醜いので引きこもっていた俺が、絶世の美女と同居始めました(彼女が積極的で困ります)。

花野はる

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美しい月夜

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「ただいま! 雅人さん」

 職場の方から笑顔で愛羅が駆けて来る。

 薄暗い街頭の明かりに照らされた愛羅が、いつもとは違った艶かしい美しさに見えて、雅人はその瞳を細めた。

「......おかえり」

 雅人は自分が誰かを待ち、誰かにただいまと言われる生活を送ることなど一生ないのだろうと思っていた。

「不思議なものだな」

「なあに? 雅人さん」

「......いや。今夜は鴨鍋の用意をしているんだが、愛羅は嫌いではないか?」

「ううん! 大丈夫。私、そんなに好き嫌いないし」

「それなら良かった」

 こんな風に、誰かと食事の相談をすることも、そして......。

「ねえ、雅人さん。手を繋ごっか」

「え」

「だって、1ヶ月は私たち、仮の恋人になったじゃない?」

「......いいのか? 俺なんかと」

 こんな醜い男と、手を繋ぐだけでも気持ちが悪いだろうに......。雅人はそう思って自分の握り拳に力を入れて言った。

 愛羅はそっと雅人の手を取り、優しく指と指を絡ませる。いわゆる「恋人つなぎ」と言うやつだ。

「......美味しいご飯のお礼です。いつもありがとう、雅人さん」

 暖かい肌に触れ、優しい声で自分の名を呼ばれる。雅人はたとえ1ヶ月の夢うつつだとしても、こんな経験を与えてくれた神なのか何なのか分からない偉大な存在に、思わず感謝し少しばかり涙ぐんでしまった。

 ただ温もりを感じながら、二人は黙って歩いている。

 人付き合いが息苦しい雅人にとって、こんなにも沈黙が苦にならない相手がいるなんて、と愛羅の存在を人ならざる者のように感じた。

(この隣の美しい存在は、人ではなく、慈悲深い女神か何かではなかろうか)

 雅人はそんなことを思い浮かべて、ふっとおかしくなって笑った。

「何ですか? 雅人さん?」

「いや、愛羅が女神みたいだなって思って」

「どうして?」

「綺麗で、俺に優しいから」

「それを言うなら、雅人さんだって素敵で優しいでしょ。だからおあいこだね」

 仮の恋人役に徹してくれて、そんな風に言ってくれてるんだと雅人は思ったが、そこは言わずに「ありがとう」と素直に答えた。仮の恋人でも、今は「仮」を忘れていよう。愛羅に甘えて恋人気分とやらを味合わせてもらおうと思ったからだ。

 もう、外はすっかり寒空だが、雅人の手と心はポカポカと暖かかった。

 部屋に篭りきりの雅人が夜に外出など、愛羅を迎えに行くようになるまでは全くなかった。雅人は美しい満月が黒い雲の衣を纏うのを見て、こんな夜空を眺めたりするのはいつぶりだっただろうかと思いを馳せながら歩いていた。






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