恐怖耐性を上げ過ぎると、恐怖の対象になるようです

シバトヨ

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デュラハンの恐怖

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「要約すると、体が入れ替わった。ってことだな」
 長い説明をバッサリと切り捨てた俺は、肩で息をしている二人に確認した。
「そうだ。そうなのだが……一言でまとめられるのは、なにかこう……モヤモヤするのだが?」
「お前の話、結構長いんだよ。つまんねぇし」
「つまっ!?」
 両膝から崩れ落ちるフルプレートのマーア。
 彼女の本名は、サントラ・サイトというらしく、未だに睨んでいるヤンキー聖女が元の体らしい。
「ふんっ! 聖職者の説法など、つまらんに決まっとるだろ」
 そして、ヤンキー聖女の体を使っている方が、両手両膝を石の床に着いて項垂れているフルプレートの騎士の体の持ち主。
 さらに言うなら魔人のデュラハンだという。
「ってか、デュラハンってのは、頭と体が分離してんじゃねぇのか? マーアのはくっついているみたいだが?」
「頭を抱えて戦うのは不馴れだからな。鍛冶屋に頼み込み、兜と胸当ての一部を溶接してもらった」
「おい。それは外せるのだろうな?」
 少し青ざめた聖女が、すぐさま問いただす。
「むろん、問題ない。反対側からナイフでつつけば切断できる」
「なら良い」
「………………」
 ……どうして二人の体が入れ替わったのか。
 それは不慮の事故だったそうだ。

 今から半年ほど前。
 当時、勇者と旅をしていた聖女様は、四天王の座を争う七人の内の一人と出会った。件のデュラハンのことだ。
 そして、なんやかんやで戦闘が始まった。
 その最中に勇者が弾いたデュラハンの頭が、聖女様へと飛んでいき、彼女の背後にあった坂へと一緒に転がり落ちていった。
 勇者が坂の下を確認すると、
「「入れ替わってるぅぅぅううう!?」」
 と、謎の絶叫をする聖女と頭があったそうだ。終わり。

 これだけの説明に、なぜマーアは二時間近くも時間を掛けられるのだろうか。俺には不思議で仕方がない。
「モー子。もう夜も遅いし、何処かに泊めてもらえるように交渉しに行くぞぉ」
「うむ。我の可愛らしさで従順にしてやるのじゃ!」
 街で色々な物を譲り受けるモー子の固有技術『あざと可愛い』が炸裂したおかげで、俺とモー子、マーアとヤンキー聖女様の夜は平穏無事に過ぎていった。



 夜が明け、舞台は村の広場へ。
「さて……そろそろやるとするか」
「そうだな……時が来た」
 瞳を閉じた聖女といつも背中に背負っているハンマーを杖代わりに地面についているフルプレートアーマーの騎士。
 二人にしか分からない、因縁染みたものが、これまた二人の間に漂っているのだろう。
 どちらが先に仕掛けるのか。
 あまりの緊張感に、二人は微動だしない。まさしく達人同士の戦いの様相である。

 などと、シリアスな場面をお送りしているが、実際のところはそんな重っ苦しい話なんかではない。
「まずは鎧の解体からだな」
「うむ。ひと思いにやってくれっ!」
 二人の体が入れ替わったのは、聖女がデュラハンの頭を持って坂を転がり落ちたからだ。
 なら、もう一度同じことをすれば、再び入れ替りが行われ、それぞれが元の体に戻るのでは? という考えに基づいてのこと。
 そのために、マーアが鍛冶屋に頼み込んだ鎧の接合部分を外す作業をしている。
「こ、こら。くすぐったいぞ」
「仕方がねぇだろ。見えにくいから、触らねぇと分かんねぇんだよ」
 今更だが、聖女って、あんなに口が悪いのか?
 俺の勝手なイメージでは、もっとこう……ふんわり? 優しげな口調だと思っていたんだが。
 今の聖女は、何処に出しても暴走族の総長を任せられる気がする。
「っと、やっと外れやがった」
 溶接されていた箇所がナイフで切断され、マーアは頭を取りそこなう。
「痛っ」
「おめっ! 他人の体なんだがら、もっと大事に扱いやがれっ!」
 そう言いながら外れた頭を叩くヤンキー聖女様。その言葉、自分にも帰ってきていると気付こうな。
「じゃが、本当に坂を転がるだけで戻るのかのぉ?」
 それは俺も疑問に思う。
 そんな、漫画やゲームじゃあるまいし、簡単に入れ違いが起こるわけがない。
 しかし、坂の前で準備運動をしている二人は、簡単に元通りになる。と、疑いもしていないのだろう。
「そんじゃ行くぜっ!」
「やれっ!」
 デュラハンの頭を持ったヤンキー聖女は、その場で宙返りをしながら下り坂へと突入した。



 結論から言うと、入れ替わりは発生しなかった。
 そりゃそうだろ。坂道を転がるだけで入れ替わる方がおかしい。
 二人は何度も繰り返し、坂道を転がり回っていたため、身体中が青アザだらけになっている。
「くそっ!」
 ヤンキー聖女は酒を片手に持ち、なにもないテーブルを平手で叩く。
「なんでだ。なんでもとに戻れねぇんだよっ! なぁ? 教えろよぉぉぉおおお!!」
「俺に食い付かれても困るんですけど」
 というか、聖女なのに昼間から酒を飲んでていいのだろうか。
 そんな俺の心配もお構い無しに、ガバガバと酒を喉に流し込んでいく聖女様。
 対して、首を抱えたマーアは、グラスを両手で握りこんでまったく動かないでいた。
 あまりにも動かないので、中身を捨ててきてしまったのではないかと疑ったほどだ。
「はぁ~」
 テーブルの上に置いた頭から、空気の漏れたような溜め息が聞こえた。一応、中身はいるらしい。
 対照的な二人を眺め、俺とモー子は言う。
「「諦めて、その体で過ごせば?」」
 ぶっちゃけ、どうでもよくなってきた。
「ふざけんなっ!」
 と、酒を飲んでいたヤンキー聖女が俺に指を指してくる。
「この体で過ごす事の大変さがっ! おめぇに分かるのかっ!?」
「……むしろ、デュラハンの体より過ごしやすそうな気がするんですけど?」
 実際、聖女様は眉間に山脈を作らなければ、そこそこの美少女なんだよ。
 その可愛らしさを使えば、例えば、モー子みたいな方法で生活していくことも不可能ではないはず。
 それに、聖女という立場がある。
 これを利用すれば、教会で仕事をしながら生活していくことも出来るはずだ。
「分かってねぇ。分かってねぇよ! おめぇはっ!!」
 ジョッキをテーブルに叩き付けるように置いた聖女様は、さらに続けて苦労話を始める。
「この体のステータスがっ! 大っ! 問題なんだよっ!!」
「ステータス?」
「あぁ、そうだ! 器用さが異常に低いせいでなっ! 攻撃を当てようにも全然当たらねぇ! それどころか、道に落ちてるゴミで足を捕られて、転けて、ダメージを受ける始末なんだぞっ!」
 確かに。マーアのハンマーは避け続けていたが、脱ぎ捨てた服や石畳の隙まで転んでいた気がする。
「だいたいっ! 四天王の座を争っている最中なんだぞ? 俺は。にもかかわらずだなっ! 俺の得意スキルのレベリングが、半年もストップしてやがんだっ!! ちくしょっ!!」
 それは体が入れ替わっているから、スキルのレベルが上がらねぇって事なのか?
 そんな疑問に対する答えは、マーアの口から出てきた。
「む? 入れ替わった後でも、各々のスキルはレベルアップが出来たはずだぞ? 現に最近。私のスキルもレベルが二三上がったからな」
「へぇー。体は関係ねぇのか?」
「そもそも、スキルカードは魂の情報を視覚化したものと言われている。体が入れ替わってはいるが、魂が変化した訳でもないからな。スキルカードは各々のステータスが記載されることになるのだ」
 よく分からん話になった。
 が、体が入れ替わっても、スキルが保持される事はなんとなく分かった。レベルアップも出来るようだしな。
「ってことは、別にレベルアップが止まっている原因は、体が原因って訳じゃねぇじゃん」
「ちげぇ……そうじゃねぇんだよ……」
 机に両腕で枕を自作し、頭を埋めていく酔っ払い聖女様。
 どうやらおねむの時間となってしまったようだ。
「まったく。こやつは子供かのぉ」
 モー子に言われたくないと思うのだが?
「酒に酔って寝てしまうとは……うん?」
「どうかしたのか?」
「これ……リンゴジュースじゃの。酒ではない」
「「………………」」

 彼女が苦労している原因は、器用さ以外にもあるんじゃねぇだろうか。
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