15分で時間が解決してくれる桃源郷

世にも奇妙な世紀末暮らし

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第4話 選別された者

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 中央電算情報センターへ潜入する事に失敗して武装した警備員に追われながらも何とか逃げ切った菅野は緊張の中で普段通りの都市の生活に戻っていた。江川から託されたUSBドライブには、15分都市の全貌と、その裏で進行している陰謀が刻まれていた。
 街の監視システムに気づかれないように、毎日の行動を慎重にこなしつつ、USBの中身をどう外部に届けるかを四六時中、必死で考えていた。
 住んでいる街のインターネットは完全に監視されているため、迂闊に変なことを調べることもできないし、普通の通信手段でデータを外部に送信することは不可能だった。
 菅野がリスクを背負ってでも江川の命令を実行しようと決めたのは、監視・管理社会に対する自分の不満と怒りがあったからである。
 この15分都市は、人間味と尊厳と自由を奪い、暮らしと労働の効率性と生産性、縛りつけの秩序に従属させる全体主義的な計画の一環だった。そしてそれが、この街に住む誰にも知られることなく着々と進行していることが、菅野にとって許せなかった。
 夜、寂れた商店街の小さな居酒屋で、職場の同僚である今里智久《いまさと・ともひさ》に思い切って話をすることにした。
 今里は会社でも数少ない同僚の中で関わりが深く、実は監視・管理社会の現状を疑問視していた人物である。
 「今里さん、少し相談があるんですが、いいですか?」
 今里は驚きつつも、青木の目に何か決心した何かがあることを感じ取ったのか、静かに頷いた。
「今里さんはずっと住んできて、この街について何かおかしいと思ったことはありませんか?」
 菅野は盗聴マイクに録音されたり、すれ違いの人々に気づかれないように声をひそめながら質問した。
 「そりゃあいるさ。長年住んでいれば、誰しもが一度は疑問のが当たり前さ。ここの整然とした環境と公共の秩序は、不自然だからね。」
 今里は周囲に軽く気を遣いながら答える。
 菅野はその言葉に深く頷いた。それから一思いに江川から渡されたUSBについてカミングアウトした。最初はふざけたジョークと思っていた今里も、菅野の根っからの真面目で真剣な態度を感じ取って、目の前にある危険な証拠に触れて顔色を変えた。
 「それ、本気なのか?」
 今里は動揺している。
 「本気で無ければ今日、相談を持ち込んでません。これの裏に隠された陰謀があるんです。この15都市が単なる桃源郷でも理想郷ではなく、厳密な監視・管理社会の社会科学実験場であることも。」
 菅野は変わらず真面目に真剣に話を続けた。
 今里は一瞬言葉を失ったが、何か決意したかのように口を開いた。
 「それなら俺も協力するとしよう!しょうもないことだろうと外部にこの真実を伝えるためなら、大なり小なりの危険はつきものだし覚悟するよ。」
 今里も協力する決心の言葉を菅野に伝える。
 その日の夜から、2人は誰にも知られずに秘密裏に計画を立てることにした。菅野が15分都市の外部と接触する手段を模索し、今里が情報を発信して拡散するための手段を確保することを試してみることにした。
 そして2人は15分都市の管理システムにさらなる弱点があることを見いだした。それは都市で政府や企業の一部、重要人物のみが使用できる「コード化された通信チャネル」が存在していることだった。通常の市民がそれにアクセスすることは禁じられており、平凡な日常を過ごす以上、無縁も同然である。
 菅野が勤務している職場のシステムエンジニア仲間の一人である今里がこの管理システムの一部に関わっていたからこそ、その存在を知ることができたのだ。
 菅野と協力してくれる今里は政治家、政府官僚など高官や上層部が利用する特別なインターフェースを通じて、この都市の外部とコンタクトできる手段を模索することにした。しかし、それを利用するためには、綿密な準備とタイミングが必要であり、失敗すれば迅速に警察、もしくは政府の特務機関が駆けつけてきてすぐその場で逮捕されるリスクが伴う。最悪、反逆者同然の「内乱罪」の罪になる恐れだってある。
 数日後、2人で立てた作戦を実行する夜が訪れた。2人は、街の中枢にある通信基地に忍び込む準備を整えていた。監視カメラの死角やセキュリティシステムの隙間、動体探知機を見極めながら、深夜の街を進む。街灯も最低限しかない夜の市街は、冷たい静寂に包まれていたが、二人はその中を無言で進んだ。よほどの事がない限り、警察官も巡回する事がないから安心はできる。
 通信基地の入口にたどり着くと、今里が一度大きく深呼吸をして緊張をほぐして通信基地の認証装置にICカードを差し込んだ。ICカードの持ち主は今里の知人のセキュリティ技師で、かなり前に一時的に彼のICカードを預かる機会があったため、今夜はそれを使うことにしたのだ。
 通信基地の施設内部に入り、人1人もいない無人オフィスをすり抜けて通信機器のある室内に到達した。そこには、通常で平凡な市民が触れることのできない厳重で高度なセキュリティが施されていたが、今里が事前に調査していたことで、2人は慎重にセキュリティを解除していった。
 事前調査した甲斐があったのか事がスムーズに進む。
 「よし、良い感じに外部のネットワークへアクセスできるぞ!でかした!」
 今里は上手く行ったことで喜んだ。
 菅野がUSBを通信機器の端末に接続し、ファイルの中にあるデータの送信を始めた。スクリーン上には、進行状況を示すバーがゆっくりと伸びていく。
 しかし、スムーズに事が進んだことを喜ぶのを束の間、突然警報が鳴り響いた。
 「ゲッ!こりゃあやばい!急いでさばいて行こう!」
 今里が叫ぶと、菅野は手慣れたように素早くデータを送信する操作を続けた。
 警報が鳴り響いたことで通信基地内部の監視システムが起動し、外部を巡回していた警備員と仮眠、休息を取っていた警備員がバタバタ装備を身につけて駆けつける準備を始めた。
「侵入者の可能性がある!ネズミもカベチョロ、ハエ1匹も入れないつもりで動け!」
「ボサーッとテレテレ動くなよー!」
「念の為、武装して行け!」
警備員達はお互いに声を掛け合って準備を整えていく。
 データの転送速度が遅く、送信はまだ半分も終わっていなかった。焦る菅野と今里にとって1秒1秒が時間よ止まれといわんばかりかのように長く感じた。菅野は、USBに入っている全てのファイルのデータを転送するのは不可能だと悟り、最低限の情報だけを優先して転送することに切り替えた。
 作業をしている最中、今里が何かが後ろから体内に蠢くような気配を感じ、振り返った。廊下の奥に、武装警備員がSIG社製のP220自動拳銃やUMP45サブマシンガンを構えられるように持った姿で現れたのである。
 「ここは俺が時間を稼ぐ!菅野は先にズラかってろ!」
 今里は自分から武装した警備員たちの注意を引くため、廊下に飛び出して奇声を発した。菅野は一瞬ためらったが、助けてくれた同僚の決断を無駄にしないと誓って転送が完了するのを待たずに通信機器のある室内を飛び出した。
 菅野は通信基地から命さながら脱出し、暗闇に紛れて逃げ出した。だがその背後で、今里が捕らえられている音と武装警備員たちの掛け声が響き、菅野本人の胸は締めつけられた。だが、今里の犠牲を無駄にするわけにもいかず彼は立ち止まらないようにした。
 現場を抜けた菅野は、かろうじて警備員の隙を突いて囚われの身から脱出した江川との合流地点へと急いだ。約束の場所には、江川が既に待っていた。彼は江川の逃げ切って息を切らす姿を見て、安心したが、今里がいないことにすぐ気づいた。
 「今里さんはどこに…?」
 江川は唖然とした表情で聞いた。
 菅野は言葉を発する事が出来ず、江川は理解したように目を伏せた。
 「今里さんのことは、必ず助け出す。それよりも、無事に戻ったことが大きな収穫だ。」
 江川はそう言って菅野を励ます。
 2人が転送したデータが外部に届いていることを祈りつつ、アジトへと向かった。これで、15分都市の闇が世界中に広まり、監視・管理社会の化けの皮が剥がれることを信じて。
 都市は相変わらずいつも通りの様子だったが、その背後には犠牲と痛みが存在していた。菅野も江川は、今里を救出する方法を考えつつ、この15分都市の闇を終わらせるために終わりの見えない、先の見えない戦いに身を投じる覚悟を決めた。
 あれから囚われていた江川が逃げ出したことで警備側も血相かいて捜索を始め、最悪、警察の動きも活発になるかもしれない。それでも戦い続けると2人は決心した。
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