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イグナスの正体〜サンドラ視点
しおりを挟む「ああ......。イグナス......。イグナスが死んでしまう...... 」
我が顔を青ざめさせていると、ランドルフ元子爵はキキキ、と笑った。
「姫君よ。あれはあの程度で死にはしません。それに、あの鞭は特別なものでしてな。
あれは特別痛みを感じるように作っておりますが、皮膚が破れたりはしにくく、体にダメージが少ないように作ってあります。
まあ他国の間者を捉えた時などに使う拷問器具ですな。殺すと情報が入りませんゆえ、死なないように上手く作ってあるのです。と言っても、特別訓練された者でなければ、痛みでショック死しますがね」
「その方が地獄ではないか!あの、か弱くて優しいイグナスが.あのような目に遭って.....。我が守ってやらねばならぬのに...... 」
「キキキッ。あれは相当上手く化けておりますなあ。さすが私が作り上げた傑作品ですな」
「何のことだ」
「それを話す前に、まずは我がランドルフ家のことからお話いたしましょう」
ランドルフ元子爵は、ゆっくりと話し始めたーー。
ランドルフ子爵家は、代々闇を司る家で、国の裏側を守ってきた家なのだそうだ。
諜報活動、暗殺、敵国の間者の尋問、犯罪者の罰を実行するなど、要するに汚れ役を引き受ける家なのだ。
ランドルフ元子爵は愛国心が強く、自らの体を実験台にして、様々な毒を試すなどしていたことから、今のような醜悪な姿になったそうな。
政治は綺麗事だけではないことは何となくはわかるが......。
「そして、我々の最も大切な任務は、王族を守ることにあります」
元子爵はひとつ間を置いて、再び語り始めた。
「私が作るのは、特殊護衛という者です」
王族が生まれた瞬間に、その赤子につく影が任命され、その日から生き地獄のような特訓がなされること。
そしてイグナスは、我に付けられた特殊護衛なのだそうだ。
「あなた様がお生まれになった時、あれは7歳でございました。あの時から様々な特訓を受け、影にふさわしい体になるための食事制限もなされます。騎士のように目立つ体ではいけませんので、背があまり伸びないように肉や魚などを制限いたしますが、イグナスはすぐに大きくなってしまうので、可哀想に、それまで大好きだった肉をほとんど食べられなくなりました」
「え......。じゃあ、肉や魚より、穀物が好きと言っていたのは本心ではなかったのか......。それに、子供の時からいじめられっ子だと思っていたのは、お前たちがイグナスをあのように痛めつけていたのだな...... 」
「これも、全て、あなた様をお守りするためであります。あれが一人いるだけで、100人分の護衛をつけている程度には役立ちましょう」
「なぜ......、主人である我にまで影であることを隠すのだ?」
「それは未熟なものに、そのように大きな力を持つものを与えると、良からぬことに使われてしまう可能性があるからです。影は忠実に主人の命令を遂行いたしますから、ある意味諸刃の剣なのです。だから私と王様、王妃様だけがこのことを知っており、開示が必要になれば、3人で話し合いのもと知らせることにしております」
「そんな......それではイグナスは、我が生まれた時から奴隷のようなものではないか...... 」
「まあそのようなものですな。影の任命は、本人の意思は聞かず、私が決めますからな」
7歳の時から......。自由を奪われ、苦しい特訓と食制限を受け、ひたすら主人のためだけに尽くす者......。
今までのイグナスを思い返し、全てが納得のいく行動だった。
「イグナスはさぞ、我を憎んでいるであろうな......。我を好きだなどと、勘違いだったのか......?」
「それは後で本人に聞けばよろしかろう。ただひとつ言えることは、憎んでいる者に、あそこまで尽くせるかということですな」
そうだ......。イグナスは、いつだって我に優しい瞳を向けてくれていた。
我のせいでこんな目に遭っているというに......。
我はイグナスの数々の優しさを思い出して、胸が締め付けられた。
「分かったよ、元子爵殿。我が考えなしでしてきた過ちを、全てイグナスが後始末し、我を守っていたのだな。それでも拭えぬような過ちを犯してしまえば、罰を受けるのは我自身ではなく、我に忠実に仕えてくれる大切な者たちに及ぶと言いたいのだな」
「ご明察。もしも姫君が良からぬことを企んだとしましょう。それが明るみに出た場合、姫君が処刑されるのではなく、イグナスが処刑されるのです。あなたの犯した罪を全て自分のものにして。」
元子爵は、顔に似合わず優しい手つきで我の頭をそっと撫でた。
「高貴なお方は、自分で罪を償うことができない身なのです。だからこそ、ちゃんと教育を受け、他人の模範になるような振る舞いをし、行いの一つ一つに深い配慮が必要なのです。分かりましたか?」
「......あい分かった。子爵殿の言葉を魂に刻んで、これから王女教育をきちんと学び直そう。だから頼む、イグナスを我の奴隷から解放してやってはくれまいか...... 」
「......よろしいので?」
「我に逆らえぬようにされたイグナスに、そばにいてもらっても辛いから....... 」
「姫君がそう望むのならそのように致しましょう。今の折檻も終わりに致します」
「イグナスに伝えてくれ。今まで済まなかったと。これからは、自分の好きなように生きろ、と」
こうして我の大切な従者はいなくなってしまったーー。
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