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姫君だけを愛し抜く男にしか渡せない
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アーロン殿とのデートの日ーー。
「姫君⁈ まさか、その格好でお出かけなさるのですか⁈ 」
姫君はいつもの女剣士の出で立ちをしている。化粧のひとつもなさらないで。
俺は青くなって叫んでしまった。
「侍女殿? 私は今日は、姫君のデートだと言っておいた筈ですよ?観劇をなさる格好には見えませんが?」
サンドラ姫には侍女がふたりついているのだが、いかんせんやる気がない方々だ。
まあ、姫君がちっとも言うことを聞かないお方だから致し方ないと言えばそれまでだが……。
「イグナス殿、われらは一応姫君に着飾るよう進言致しましたのよ。ですが姫君が必要ないと仰れば、われらに何ができましょう?」
ひとりの侍女殿が言えば、もうひとりの侍女殿が付け足すように言った。
「姫君はイグナス殿の意見ならば聞く事が多いゆえ、そなたが姫君のお支度をなされば良いのです。今から頑張れば、何とか間に合いましてよ」
そんな……。自分の仕事を丸投げか?
俺は溜息をついて、姫君のクローゼットに向かった。
姫君に似合う服は……。
俺は白いワンピースにピンク色のショールを出して姫君に言った。
「姫君。急いでこちらに着替えて下さい。着替えられたら、御髪を整えますのでドレッサーの前で待っていますから」
「こんな甘ったるい格好をするのか?我には似合わないだろうが」
「いいえ、それを着て、静かに微笑んでいれば、やんごとなき深窓の姫君に大変身できまする」
「イグナスがそう言うなら……。我が着替えねば、お前が侍女たちにいじめられてしまいそうだしな」
「そのような事は気にせずとも良いのです。私はただ、姫君に相応しい殿方を逃してはならないと思えばこその進言です。どうかお聞き入れ下さいませ」
姫君は渋々侍女たちと着替えをしに隣の部屋に入って行った。
しばらくして俺の前に現れた姫君はまこと年相応の王女らしく。
「大変お似合いでございます、姫君。さ、その洋服に似合う髪にして差し上げますゆえ、鏡の前にお座り下さいませ」
俺は姫君の美しい赤髪を、優しく丁寧に梳いた。サイドを綺麗に編み込み、ショールに合わせたピンク色のリボンを両サイドにあしらった。
日頃は情熱的に見える赤髪が、こうして見ると可憐な少女に見えるからおなごと言うのは不思議だ。
「少しだけ、化粧致しますゆえ、瞳を閉じていただけますか?」
姫君は俺の言うがままに目を閉じた。
愛しい姫君のその顔に、引き寄せられそうになるのを堪えながら、唇に桃色の紅を差す。
ああ、この唇を自分のものにできる殿方が羨ましい……。
俺は邪な感情が浮かんで来るのをかぶりを振って消し去った。
何を今更。
俺は姫君の幸せだけを守る影。
余計なことを考えるんじゃないーー。
「さ、出来ました。大変美しゅうございます。これならアーロン殿もイチコロに落ちましょう」
「お前はほんに器用じゃなあ。何をやらせても上手いから、お前ひとり居れば何もいらぬな」
姫君がにっこり微笑む後ろで、目を釣り上げた侍女がふたり俺を睨んでいた……。
「さっ、姫君。馬車を用意致して居りますゆえ、待ち合わせ場所までお送り致しましょう」
俺は侍女たちの視線から逃げるように部屋から退室した。
アーロン殿の進言で、ふたりの間柄がどのように進展するか分からぬ内は、公に知られぬようデート致しましょうとの事で、邸まで行かず待ち合わせ場所を決めたのだ。
なかなかに思慮深いアーロン殿は非の打ち所がないのだが、逆にそれが女にモテる事を証明しているようでそこだけが不安だ。
姫君おひとりだけを、心底愛し抜いてくれる者でなければ俺は姫君を渡せない。評判通り、誠実な男であってくれと俺は願った。
「姫君⁈ まさか、その格好でお出かけなさるのですか⁈ 」
姫君はいつもの女剣士の出で立ちをしている。化粧のひとつもなさらないで。
俺は青くなって叫んでしまった。
「侍女殿? 私は今日は、姫君のデートだと言っておいた筈ですよ?観劇をなさる格好には見えませんが?」
サンドラ姫には侍女がふたりついているのだが、いかんせんやる気がない方々だ。
まあ、姫君がちっとも言うことを聞かないお方だから致し方ないと言えばそれまでだが……。
「イグナス殿、われらは一応姫君に着飾るよう進言致しましたのよ。ですが姫君が必要ないと仰れば、われらに何ができましょう?」
ひとりの侍女殿が言えば、もうひとりの侍女殿が付け足すように言った。
「姫君はイグナス殿の意見ならば聞く事が多いゆえ、そなたが姫君のお支度をなされば良いのです。今から頑張れば、何とか間に合いましてよ」
そんな……。自分の仕事を丸投げか?
俺は溜息をついて、姫君のクローゼットに向かった。
姫君に似合う服は……。
俺は白いワンピースにピンク色のショールを出して姫君に言った。
「姫君。急いでこちらに着替えて下さい。着替えられたら、御髪を整えますのでドレッサーの前で待っていますから」
「こんな甘ったるい格好をするのか?我には似合わないだろうが」
「いいえ、それを着て、静かに微笑んでいれば、やんごとなき深窓の姫君に大変身できまする」
「イグナスがそう言うなら……。我が着替えねば、お前が侍女たちにいじめられてしまいそうだしな」
「そのような事は気にせずとも良いのです。私はただ、姫君に相応しい殿方を逃してはならないと思えばこその進言です。どうかお聞き入れ下さいませ」
姫君は渋々侍女たちと着替えをしに隣の部屋に入って行った。
しばらくして俺の前に現れた姫君はまこと年相応の王女らしく。
「大変お似合いでございます、姫君。さ、その洋服に似合う髪にして差し上げますゆえ、鏡の前にお座り下さいませ」
俺は姫君の美しい赤髪を、優しく丁寧に梳いた。サイドを綺麗に編み込み、ショールに合わせたピンク色のリボンを両サイドにあしらった。
日頃は情熱的に見える赤髪が、こうして見ると可憐な少女に見えるからおなごと言うのは不思議だ。
「少しだけ、化粧致しますゆえ、瞳を閉じていただけますか?」
姫君は俺の言うがままに目を閉じた。
愛しい姫君のその顔に、引き寄せられそうになるのを堪えながら、唇に桃色の紅を差す。
ああ、この唇を自分のものにできる殿方が羨ましい……。
俺は邪な感情が浮かんで来るのをかぶりを振って消し去った。
何を今更。
俺は姫君の幸せだけを守る影。
余計なことを考えるんじゃないーー。
「さ、出来ました。大変美しゅうございます。これならアーロン殿もイチコロに落ちましょう」
「お前はほんに器用じゃなあ。何をやらせても上手いから、お前ひとり居れば何もいらぬな」
姫君がにっこり微笑む後ろで、目を釣り上げた侍女がふたり俺を睨んでいた……。
「さっ、姫君。馬車を用意致して居りますゆえ、待ち合わせ場所までお送り致しましょう」
俺は侍女たちの視線から逃げるように部屋から退室した。
アーロン殿の進言で、ふたりの間柄がどのように進展するか分からぬ内は、公に知られぬようデート致しましょうとの事で、邸まで行かず待ち合わせ場所を決めたのだ。
なかなかに思慮深いアーロン殿は非の打ち所がないのだが、逆にそれが女にモテる事を証明しているようでそこだけが不安だ。
姫君おひとりだけを、心底愛し抜いてくれる者でなければ俺は姫君を渡せない。評判通り、誠実な男であってくれと俺は願った。
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