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第八話 テイカー
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凪沙の向かいの席へ腰掛ける藤川美里。
彼女の顔は少しやつれていて、それを隠すように、着ているパーカーのフードを深々と被っている。
そんな姿にさえ小さな苛立ちを感じる凪沙。
隠すくらいなら日頃の手入れを怠らなければいいーー。手入れを怠った上に、そんな容姿を見られる事を気にするなら外に出なければいいーー。美里の姿一つで、怠慢な人格を感じ取り、さらに苛立ちが増す凪沙。
「フード、とらないんですか?」
「……あんまり見られたくないの」
そう言ってフードの両端を握ってさらに目深に被る美里。
その素振を感情の読めない表情で見つめながらコーヒーカップを口に運ぶ凪沙。
カップをソーサーに置くと、凪沙から話を切り出した。
「今日は学校休まれたんですね。体調が優れないんですか?」
「…………」
凪沙からの他人行儀な問いかけから敵意をひしひしと感じ、下唇を噛み締めて押し黙る美里。
凪沙は言外に突きつけているのだ。"加害者のくせに悲劇を気取るな"と。そして、それを美里は痛いほど理解できている。
だからこそ何も言えずただただ耐えているのだ。
凪沙と美里は決して知らない仲ではない。凪介同様、凪沙もまた美里とは幼馴染である。
凪沙はその上で堅苦しい敬語を使う事で距離を演出し、美里に対し攻撃的な意思を示しているのだ。
「な、凪介は、ど、どうしてる?」
「…………はい?」
勿論聞こえているし、理解もしている。しかし、それでも聞き返しているのは凪沙の細やかな嫌がらせだ。
「…………凪介に酷い事して本当に申し訳ないって思ってて…………」
「…………そう思うなら何故直接兄さんに謝らないんですか?」
「……わかってるんだけど、…………その、…………怖くて」
「ああ…………なるほど。可哀想な自分でいた方が楽ですからね」
美里の自己憐憫が窺える言葉に容易く核心を突いて皮肉を浴びせる凪沙。
凪沙からの容赦のない文言にただ俯き黙り込む美里。
「……………」
「それで?兄さんを裏切ったのは何故です?」
「…………わ、分からない。…………ただ、何故かあの時は、…………あの人がすごく魅力的に見えて」
美里の言葉の裏側に、彼女の本質を見た凪沙は小さく嘆息し、ゆっくりと口を開く。
「あなたはこの先もずっとそうなんでしょうね」
「…………え?」
「常にそうやって理由を自分以外の誰かに見出して、自分からは何もしない。ーーさぞ楽でしょうね」
「ーーっ」
「昔からそうでしたよね?他人が良いと言ったモノを欲しがる。チヤホヤされてる大崎先輩はさぞ魅力的だっでしょう?…………兄さんをちゃんと好きだったなら、あんな男に気持ちが傾くわけないと思いますけど?」
「………………」
傷口に塩を塗り込むような指摘にただ沈黙以外の手段を取れない美里。
しかし、凪沙はさらに畳み掛ける。スマホを取り出し、URLを送ると、それを開くよう促す。
「ーーっ!こ、これは?」
「母の友人の娘さんだそうです。そして、その行為の相手は大崎大地だそうですよ」
「…………」
スマホの画面を伏せるようにテーブルに置き、美里は、最早望まない記憶を振り払う様に俯き歯を食いしばる。
「その動画は先週ネットに上げられたもので、既にだいぶ拡散されてるようです。多分、その所為でしょうけど、大崎大地は無期停学の処分を受けたとか」
「…………わ、私は動画なんて撮らせて無いし、関係ない」
「残念ながらそうはいきませんよ」
「…………な、なんで?」
「今回の騒動、今出てきている情報以外にもまだまだ沢山あるようなんですよ。ーーそれに、あなたのことも少しずつですけど噂になってきていますし。…………とても悪い形で」
「そ、そんな…………」
「自業自得でしょう。何も考えずによく知りもしない男に気を許すからこうなるんです。まぁ、高い授業料だったと割り切るしかないんじゃないですか」
「…………」
美里は悔しさが溢れて膝の上で拳を力いっぱい握りしめた。
「それと、大崎大地の彼女を名乗る三年生が今日兄さんを訪ねてきました。…………あなたと話がしたいから取り次いで欲しいって」
「…………え?」
美里は口を半開きにして呆けてしまう。
まさか、同じ学校にも自分以外の女を作っているとは考えもしなかった。
だが、先日の大地の言動を思い返せば得心のいく話でもある。
そして、同時に自分がどれほど侮られていたのかを再認識して酷く惨めな気持ちで胸がいっぱいなった。
「…………」
「まぁ、内容までは知らないので、後でご自分で聞いて下さい」
自業自得とは言え自尊心を粉々に打ち砕かれた美里は無意識にある男の顔を思い出してしまう。
今日まで共に過ごしてきた幼馴染にして恋人であった男の朗らかな笑顔。
それはぼろぼろに傷付いた今だからこそ、湧き出した気持ちなのは間違いない。
美里は思わず机に両手を着いて前に乗り出し声を張った。
「お、お願い、凪ちゃん!わ、私にチャンスを下さい!」
「はい?」
「な、凪介に取り次いで欲しいの!私、あの男に騙されて--」
この発言がどれだけ身勝手なのかを美里は本当の意味で理解していない。
もし出来ていれば羞恥心と罪悪感からそんな言葉が声に出ることなどありはしない。
だが、本来持つ浅ましく、卑しいその心根は追い詰められたことにより露見し、躊躇なくそれを口にしていた。
そしてその言葉が耳に届いた瞬間、凪沙はテーブル上に身を乗り出し、美里の両頬を左手で力一杯掴んで闇一色の瞳で殺気を満たした視線を獲物へ向ける。
「本当、調子に乗らないでもらえます?」
「ぅゔっ、凪ちゃん!もう、凪介を傷つけたり、しない、からっ!」
目に涙を浮かべて哀願する美里を、真っ暗な瞳で見下しながら恨みを込めて己のうちに溜まりに溜まった呪詛を吐き散らす。
「…………私の気持ちを知ってて奪ったくせに。…………それを踏み躙った挙句にーー」
「ゔぅぅっ…………」
「何も生まない。何も成せない。何も与えない。ただただ兄さんの時間と心を食い潰した乞食が、身の程を弁えないでよくもまぁ…………」
「ご、ごべん、なざい!ごべんなざいぃっ!!もう、裏切りませんから、だから……もう一度凪介と話をーー」
「そんなこと、絶対させない」
「凪ちゃんーー」
凪沙は一息置くと、口角を不気味に上げて唇を三日月状の笑みへと歪に変化させる。
目は見開いたまま、瞳に相変わらず光は無く、奥底まで暗がりが広がっていて、目を合わせると飲み込まれて消えてしまいそうな感覚に恐怖を覚える美里。
両頬を掴む力は変わらず、しなやかな指からは想像もつかないほどの力が込められている。
美里の卑劣な保身に凪介を利用することを阻止すべく凪沙は彼女の耳元までひどくゆっくり顔を近づけ、彼女の耳にかかるようわざと息を抜く様にして独占欲に塗れ、それでいて勝利を宣言する事を併せ持つ言葉を囁いた。
「兄さんと私、もう付き合ってますから」
「…………へ?」
囁くと同時、凪沙はそれまで掴んでいた美里の頬から手を離し、再び椅子に座り直すと美里を卑しめる視線を送り、思わず嘲笑する声が漏れた。
「う、嘘……。だって二人は兄妹でーー」
「血は繋がってないので問題無いです。ですから、もう関わらないで下さいね?鬱陶しいので。ああ、それと--」
「…………っ」
自らを救い、癒す手段が取れなくなった事に顔を絶望に染める。
そんな美里を尻目に凪沙は再びスマホを取り出し、あるホームページを開くと、それを美里の目の前へ突き出す形で見せつけた。
「…………っ!!」
画面に映っていたのは、学校の裏サイト。
そしてそこには大崎大地に関する噂が大量に掲載されていた。
さらに、大崎大地と関係を持った同校・他校の女生徒達の名前や、黒い目線が入った画像などもアップされており、そこには勿論美里の名前も入っていた。
内容は陰惨なものばかりで、事実三割、残り七割はそうで無いもので締められている。
美里に限って言えば、彼氏がいる中そういった真似に及んだ経緯からか、その軽率な振る舞いそのものを忌避する声が多く、それに纏わる蔑称がいく種類も記載されていた。
「何…………これ!?」
「すごいですよね。人の悪意って。……これ見てください。性病姫とか、クラミジア嬢とか。色々言われてますね。……これでもう学校に居場所は無くなりましたね」
「…………」
「これでもうアナタに味方はいないですよ。承認欲求に振り回されたアナタにはお似合いの末路ですね」
「……………………」
美里は思考を停止した。
学内でも一際人気の高かった大崎大地に求められた瞬間、周囲の女生徒達への優越感で満たされた。
女性として、誰よりも価値があるように思えたその時の充足感は何よりも嬉しかった。
だが、今考えればあまりに都合の良いそんな話に裏が無いわけはなかった。
気が付けば自分の手元には何も残っていない。
自分の愚かさが全てを砕いてしまったから。
結局のところ、大地も凪介も美里にとっては承認を満たす道具に過ぎなかったのだ。そして最後はその欲求に振り回され大切なものを失ってしまった。
「あなたの連絡先、田中先輩達に教えておくので、ご自分で対処して下さい。くれぐれも兄さんを頼るような真似はしないで下さいね」
「……………………」
「あと、これ」
再びスマホの画面を凪沙に見せるとそこには、先週の金曜日の夜、公園で凪介をねじ伏せ、立ち去る美里と大地の姿が記録された動画が流れていた。
「大崎大地のように裏で色々やっている人間っていうのは敵を作りやすいんですよ。ですから、こうやって隙を見せた途端に足元を掬われるようなミスを犯す」
「…………っ」
「これ、何かあれば学校に提出しますね。正直、そんなに効果は無いと思うんですけど、騒ぎになって、それでまたあなたが肩身の狭い思いをすると思えば価値はあります。なので、くれぐれも兄さんに近寄らないで下さいね」
「…………」
「それじゃあ、私は行きますから。今日のこと、忘れないでくださいね」
そう言って、焦点の合わない瞳で、ただテーブルの上を見ている美里を置いて軽快に席を立つ凪沙。テーブル上にコーヒー代を置くと呆けた美里へ"お願いしますね"と一言添えて、引き戸を開けてその場を後にする。
帰り際カウンター席にいるマスターへ笑顔で一瞥して店を出る。
店を出る際の凪沙の表情はとても晴れやかだったと後にマスターは語ったと言う。
*******
口に咥えたパイプに火をやり煙をふかして一息ついたマスター。
店の天井をボーっと眺めてひとりごちる
「…………凪沙ちゃん、こっわ」
彼女の顔は少しやつれていて、それを隠すように、着ているパーカーのフードを深々と被っている。
そんな姿にさえ小さな苛立ちを感じる凪沙。
隠すくらいなら日頃の手入れを怠らなければいいーー。手入れを怠った上に、そんな容姿を見られる事を気にするなら外に出なければいいーー。美里の姿一つで、怠慢な人格を感じ取り、さらに苛立ちが増す凪沙。
「フード、とらないんですか?」
「……あんまり見られたくないの」
そう言ってフードの両端を握ってさらに目深に被る美里。
その素振を感情の読めない表情で見つめながらコーヒーカップを口に運ぶ凪沙。
カップをソーサーに置くと、凪沙から話を切り出した。
「今日は学校休まれたんですね。体調が優れないんですか?」
「…………」
凪沙からの他人行儀な問いかけから敵意をひしひしと感じ、下唇を噛み締めて押し黙る美里。
凪沙は言外に突きつけているのだ。"加害者のくせに悲劇を気取るな"と。そして、それを美里は痛いほど理解できている。
だからこそ何も言えずただただ耐えているのだ。
凪沙と美里は決して知らない仲ではない。凪介同様、凪沙もまた美里とは幼馴染である。
凪沙はその上で堅苦しい敬語を使う事で距離を演出し、美里に対し攻撃的な意思を示しているのだ。
「な、凪介は、ど、どうしてる?」
「…………はい?」
勿論聞こえているし、理解もしている。しかし、それでも聞き返しているのは凪沙の細やかな嫌がらせだ。
「…………凪介に酷い事して本当に申し訳ないって思ってて…………」
「…………そう思うなら何故直接兄さんに謝らないんですか?」
「……わかってるんだけど、…………その、…………怖くて」
「ああ…………なるほど。可哀想な自分でいた方が楽ですからね」
美里の自己憐憫が窺える言葉に容易く核心を突いて皮肉を浴びせる凪沙。
凪沙からの容赦のない文言にただ俯き黙り込む美里。
「……………」
「それで?兄さんを裏切ったのは何故です?」
「…………わ、分からない。…………ただ、何故かあの時は、…………あの人がすごく魅力的に見えて」
美里の言葉の裏側に、彼女の本質を見た凪沙は小さく嘆息し、ゆっくりと口を開く。
「あなたはこの先もずっとそうなんでしょうね」
「…………え?」
「常にそうやって理由を自分以外の誰かに見出して、自分からは何もしない。ーーさぞ楽でしょうね」
「ーーっ」
「昔からそうでしたよね?他人が良いと言ったモノを欲しがる。チヤホヤされてる大崎先輩はさぞ魅力的だっでしょう?…………兄さんをちゃんと好きだったなら、あんな男に気持ちが傾くわけないと思いますけど?」
「………………」
傷口に塩を塗り込むような指摘にただ沈黙以外の手段を取れない美里。
しかし、凪沙はさらに畳み掛ける。スマホを取り出し、URLを送ると、それを開くよう促す。
「ーーっ!こ、これは?」
「母の友人の娘さんだそうです。そして、その行為の相手は大崎大地だそうですよ」
「…………」
スマホの画面を伏せるようにテーブルに置き、美里は、最早望まない記憶を振り払う様に俯き歯を食いしばる。
「その動画は先週ネットに上げられたもので、既にだいぶ拡散されてるようです。多分、その所為でしょうけど、大崎大地は無期停学の処分を受けたとか」
「…………わ、私は動画なんて撮らせて無いし、関係ない」
「残念ながらそうはいきませんよ」
「…………な、なんで?」
「今回の騒動、今出てきている情報以外にもまだまだ沢山あるようなんですよ。ーーそれに、あなたのことも少しずつですけど噂になってきていますし。…………とても悪い形で」
「そ、そんな…………」
「自業自得でしょう。何も考えずによく知りもしない男に気を許すからこうなるんです。まぁ、高い授業料だったと割り切るしかないんじゃないですか」
「…………」
美里は悔しさが溢れて膝の上で拳を力いっぱい握りしめた。
「それと、大崎大地の彼女を名乗る三年生が今日兄さんを訪ねてきました。…………あなたと話がしたいから取り次いで欲しいって」
「…………え?」
美里は口を半開きにして呆けてしまう。
まさか、同じ学校にも自分以外の女を作っているとは考えもしなかった。
だが、先日の大地の言動を思い返せば得心のいく話でもある。
そして、同時に自分がどれほど侮られていたのかを再認識して酷く惨めな気持ちで胸がいっぱいなった。
「…………」
「まぁ、内容までは知らないので、後でご自分で聞いて下さい」
自業自得とは言え自尊心を粉々に打ち砕かれた美里は無意識にある男の顔を思い出してしまう。
今日まで共に過ごしてきた幼馴染にして恋人であった男の朗らかな笑顔。
それはぼろぼろに傷付いた今だからこそ、湧き出した気持ちなのは間違いない。
美里は思わず机に両手を着いて前に乗り出し声を張った。
「お、お願い、凪ちゃん!わ、私にチャンスを下さい!」
「はい?」
「な、凪介に取り次いで欲しいの!私、あの男に騙されて--」
この発言がどれだけ身勝手なのかを美里は本当の意味で理解していない。
もし出来ていれば羞恥心と罪悪感からそんな言葉が声に出ることなどありはしない。
だが、本来持つ浅ましく、卑しいその心根は追い詰められたことにより露見し、躊躇なくそれを口にしていた。
そしてその言葉が耳に届いた瞬間、凪沙はテーブル上に身を乗り出し、美里の両頬を左手で力一杯掴んで闇一色の瞳で殺気を満たした視線を獲物へ向ける。
「本当、調子に乗らないでもらえます?」
「ぅゔっ、凪ちゃん!もう、凪介を傷つけたり、しない、からっ!」
目に涙を浮かべて哀願する美里を、真っ暗な瞳で見下しながら恨みを込めて己のうちに溜まりに溜まった呪詛を吐き散らす。
「…………私の気持ちを知ってて奪ったくせに。…………それを踏み躙った挙句にーー」
「ゔぅぅっ…………」
「何も生まない。何も成せない。何も与えない。ただただ兄さんの時間と心を食い潰した乞食が、身の程を弁えないでよくもまぁ…………」
「ご、ごべん、なざい!ごべんなざいぃっ!!もう、裏切りませんから、だから……もう一度凪介と話をーー」
「そんなこと、絶対させない」
「凪ちゃんーー」
凪沙は一息置くと、口角を不気味に上げて唇を三日月状の笑みへと歪に変化させる。
目は見開いたまま、瞳に相変わらず光は無く、奥底まで暗がりが広がっていて、目を合わせると飲み込まれて消えてしまいそうな感覚に恐怖を覚える美里。
両頬を掴む力は変わらず、しなやかな指からは想像もつかないほどの力が込められている。
美里の卑劣な保身に凪介を利用することを阻止すべく凪沙は彼女の耳元までひどくゆっくり顔を近づけ、彼女の耳にかかるようわざと息を抜く様にして独占欲に塗れ、それでいて勝利を宣言する事を併せ持つ言葉を囁いた。
「兄さんと私、もう付き合ってますから」
「…………へ?」
囁くと同時、凪沙はそれまで掴んでいた美里の頬から手を離し、再び椅子に座り直すと美里を卑しめる視線を送り、思わず嘲笑する声が漏れた。
「う、嘘……。だって二人は兄妹でーー」
「血は繋がってないので問題無いです。ですから、もう関わらないで下さいね?鬱陶しいので。ああ、それと--」
「…………っ」
自らを救い、癒す手段が取れなくなった事に顔を絶望に染める。
そんな美里を尻目に凪沙は再びスマホを取り出し、あるホームページを開くと、それを美里の目の前へ突き出す形で見せつけた。
「…………っ!!」
画面に映っていたのは、学校の裏サイト。
そしてそこには大崎大地に関する噂が大量に掲載されていた。
さらに、大崎大地と関係を持った同校・他校の女生徒達の名前や、黒い目線が入った画像などもアップされており、そこには勿論美里の名前も入っていた。
内容は陰惨なものばかりで、事実三割、残り七割はそうで無いもので締められている。
美里に限って言えば、彼氏がいる中そういった真似に及んだ経緯からか、その軽率な振る舞いそのものを忌避する声が多く、それに纏わる蔑称がいく種類も記載されていた。
「何…………これ!?」
「すごいですよね。人の悪意って。……これ見てください。性病姫とか、クラミジア嬢とか。色々言われてますね。……これでもう学校に居場所は無くなりましたね」
「…………」
「これでもうアナタに味方はいないですよ。承認欲求に振り回されたアナタにはお似合いの末路ですね」
「……………………」
美里は思考を停止した。
学内でも一際人気の高かった大崎大地に求められた瞬間、周囲の女生徒達への優越感で満たされた。
女性として、誰よりも価値があるように思えたその時の充足感は何よりも嬉しかった。
だが、今考えればあまりに都合の良いそんな話に裏が無いわけはなかった。
気が付けば自分の手元には何も残っていない。
自分の愚かさが全てを砕いてしまったから。
結局のところ、大地も凪介も美里にとっては承認を満たす道具に過ぎなかったのだ。そして最後はその欲求に振り回され大切なものを失ってしまった。
「あなたの連絡先、田中先輩達に教えておくので、ご自分で対処して下さい。くれぐれも兄さんを頼るような真似はしないで下さいね」
「……………………」
「あと、これ」
再びスマホの画面を凪沙に見せるとそこには、先週の金曜日の夜、公園で凪介をねじ伏せ、立ち去る美里と大地の姿が記録された動画が流れていた。
「大崎大地のように裏で色々やっている人間っていうのは敵を作りやすいんですよ。ですから、こうやって隙を見せた途端に足元を掬われるようなミスを犯す」
「…………っ」
「これ、何かあれば学校に提出しますね。正直、そんなに効果は無いと思うんですけど、騒ぎになって、それでまたあなたが肩身の狭い思いをすると思えば価値はあります。なので、くれぐれも兄さんに近寄らないで下さいね」
「…………」
「それじゃあ、私は行きますから。今日のこと、忘れないでくださいね」
そう言って、焦点の合わない瞳で、ただテーブルの上を見ている美里を置いて軽快に席を立つ凪沙。テーブル上にコーヒー代を置くと呆けた美里へ"お願いしますね"と一言添えて、引き戸を開けてその場を後にする。
帰り際カウンター席にいるマスターへ笑顔で一瞥して店を出る。
店を出る際の凪沙の表情はとても晴れやかだったと後にマスターは語ったと言う。
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口に咥えたパイプに火をやり煙をふかして一息ついたマスター。
店の天井をボーっと眺めてひとりごちる
「…………凪沙ちゃん、こっわ」
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