレの言葉を先に遮ったうえで、ラテーナ嬢は強い口調でそう問いかけてくる。
「だが、そうだろう……」
「ご自分でエキセルソ様の問題を、どうにかなさろうとは思わないのですか?」
「……できるものなら、そうしている」
「できるでしょう、他でもない貴方様は王太子なのですから」
「そんな簡単な問題ではないんだ!」
ついに我慢できずオレが怒鳴るように言い返すが、それでもラテーナ嬢は一切動じた様子もなく冷え冷えとした目をオレに向けた。
「確かに簡単ではないでしょうね……ですがイールド様、貴方様は王太子で将来はこの国の王になられるお方ですよね。それなのに王宮内で不相応な扱いを受けている、弟君の境遇すら救えずに一体どう国を治めていくおつもりですか?」
「……っ、それは」
「ならば貴方様が良しとする国は、そんなことがまかり通って良い場所なのでしょうか」
「……っ!!」
良いはずがない!!そうは思うものの、オレはさっきの言葉の手前言い返すことができなかった。
情けなさと悔しさで、こぶしを握り締めてうつむく俺だったが、そこへ「それともう最後に一つ」という今までとは違う、優しげな声音の言葉が聞こえてきた思わず顔を上げた。
「私は確かにエキセルソ様の婚約者ではありますが、所詮部外者です……本当の意味で、エキセルソ様の今の境遇を救えるのはイールド様を置いて他にはいないでしょう」
そうして目に入ってきた、ラテーナ嬢の切なげな顔をみて、ようやく察した。
ああ、そうか彼女はオレ以上に、自身が無力で何もできない立場だと思っているのかと。
「大変差し出がましいようですが、私の今の言葉。心に留めて下されば幸いです」
まだ出会って日の浅い婚約者のために、そこまで考えて王太子であるオレに堂々と意見を言った、大胆で心優しい少女。
この出来事こそが、初対面でありながらラテーナ・カルアという人物について一番強く印象づけられた出来事であった。
-+-+-+-+-+-+-+-+
「いやー、あの時のアレは、本当に効いたな……」
「わわわ、あ、あの、当時は本当に申し訳ありませんでしたっ!!」
「いやいや、むしろアレがなければ、きっと今のオレとセルとの関係性もなかったからな……色々は苦労したが、ラテーナ嬢に気付かせて貰えて本当によかったよ」
「あ、、いえ、私は別にそんな……思い出すと、もうただただ申し訳なくてですね……」
「そう思う必要なんかはない、とても勇ましくてかっこよかったよ」
「あぅ……」
そんな声を漏らしながら、手で顔を覆うラテーナ嬢。そんな彼女の姿にオレは思わず笑みがこぼれた。
いつもは優しく穏やかだけど、たまに見せる芯の強さ……セルはラテーナ嬢のこういう部分が好きなのかもしれないな。
しかし、そうほのぼのとしていたのもつかの間。
「兄上ぇぇぇ!!」
「は?」
聞こえてきた叫び声に思わず振り向くと、なんと恐ろしい剣幕のセルが拳を振り上げて目の前まで迫ってきていた。
咄嗟のことに動揺しつつも、オレは腕を交差させてその攻撃をどうにか防ぐ。
くっ防御したのに物凄い衝撃だ、コイツ本気で殴りかかってきたな!!
「おい、突然何をするっ!?」
「兄上こそ、ラテーナに一体何をしたのですか?」
いまだ収まりのついてない様子の我が弟は、正面からギロリとこちらを睨み付けてくる。
普段は飄々としてるくせに、敵意を隠す気もないぞ……。
「何をしてたも何も、普通に話をしていただけだが」
「では、なぜラテーナが泣いているのですか?」
「泣いているとは……あ」
そこまで聞いて、オレはようやくセルの勘違いのワケに気付いた。
そうか、ちょうどラテーナ嬢が顔を覆ってたのを遠目で見たから、自分が彼女を泣かせてると勘違いしたのか……。
「えっ、あ、ちょっと待って下さいセル様、私泣いてなどいませんよ!?」
オレに続いてラテーナ嬢も、セルの勘違いの理由に気付いたらしく慌てて否定を始める。
「と、いうわけだセル。オレはラテーナ嬢に何もしていない」
「……つまり僕の勘違いだと?」
「そういうことだ」
「では、一体何の話をしていたのですか」
「あー、それはだな……」
内容が内容であるし、そのまま話してしまっていいものか迷ったオレはラテーナ嬢に『どうするか?』と目配せをする。
すると彼女は返事代わりにコクンと頷いて、自ら口を開いた。
「昔話をしておりました。詳しい内容は少し恥ずかしいので言いたくないのですが……ダメでしょうか?」
「ラテーナがそういうのであれば、全然無理して話す必要はないよ!」
セルのやつ、満面の笑顔で即答か。
まったくラテーナ嬢には甘いな……。
「それと兄上、今回は勘違いして申し訳ありませんでした。ですが今後は二度と勘違いされるようなことはなさらないで下さい」
「あれ、なんでオレは謝罪されながら同時に文句を付けられているんだ……」
「ある意味、兄上の過失でもありますからね」
「いや、完全にオレは被害者だと思うが?」
一切、納得出来ん……。
なんならセルの拳を受け止めた腕が、今でも少し痛いくらいだぞ。
「そんなことよりも兄上、お時間の方は大丈夫なのでしょうか?」
「……」
懐から時計を取り出し確認する。
……これは、なんなら馬車まで走った方がいいくらいの時間だな。
完全に話し込み過ぎた!!
「それではラテーナ嬢、今日は話せて楽しかった失礼する」
「いいえ、こちらこそ」
「これ以上、僕のラテーナと話さずサッサと公務に向かって下さい」
「言われなくてもそのつもりだ、セルも余計なことはするなよ!?」
それだけ言い残すと、オレは走って二人の前から立ち去った。
そうしてそのまま待たせていた馬車まで向かい、息を切らせながら車内に乗り込んだところでフッと思い出す。
あ……結局、セルに例の件をまたしても伝え忘れたのだが!?
馬車が走り出し、遠ざかっていく学園を見ながら、オレは一人頭を抱えた。
ああ、わざわざ戻った意味よ……。
学園の通路を早足に進みながら、オレは辺りを見回す。
完全にオレのミスだが、一度ならず二度までも例の案件を伝え忘れるなんて!!
内容が内容だから、わざわざ時間も融通したがコレ以上は無理だ。
くっギリギリ間に合うか……!?
「あら、イールド殿下ではありませんか?」
聞き覚えのある声に呼ばれて、俺は足を止めた。
こ、この声は……!!
「ラテーナ嬢……!!」
「はい、ラテーナ・カルアでございます。大変ご無沙汰しております」
振り返った先にいたのは、スミレ色の髪にアメジストのような瞳を持つ美しい令嬢。
自分が今まさに探している弟の婚約者、ラテーナ・カルア嬢であった。
「ちょうどよかった、セルは一緒ではないか……!?」
「あ……セル様でございますか?
申し訳ございません、今は一緒ではなくて……いつもほぼずっとご一緒させていただいているのですが」
なんで今に限って側におらんのだ、セルぅぅ!!
「セル様をお探しなのですね」
「ああ、ちなみに居場所に心当たりはないだろうか……?」
「それが、すぐに戻るとだけ言い残されまして……申し訳ございません」
「いや、ラテーナ嬢は別の悪くない、気にしないでくれ」
「はい……」
「しかし、ラテーナ嬢とこうして二人で話すのは随分と久々だな」
「まぁ大体は、セル様が一緒にいらっしゃいますからね……」
「ついでにあまりオレが近くいるのが気に食わないのか、露骨に引き離そうとするからな……」
オレがそういうと、ラテーナ嬢は「はは」と困ったようような笑顔を浮かべた。
そこはやはり彼女自身も思うところがあるようだな……まったく困ったやつだ。
しかしセルが居ないとなると、最早どうしようもないが……いや、せっかく久々にラテーナ嬢と話せる機会ではあるし、どうにか融通した時間が勿体ないから彼女の話でも聞くかな。
実はあまりにセルに振り回されていそうで、彼女のことは心配だったからな。
「そういえば最近セルとの関係はどうだ、何か問題はあったりしないか?」
「問題と言われますと、まぁ過保護過ぎる部分がちょっと」
「それはよく知っているが……まぁ、一応次の機会に注意はしておこう」
「ありがとうございます、イールド殿下」
「いやいや、ラテーナ嬢はセルのことに関して特に苦労していそうだからな」
「苦労だなんて、そんな……むしろ私がセル様に気に掛けて頂くことが多いほどでして」
そのセルの気に掛け方というのが、ある種面倒なのではないかという話なのだが。
しかし気に掛けるか……。
「でもそれを言うのであれば、ラテーナ嬢の方こそ、ずっと昔からセルのことを気に掛けてくれていただろう……?」
「え……」
「ほら、君がセルの婚約者になりたての幼い頃に王城へ来た時のことだ覚えているか?」
オレがそこまで言うとラテーナ嬢は、思い出したように「あっ」と短く声を上げた。
「どうやら思い出してくれたようだな? オレはあの時の出来事を今でもよく覚えているぞ——」
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あの日のオレは、弟の婚約者が王城にやってくると聞いて、わざわざ部屋を抜け出して彼女に会いに行ったのだ。
そうして事前に聞いていた情報から、庭園に一人でいるラテーナ嬢を見つけ出して彼女に声をかけた。
「君がカルア侯爵家の令嬢、ラテーナ・カルアか?」
「はい、そうですが……」
「私はエキセルソの兄のイールドだ」
「!? 王太子殿下がなぜ私の元に」
驚き疑問に思う、ラテーナ嬢の反応も当然のことだ。
当時の自分……王太子の勢力は、第二王子であるエキセルソの勢力とは折り合いが悪く、当然カルア侯爵家ともよい関係とは言えなかったのだから。ラテーナ嬢は幼くとも賢い令嬢であったため、もちろんそれを理解していた。
それでもオレは彼女へどうしても伝えたいことがあり、わざわざここまでやってきたのだ。
「実は君が婚約した、弟のエキセルソについて話がしたくてな……」
「エキセルソ様のことですか……?」
オレの言葉を聞いたラテーナ嬢は、警戒心と疑問が入り混じったような顔をする。
それもまた当然の反応だ、最初から分かり切っていた反応だ。
自分がこんなことをするなんて、おかしいことは分かっている。
だけどオレはどうしても、こうせずにはいられなかったんだ。
「弟に……エキセルソにどうかよくしてやってくれないか?」
「え?」
「正直な話、アイツの王宮内での立場は良くない……だからせめて、婚約者の君だけでも良くしてやって欲しいんだ」
オレはよく知っていた、エキセルソの周りにはロクな人間がいないことを。
妾の子だと冷遇するものに、アイツの王子という地位を利用しようと群がるクズども……まともな味方なんて一人もいない。
……あまりに見ていられなかった。自分では弟に近づくことすらできないが、これ以上放っておきたくもなかった。
だから少しでもどうにかしたくて、ラテーナ嬢にお願いしようとしたんだ。
でも……。
「…………イールド様」
「なんだろうか?」
「つまり貴方様はご自分の弟君のことを、私に頼むことで安心したいのですね」
ラテーナ嬢のその返答はあまりにも予想外だった。
そこでオレが予想してた反応は『了承する』か『断る』かの二つに一つで、この幼く可愛らしい令嬢がまるでオレに当てつけるような言動をとるとは夢にも思わなかった。
あまりの衝撃にオレが絶句していると、ラテーナ嬢は続けてこう言った。
「当然、私は婚約者であるエキセルソ様に真摯に向き合うつもりですが、イールド様がいま仰った王宮内の立場の問題においてはなんの解決にもなりません」
「……それは……確かに、そうだが、仕方な……」
「まさか、王太子ともあろうものが仕方ないと仰るつもりですか?」
オレの言葉を先に遮ったうえで、ラテーナ嬢は強い口調でそう問いかけてくる。
「だが、そうだろう……」
「ご自分でエキセルソ様の問題を、どうにかなさろうとは思わないのですか?」
「……できるものなら、そうしている」
「できるでしょう、他でもない貴方様は王太子なのですから」
「そんな簡単な問題ではないんだ!」
ついに我慢できずオレが怒鳴るように言い返すが、それでもラテーナ嬢は一切動じた様子もなく冷え冷えとした目をオレに向けた。
「確かに簡単ではないでしょうね……ですがイールド様、貴方様は王太子で将来はこの国の王になられるお方ですよね。それなのに王宮内で不相応な扱いを受けている、弟君の境遇すら救えずに一体どう国を治めていくおつもりですか?」
「……っ、それは」
「ならば貴方様が良しとする国は、そんなことがまかり通って良い場所なのでしょうか」
「……っ!!」
良いはずがない!!そうは思うものの、オレはさっきの言葉の手前言い返すことができなかった。
情けなさと悔しさで、こぶしを握り締めてうつむく俺だったが、そこへ「それともう最後に一つ」という今までとは違う、優しげな声音の言葉が聞こえてきた思わず顔を上げた。
「私は確かにエキセルソ様の婚約者ではありますが、所詮部外者です……本当の意味で、エキセルソ様の今の境遇を救えるのはイールド様を置いて他にはいないでしょう」
そうして目に入ってきた、ラテーナ嬢の切なげな顔をみて、ようやく察した。
ああ、そうか彼女はオレ以上に、自身が無力で何もできない立場だと思っているのかと。
「大変差し出がましいようですが、私の今の言葉。心に留めて下されば幸いです」
まだ出会って日の浅い婚約者のために、そこまで考えて王太子であるオレに堂々と意見を言った、大胆で心優しい少女。
この出来事こそが、初対面でありながらラテーナ・カルアという人物について一番強く印象づけられた出来事であった。
-+-+-+-+-+-+-+-+
「いやー、あの時のアレは、本当に効いたな……」
「わわわ、あ、あの、当時は本当に申し訳ありませんでしたっ!!」
「いやいや、むしろアレがなければ、きっと今のオレとセルとの関係性もなかったからな……色々は苦労したが、ラテーナ嬢に気付かせて貰えて本当によかったよ」
「あ、、いえ、私は別にそんな……思い出すと、もうただただ申し訳なくてですね……」
「そう思う必要なんかはない、とても勇ましくてかっこよかったよ」
「あぅ……」
そんな声を漏らしながら、手で顔を覆うラテーナ嬢。そんな彼女の姿にオレは思わず笑みがこぼれた。
いつもは優しく穏やかだけど、たまに見せる芯の強さ……セルはラテーナ嬢のこういう部分が好きなのかもしれないな。
しかし、そうほのぼのとしていたのもつかの間。
「兄上ぇぇぇ!!」
「は?」
聞こえてきた叫び声に思わず振り向くと、なんと恐ろしい剣幕のセルが拳を振り上げて目の前まで迫ってきていた。
咄嗟のことに動揺しつつも、オレは腕を交差させてその攻撃をどうにか防ぐ。
くっ防御したのに物凄い衝撃だ、コイツ本気で殴りかかってきたな!!
「おい、突然何をするっ!?」
「兄上こそ、ラテーナに一体何をしたのですか?」
いまだ収まりのついてない様子の我が弟は、正面からギロリとこちらを睨み付けてくる。
普段は飄々としてるくせに、敵意を隠す気もないぞ……。
「何をしてたも何も、普通に話をしていただけだが」
「では、なぜラテーナが泣いているのですか?」
「泣いているとは……あ」
そこまで聞いて、オレはようやくセルの勘違いのワケに気付いた。
そうか、ちょうどラテーナ嬢が顔を覆ってたのを遠目で見たから、自分が彼女を泣かせてると勘違いしたのか……。
「えっ、あ、ちょっと待って下さいセル様、私泣いてなどいませんよ!?」
オレに続いてラテーナ嬢も、セルの勘違いの理由に気付いたらしく慌てて否定を始める。
「と、いうわけだセル。オレはラテーナ嬢に何もしていない」
「……つまり僕の勘違いだと?」
「そういうことだ」
「では、一体何の話をしていたのですか」
「あー、それはだな……」
内容が内容であるし、そのまま話してしまっていいものか迷ったオレはラテーナ嬢に『どうするか?』と目配せをする。
すると彼女は返事代わりにコクンと頷いて、自ら口を開いた。
「昔話をしておりました。詳しい内容は少し恥ずかしいので言いたくないのですが……ダメでしょうか?」
「ラテーナがそういうのであれば、全然無理して話す必要はないよ!」
セルのやつ、満面の笑顔で即答か。
まったくラテーナ嬢には甘いな……。
「それと兄上、今回は勘違いして申し訳ありませんでした。ですが今後は二度と勘違いされるようなことはなさらないで下さい」
「あれ、なんでオレは謝罪されながら同時に文句を付けられているんだ……」
「ある意味、兄上の過失でもありますからね」
「いや、完全にオレは被害者だと思うが?」
一切、納得出来ん……。
なんならセルの拳を受け止めた腕が、今でも少し痛いくらいだぞ。
「そんなことよりも兄上、お時間の方は大丈夫なのでしょうか?」
「……」
懐から時計を取り出し確認する。
……これは、なんなら馬車まで走った方がいいくらいの時間だな。
完全に話し込み過ぎた!!
「それではラテーナ嬢、今日は話せて楽しかった失礼する」
「いいえ、こちらこそ」
「これ以上、僕のラテーナと話さずサッサと公務に向かって下さい」
「言われなくてもそのつもりだ、セルも余計なことはするなよ!?」
それだけ言い残すと、オレは走って二人の前から立ち去った。
そうしてそのまま待たせていた馬車まで向かい、息を切らせながら車内に乗り込んだところでフッと思い出す。
あ……結局、セルに例の件をまたしても伝え忘れたのだが!?
馬車が走り出し、遠ざかっていく学園を見ながら、オレは一人頭を抱えた。
ああ、わざわざ戻った意味よ……。
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