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絶世の美女の嘘
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昨日、あんなことをした後だと言うのに、愛羅はいつも通り雅人に接していた。
誰とも付き合ったことがない、と言っていた愛羅だが、雅人にはそれが信じられない。
(愛羅が嘘を言っているとは思わないが、付き合ったことがなくても、そう言うことは経験済みとか?)
初めてならば、もっと恥ずかしそうにしたり、ギクシャクするものではなかろうか。
(だいたい何の経験もない女性が、赤の他人に仮の恋人になってあげるなどと言えるだろうか?)
あの美しさで22年も咲いている花を、誰も摘んだことがないなどと納得できない雅人だった。
その一方で、愛羅は昨夜、寝室に鍵をかけ、ベッドの中でゴロゴロと転がり悶えていた。
(ああっ、雅人さんの唇暖かかった。ファーストキス、すごく優しくしてくれた。大好き!もっともっとデートしたいな)
一刻も早く「仮」から卒業したい愛羅だった。
(今は仮の恋人だから、冷静に振る舞っていなくちゃ)
そんなふたりは最後の週も同じように始めた。
雅人が朝食を作り、愛羅を送る。
職場の少し手前で別れ、雅人は愛羅がちゃんと職場の中に入るまで見届けた。
雅人は体を反転させ、マンションへ帰ろうとした、その時。
「君、ちょっといいかな」
知らない男に声をかけられた。
スーツ姿で清潔感ある短髪の、見目が良い長身の男だ。30歳の雅人よりは若いだろうことは見て分かった。
「どなたですか?」
「俺は愛羅の婚約者だ」
雅人は一瞬息が詰まった。
「愛羅が君の世話になっているようだね。俺と喧嘩して、アパートから逃げ出してしまって、どこで寝泊りしているのかと思ったら......君のような男のマンションにいようとは」
男は雅人の全身をすうっと流すように見てから、更に言った。
「まあ、君なら安全だって、愛羅は思ったのだろうな」
男はいかにも奥手そうな雅人を見て、愛羅とは何もなく、ただ居候しているのだろうことを暗に言ったようだ。
「......俺は愛羅がストーカーに付き纏われていると聞いているのですが?」
雅人がそう言うと、その男はぷっと吹き出した。
「まさか。そんなの嘘に決まってるだろ。俺がいつも気をつけてやっていたんだから、そんなことがあるなら俺に助けを求めてる」
「あなたがストーカーなのではないですか?」
雅人がそう言うと、男は肩を竦めて一枚の写真を差し出した。
「俺は〇〇銀行に勤める桜庭と申します。愛羅とはいとこにあたるもので、幼い時からお互い想いあい、結婚を約束した間柄なんです。それだけ長い付き合いで、ストーカーだなんて馬鹿馬鹿しい」
桜庭という男が見せた写真には、幼い頃の愛羅と男の子が仲良く手を繋いで遊ぶ姿が写っていた。
雅人は考えてみれば、これだけ見目が良く、立場もしっかりとした男が、ストーカーなどするとは思えなかった。
(どちらかと言うと、俺の方がストーカー役が似合うよな)
雅人は自虐的なことを考えながら、桜庭に尋ねた。
「愛羅とは、どう言ったことで喧嘩をしたのですか?」
「いや、恥ずかしい話だが、俺が少し、結婚を焦りすぎてしまってね。愛羅はまだ22だから、もっとゆっくりしたいってことだったんだろう。今度愛羅に会ったら、愛羅の気持ちが落ち着くまで待ってやるって言うつもりだ」
「そうだったんですか。......ですが、やはり、愛羅からもちゃんと話を聞かないと、俺も中途半端なことはできないんで」
「あなたがそこまで責任を感じることなどありませんよ。だって、あなたはただの赤の他人なのだから」
桜庭はそう言って、クスリと笑った。
「......それでも、愛羅は俺を頼って、俺のところに来たのです。だからやはり、本当にあなたがストーカーではないと愛羅の口から確認するまでは、俺は責任があると思っています」
雅人がそう言うと、桜庭は大袈裟にため息をついて言った。
「では、愛羅が帰って来る時、私とあなたでここで待っていましょう。そうして私が本当にいとこでストーカーではないと愛羅が言った時は、あなたは速やかに一人で家へ帰ってください。愛羅の荷物は日を改めて、俺が取りに行きますから」
「......分かりました。そうします」
話が纏まったふたりは、それぞれ別の方向へ歩いて行った。
誰とも付き合ったことがない、と言っていた愛羅だが、雅人にはそれが信じられない。
(愛羅が嘘を言っているとは思わないが、付き合ったことがなくても、そう言うことは経験済みとか?)
初めてならば、もっと恥ずかしそうにしたり、ギクシャクするものではなかろうか。
(だいたい何の経験もない女性が、赤の他人に仮の恋人になってあげるなどと言えるだろうか?)
あの美しさで22年も咲いている花を、誰も摘んだことがないなどと納得できない雅人だった。
その一方で、愛羅は昨夜、寝室に鍵をかけ、ベッドの中でゴロゴロと転がり悶えていた。
(ああっ、雅人さんの唇暖かかった。ファーストキス、すごく優しくしてくれた。大好き!もっともっとデートしたいな)
一刻も早く「仮」から卒業したい愛羅だった。
(今は仮の恋人だから、冷静に振る舞っていなくちゃ)
そんなふたりは最後の週も同じように始めた。
雅人が朝食を作り、愛羅を送る。
職場の少し手前で別れ、雅人は愛羅がちゃんと職場の中に入るまで見届けた。
雅人は体を反転させ、マンションへ帰ろうとした、その時。
「君、ちょっといいかな」
知らない男に声をかけられた。
スーツ姿で清潔感ある短髪の、見目が良い長身の男だ。30歳の雅人よりは若いだろうことは見て分かった。
「どなたですか?」
「俺は愛羅の婚約者だ」
雅人は一瞬息が詰まった。
「愛羅が君の世話になっているようだね。俺と喧嘩して、アパートから逃げ出してしまって、どこで寝泊りしているのかと思ったら......君のような男のマンションにいようとは」
男は雅人の全身をすうっと流すように見てから、更に言った。
「まあ、君なら安全だって、愛羅は思ったのだろうな」
男はいかにも奥手そうな雅人を見て、愛羅とは何もなく、ただ居候しているのだろうことを暗に言ったようだ。
「......俺は愛羅がストーカーに付き纏われていると聞いているのですが?」
雅人がそう言うと、その男はぷっと吹き出した。
「まさか。そんなの嘘に決まってるだろ。俺がいつも気をつけてやっていたんだから、そんなことがあるなら俺に助けを求めてる」
「あなたがストーカーなのではないですか?」
雅人がそう言うと、男は肩を竦めて一枚の写真を差し出した。
「俺は〇〇銀行に勤める桜庭と申します。愛羅とはいとこにあたるもので、幼い時からお互い想いあい、結婚を約束した間柄なんです。それだけ長い付き合いで、ストーカーだなんて馬鹿馬鹿しい」
桜庭という男が見せた写真には、幼い頃の愛羅と男の子が仲良く手を繋いで遊ぶ姿が写っていた。
雅人は考えてみれば、これだけ見目が良く、立場もしっかりとした男が、ストーカーなどするとは思えなかった。
(どちらかと言うと、俺の方がストーカー役が似合うよな)
雅人は自虐的なことを考えながら、桜庭に尋ねた。
「愛羅とは、どう言ったことで喧嘩をしたのですか?」
「いや、恥ずかしい話だが、俺が少し、結婚を焦りすぎてしまってね。愛羅はまだ22だから、もっとゆっくりしたいってことだったんだろう。今度愛羅に会ったら、愛羅の気持ちが落ち着くまで待ってやるって言うつもりだ」
「そうだったんですか。......ですが、やはり、愛羅からもちゃんと話を聞かないと、俺も中途半端なことはできないんで」
「あなたがそこまで責任を感じることなどありませんよ。だって、あなたはただの赤の他人なのだから」
桜庭はそう言って、クスリと笑った。
「......それでも、愛羅は俺を頼って、俺のところに来たのです。だからやはり、本当にあなたがストーカーではないと愛羅の口から確認するまでは、俺は責任があると思っています」
雅人がそう言うと、桜庭は大袈裟にため息をついて言った。
「では、愛羅が帰って来る時、私とあなたでここで待っていましょう。そうして私が本当にいとこでストーカーではないと愛羅が言った時は、あなたは速やかに一人で家へ帰ってください。愛羅の荷物は日を改めて、俺が取りに行きますから」
「......分かりました。そうします」
話が纏まったふたりは、それぞれ別の方向へ歩いて行った。
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