上 下
22 / 28

長からの帰国命令

しおりを挟む
「姫君......ご無事で何よりでした」

俺は、姫君が初めて見せる涙を拭いもせず、俺の血を拭ってくれていることに感動していた。

俺に恋愛感情を自覚なさってから、女らしさを見せるようになった姫君がますます愛おしい。

俺は姫君の頬に伝う涙を、そっと指で拭った。


「すまない......イグナス、お前を守ってやると約束したのに守れなくて......本当にすまない......」

大粒の涙をこぼし続ける姫君は、本当に愛らしくて胸がぎゅっと締め付けられる。

「何をおっしゃいます、姫君。貴女をお守りするのが私の務め。貴女が私を守る義務などひとつもないのですよ」

「そんなことない!我はお前の主人だ。主人は、我に仕えてくれるものを守る義務があるはずだ!」

「ですがそれは、ご主人様がご無事の上での義務でございます。ご主人様を失くせば、仕える者は路頭に迷うのですから。それに今は、私たちは主従の関係だけではございませんでしょう?男が愛する恋人を守るのはごく当たり前のことでございますから、どうか、もうそのように泣かないでくださいませ」

「それはそうかもしれないが......もしもあのままボスが引かなければ、イグナスがどうなっていたかわからぬではないか。イグナスにもしものことがあったら我は、たとえ国際問題になろうとヤツらをメッタ斬りにしていたぞ」


俺は拷問に耐える訓練も受けているから、あの程度の嬲りなど大したことはないのだ。

相手に殴らせながら勝機を見出す。

あの時姫君の方へ足を向けたボスに、俺はすがるふりをしながら胸ぐらを掴んだ。

片手でボスを逃さないように掴んだまま、もう一方の手の指に仕込んだ暗器を彼の両目に突きつけて動きを止めた。

小声で彼の耳元で囁く。

(これ以上お遊びを続けるつもりなら、お前たち全員をバラバラに砕いて、死体すら残らぬようにしなければならないが如何致す?......それから俺のこと、無駄口叩かぬ方が身のためぞ)

ボスは闇の者だから、これだけ示せば俺がヤバいヤツだと悟るだろう。

ボスは俺の読み通り、大人しく去って行ったのだが、姫君にはわかるはずもなかろう。


「大丈夫です。国や姫君が窮地に立たされるようなことには、このイグナスが致しませんから。姫君は私に守られて、守り抜いた私に褒美をくだされば良いのです」

「褒美か?なんでもやるぞ。時計か?......新しい剣でも良いな?」

「なんでもくださると言質いただきましたよ?それでは貴女の心地よい唇をいただきとうございます」

そう言って俺は、焦りまくっている可愛い姫君に、遠慮なく口付けた。


あまりに無防備な発言をなさる姫君に、俺は軽いキスだけでは抑えきれず、姫君の口内まで頂いてしまった。

姫君は真っ赤になり、恥ずかしがっていたようだが、次第に女の顔になって蕩けている。

ああ、なんて愛しいんだろう......。このままふたりでどこか遠くに行ってしまえたら......。


俺はそんなことを考えながら、夢見心地で姫君を抱きしめていると、一羽の鳩が俺の肩へ止まった。

一気に現実に引き戻される。

(長からだな)


俺は名残惜しいが姫君の身体を解き放って、鳩の足から手紙を外した。

『お前のやったことすべてお見通しぞ。分かっておろうな?今すぐ姫君を王宮に連れ帰れ』


ああ、分かっていたとも。

専属の影は俺だけだが、一国の姫君をたったひとりで守るはずもなかろう。

万が一の時には、俺を囮にしている間に姫君を攫って国へ連れ帰る算段で、何人かの影が俺たちを見張っているに違いないのだ。

いくら俺でも影を複数相手にしては、姫君を連れて逃げることなどできはしない。


俺はため息をこっそりついて、姫君に言った。

「姫君。残念ですが、貴女の恋人でいられるのも今日限りのようです。急いで王宮に帰りましょう」

俺は帰ってからのお仕置きよりも、姫君と離れなければならないであろう予感の方が辛かったーー。





*本文で書けなかったのですが、下賎な輩に渡した薬は痛み止めではなく便秘薬です。
 奴らはお腹が痛いときにそれを飲んでさらに大変なことに......。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...