私、確かおばさんだったはずなんですが

花野はる

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さよならシリル君 シリル視点→ユリ視点に変わります

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冬の気配を感じるようになった頃から、ユリのテレパシーの誤作動が増えている。

犬の精霊がコントロールしていると言っていたから、器の中で何か異変が起きているのかもしれない。

ユリが意図せず発したと思われる内容には、いつも反応せず気づかないフリをしている。

誤作動で聞こえる内容は、

(いつまでもこうしていたいな)

(離れたくないな)

そんな内容が多かったのだが、最近は内容に変化が見られるようになった。

(話さなきゃならないのに、どうしても話せなくてごめんね)

(私が居なくなっても、悲しまないで)


先日も勉強をしていたら、背後から念が飛んできた。


(シリル君の未来が、どうか幸せでありますように。夢が叶いますように。私、ずっと祈ってる)


これは、そういうことなのだろう……。

俺は近いうち、ユリと別れなければならないのだと理解していた。

だが、ユリが言わないのなら、知らないフリをしていよう。いたずらに追求しても、お互い辛くなるだけだ。

だけど、ひとつだけ、伝えておかなければならない事がある。

俺はそれを話すため、ユリに俺の生い立ちを話す事にした。

俺の両親の事。家族のように大切な人たちのこと。

それを全部話した上で、ユリにプロポーズした。例え魂だけになり、ユリを感じる事ができなくなっても俺が妻に望んでいるのはユリだけだと伝えておきたかった。

どのみちユリが消えてしまったら、俺を男として愛してくれる者などいないだろうし、俺は風になったユリと結婚したと思えばいい。

今はただ、ユリといられる一瞬一瞬を、かけがえのない宝物のように大切に過ごすだけだ。

次第に冬は深まり、寒さを言い訳にして、俺とユリは身体を寄せ合って毎日を過ごした。


そして日が流れ、次第に寒さが柔らいだある日、いつもの散歩道で小さな花が咲いているのを見つけた。

「ユリ、福寿草が咲いてるよ!もう、春もそこまで来ているんだね」

俺は沈みがちだった気分が、春を告げる花を見たことで幾分か明るくなった。

だが、ユリの返事がない。

「ユリ?どうかした?」

(……あ、ごめん、シリル君。つい、花に見惚れてしまって。……きれいだね)

「ああ。これからたくさんの花が見られるようになるな」

俺たちは朝の散歩をいつものように済ませると、下宿先に戻った。

「それじゃあユリ、今日も急いで帰ってくるから待ってておくれ。行ってきます」

(行ってらっしゃい)

俺はドアを閉める瞬間に、ユリのもうひとつの声が聞こえてしまった。

(黙っていなくなること、許して。さようなら、シリル君)

俺は完全に扉が閉まる前にもう一度扉を開いた。

(どうしたの?忘れ物?)

ユリが驚いたように俺に言う。

「ああ。とても大事な忘れ物をしたんだ」

俺はユリの体を抱き上げた。

ユリの頭に顔を寄せてキスをする。

「……愛してるよ、ユリ」

俺はそっとユリを下ろして頭をもう一度撫でた。

「じゃあ、今度こそ、行って来る」

俺は出来るだけ明るく笑って最後の言葉を紡いだ。


◇◇◇

シリル君は最後の日も優しかった。

もう会えなくなることを、どうしても自分の口から言えなかったけれど、これで良かったのかもしれない。

話していたら、毎日あんな風に明るく過ごすことはできなかったと思うから。

(アルフォレさん、今まで体を貸してくれてありがとう。なんのお礼もできなくて、ごめんなさい)

私はアルフォレさんから抜ける前にお礼を言った。

〈なんの。こちらとて、働かずして食事をし、運動もさせてもらって、体まできれいに洗ってもらった。おかげでメスからモテること間違いなしじゃ〉

確かに少し太ったし、毛並みもツヤツヤだものね。アルフォレさん、良いお嫁さん見つけてね。

私はサヨナラ、と呟くと同時にアルフォレさんの体から抜けた。

やはり、自分の魂が薄くなったような気がする。このまま器に入らなければ、空気に解けて消えてしまうのだろうか。

(その前に、シリル君の大切な人ーーリリアさんを起こさなければ)

私は風に乗り、凄いスピードで空を走った。



◇◇◇


魂だけだと、移動が早い!

シリル君が家族と思う大切な人たちが住む村、ティリ。

私は真っ直ぐ村長さんの家へ行った。

閉まった窓からすり抜けて入る。

壁もすり抜けひとつずつ部屋を確認する。

どこにもリリアさんらしき人はいない。植物状態らしいから、病院にいるのだろうか?

私は村長さんの家から出て来ると、玄関先で人が話しているのが見えた。

村長さんだ。

一度メイベルだった時に、シリル君に援助を申し出る際、村長さんの人柄を見ておこうと会った事があったので、顔は覚えている。

もうひとりは村人だろうか。

「村長、今日も教会へ行って来られたんですかい。リリアちゃんはどうでした?」

「ああ、相変わらずの眠り姫じゃ。だが、これ以上意識が戻らなければ、命を繋ぐのは難しいって神父さんに言われたよ」

「そうですかい。村長の唯一の身内だから、なんとか治って欲しいもんですなぁ。まだ諦めんで下させぇよ。村長」

「もちろんだ」

リリアさんは教会にいるらしい。

私は十字架のついた建物を探して飛んだ。

その教会は小高い丘の上に建っていた。

いつものごとく、ドアを開けずに通り抜ける。

ベッドには、真っ白いドレスを着た、瑠璃色の髪の少女が胸の前で腕を組んで横たわっていた。

(この人が、リリアさん?平民なのに、見事な髪色だこと)

私がそんな印象を持ってリリアさんを眺めていると、近くで世話をしているらしいシスターふたりが会話しているのが聞こえた。

「いつ見ても、清らかなお嬢さんよね。髪色の美しいこと。とても平民には見えないわ」

「このお嬢さんは、村長さんのお孫さんですもの。村長さんの何代か前に、貴族令嬢と駆け落ちして一緒になった方がいたらしいから、きっと高貴な血が流れていらっしゃるのだわ」

「そうね、でなければ、こんな状態で3年も生きていられるはずがないものね。リリアお嬢さんの魔力が神の御力と共鳴して、この身体が守られているに違いないですわ」

シスターたちはお喋りをしながらも、リリアさんの服を脱がせ、湯を絞ったタオルで清め、手際よく新しいドレスに着替えさせた。そして髪を梳き、薄い布団をきれいにかけなおして出て行った。

私は天井からそれを見つめ、羨ましく思う。

若い女性の、清らかな身体……。

私にもこんな器があったなら、シリル君のお嫁さんになれたのに。

未だに未練が残るけれど、私はこの人を蘇らせ、シリル君を託そうと決めたのだ。

私はリリアさんに向かって声をかける。

(リリアさん、リリアさん、起きてちょうだい。私はあなたに頼みたいことがあるのよ。私の大好きなシリル君を、あなたに支えてもらいたいの。どうかシリル君を愛して、幸せにしてあげて)

私は思いを告げ、リリアさんの反応を待つ。

けれど何の応答もない。

もう一度念を飛ばし、呼びかける。

(リリアさん、お願い。目を覚まして。シリル君をひとりにして来てしまったの。どうかあなたの力で彼を支えてあげてよ)

…………。

応答なし。

どうしたものか。

中で魂がどうなっているか分からないわ。少し覗いてこようかしら。

私は思い立って、そっと彼女の身体に触れた。そのとたん。

(きゃあああっ……! )

私は凄い勢いで体内に吸い込まれてしまった。そして意識を失った。



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