醜いので引きこもっていた俺が、絶世の美女と同居始めました(彼女が積極的で困ります)。

花野はる

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海辺のキス

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 雅人は愛羅が苦手な家事をやり、ストーカーよけの用心棒を続けた。

 その一方で、愛羅は雅人のマンションにやって来た、通販受け取りなどの対応を積極的にしていた。

 そして食材の買い物は、愛羅の仕事帰りに一緒に行った。

 店の者や客からは、珍しいものを見るように見られたが、二人はあまり気にしなかった。

 初めは愛羅が、無理やり醜い男に付き合わされているのかと思って警戒していた店員たちも、毎日仲睦まじく買い物をする姿を見て、次第に「兄ちゃん、頑張れよ」「いつまでも仲良くねえ」などと声をかけて応援するようになっていった。

 お互いこれほどにない居心地の良さを感じている二人だったが、そこには「仮」としての立場と、1ヶ月と言う短い限定付き期間が立ちはだかって、一定の距離を縮めることなく保つことになった。

 そんな時間はあっという間に流れ、早くも三週間が過ぎようとしていた。

 愛羅は雅人との関係が、今以上に縮まらないことに業を煮やし、残り少ない時間に焦っていた。

 今日は日曜日で、二人は朝食後、まったりとリビングでくつろいでいた。

 雅人の書いた本を読みながら、愛羅は良いことを思いついた。

「ねえ! 雅人さん。今からデートしに行かない? この、雅人さんが書いたみたいなデートをしてみようよ」

 愛羅の提案で、二人はレンタカーを借り、家から1時間ほどの水族館にやって来た。

 二人は手を繋いで様々な魚たちを鑑賞した。そして併設されているレストランで昼食を取る。

 雅人は自分で書いておきながら、主人公の気持ちなど全然わかっていなかったな、と感じるほどの幸せな気分だった。

「この後、瑞希は達也と一緒に砂浜を歩くんだよね」

 小説の先を確認するように、愛羅が尋ねた。

「ああ、モテ男の達也が、しつこい女よけに期間限定で恋人役を瑞希に頼んだんだ。その期間が終わったふたりは、思い出にデートをしてから別れよう、という話になって」

 雅人は話の筋書きを話しながら、心の中で自嘲した。

(同じ仮の恋人でも、イケメンの達也と醜い俺とでは天と地の差だな。物語はハッピーエンドで終わるが、現実は違うーー)

 雅人が思考に沈んでいると、愛羅がワクワクしたように雅人に言った。

「じゃあ、この後、私たちも海を見にいこう」

 この水族館の裏側には、ちょうど砂浜があった。

「いいけど、その小説は夏が設定だよ。今砂浜を歩いても、寒いだけなんじゃないかな」

「でも、せっかく海があるんだもの。ちょっとだけでいいから、見に行こうよ~」

 愛羅の願いを雅人が断るはずもなく、ふたりは砂浜にやって来た。

「ううっ。海風がさぶい!」

 愛羅は身を縮こませながら雅人の腕にしがみついた。

「大丈夫か?」

「ん」

 しばらく歩いているうちに、寒さに少し慣れて来た愛羅がポツリと言った。

「海って、やっぱり素敵。私、好きな人と海デートするの夢だったの」

「愛羅なら、そんな経験たくさんあるんじゃないのか?」

 雅人は不思議そうにそう尋ねた。

「そんなことないよ。私、今まで誰とも付き合ったことないもの」

「信じられないな......。愛羅は、たくさんの男たちから求められて来ただろうに」

「だって、好きになれる人が今まで現れなかったんだもの」

「随分と理想が高いんだな」

「ええ。でも、やっと見つけたの」

 雅人は、先日、女性から見た好きな男についての見解を尋ねた時、愛羅ははっきりと答えていた。

 だから、今は、愛羅には好きな男がいるのだろう。そう思うと雅人の心はチクリと痛んだ。

「そうか。俺んちにいるところを見ると、まだ、付き合ってないんだな。告白はしないのか?」

 愛羅なら、告白すれば、どんな男だってO Kを出すに違いない。雅人はそう思って尋ねた。

 愛羅は雅人の質問には答えず、先ほどの小説の続きを話した。

「......瑞希は海を見ながら、本当は達也のことが好きだったって、告白するんだよね?」

「あ? ああ。達也は絶対自分を好きにならないと言うから瑞希を仮の恋人に選んだんだ。だけど本当は瑞希は最初から達也が好きだった。これで最後だからと瑞希は達也に告白することを決意してたんだ」

 それを聞いた愛羅は、自分も1ヶ月終わったら、雅人に告白しようと決意していた。

 (まだ一緒にいたいから、今は告白しないでいよう)

 愛羅はにっこりと微笑む。

「ねえ、達也と瑞希みたいに、ここでキスしようよ」

 雅人は海風に髪を揺らしながら微笑む愛羅を見て、現実味のない美しさに酔っていた。

 (好きな男がいる女と、なぜ俺はキスしてるんだろう?)

 雅人はそう思いながらも、愛羅の唇は狂おしいほど心地良いーー。

 もうそれ以外は何も考えることができなかった。

 


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